クール天狗の溺愛事情

緋村燐

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三章 負の感情

フィナンシェの笑顔

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 とにかく日宮先輩からは逃げ続けよう。

 朝、仁菜ちゃんともう一度相談してそれだけはしっかり決めておいた。


 だから移動教室のときとか、生徒玄関を使うときとかは特に細心の注意をしていたんだけれど……。

 日宮先輩ばかりを気にしてたからかな?

 もう一人気にしておくべき先輩の事を忘れていた。

***

「えっと……あ、いたいた瀬里さん!」

 昼休み、何だか廊下の方が騒がしいなぁと思っていたら教室のドアの方からそう声を掛けられた。


「はい?」

 丁度お弁当を食べ終えて片付けていたわたしは、誰だろうと思ってドアの方へ顔を向けてギョッとする。

 そこには金髪碧眼の、優しそうな雰囲気の山里先輩がいたんだもの。


「え? 山里先輩? わ、わたしを呼んでるの?」

 元々学校の人気者である山里先輩はすでに注目の的。

 その先輩の近くに行くのはそれだけで勇気がいった。


「そうだよ、行かなきゃ美紗都ちゃん!」

 仁菜ちゃんに急かされて、行かないわけにもいかないから居心地の悪い気分で近くに行く。


「えっと……こんにちは、山里先輩。どうしたんですか?」

 聞くと、山里先輩は儚げな笑みをフワリと浮かべて答えた。


「ちょっと、昨日助けてもらったお礼をね。駅前のケーキ屋さんで出しているフィナンシェなんだ。後で食べて」

 そう言って紙袋を差し出され、思わず受け取る。

「え? そんな、お礼なんて。大した事していないのに」

 事実、少しの間額に手を当てていただけだし。

 わざわざこんなお礼をもらうほどのことじゃないと思う。


「大したことだよ、本当に助かったんだから。キミに喜んでもらいたくて買ってきたんだ。お願いだからもらって?」

「う……はい。ありがとうございます」

 お願いまでされてしまったら受け取らないわけにもいかない。

 それに、フィナンシェはわたしの大好きなお菓子の1つだから実は本気で嬉しかったりする。


 紙袋の口をちょっと開けてみて中を見ると、ふわりと甘いバターの香りがした。

「……おいしそう」

 思わずつぶやいて口元を緩めると、クスッと笑う声が聞こえる。

 笑われちゃった!?


 食いしん坊だと思われたかな? と少し恥ずかしい気持ちで見上げると、ふんわりとしたフィナンシェのような甘い微笑みが向けられていた。

「瀬里さんって本当に可愛いね。やっぱり諦めるには惜しいなぁ」

「え!? か、可愛いって!?」

 つい動揺してしまったけれど、すぐにまた小動物扱いされているんだと思い直した。


 そうだよ、多分餌付けされてるリスとかウサギみたいに思われてるに決まってる。

 その証拠のように、山里先輩はわたしの頭にポンと手を乗せて軽く撫でた。


「可愛いよ。風雅のお気に入りじゃなかったらためらわないんだけどなぁ」

 何をためらわないのか分からなかったけれど、この撫で方はやっぱり小動物扱いしてるな、って判断する。


 風雅先輩とおんなじ撫で方だったから。

 風雅先輩が同じように撫でるときも、きっとわたしを小動物扱いしているときだから……。


 そう考えると、何故か少し寂しいような気持ちになった。

 ……何でだろう?


「まあ、とりあえず今日はそれ渡したかっただけだから」

 自分の感情を不思議に思っていると、山里先輩はわたしの頭から手を下ろしてそう告げる。

「あ、ありがとうございました」

「こちらこそ。美味しかったらまた買ってきてあげるから、感想教えてね。それじゃあ」

 そう言って去っていく山里先輩の背中を見つめていると、今まで注目しつつも黙って見守っていた周囲の同級生が押し寄せるように近くに来た。


「今の何!? どうして山里先輩があなたにお礼とかしてるの!?」

「可愛いとか言われてたよね!? まさか付き合ってるの!?」

 主に女子からの勢いがすごい。


 わたしは「倒れていたところを助けただけ」とか、「小動物扱いされてるだけ」と口にするけれど、みんながちゃんと聞いてくれたかは怪しい。

 騒ぎがちゃんと収まる前にチャイムが鳴ってしまい、午後の授業のためみんな仕方なく離れていっただけになってしまったから。


 わたしも慌てて自分の席に戻ると、先生に見つからないようにもらったフィナンシェを隠した。


「美沙都ちゃん、大丈夫? ごめんね、助けに行けなくて」

 先生が来る前に、仁菜ちゃんが心配そうに聞いてくる。

「仕方ないよ、あれじゃあまず近づけなかっただろうし」

 さっきわたしに群がっていた人数を思うと、仲裁に入ることも出来なかったと思う。


「そっか、ありがとう。……でも、変な噂にならなきゃいいね」

「うん、そうだね……」

 まだ何かを聞きたそうにこちらをチラチラ見るクラスメートを見渡しながら、わたしは仁菜ちゃんの言葉に同意した。
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