月を狩る者狩られる者

緋村燐

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月を狩る者狩られる者

~嫉妬~②

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「っや……!」

 得意の合気道で切りぬけようと集中しようとする。
 でも、ナンパ男がそのまま私の首筋に舌を這わせた。

「っ! ぃやぁっ!」

 嫌悪感がどうしようもなく湧き上がって来て集中出来ない。
 せめてもと、ジタバタ暴れたけれど男からは逃れられなかった。

「良い反応するぜ。ああ……本当にあの人のモノじゃなけりゃあなー」

 男の手がイヤらしくうごめく。
 徐々に荒くなっていく熱い息を肌がしっかりと感じ取ってしまう。

 もう、泣きそう……。

 自分がこんなに弱いとは思わなかった。
 何人もの違反吸血鬼を捕まえていたから、強くなっていると思っていた。

 確かに強くなった。
 何も出来なかった昔よりは。
 でも、精神面は弱いままだったらしい。

 恐怖を感じてしまうと、身がすくんで思うように体が動かない。

 初めて朔夜と会ったときもそうだった。
 朔夜の美しさに恐怖を覚え、思わず体が逃げようと後退りしていた。

 そう。
 私は植えつけられた恐怖を、未だに克服など出来ていなかったんだ。

「ぃやだぁ……」

 自分の弱さを思い知らされ、泣きそうな声で訴える。

「うわっスゲーそそられる……抑えきかなそうだ」

 男の手が服の中に入ってきて腰の辺りを撫でた。
 ゾワリと、寒気に似た感覚が脳にまで伝わって来る。

「っ絶対にやだぁっ!」

 私は助けを求めるかのように大声で叫んだ。

 誰かが来てくれるかなんて考えた訳じゃなかった。
 ただ、この状況から脱したい一心で叫んだだけ。

 応えてくれる人がいるなんて、思っていなかった……。


「俺のモノに手を出すとはいい度胸だな」

 澄んだ空気のように、冷たい声が響いく。
 同時に、ナンパ男の首に太い腕が巻き付いた。

「うぐっ」

 絞められたのか、男が苦しそうにうめき私を離した。
 男から離れた私は状況を把握する。

 朔夜が、男の首を絞めていた。
 その表情に、容赦という言葉はない。

 口元は笑っているけれど、目が全く笑っていない。
 先程聞こえた声と同じく、とても冷たい色をしていた。

 そんな朔夜が瞬間的に腕に力を込めると、男の意識がなくなる。

 地面に倒れた男を見てホッとした。

 死んではいない。
 ただ、“落ちた”だけだ。


 朔夜は男が当分動かないことを確認すると、今度は私に向かって来る。
 私は思わず後退りした。

 だって、朔夜の目は変わらず冷たい。

 ……ううん。
 冷たい中に、ひそかに炎が見えるかのよう。

 朔夜は、怒っていた……。

 でも、ここまで近付かれてしまってから逃げることは無理だ。
 すぐに目の前に来られ、腕を掴まれた。
 引き寄せられ、顎を強く掴まれる。

「うっ」

 静かな怒りをたたえた瞳が私を睨む。

 そして私は、喰われた……。

 噛みつくような、幾度目かのキス。
 でも、今回は今までと違って優しさが欠片ほどもない。

 貪って、本当に喰われているような気分。

 苦しい……。
 まともに息が出来ない。

 そして、腕を掴んでいた朔夜の手が服の中に入ってきた。

「ぅんっはっ……やっんんぅー!」

 流石にそれ以上は勘弁してほしい。
 話すことは出来なくても、うめいてその意思を伝えた。

 すると朔夜は一度唇を離す。

「あの男には許して、俺は駄目か? ふざけるな」

 それだけ言うと、私の反論など聞かずにまた唇を合わせた。

「んんぅっ!」


 違うのに……。
 好きでされていたわけじゃないのに。

 反論の声は喉の奥に押し込められる。
 朔夜のキスは更に深くなって行った。

 朔夜の手は私の中の女を呼び覚まそうとしている。
 私の意思なんて関係なく。

 いや。
 こんな無理矢理……。
 こんなのいやぁ!

 私は、耐えきれず泣いてしまった。

「うっふぅ、ん……ひっく……」

 唇は塞がれていても、嗚咽は漏れるため朔夜もすぐに気付く。

「泣くか? いいさ、泣いて嫌がる姿に俺はそそられるからな」

 そう言って朔夜は皮肉気にクツリと笑う。
 そんな朔夜に腹が立ったけれど、私はまず誤解を解きたかった。

「私そいつに好きでされてたわけじゃない!」

 はっきりと言ったけれど、朔夜は納得しなかった。

「じゃあ何故こいつと一緒に俺から逃げた?」
「っ! それは……」
「答えられないなら、このまま黙ってヤられてろ」

 冷たく言った朔夜は、顎を掴んでいた手を喉を伝って下げ、鎖骨を撫でた。

「ぃゃぁ……」

 今にも消え入りそうな声が出る。
 朔夜はそんな私の反応にニヤリと笑い、耳の縁を舐めてきた。

「っ⁉」

 このままだと本当に最後まで行ってしまう。
 でも、止めて貰う為には正直に言わなきゃならない。

「今日は昨日の様に抵抗しないんだな。やっぱりそいつにシテもらってよかったのか?」

 耳元で憎々し気に囁かれた言葉は、私の心を傷つけた。

 違う。
 違う違う違う!!

 悲しくて、悔しくて……涙が滲む。
 感情が堰を切ったように溢れ出て、言葉となった。

「そんな名前も知らない男なんか関係ない!」

 私は悲痛な気持ちで泣きながら叫んだ。
 朔夜はそれでも止める気はなさそうだったけれど、私はそのまま続ける。

「そいつはナンパしてきただけ。貴方から逃げたかったから、仕方なくついて行っただけよっ!」

 そこまで言って、やっと朔夜の手が止まる。

 朔夜の胸元の服をぐっと掴む。
 嗚咽を漏らしながらうつ向いていたから、朔夜の顔は見えない。

 いや、見たくないんだ。

 朔夜が今どんな顔をしてるか分からないから。

「じゃあ何故俺から逃げた」

 私は朔夜の胸元を掴む力を強めた。

 まだ、思い出しただけで胸が苦しくなる。
 心の奥底から、混沌とした嫌な感情がじわじわとわいてくる。

 その感情の名前を私はもう知っていた。
 でも、認めたくなくて眉を寄せてしまう。

「言え」

 でも、短気な朔夜に耳元で凄まれた。

「っ!」

 こうなったらもうヤケクソだった。

「朔夜が悪いんだから!」

 うつ向いたまま、私は叫ぶ。

「あんな綺麗な人と楽しそうに話して……しかもあんな事までして……」
「あんな事?」
「唇に触れてたじゃないっ!」
 
 口に出した瞬間、その光景がまざまざと思い出された。
 堪えて溜め込んでいた痛みが、さらなる涙として溢れてくる。

 とめどなく溢れる涙は視界を揺らす。
 それに伴う嗚咽は言葉を奪った。

 朔夜はそんな私の顎をまた掴み、上向かせる。
 きっと酷い顔してるだろう私の顔を、ジッと見つめていた。

「ふぅっ……見ないでよぉ……」

 涙で朔夜の顔はよく見えない。
 ただ、徐々に近づいて来ているのは分かった。

 ぺろっ

「っ⁉」

 頬を舐められた。
 ぺろぺろと、涙を拭うように優しく。

 そして最後に、唇を吸われる。
 朔夜の舌が、優しく私を撫でていた。

 朔夜……。
 分かって、くれた……?

 朔夜の優しい手に、唇に。
 嬉しくて一筋涙が零れた。
 腕が自然と朔夜の背に回る。
 思わず、抱き返そうとしていた。

 でも――。

「くっ⁉」

 突然朔夜がうめき声を上げて私を離した。
 見ると、倒れていた男が朔夜を羽交い締めしている。
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