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三章 負の感情

嫁じゃありません!

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 お昼休みの出来事は、瞬く間に学年中に知れ渡ってしまったみたい。

 他の学年にも広まるのは時間の問題というところ。

 それでもちゃんとわたしが言った説明も一緒に広まっているならまだ良かったんだけれど……。


「あの子? 山里先輩と付き合ってるとかいう子」

「え? 確かあの子って滝柳先輩に気に入られてる子じゃない?」

 あれだけ小動物扱いされているだけだと言っておいたのに、その部分は全く噂になってない。


 うう……せめて直接聞いてくれれば否定出来るのに……。

「これは困ったねぇ……」

 わたしの心を代弁してくれるのは仁菜ちゃんだ。

 でも仁菜ちゃんでも解決策は思いつかないようで眉尻を下げるばかり。


「とりあえず、今日は早く帰ろっか?」

「うん、そうする」

 色んな視線を浴びているのが居心地悪くて、仁菜ちゃんの提案に即答した。


 そうしてとにかく急いで学校を出ようとしたからかもしれない。

 あれだけ気を付けて避けていたはずの日宮先輩に、ついに見つかってしまったんだ。

***

「お、やっと会えたな、俺の嫁!」

 丁度外靴に履き替えたとき、結構大きな声でそんな言葉がかけられた。

 思わずビクリと震えて振り返ってしまう。


 そこには丁度帰るところだったのか、カバンを持った日宮先輩がいた。

「ひ、日宮先輩……」

 無視すれば良かったのかも知れないけれど、目が合ってしまったからにはそれも出来ない。

 一緒に帰ろうとしていた仁菜ちゃんがアワアワとわたしより挙動不審になっていた。


「煉って呼べっつっただろ? 今から帰るのか? だったら駅の方に行ってちょっと遊んでかないか?」

「い、行きません!」

 強引そうな日宮先輩にはハッキリ言った方がいいかもしれないと思って、わたしは勇気を振り絞ってキッパリと伝える。

 でも、そんなわたしの勇気は「いいじゃねぇか」という言葉で一蹴される。


「この里の中じゃ遊ぶとこなんてないだろ? 結界の外の駅前なら日宮家が出資してるから色んな店とかもあるし」

「それはそうですけど……」

 日宮先輩の言葉に、この里に戻って来たときのことを思い出す。


 駅から出てすぐの様子は人間の街とあまり変わりなかった。

 見慣れたチェーン店やゲームセンターに、デパートもあったっけ。


 田んぼや畑が多い田舎の風景だと言っていたお母さんもビックリしていたな。

 まあ、結界の中に入った途端お母さんの言っていた通りの風景になったんだけど。


 後からおじいちゃんが教えてくれた。

 駅前は日宮家が出資して開発してくれて、里の人達も結界の外なら、ということで了承したんだとか。

 そんなわけで、主に里の若者たちは結構駅前に行っては遊んだり買い物したりしてるんだって。

 わたしもそのうち仁菜ちゃんと遊びに行きたいなとは思ってたけど……。


「でも、日宮先輩とは行けません。ごめんなさい!」

 ただでさえ山里先輩と噂になっているのに、日宮先輩と遊びになんて行ったらさらに噂になっちゃうよ。

 わたしは何とか断りの言葉を言いきって、振り切るように外へ出た。

 仁菜ちゃんを置いて行く形になっちゃったけれど、ごめんね! と心の中で謝っておく。


「おい! 待てよ!」

 なのに日宮先輩は上履きのまま追いかけてきた。

 そのまま昨日と同じように腕を掴まれてしまう。


「は、離して下さい!」

 強い力に、昨日の事を思い出して怖くなる。

 そんなわたしの思いを感じ取ったのか、ブレザーのポケットからまたコタちゃんが飛び出してきた。

 でも……。


「おっと、二度も同じ攻撃をくらうかよ」

 日宮先輩は得意げにそう言って片手でコタちゃんを掴んでしまった。

「キー!?」

「コタちゃん!? 日宮先輩、コタちゃんを離して下さいっ!」

 無造作に掴まれているコタちゃんが可哀想で、まずは何よりコタちゃんを離してほしくてうったえる。


「ん? じゃあちゃんと俺のこと名前で呼んだら離してやるよ」

「分かりましたから、煉先輩!」

 とにかく必死だったからためらいもなく名前を呼んだ。


「OK、ほらよ」

 満足そうにニッと笑った煉先輩は軽く投げるようにコタちゃんを離す。

 コタちゃんはわたしの肩に上手に着地すると、「キー!」と煉先輩に威嚇するように鳴いた。

 とりあえず元気そうでホッとする。


「ったく、木霊まで懐いてるとか……お前の霊力は質も良いんだな」

「質?」

 霊力が多いとか少ないとかは聞いたことがあるけれど、霊力の質なんて聞いたことがない。

 思わず状況も忘れて普通に聞き返していた。


「ああ。どんなに霊力が多くて強いあやかしでも、質が良くなきゃあ木霊は近寄りたがらない。証拠に、俺は嫌われてるっぽいしな?」

「……」

 煉先輩がコタちゃんに嫌われてるのはわたしやコタちゃんをいじめてるからなんじゃないかな?

 そう思ったけれど、口には出さなかった。


「一番質が良いのは神に連なるあやかしだが……ん? もしかしてお前――」

「何してるんだ!?」

 煉先輩が何か言おうとしたけれど、途中で鋭い声が掛けられた。

 聞き覚えのある声にドキリとしたあと、その人の存在に安心する。


 カラスの濡れ羽色の髪を揺らしながら近づいてきた風雅先輩は、わたしの腕を掴んでいる煉先輩の手を少し強引に外した。

「日宮先輩、この子に何か御用ですか?」

 わたしを後ろに隠すように、風雅先輩はわたし達の間に入る。

 刺々しい声と同じように、その目は煉先輩に刺すような眼差しを向けていた。


「用も何も。嫁とデートに行こうとしてるだけだぜ?」

「……嫁?」

 風雅先輩の声のトーンが一段低くなる。


「そうだよ。そいつ……美紗都は俺の第一嫁候補だからな」

「どういう、ことですか?」

 今度は震えてもいた。


 風雅先輩、怒ってるの?

「わ、わたし了承してません!」

 風雅先輩が何を思っているのかわからないけれど、変な誤解だけはされたくなくて叫ぶ。

「はぁ? 俺が嫁にするっつってんだ。了承しろよ」

「ええぇ?」

 なのに煉先輩は強引に話を進めようとしてくる。

 話聞いてよぉ!

 本当に泣きたい気分になった。


「……日宮先輩。とりあえず今日は引いてくれませんか? 美沙都嫌がってるし、そんなんで遊びに行っても楽しくないでしょう?」

「なんでお前に言われなきゃならねぇんだよ。山の神の護衛は祠でも守ってりゃあ良いだろ? 人の恋路を邪魔すんな」

 恋路って……。


 別に恋してないですよね?

 思わずそう聞きたくなった。


 その確認の意味も込めて煉先輩の《感情の球》を見る。

 いつもならあまり見るのは良くないよね、と思っているけれど、煉先輩の気持ちだけはハッキリさせておかなきゃと思ったから。


 強さを秘めたような煉先輩の真っ赤な《感情の球》は、黄色に近いオレンジ色に光っていた。

 これは……多分興味深いものを見つけて楽しそう、って感じの色。


「美沙都以上に俺にふさわしい嫁はいねぇんだから、もう決定だろ?」

 そう言ってわたしを見る煉先輩。

 《感情の球》がわずかにピンク色を帯びる。


 でも、やっぱり違う。

 このピンク色は小学生のとき勘違いしたのと同じ色合いだもん。


 それに、やっぱり黄色みが強いオレンジ色は楽しそうな、面白そうなものに見えた。


 ……うん、やっぱり煉先輩はわたしを本気で好きだと思ってるわけじゃない。

 そう確信したわたしは、《感情の球》を見るのをやめてハッキリと言う。

「わたし、嫁に行くならちゃんとわたしを好きになってくれている人の所に行きたいです! そんな面白そうって思ってるだけの人の所には行きません!」


 強引な煉先輩には多分これくらいハッキリ言わないと伝わらない。

 怖い煉先輩に言うのは勇気がいったけれど、風雅先輩が近くにいたからかいつもより少し強気になれた。


 わたしの言葉を聞いた煉先輩は目を丸く見開く。

「俺の嫁にしてやるって言って、断られたのなんか初めてだ……」

 驚いたようにつぶやいた煉先輩は、今度はとても楽しそうな笑顔になる。


「面白れぇ。それならちゃんと俺を好きにさせてみるから、覚悟しとけよ?」

「……え?」

 あれ? ちゃんと断ったはずなのに、なんでもっと興味持たれてるの?

 しかもちゃんとわたしを好きになってくれる人が良いって言ったよね?

 どうして好きにさせるって話になるの?

 疑問が次々湧いてきてどれから聞けばいいのか分からない。


「まあ、今日は引いてやるよ。俺、上履きのままだしな」

 戸惑うわたしと無言の風雅先輩を残して、煉先輩は「またな」と生徒玄関の方へ戻っていった。


「……美沙都」

 煉先輩の姿が見えなくなって、やっと風雅先輩が口を開く。

 でもその声は何だか少し硬いように思えた。


「あ、はい?」

「もう帰ろう。家まで送る」

「え?」

 硬い声のままそう言った風雅先輩はわたしの手を取って引っ張っていく。


「え? あ、その……」

 突然の申し出と、いつもより強引な様子の風雅先輩に戸惑う。

 それに仁菜ちゃんを置いて来てしまっているんだけれど、と思って引かれながらも振り返ると……。

 その仁菜ちゃんは片手でサムズアップをしてから笑顔でバイバイ、と手を振っていた。


 え? あれ? いいの?


 仁菜ちゃんの様子にも困惑しつつ、わたしは手を引く風雅先輩について行くように足を進めた。
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