月を狩る者狩られる者

緋村燐

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月を狩る者狩られる者

~捜査~②

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「それで? 結局この2週間で分かったことは何だ?」

 昼食に立ち寄った喫茶店で朔夜が少し不機嫌そうに聞いてきた。

「……事件の犯人が十六夜っていう吸血鬼ってことと、この事件が私を誘っているものだってこと」

 私は指を折って数えるように答える。
 そして折った指は二本で止まった。

 ……つまり、全く進展がないのだ。


 事件の依頼を受けたあの日、朔夜の血を吸った男が私をその十六夜のもとに連れていくと言っていたから、あっちの方からすぐに何か仕掛けて来るかと思った。

 でも、何の動きもない。

 事件そのものもピタリと止まってしまっていたから、あとは情報収集に駆け回るしかないんだけど……。


「……これからどうするんだ? 最後の頼みの綱も、無駄に終わったぞ?」

 重いため息をつく朔夜。

 そうなんだよね。
 情報収集の甲斐もなく、十六夜のことは全く分かっていない。
 朔夜の言う最後の頼みの綱も、午前中に調べたが無駄に終わった。

「……ど、どうしよう?」

 苦い笑顔で聞いてみる。
 はっきり言って、私にはもう手の打ちようがない。

「あの男からもっと何か聞き出しておけば良かったな……」

 あの男とは、朔夜の血を吸った吸血鬼のことだろう。

 確かに、私を十六夜のところに連れ去ろうとした男だ。
 十六夜のことを色々知ってただろうに……。

 でも、あの男がどうなったかは分からない。
 一応あの時の場所にも行ってみたけど、男の姿はすでに無かった。

 生きているのか死んでいるのかも分からないのに、居場所なんて分かるはずもないのだから情報も聞き出せるわけもない。

 本当に、あの時もう少し聞き出せていればと後悔ばかり募った。


「仕方ない。ヤツがお前を狙っているのだとすれば、いずれ何かしら仕掛けて来るだろう。それまで待つしかない」

 それ以外の方法はないのかちょっと考えて、やっぱりない事に気付き私は諦めのため息をつく。

「はあ……そうね……」

 そんな感じで、私達は喫茶店を後にした。


「でも、それならこれからどうしよう? やることなくなるのよねー」

 一端マンションに戻ろうかということになって、朔夜の車に乗り込みながら私は呟いた。

「そうか?」

 私の呟きに朔夜はそう返すと、助手席の脇に手を回し背もたれを倒す。

「わあ⁉」

 いきなり上半身を支えていた背もたれを倒され、私はその背もたれと一緒に倒れてしまう。
 その上に朔夜が覆い被さった。


「ヒマならヒマで、色々とやりようはあるが?」

 影になった顔が笑う。

「ダメ……止めて……」

 私は近付いて来る顔を言葉だけで止めた。
 触れてしまえば求めてしまう。
 触れたいのすら我慢しているのに、朔夜の方から触れられたら抑えがきかなくなりそうで怖かった。

「朔夜、ダメ!」

 私の静止の言葉を無視してキスしようとする朔夜に、私はもう一度言った。
 すると、まさしく寸前と言うところで朔夜が止まる。

「?」

 どうしたのかと不思議に思っていると、朔夜はスッと離れた。
 そして私を覗き込んだ状態で目を細めニヤリと笑う。

「ダメ……ね。嫌ではないんだな」
「っ⁉」

 顔がカッと赤くなる。
 見透かされた。

 朔夜は私の反応に満足気に笑い、車のエンジンをかける。

 からかわれた?

 今度は別の意味で顔が赤くなる。
 ムスッとして背もたれを戻すと、朔夜は車を発進させた。

 朔夜の顔を見ていたくなくて……同時に私の顔を見せたくなくて、私はずっと助手席側の窓から外の風景を見ていた。

 朔夜の意地悪!

 すれ違う車や人を見ながら、私は心の中で悪態をついていた。
 それでも『嫌い』なんて言葉は出てくる様子はなくて、やっぱり好きなんだなあと再確認してしまう。

 まあ、だからこそなおさら腹が立つんだけど。

 窓ガラスにうっすらと映る朔夜は無表情だ。
 その端正な横顔を見て、私はため息を一つ吐く。

 結局のところ、私はこうやってからかわれるのも嫌いじゃ無いってことなんだ。

 ああ……私ってマゾだったのかなぁ……。

 そして最後にまた諦めのため息をついた。


 ふと視線を歩道の方に向けて、私は驚きで目を見開く。
 私の視線がとらえた姿は、2週間前の例の吸血鬼だった。

「朔夜止めて!」

 考えるより先に叫ぶ。
 朔夜が「どうした?」と聞きながら車を路肩に停車させた。

 気が焦ってたんだろうか。
 私は朔夜にろくな返事もせず、すぐに車から降りて男の姿を追う。

「望⁉」

 呼び止める朔夜の声もちゃんと聞いてはいなかった。
 十六夜の手がかりはもうあの男しかいない。

 絶対に捕まえて聞き出さないと!

 私の頭の中はその考えしか無かった。
 脇目も振らず男を追う。
 他の通行人もいるせいで、なかなか男の元にたどり着けない。

 走って走って、人通りが無くなってきたと思った時。
 気付くとそこは廃ビルの中で、回りに人の姿は全くない。
 そのときになって私はやっと気付いた。

 敵の狙いは、私と朔夜を引き離すことだということに。

 冷静になって反省する。
 いくら手詰まりで僅かな手がかりも逃したくないと思っていたとしても、一人で突っ走り過ぎた。

 とにかく朔夜と合流しないと。
 佐久間さんにも、何度も朔夜と行動するようにと念を押されていたし。

 実際、私一人ではまともに戦える自信がない。

 今、十六夜と会ってしまったら……。

 そう思った次の瞬間――。



「望……久しぶり」



 突然背後から声が聞こえた。

 忘れたくても忘れられなかった声。

 瞬間的にゾワッと鳥肌が立ち、私は振り返りながら距離をとった。

 赤みがかった茶髪。
 白い肌。
 琥珀色の瞳。
 そして、常に薄く微笑みの形をとる唇。

 全てが、記憶と一致する。


 十六夜……両親の仇。
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