月を狩る者狩られる者

緋村燐

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月を狩る者狩られる者

~捜査~①

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 すぅっと、意識が浮上して私は目を覚ました。
 目蓋を開くと、見慣れてきた朔夜の寝顔が真っ先に視界に入る。

 いつ見ても綺麗な顔。

 規則正しい寝息をもらす唇に、触れたくなって胸がギュッとなる。

 初めて会って、2日とたたないうちに私は朔夜に心を奪われた。
 私の方からは何も言って無いけれど、朔夜は気付いてるんだろうか。私の気持ち。

 ……だめ、今はそんなこと考えてる場合じゃないわ。

 そう。
 今は朔夜への想いに振り回されてる場合じゃない。

 佐久間さんから受けた事件。
 私の両親の仇・十六夜が起こした事件。

 今はその事件の情報収集を朔夜と二人でこなしている。


 朔夜への想いに気付いたあの日の夜、私は彼に全てを話した。

 六年前の、私の過去の話も……。


 六年前……あの夏の日。

 深夜、物音がして目を覚ました私は寝ぼけたままの状態で居間に向かった。
 お父さんとお母さんの声が居間から聞こえたから。

 電気はついてなくて、何をしてるんだろうと思った。
 不思議には思っても、特に不安になんて思いもせず私はドアを開く。

 月明かりが窓から差し込み、居間の中は薄暗いながらも良く見えた。
 そして私がそこで見たのは、床に倒れている両親と、棒のように立っている美しい顔立ちの魔物だった。

 床には黒い水溜まりが徐々に増えていく。
 微動だにしない両親に、嫌な予感がした。

「お、とう……さん? おかぁ……さん?」

 掠れる声をやっとの思いで出した。
 でも、呼び声に両親は全く応えない。

 代わりに魔物の男が私を見た。

 心が凍り付くような恐怖。
 男の視線を受けただけで私は身動きが出来なくなった。

 殺気。

 男は、確かに私を殺すつもりだった。
 でも、近付いて来た男は私を間近で見て凶悪な笑みを浮かべる。

「ぅ……あ……」

 私は叫んで逃げたかった。
 でも、声が出ない。
 体も金縛りにでもあったかのように指一本動かせない。

 男が、死よりも恐ろしいことを企んでいるということは見てとれたのに……。


 そして、私は恐怖と苦痛を思い知った……。


 最後の部分は詳しく話すことが出来なかった。
 あの恐怖は、未だに私をさいなんでいるから……。

 でも――。

「知ってる……だから言わなくていい」

 思い出し怯えている私に朔夜は言った。

「今日会っていた女は情報屋なんだ。……お前のことを知ろうと思ってな……」
「……そう、なんだ……」

「その情報屋に全て聞いた。……あの男が言っていた名前。十六夜だったか? そいつなんだろう、お前の仇は」

 私は何も言わず、ただ頷く。

「それで? お前はどうするつもりなんだ?」

 そう言った朔夜に、私は佐久間さんから受けた事件の書類を差し出す。
 朔夜は不思議そうに書類を受け取り、ざっと見た。

「佐久間さんから受けた事件。……その事件、十六夜が起こしたものだと思う」

 そこまで言って、朔夜が視線だけで私を見た。
 どうするつもりなのか、問うている目。

「……捕まえて協会に引き渡すわ。……ハンターとして、それが最適な行動だから……」

 本当は迷っていた。
 私は、本当にそれでいいと思ってる?

 そんな私の思いを知ってか知らずか、朔夜はただ「分かった」と言った。


 そしてあの日以来、朔夜は特に何も言わず私の手伝いをしてくれている。

 本当は、私が迷っていることを知ってるんだと思う。
 それでも朔夜が何も言わないのは、それは私自身が出さなきゃいけない答えだから……。

 でも、ただ考えていただけじゃ答えなんか見つからない。
 何にせよ、今は行動しかないってことよね。

 だったら早く起きて今日もまた情報収集に歩き回らないと。


「朔夜、起きて!」

 呼んでも起きる様子は無い。

「……」

 ならせめて自分だけでも起きようとするけど、朔夜に抱きつかれた状態のため無駄なあがきだった。


 全く……私は抱き枕じゃないってのに。

 朔夜はどうも、何かを抱きしめて眠るクセがあるみたいだ。
 仕方ないので、私は朔夜が目を覚ますまでその寝顔を観察することにした。


 とても綺麗な顔をしている朔夜。
 でもその寝顔には、少しだけ幼さも見え隠れする。


 ……可愛い。
 愛しい……。


 フワリと心が温かくなる。
 この瞬間がとても好き。

 朔夜が私のことを本当はどう思ってるのかとか。
 いずれは殺すつもりなんだとか。

 そんな思いなんて関係なく、この瞬間だけは朔夜を素直に想えるから……。

「うっ……ん」

 あ、起きちゃった?
 残念。
 でも仕方ない、起きないと。

 うっすらと開いた目蓋からアイスブルーの瞳が現れる。
 まだ少し寝ぼけている様な朔夜に私は小さく笑った。

 愛しいと、心から思う。


 私は目を覚ました朔夜に、「おはよう」と言った……――。
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