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四章 山の神の娘

木霊のコタちゃん②

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「してません! 授業サボるわけにはいきませんし」

「そっか、良かった」

 すると冷たさが消えていつものホンワカした山里先輩に戻る。

 今のは何だったんだろう?


「良くねぇよ。俺が行くって言ったら行くんだ。来い、美沙都」

 どこまでも俺様な煉先輩はそう言ってまたわたしに近づいてきた。

「だ、ダメですって!」

 間にいる仁菜ちゃんが制止の声を上げるけれど、どかすように肩を押されてしまう。

 そして、ついにわたしは腕を掴まれてしまった。


「は、離してください!」

「やだね。行くぞ」

 そうして引っ張られると、ブレザーのポケットからコタちゃんが飛び出してくる。


「キー!」

 一応学校に連れてきているのは秘密だから、人が多い場所では出てこないように言っていた。
 でも、わたしを助けようと出て来てしまったみたい。

「ったく、コイツはいつもいつも!」

 イラつきながらもいつものように煉先輩はコタちゃんを掴んで後ろへ放り投げた。

 コタちゃんは丁度煉先輩の後ろに立っていた山里先輩の肩に着地する。

 その山里先輩は微笑みながら「仕方ないな」とつぶやくと、手のひらに真っ白な炎を出現させた。


 なんだろう?

 山里先輩の力みたいだけれど、その炎は熱を感じさせない。


 不思議に思っていると、炎は山里先輩の手の上で揺らめき霧のように散った。


「え?」

 何が起こったのかと瞬きすると、わたしの腕を掴んでいた煉先輩の手がズルリと落ちる。

 見ると、煉先輩はボーッとして突っ立っていた。

 ううん、煉先輩だけじゃない。
 仁菜ちゃんも、周囲にいる他の人たちも同じようにボーッと立っている。


「え? ど、どうしたの? 仁菜ちゃん?」

「瀬里さん、今のうちに逃げよう」

 仁菜ちゃんの肩を掴んで揺すっていると、山里先輩に腕を引かれた。


「え? でも仁菜ちゃんが――」
「大丈夫」

 困惑するわたしに、山里先輩は安心させるように優しく頬笑む。

「幻術を使っただけだよ。今はみんな幻を見てるだけ。じき、元に戻るから」

「幻術?」

 よくは分からないけれど、山里先輩がみんなに酷いことをするとも思えない。

 彼の言う通り多分大丈夫なんだろう。

「でも日宮は強いから、きっとすぐに戻ってしまう。だから今のうちに逃げよう」

「あ、えっと……はい」

 少しだけ考えて、頷いた。

 とにかく今は煉先輩から逃げ切ってしまった方がいいとわたしも思ったから。


「じゃあ行こう」

 山里先輩はそう言うと、自然な流れでわたしの手を取り歩き出した。

 自然すぎて、ん? と思ったときにはしっかり手を握られていて……。

 つながなくても良いんじゃ……なんて言い出せなくなっていた。


 しかもその腕を器用に伝って、コタちゃんがわたしの方に移動してくる。

「キー」

 定位置でもある肩に乗ると、嬉しそうにスリスリされた。


「ふふっ可愛いな」

 こんなときだけれど、コタちゃんの可愛さにホッコリしてしまう。

 その様子をジッと見ていた山里先輩もホッコリした表情で口を開いた。


「そんな瀬里さんもとても可愛いね」

「へ?」

 山里先輩もコタちゃんを見て可愛いと言うと思ったのに、まさかのわたしだった。


「こ、こんなときにからかわないでください」

「からかってないよ。本気」

「っ!」

 いつものホワホワした笑顔で言うから、どう受け取ればいいのか分からない。


 でもそうしてなんと言えばいいのか迷っていると、後ろの方から煉先輩の声が聞こえてきた。

「美沙都! 那岐! どこ行きやがった!?」

 まだ遠いけれど、怒鳴り声がハッキリ聞こえるくらいには近い。


「もう気づいちゃったのか。流石は火鬼と言うべきか……」

 少しヒンヤリとした声でつぶやいた山里先輩は、「とりあえず外に出よう」とわたしを生徒玄関の方へ連れて行った。

***

 それぞれ靴を履き替えて、外に出る。

 とりあえず煉先輩にはまだ気づかれていないと思うけれど……。

「さて、どこへ向かうべきか……。校舎裏でやり過ごす? でもそこで見つかったら不利だし……」

 何やら口内でつぶやきながら考える山里先輩。

 とりあえず昼休みをやり過ごせれば何とかなると思うんだけど……。


「よし、校庭の方に向かおう。あそこなら人目もあるし、もし日宮に見つかっても助けを求められるだろう」

 そう結論を出した山里先輩にわたしは素直に付いて行く。

 どうしたらいいかなんてわからないし。


 校庭の方に向かいはしたものの、一応植え込みの陰になるように隠れながら移動する。

 山里先輩は見つかった場合を考えてこっちに来ることを選択したけれど、見つからないに越したことはないからね。

 でも、そんな思いは無駄に終わる。

「見つけたぞ!」

 同じく校庭に出てきた煉先輩に早くも見つかってしまった。


「えー? いくら何でも見つけるの早くないかい?」

 特に焦りもせずに文句を言う山里先輩。

 そんな彼に煉先輩は得意げに話した。


「お前らは揃って霊力高いからな。集中すれば学校敷地内のどこにいるかくらいは分かるんだぜ?」

 つまり、煉先輩は大きな霊力をたどってわたしたちを見つけたと。


 もしかして、帰り際時間をずらしていても毎日遭遇するのはそのせいだったのかな?


「とにかく那岐、美沙都をよこせ。そいつは俺のだ」

「嫌だって言ったら?」

「そりゃあ、力づくでいかせてもらうぜ?」

 そう言うと、煉先輩の目が燃えるように赤く染まった。

 そして髪の付け根から色が変わっていき、髪も真っ赤に染まる。


 わたしは言葉も出せずその変化に目が釘付けになっていた。


 最後に額に二本の赤い角が生えた煉先輩は、紛れもなく鬼。

 その姿だけでも力を感じて、元々イケメンだった顔に美しさが加わった気がする。


「へぇ、それが火鬼の変転へんてんした姿か。初めて見たよ」

「変転?」

 聞き慣れない言葉に首を傾げると、山里先輩が説明してくれる。


「変転っていうのは転じて変わる――まあ、この場合は変身したとでも思ってくれればいいよ」

「変身……」

 確かにここまで変わると変身っぽい。


「まあ、本来の姿をさらしたってことかな」

 少し緊張感のある声でそう言った山里先輩は、わたしの手を離して前に出た。


「変転したってことは、本気なんだ?」

「当たり前だろ? 冗談で嫁探しなんかしてねぇよ」

「じゃあ、僕も少し本気を出そうかな?」

 そう宣言すると、山里先輩の体をさっきの白い炎が渦を巻くようにまとわりつく。

 それが霧散して消えると、純白の獣の耳とフサフサのしっぽが彼の体にくっついているのが見えた。


 わたしは今度も声を出せず、口を開けた状態で山里先輩に見入る。

 人間と違う姿になるところは、風雅先輩の翼しか見たことが無かったから……。


 それぞれのあやかしで変わり方も色々あるんだなぁ、とこんなときなのに感心してしまった。


 でも、変転した二人がにらみ合うと空気がピリつく。

 流石に緊張してきたところに、頭上からバサッという大きな翼の羽ばたく音が聞こえた。
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