月を狩る者狩られる者

緋村燐

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月を狩る者狩られる者

~記憶~

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 身じろぎして、動けないことに違和感を感じて目が覚めた。
「ん~?」
 唸って瞼を開けると唇が見える。

 何これ……?

 寝ぼけた頭では状況判断がすぐには出来ない。
 その唇が朔夜のものだと気付くのに、かなりの時間をようした。

 でも気付いてからは早い。
 眠る前にあった事が次々と思い出され、何故自分が今動けないのかも理解した。

 理解した途端、朔夜の腕から逃れようとまた暴れてみるが、逆に抱き締める力が強まっただけ。
 はぁ、とため息を吐いて近くなった朔夜の顔を見る。

 まつ毛長いなぁ……。

 腕から逃れるのを諦めて、そんなことを思った。


 流れるように筋の通った形の良い鼻。
 その鼻の下には形の良い柔らかそうな唇。
 顎は卵型で左右対称。
 何処をどう見ても美しい造形。

 一目で心を奪われそうな男、朔夜……。
 でもこの男は私の全てを奪おうとしている吸血鬼だ。
 奪われるわけにはいかない。

 私にはまだやることがある。
 少なくともそれが終わるまでは死ぬ事なんて出来ない……。

「あ……」

 ふと思いついた。
 協会に言えば何とかしてくれるかもしれない。

 協会は様々な吸血鬼の問題を解決するところだ。
 ハンターと吸血鬼の間の問題では小さい問題は無視されがちだけれど、流石に命を狙われているとなれば何かしらの対処はしてくれるはずだ。

 よし、まだお昼みたいだしさっそく協会に!

 決意して今度こそ朔夜の腕から抜け出そうとした。
 いっそのこと起きて離してくれないかな、と思ったとき。

「モゾモゾ動くな。感じる」

 突然朔夜の声がした。
 声がしたと思った瞬間、私はベッドに仰向けに寝かされ、両手を押さえ込まれる。

 そしてアイスブルーの瞳とかち合った――。

 その瞳が瞼で隠されるのと同時に、私の唇が奪われる。

「んんっ!」

 抗議しようとしたけれど声なんか出るわけがない。
 それどころか押さえつける力が増すばかり。


 怖い!

 闇夜の中でも際立ったあの美しさがあるわけでもない。
 キスだって、乱暴だけれど何処か優しいのは変わらない。

 それでも恐怖を感じた。
 それはつまり、身の危険が迫っている警告――。

「……っ! 私の心も奪うんじゃなかったの? これ以上やったら、私は貴方に心は絶対あげない!」

 唇が離れた一瞬を狙って、私は叫ぶ。
 強固な意思を伝える様に、眼差しに力を込める。
 なのに朔夜は甘く囁く様に告げた。

「例えそうだとしても、お前の心を奪う自信はある。……体の関係から始まる恋ってヤツを教えてやるよ」

 妖艶に微笑む朔夜を見て、私は全身の熱がサァっと引く感覚がした。

「やっ……いや……」

 掠れる抵抗の言葉も虚しく、朔夜の唇が私の鎖骨を吸う。
 瞬間、私は目の前が真っ暗になる。


 奥底の記憶が蘇る。


 月明かりのみの薄暗い部屋。

 突然覆い被さる大きな影。

 手足の自由を奪われた私は……。


「いやああぁぁぁあ!!」
「っおい⁉」
「やあ! ひっ、ゃあああ!」

 私はなりふり構わず暴れた。
 瞑《つむ》った瞼の裏には闇に閉じ込めた記憶。

 思い出したくない。
 恐怖と痛みしかなかったあのときの記憶だけは。

 覆い被さる影。
 動けない私の体。

 それ以上は思い出させないで!

「いやあああ!」
「落ち着け! 止めるから……もう、しないから……」

 朔夜の声が泣きわめく私をなだめ、暴れる体を包み込む様に優しく抱き締めた。
 そんな状態でも私はまだ暴れていたけれど、朔夜の体温と心音に徐々に落ち着いてきた。

「うっ……ふぅっくっ……」

 まだ嗚咽をもらしている私を朔夜は子供にするように背中をポンポンと叩いてくれる。
 朔夜が泣く子のあやし方を知っていることに少し意外だと思った。

 やがて嗚咽も治まると、朔夜は私を離して「待ってろ」と言い残しベッドルームを出ていく。
 消えたぬくもりを少し寂しく思いながら、私はベッドの上で身を起こした。


「…………あれ……?」

 もしかして私、すっごいみっともないところ見せちゃった?

 落ち着いたおかげで頭も働くようになった。
 その頭でさっきの出来事を冷静に思い起こしてみると、泣きわめいて慰められて……。

 はっ、恥ずかしいぃ~!

 まさに、穴があったら入りたい。
 でも穴ははないので、変わりに掛布団を頭から被る。

 少しして足音がしたから朔夜が戻って来たのは分かった。
 でも私は恥ずかしくて布団から出ることが出来ない。

「……いつまでそうしてるつもりだ? ほら、これでも飲め」

 と朔夜が呆れた口調で言うので、私はモゾモゾと頭だけ生え出た。

「……生首みたいだな」
「……うるさい」

 恨めしそうに睨んで、差し出されたカップを取った。

 ホットココア?

「ミルク多めにしておいた。……落ち着くだろう?」
 その言葉を聞きながら私はココアをすする。

 甘くて温かいココアに心も体も落ち着いてくる。
 さっきまでの恥ずかしさも何処かに消えてしまったようだった。
 それに代わって、何だかむず痒い気持ちになる。

 朔夜……優しい?

 出会ってから今まで、私の意思は全く尊重してくれないし、勝手に色々決めるしで、優しくなんかしてくれなかった。

 なのに今は優しい……。
 何だか変な感じ。

 でもそのくすぐったいような気持ちは、数秒後の朔夜の言葉に打ち砕かれる。

「全く……お前を抱くには時間がかかりそうだな」

 ……はぁ⁉

 ちょっと咳き込みそうになった。

「さっきの私を見たすぐ後にそれを言うの⁉」
「嫌だね。お前のすべてを貰うと決めたんだ。……まぁ、それでもさっきのは異常過ぎたがな」
「そう思うなら諦めて!」
「そう思ったから慰めてやったんだろう?……ま、徐々に慣れさせて、そのうちお前の方から『抱いて』と言わせてやるよ。ククッ……楽しみだな」

 楽しみなのはあんただけだー!

 もう何を言っても無駄だと思い、心の中で叫んだ。
 やっぱり協会に言って何とかして貰うしかないかな……。
 ため息をついてもう一度ココアをすする。
 ココアは少し冷めて丁度良い温かさになっていた。

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