月を狩る者狩られる者

緋村燐

文字の大きさ
上 下
10 / 21
月を狩る者狩られる者

~嫉妬~①

しおりを挟む
 図書室で資料をじっくり読んでいたら、いつの間にかお昼を過ぎていた。

 朔夜、先に来ちゃってるかな?

 ちゃんと約束はしてないし、朔夜が勝手に決めただけだけど、私は言われていた通り喫茶店に向かう。

 だって仕方ないでしょう?
 帰る場所は朔夜のところしか無いんだから。

 朔夜にそう仕向けられたと思うと、怒りに似た気持ちがわいてくる。
 でもどうしようもない。
 頼みだった協会は全くあてにならなかったし。

「結局は自分次第ってことか……」

 はぁ……と思わずため息が漏れた。

 でも……。

「でも、朔夜がいたからあの事件任せて貰えたのよね……」

 それを思うとかなり複雑な心境になる。

 いや、そこら辺のこと考えるのはもうよそう……。
 考えたって仕方ない。

 とにかく、朔夜と合流したらこの事件の事を話して協力して貰わないと。
 素直に協力してくれるかどうかはわからないけど、佐久間さんにあれほど念を押されたのだから伝えない訳にはいかない。


「……でも、無理そうだよね」

 眉間に軽くしわを寄せ、さげすむ様に見下ろしてくる朔夜の顔が浮かぶ。
 その顔で、きっと「何故俺がそんなことしなきゃならないんだ?」とか言いそう。

 朔夜とは会ってまだ数日しか経っていないけれど、あの俺様で唯我独尊気味の性格は結構分かりやすい。
 分かりたくは無いけれど、分かりやすい。

 朔夜がどんな反応をするか想像してしまうと、段々話したくなくなってきた。
 佐久間さんには悪いけれど、朔夜に内緒で一人で調査を初めてしまおうかと思ってしまう。

「って、そういうわけにもいかないか……」

 仮にも協会本部の部長の指示だ。
 逆らう訳にはいかない。

「はぁ~……」

 今度は重く長いため息を吐きながら、私は朔夜が待っているであろう喫茶店にゆっくり足を進めた。

***

 喫茶店が見えてきて、朔夜の姿を探す。

 朔夜は遠目からでも目立つからすぐに見つかった。
 テラスの方にいるから良く見える。

 でも、そこに居たのは朔夜だけじゃなかった。
 朔夜の向かいに、美女が座っていたのだ。

 二人は楽しそうに歓談している。

 私は、五メートルほど離れたところで立ち止まり、その様子をただただ見ていた。

 美男美女でお似合いの二人。
 絵になる風景。

 ねえ朔夜、その人は誰?

 今一番言いたいセリフ。
 そして、今一番言いたくないセリフ。

 何故なら、そのセリフに乗せようとしている感情に気付きたくなかったから。

 小さく芽吹いたこの感情は、まるで小さな竜巻のように私の心をかき乱そうとしている。
 私は突っ立ったまま、それを抑えようとしていたけれど……。

 視線の先の朔夜が、美女の頬に指先で触れた。
 顔の線を伝って、顎を持ち上げる。

 その親指が、唇をなぞった。

「……っ!」

 もう、見ていられなかった。

 胸が苦しい。
 息がちゃんと吸えない。
 苦しくて、涙がにじんだ。

 私はその激しい感情に耐えきれなくて、その場を離れようとする。

 なのに……。

「あっれ~? 君どうしたの? 泣きそうな顔してるよ~。俺が慰めてあげようか?」

 嫌に明るい声が目の前に立ち塞がった。

 知らない男性。
 その軽そうな風貌と口調でナンパだと分かる。

 何でこんな時にナンパが……。

「どいて、私今すぐここから離れたいの」

 苦い顔をして突っぱねた。
 まともに相手なんかしてられない。

「そっか~じゃあ何処行く?」

 私の言葉を聞いてないのか、それとも聞いていたのに無視したのか。
 ナンパ男はそう言って私の肩を抱いてきた。

 なにこのナンパ。しつこい!

「離してよ!」

 朔夜がこっちに気付いちゃうじゃない!

 気付いていないか確認しようと、横目で朔夜の方を見る。
 すると朔夜は、気付いて居ないどころかむしろこっちに近づいて来ているところだった。

 わー来た!

「ちょっ、本当に離して」
「ん? 何、あの男から逃げてんの?」

 ナンパ男が私の視線の先を見て、察して言った。

「あーもう、そうよ!」

 私はもうやけっぱちで叫ぶ。
 今はナンパ男の事より、朔夜の顔を見たくない気持ちの方が強かった。

「じゃあついて来いよ。撒いてやる」
「へ? はあ⁉」

 私の返事も聞かずにナンパ男は私の手を引いて走る。
 引っ張られて転びそうになった。
 転ばないためには一緒に走るしかなくて、私は仕方なくナンパ男について行った。

「望!」

 後ろで朔夜の声が聞こえたけど、私は振り返りもせず無視した。

 ずっと手を引かれて走って、ずいぶんと入り込んだ場所で止まる。
 私は息を整えながらナンパ男に言った。

「とりあえずは、ありがとう……でももういいから。手、離して」
「それはダメだね。あんたをある人のところまで連れて行かなきゃならない」

 ナンパ男はそう言うと、私を引き寄せ抱き上げた。

「なっ⁉ ちょっと!」

 抗議しようとしたら、顔が近づいて来る。


「何をっ……⁉」

 キスされると思った。
 でもナンパ男は私の顔を逸れ、首筋にその顔を埋めた。

「触り心地良さそうな肌してるぜ。あの人のモノじゃなかったら今すぐ抱いてやるのに」

 耳元で囁かれ、首筋に息がかかる。
 熱い吐息は、私に恐怖を覚えさせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ヴァンパイアキス

志築いろは
恋愛
ヴァンパイアおよびグール退治を専門とする団体『クルースニク』。出自ゆえに誰よりもヴァンパイアを憎むエルザは、ある夜、任務先で立ち入り禁止区域を徘徊していた怪しい男に遭遇する。エルザは聴取のために彼を支部まで連れ帰るものの、男の突拍子もない言動に振り回されるばかり。 そんなある日、事件は起こる。不審な気配をたどって地下へ降りれば、仲間の一人が全身の血を吸われて死んでいた。地下にいるのは例の男ただひとり。男の正体はヴァンパイアだったのだ。だが気づいたときにはすでに遅く、エルザ一人ではヴァンパイア相手に手も足も出ない。 死を覚悟したのもつかの間、エルザが目覚めるとそこは、なぜか男の屋敷のベッドの上だった。 その日を境に、エルザと屋敷の住人たちとの奇妙な共同生活が始まる。 ヴァンパイア×恋愛ファンタジー。 この作品は、カクヨム様、エブリスタ様にも掲載しています。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

かりそめ婚のはずなのに、旦那様が甘すぎて困ります ~せっかちな社長は、最短ルートで最愛を囲う~

入海月子
恋愛
セレブの街のブティックG.rowで働く西原望晴(にしはらみはる)は、IT企業社長の由井拓斗(ゆいたくと)の私服のコーディネートをしている。彼のファッションセンスが壊滅的だからだ。 ただの客だったはずなのに、彼といきなりの同居。そして、親を安心させるために入籍することに。 拓斗のほうも結婚圧力がわずらわしかったから、ちょうどいいと言う。 書類上の夫婦と思ったのに、なぜか拓斗は甘々で――。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...