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三章 負の感情
流れ込んでくる嫉妬②
しおりを挟む何も答えられずにいても彼女達の話は続いて行く。
「山里くんにもそうとう気に入られているわよね? 毎日お菓子もらっちゃってさ」
別の子がそう口を開く。
そこから流れ込んでくるのも嫉妬の感情。
「まあ? 餌付けしてるようにしか見えないけれどね」
クスクスと数人が笑う。
さっきよりも多い嘲りに思わず胸の辺りをギュッと掴んだ。
流れ込んでくる。
でも、まだこれくらいなら大丈夫。
お願い、この辺りで終わって……!
そんなわたしの思いなど知らない彼女達はさらに続けた。
「滝柳くんとなんて、お姫様抱っこで一緒に空まで飛んで……ちょっとずうずうしいんじゃないかしら?」
「そうよね、滝柳くんは人前で翼を見せることだってあまりしないのに……あなた、調子に乗らないでよね?」
今度はあからさまな嫉妬。
その途端、わたしの意志とは関係なしに彼女たちの胸の前に《感情の球》が現れる。
やだ、だめっ!
色とりどりの《感情の球》。
今それらは全て、赤に近い紫色のモヤをまとっている。
でもそれは鮮やかな色じゃなくて、グレーが混ざった不気味な色。
嫉妬の感情。
それが今わたしに向けられている。
前と同じ。
ううん、前よりも質と量どちらも大きい。
いつもならコントロール出来ているはずの力が制御出来ない。
怒りや嫉妬みたいな負の感情を直接向けられると、勝手に流れ込んで来てしまう。
それを小学五年生のあのとき知った。
あのときは今みたいに勝手に《感情の球》が見えて、嫉妬が直接流れ込んできたところで怖くなって泣いた。
そのすぐ後に助けが来たから、それだけで済んだ。
でも今は……。
き、気持ち悪い。
怖いし、泣きたくなってくる。
でも前よりも強いその毒のような感情は、恐怖よりも直接的な気持ち悪さをわたしに与えた。
これ以上は……本当に無理……。
胸を押さえ、口を引き結んで吐き気に耐える。
でも、わたしがそんな状態になっても彼女達は話すのをやめない。
「風雅くんは山の神の大事なものを守るために霊力を直接与えられたあやかしなのよ? 分かる? 特別なの」
「そんな特別な人が本気であなたみたいな子を大事にするわけないじゃない」
――ツキン。
吐き気や胸の苦しさとは別に、針を刺されたような小さな痛みを感じた。
「風雅くんには使命があるの。その使命とあなたを天秤にかけたら、あなたなんてアッサリ捨てられるに決まってるわ」
――ズキン。
今度はハッキリと胸に痛みが走る。
どうして痛むの?
風雅先輩は、そんな薄情な人じゃない。
そんなことはわたしに向けてくれている笑顔を見ているだけでも分かるのに。
なのに、どうして今の言葉でわたし傷ついてるの?
気持ち悪さと胸の痛みに、もうどうしていいのか分からなくなる。
嫉妬の感情は今もまだ流れ込んできていて、もう立っていられそうにない。
とにかく吐き気を抑えるために口を手で覆った。
「とにかく、あなたはそういうのをちゃんと自覚してくれれば……って、え? 何? どうしたの?」
口を押さえて、今にも倒れそうな感じにふらついているわたしを見て流石におかしいと思ったらしい。
やっと話すのをやめてくれる。
同時に戸惑った彼女たちの《感情の球》も消えてくれて、毒のように流れてくる負の感情も止まった。
ホッとしたけれどもう立っていることは出来なくて、崩れるようにしゃがみ込んでしまう。
感情の流れが止まってもまだ残る気持ち悪さに視界がぐるぐるする。
そんな気持ち悪さを耐えるのが精一杯で、言葉を出すことも出来ない。
「あ、そういえばこの子サトリだっけ? 心の声も聞こえちゃってたとか?」
一人がハッとしてそう呟いた。
「え? でもコントロール出来てるんじゃなかったの?」
これはクラスメートの雨女の子かな?
だめだ、気持ち悪すぎてそのあたりすら良く分からない。
そうして彼女たちの間に戸惑いが広がる中、聞き覚えのある鋭い声がかけられた。
「あんたたち、何してるんだ!?」
走って近づいて来るその人に視線を向けると、わたしの中に安心感が広がる。
風雅先輩……。
いつも、わたしを助けてくれるのは彼だった。
「っふ、風雅くん?」
「あ、いや、これはその……」
焦り始める彼女たちをかき分けるようにわたしのところに来てくれた風雅先輩は、そっと背中に手を当てて優しく撫でてくれる。
その温かさに、気持ち悪さが少し引いてくれた。
そんな彼の肩にはコタちゃんが乗っている。
そっか、コタちゃんが呼んで来てくれたんだ。
心配そうにわたしを見つめる目を見返して、ありがとうと心の中で呟く。
「美沙都、大丈夫か?……あんたたち、この子に何をした? 年下相手にこの人数、卑怯じゃないのか?」
彼女たちを睨みつける風雅先輩の声には明らかな怒りが乗せられている。
わたしのために怒ってくれていると分かるから正直嬉しいと思った。
でも、彼女たちは実際には何もしていない。
はじめに言った通り、忠告をしただけ。
わたしが気持ち悪くなっているのは、わたしが彼女たちの感情を読み取ってしまったからだし。
「ふ、ぅが、せんぱい……」
吐き気も少しだけマシになったので、ゆっくり彼に呼び掛ける。
止めるように、風雅先輩のブレザーをキュッと握った。
「だい、じょーぶです……これは、わたしが勝手に……気持ち悪くなった、だけ……ですから……」
とぎれとぎれだけれど、何とか伝える。
いくら何でも、理不尽な怒りを向けさせるわけにはいかないと思ったから。
でも、まだ本調子じゃないのに口を開いたからまた気持ち悪くなって口を押さえてしまう。
「美沙都……」
心配そうにわたしを見た風雅先輩はもう一度彼女たちを睨むように見上げた。
「とにかくこの子は保健室に連れて行きます。もうこんな風に追い詰めないでください」
そう言い終えると、彼はわたしに優しく告げる。
「ちょっと揺れるけど、我慢してくれ。辛かったら叩いて教えてくれればいいから」
そしてわたしを抱き寄せ、慣れた様子で横抱きに抱え上げた。
揺れには少し「うっ」となったけれど、すぐそばに感じる温もりには安心感があってその辛さもすぐに消えてくれる。
そうして戸惑う彼女たちの間を通り抜け、風雅先輩はわたしを保健室に運んでくれた。
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