月を狩る者狩られる者

緋村燐

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月を狩る者狩られる者

~吸血~②

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 成人した大の男。
 運ぶのは簡単じゃなかった。

 引きずってやっと運べる程度。
 寝室まで運んだだけでも一苦労なのに、ベッドに寝かせるのもまた一苦労。
 やっとのことでベッドに寝かせると、私はベッドの端に上半身だけをした。

 つ、疲れた……。

 でもここでへばってしまうわけにはいかない。
 今の朔夜はきっと血が足りないんだ。

 彼がいつ吸血したのか分からないけど、この様子だと最近はしていないんだろう。
 血を吸われて、貧血の様な状態になっている。

 眉間にしわを寄せている朔夜は本当に苦しそうだった。

 こんな状態で良くここまで平気に運転してこれたものだわ。
 普通の人間ならその場ですぐ動けなくなるのに。

 やっぱり吸血鬼と人間だとこういうところも違うんだな。

 そんなことを考えながら私は朔夜を見つめていた。


「朔夜……」

 こんなときにどうかと思うけど、眉間にしわを寄せる朔夜は色っぽかった。

「うっ……」

 形の良い唇から洩れるうめき声も熱を帯びているように聞こえてしまう。

 私は苦しそうな朔夜にそんなことを考えてしまう自分が恥ずかしくて、彼の顔から視線を下げた。
 でも、そうして次に視界に入ったのは朔夜の体。
 襟を大きく開いているため露わになっていた胸板だった。

 見ただけで分かる女とは違う体。
 硬く、がっしりとしている。

「っ!」

 自分でも分かる。

 今私、絶対顔赤くなってる!

 そろそろと、今度は惹かれる様にその胸に触れた。

 硬い……。
 この身体に……。

 触れていたい。
 触れられたい。

 そして……。

「エロイ顔をしてるな……」

 朔夜の声で、私はハッと正気に戻る。

 私、今何を考えてた?

 とっさに朔夜から手を離し、心の動揺を隠そうとした。

「ちっ……油断したな。それに最近血を飲んでいないのがあだになった……」

 朔夜の悔しげな舌打ちに、私は少し驚く。
 余裕がない状態の朔夜というのが想像出来なかったせいもあり、何だか新鮮に感じた。

「飲んで無いって……どれくらい?」

 朔夜は気だるそうに少し考え、答える。

「ひと月……くらいかな……?」
「そんなに⁉」

 血が吸血鬼の食料だと言っても、人間のように毎日摂取しなければならないわけじゃないことは知っていた。
 それでもひと月は長すぎる。
 通常は大体一週間ごとに摂取するはずだ。

「普通のヤツと一緒にするな。協会で聞いたんだろう? 俺が純血種だってことを」
「うん……」

 ということは、朔夜は長い間飲まなくても平気という事だろうか。

「とは言え……流石にそろそろ飲まなければと思っていたんだ。だからお前とのゲームに勝って、血を吸おうと思っていたんだが……」

 ゲーム……。

 その言葉に、心臓をグッと掴まれたような痛みを感じた。

 朔夜にとってはやっぱりゲームなんだよね……?

 それを悲しいと思うのは、もうすでに心は朔夜のモノになっている証だろうか……。
 でも、殺されるのが分かっていて体を許す事はない。

 それが私にとって、最後の砦だった。


「仕方ない……明日協会にでも行って血を貰うか……」

 やはり気だるそうに言う朔夜に、私は告げる。

「血なら、ここにあるじゃない」

 朔夜がいぶかしんで私を見る。

「私の血を飲めば良いでしょ?」

 せめて、それぐらいはしてあげたかった。
 全てをあげるわけにはいかないから……。

「……本気で言っているのか?」

 少し辛そうに上半身を起こす朔夜。

「……本気」

 私はベッドに腰掛け、朔夜の目を見る。
 左手で頭の後ろから右側の髪を寄せ、右手で服を引っ張り首筋をあらわにする。

「……でも、全部は吸わないでよ?」

 これだけは釘を打っておかないと。

「まあ、大丈夫だろう。お前の血なら……」
「え? それってどういう……」

 私を引き寄せ呟いた言葉に、どういう意味かと聞き返そうとする。
 でもその前に朔夜の舌が私の首筋をなぞるように這う。

「んっ……」
「ああ……だが、今俺は血が足りない。必要以上に飲んでしまうのは避けられないぞ?」

 良いのか? と聞かれ、熱く溶ける様な吐息を肌で感じた。

「私はハンターよ。吸血鬼に血を提供するのも、仕事のうちだわ」

 私は何とか冷静さを保つために、強気な言葉を口にする。

 本当は仕事なんか関係無いけど……。

 でもそんな私の僅かな抵抗は虚しく終わる。


「どうなっても知らないぞ?」

 最後にそう言った朔夜は、私の首筋に牙を突き刺した。

「ぅくう!」

 あまりの痛みにうめく。

 異物が侵入してくる痛みは激痛となって私を襲った。
 でもすぐに痛みは熱に代わり、思考を溶かしていく……。

 何も考えられなくなった頭は感覚のみを読み取る。
 朔夜は牙で穴をあけると、そこからむさぼるるように血を吸った。

「あぁ……」

 血だけではなく、全てを吸い取られているかのような感覚に私は目蓋を閉じ力なく声をもらす。
 目蓋を閉じ、視覚をなくした私は他の感覚がさらに強まる事を知る。

 こぼれ落ちそうな赤い滴を舐めとり、溢れるそこには焦らすかの様に口づけをする。
 朔夜の行為は、まるで愛撫しているかのようだった。

 体の熱もどんどん高まり、頭がぼうっとしてくる。

「望……」

 血だけでなく、私自身をも求めるような呼び声にゾクリとした。
 このまま全てを預けてしまいそうになって怖い。

 かろうじて残る理性で堕ちそうになるのを耐えていると。

「っ! 朔夜⁉」

 胸の辺りに違和感を覚えて思考が一気に戻った。
 でも朔夜は私の声なんて聞こえていないようで、夢中で血を吸い舐め取っている。

 胸、触ってるんだけど⁉

「ちょっ、朔夜! 血は吸っても良いって……言ったけど、んっ。こういうのは……だめぇっ」

 朔夜は全く聞いていない。
 それどころか、そのままの状態で私を押し倒した。

「朔夜ぁっ……」

 私は非難するように叫んだつもりだった。
 でもその声は甘えるようなものにしか聞こえない。

 朔夜は夢中で血を吸い、私の胸をまさぐっている。
 私も、血を吸われ意識が朦朧もうろうとしてきた。

 理性とは裏腹に、私は朔夜の背中に腕を回し彼を求める。

「んっあぁっ」

 もう……ダメ……。
 私の意識は、そこで途切れた……。
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