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一章 あやかしの里

カラス天狗の風雅先輩

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 昨日無事入学式を終えたわたしは、朝から学校敷地内の中庭に来ていた。

「コタちゃーん、どこー?」

 呼びかけながら草むらや木の陰をのぞき込みコタちゃんを探す。


 ここの中庭は花壇より木々が多い。

 木霊こだまという精霊に近いあやかしであるコタちゃんはこういう草木が多い場所を好むから、こっちの方に来てると思ったんだけど……。


「いないなぁ……」

 ぐるりと見まわしてもいる気配がない。

 別の場所だったかな? と思って移動しようとしたとき、「キー!」という鳴き声が聞こえた。

 聞こえた方に目をやると、このあたりで一番大きな木の枝のところにふわふわした白い毛玉が見える。

 手のひらサイズのそれにはつぶらな目が2つ付いていて可愛い。


「コタちゃん!」

 小さなぬいぐるみみたいなそれは、わたしが探していた木霊のコタちゃんだった。

 頑張ってわたしのところに来ようとしているけれど、何かに引っかかっているのか枝の上から降りられないみたい。


「……登れる、かな?」

 木登りはそんなに得意じゃないけれど、見た感じ足場になりそうなところは結構ある。

 わたしは「よし!」と意気込んで木にしがみついた。

 何とかコタちゃんのいる枝までたどり着き、手を伸ばす。


「コタちゃん、大丈夫?」

 声をかけてよく見ると、コタちゃんの長い毛が木のささくれに引っかかっていたみたい。

 腕をグググッと伸ばして何とか引っかかっていたところを取る。


「キー!」

 すると嬉しそうに鳴いたコタちゃんはそのままわたしの手のひらに乗ってくれた。


 そこでホッとしてしまったのが悪かったのかな?

 少しバランスを崩してしまってしがみついていた木から体が離れる。

「あわわわ!」

 コタちゃんを放り投げて両手で木にしがみつければ落ちなかっただろうけれど、そんなこと出来るわけがない。

 わたしは痛みがくる覚悟を決めて、コタちゃんが痛い思いをしないように胸の前に抱きこんだ。

 そして完全に木から離れて浮遊感にギュッと目を閉じたとき――。


 バサッ!


 まるで大きな布が強い風を受けたときのような音が近くで聞こえた。

 同時に浮遊感がなくなり誰かの腕に抱きとめられる。

 バサッバサッと音も繰り返し聞こえて、閉じていたまぶたを恐る恐る上げた。


美紗都みさと……お前、本当に危なっかしいな?」

 すぐ近くに現れた顔はとても整ったもの。

 青みがかったキレイな黒髪に、新緑を思わせる澄んだ緑の瞳。

 一昨日にも同じ距離、同じ角度で見た男の子の顔がそこにあった。


「っ! 風雅ふうが先輩!?」

 彼の名前を叫んでから助けてもらったんだって気づく。

 バサッというのは、風雅先輩の背中から生えているカラスの様な黒い翼が羽ばたいている音だ。

 カラス天狗のあやかしである風雅先輩は、わたしをお姫様抱っこしながら飛んでいる。

 風雅先輩の登場に驚いたのも束の間。


 その顔の近さとお姫様抱っこされている現状にわたしはアワアワと顔を赤くさせた。

 でも風雅先輩はそんなわたしに気づかないのか、ゆっくり地面に下りて立たせてくれる。


「なんだ、そいつを下ろしてやろうとしてたのか?」

 立たせてくれたと同時に、わたしの手の中からひょっこり目を出したコタちゃんを見てそう言われた。


「あ、はい。木のささくれに引っかかって下りれなかったみたいで……。コタちゃん、大丈夫?」

 地面に足を付けたことでホッとしたわたしは手の中のふわふわな毛玉を見る。

 心配するわたしにコタちゃんは「キー!」と元気な声を上げたので、良かったと安心した。

「コタちゃん? こいつ、一昨日お前が連れて行った木霊だろう? 名前つけたのか?」

「あ、はい。コダマなのでコダちゃんって最初思ったんですけど、濁点のない方が可愛いなって思って」

 そんな風に話していると、話題のコタちゃんがわたしの手から抜け出してスルスルと腕を上ってくる。

 肩の上まで来ると、まるで助けてくれた感謝のようにわたしの頬にすり寄ってきてくれた。


「ふふ、コタちゃん。くすぐったいよ」

 そう言いながらも、やっぱりコタちゃんは可愛いなぁと目を細める。

 わたしの方からも好きを伝えるためにスリスリしてみた。

「ふっ……」

 すると、目の前の風雅先輩が笑うように息を吐く。


 笑われちゃった!?


 行動が子供っぽかったかな? って恥ずかしい思いをしながら視線を上げると、とても優しい微笑みがあった。

 その微笑みには甘さすら感じて、ドキドキする鼓動が止められない。


 ……そういえば一昨日もこんな笑顔を向けられたっけ。

 最初は警戒されていたっぽいのに、どうしてこんな優しい表情を向けてくれるんだろう?

 わたしは照れながらも不思議に思っていた。
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