クール天狗の溺愛事情

緋村燐

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四章 山の神の娘

木霊のコタちゃん③

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「美沙都! 那岐と日宮先輩も、何をしているんだ!?」

 教室から飛んで下りてきてくれたらしい風雅先輩。

 好きな人が来てくれたという安心感にホッとしたのも束の間。

 見上げたときに見えた光景にビクッとなった。


 校庭側の校舎は各学年の教室が並んでいる。

 その窓という窓から、たくさんの生徒が顔をのぞかせていたんだもん。


 わ、わたしたち、みんなに見られてる!?


 驚き慌てるわたしの隣では、みんなの視線なんて気にもしていない三人が三つ巴を形成しようとしていた。

「チッ、滝柳まで来やがったか」

「二人とも何やってるんですか? 変転までして」

「とりあえず風雅は僕の味方だよね? 瀬里さんを守ろうとしてるんだから」

 三者三様に言葉を紡ぎ、山里先輩が風雅先輩に経緯を簡単に話す。


「……そういうことですか。日宮先輩、いつも言っていますが美沙都は渡しませんよ?」

「というわけで、二対一だね。やめるなら今のうちだよ?」

 どうやら三つ巴にはならなかったみたい。

 でも緊迫した雰囲気は変わらなかった。


「お前らホントうざい。……邪魔するやつはまとめて痛い目にあってもらうぜ」

 煉先輩がそう言って手のひらに火の玉を出現させるから、尚更空気が張り詰める。


 え? うそ……。
 本当に戦うの?

 煉先輩から逃げるだけだったはずなのに、どうして戦うことになっているのか分からない。


 戦うってことは誰かがケガをしてしまうってこと。

 そんなのは嫌だった。


 風雅先輩や山里先輩はもちろん、いつも迷惑をこうむっているけど煉先輩にだってケガなんかして欲しくない。


「や、やめてください! ほ、ほら、もうすぐ午後の授業始まっちゃうし」

 思わず間に入って止めていた。


「あ、待て美沙都!」

 風雅先輩が静止の声を上げるけれど、ちょっと遅かったみたい。

 どうして止められるのかと思ったときにはわたしは煉先輩に捕まっていた。


「やっと捕まえたぜ」

「あ、離してくださいっ」

 わたしのバカ!
 二人に守られるように後ろにいたのに、間に入ったら捕まるに決まってるじゃない!


「日宮先輩、美沙都を離してください!」

「そう言われて離すと思ってんのか?」

 ニヤリと馬鹿にしたように笑う煉先輩。

 すると、山里先輩が無表情になって低い声を出した。


「日宮……離さないと僕も本気で怒る、よ……あれ?」

 でも、途中でカクンと膝をつく。

 どうしたのかとみんなが見守る中、山里先輩の耳としっぽがフッと消えてそのままうつぶせになるように倒れた。


「……山里先輩!?」

 大丈夫なのかと叫ぶけれど、彼は顔を上げて少し申し訳なさそうに言った。

「ごめん、霊力切れになっちゃったよ」

「……」

 何とも言えずに黙り込んでしまう。


 そういえば初めて会ったときも霊力切れで倒れていたんだっけ。

 さっきから力を使っていたから、霊力が足りなくなってしまったのかもしれない。


 でも意識がなくなるほどじゃないみたいだからまだ良かったのかな?

 ホッとしたけれど、今の状況を考えると安心してもいられない。


「那岐……変転までするからだ」

 呆れ顔でそう言う風雅先輩に、山里先輩は困り笑顔で返す。

「いやぁ……半変転なら大丈夫かな、と思って……」

 何か言い訳をしているけれど、結局倒れちゃうならダメだと思う。


「はは……まあ、これで一対一か? でも美沙都はもう俺の手にあるからな。このまま連れて行くだけだ」

 うつぶせになっている山里先輩を笑い、煉先輩はわたしを引っ張っていく。

 小柄なわたしが先輩――しかも男の人に力で敵うわけがなく、引きずられるように連れて行かれる。


「や、やだ。離してください! わたし行きませんから!」

「美沙都!」

 風雅先輩が助けようと来てくれるけれど、煉先輩が火の玉を投げつけて近付かれないように邪魔をする。

「来るなよ。手元が狂って美沙都がやけどしたらお前のせいだからな」

「なっ!?」

 手元が狂ったとしてもそれは煉先輩が悪いのであって、風雅先輩のせいじゃない。

 でも、そんな風に言われたらむやみに近づくことも出来なくなるに決まってる。


 風雅先輩も助けに来られなくなって、自分で何とかするしかないと抵抗を試みたけれどやっぱり煉先輩の力には敵わなかった。

 すると肩に乗っていたコタちゃんが「キーキー」と騒ぎ立てる。

 また煉先輩に飛び掛かるけれど、難なく掴まれてしまった。


「デートにはお前も邪魔だな。ちょっと遠くに投げとくか」

「え? やめてください!」

 言うと同時に腕に力を込めた煉先輩を止める。

 でも俺様な煉先輩がわたしの言うことを聞いてくれるわけがなかったんだ。


「やめねぇよ。来るなっつったってこいつはついてきちまうだろ?」

 そう言って投げ飛ばす体勢になる煉先輩。

 わたしは止めて! ともう一度叫ぼうとして言えなかった。


 言葉を発する前に、煉先輩の手の中で「キーキー」暴れていたコタちゃんが突然カッと光ったから。

 な、何!?

「うわっ! 何だ!?」

 光が眩しくて、とっさに目をギュッと閉じる。


 その間に誰かがわたしの腕を掴んでいる煉先輩の手を外してくれた。

 その誰かはそのまま煉先輩をドンッと押してわたしから離してくれたみたい。


 誰だろう? と光がおさまったので目蓋を上げようとしたところに、子供の声が響いた。

「美沙都はお前の嫁になんかならないよ! 美沙都はずっとこの里にいるんだ!」

 声や口調からして、多分十歳くらいの男の子。

 でも、それくらいの男の子の知り合いなんていないし本当に誰だろうって思う。


 目を開けて見えたのは、わたしを守るように煉先輩との間に立つ若草色の甚平じんべいを着た男の子。

 真っ白な髪をした、わたしの胸くらいの背丈の子だった。


 でも、やっぱり知らない子だ。

 でもこの子はわたしのことを知っているっぽいし……本当に誰?


 その疑問には煉先輩が答えを口にしてくれる。

「お前、さっきの木霊か!? 山の神が眠っていて霊力は少ないはずなのに、何で人型を取れるんだ!?」

 煉先輩はこの子が人の形を取れることに驚いていたけれど、わたしはこの子が木霊だということの方が驚いた。


 さっきの木霊ってことは、コタちゃん!?

 確かにフワフワ毛玉のコタちゃんは見当たらないし、この子の髪はまさにコタちゃんっぽいけど……。

 でも、コタちゃんが人の姿を取れるなんて知らなかったし、人型になれるなんて考えたこともなかった。

 言葉も出せず驚いているわたしをよそに、会話は続けられる。


「霊力なら美沙都に貰ったに決まってるだろ」

「ええ!?」

 いつ!?

 驚くわたしに、コタちゃんは振り向き愛嬌のある黒い目を細めてニッコリ笑った。


「ずっとそばにいて、ちょっとずつ霊力を溜めていたんだ。美沙都は自分の霊力をまだ自在には使えないみたいだったし」

「え? え?」

「もっと早く人型になって美沙都の助けになりたかったけど、仕方ないよね。でもこれでやっと美沙都を守れるよ!」

「あ、ありがとう?」

 嬉しそうな少年姿のコタちゃんに戸惑いながらもお礼を言う。


 この子がコタちゃんだってことは紛れもない事実なんだろうけれど、突然のことにわたしはまだ理解が追いつかない。

 それなのに、周りはどんどん話を進めていく。


「木霊が人型を取れるほどの霊力……じゃあ、やっぱり美沙都は……」

 地に降りて、近づいてきた風雅先輩が何かを確信したようにつぶやくと、山里先輩もうつ伏せ状態のまま「そういうことか」と呟く。

 しかも煉先輩まで楽し気にニヤリと笑った。


「そうか、やっぱり美沙都の霊力は強くて質が良いってことだな?」

 当の本人であるわたしは訳が分からないのに、他の三人は何でか納得の表情。

 視線をコタちゃんに戻すと、ニコニコと可愛らしい笑みをわたしに向けてとんでもないことを言った。


「そうだよ! 美沙都は山の神の娘だ。だって、美沙都の霊力は穂高ほだかさまそっくりだもん!」

「穂高、さま?」

 その名前は聞き覚えがある。

 でも、コタちゃんの言いようだとその穂高さまは山の神ってことになるんだけど……。


 まさか、そんな……。


「え? 今のどういうこと?」
「あの子ってサトリじゃなかったの?」
「山の神の、娘!?」

 ざわざわと教室の窓から見下ろしていた人たちが騒ぎ出す。


「え……うそ、ちょっと待って……」

 自分のことのはずなのに、全くついていけない。

 それなのに風雅先輩達は納得の表情だし、見物している他の生徒たちの騒ぎはどんどん大きくなるばかり。


 わたしはそんなすべてについていけなくて、めまいがしたと思ったらそのまま意識を失った。

「美沙都!?」

 最後に、風雅先輩の心配する声だけが聞こえた。
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