月を狩る者狩られる者

緋村燐

文字の大きさ
上 下
4 / 21
月を狩る者狩られる者

~再会~

しおりを挟む
 気絶した違反吸血鬼を運ぶのは大変で、協会に引き渡した頃にはもう朝方になっていた。
 コンビニでパンを買って、それを朝食代わりにする。

「本当に、アイツ何者だったんだろう」

 私はパンをかじりながら数時間前の出来事を思い出していた。
 あまりにも非現実的で、夢だったんじゃないかとも思う。
 でも……キスの感触はまだ覚えてる……。
 唇に指を当てたら、あのときのキスがリアルに思い出されて恥ずかしくなった。

 わ~やめやめ!

 頭からその記憶を無くすかのように、私は思いきり頭を振った。

「とにかくアパート帰って寝よう! 眠いから変なこと考えちゃうのよ!」

 実際私は眠かった。
 だって当然でしょう?
 夜中ずっと起きてたんだから……。
 自覚すると欠伸《あくび》が出てくる。
 ふかふかのお布団が恋しい……。

「うん、やっぱり帰って寝よう」

 残りのパンを一口で食べ、私は帰路についた。
 もといた協会支部から、二駅ほど電車に揺られて隣街に着く。
 駅から十分ほど歩いたところに私が住んでいるアパートがある。
 築5年のアパートは結構キレイで、部屋は狭いけれど人一人住むには十分だった。


 中2のとき両親を亡くした私は、その後伯父夫婦に預けられ、そのまま高1の秋まで世話になった。
 高1の、季節が秋から冬にかわる頃、私はこの世界に入るために家出し、高校を中退した。
 伯父夫婦にはかなり心配をかけたが、今では一年に一度、正月には帰っているので幾分安心しているはずだ。

 あくまでも“幾分”だけどね……。

 とはいえ、ハンターやってます。なんて言えるはずもないので、こうして一人暮らしをしている。
 今では唯一の憩いの場であるアパートに着き、二階まで階段を上がった。

 あと少しで眠れるー。
 と思ったのに、階段を上がり私の部屋の前を見ると……。


 アラこんにちは。
 そこには朔夜がおりました。

 ………………。

「何でいるのよ⁉」
 思わず突っ込んだ。

「ああ、遅かったな」
 驚く私とは反対に、朔夜は冷静に言う。

 私はこれすら夢ではないかと思った。
 でも、綺麗な容姿、少し長めの漆黒の髪、そして冷たいアイスブルーの瞳。その全てが数時間前に見た朔夜そのものだった。
 ただ、絶対的な美しさは多少抑えられていて、恐怖を感じることはなかったが。

「じゃあ行こうか」
 私に近付いてきた朔夜は、そう言っておもむろに私の肩を抱く。
 そして階段を下りはじめた。

「え? 何? 何処によ? 私帰って寝たいんだけど」
「じゃあ帰ってから寝ろ」
「だから帰って来たんじゃない。このアパートに」
「あの部屋は解約しておいた」
「…………へ?」

 聞き間違いだろうか。
 というか聞き間違いであってほしい。
 そんな私の思いも虚しく、朔夜は続ける。

「あの部屋は二人で住むには狭すぎるからな。俺のマンションに来い」
「は? 話が見えないんだけど」
「だから、今日から一緒に暮らすんだよ」
「はあぁぁぁ⁉」

 早朝にも関わらず、私は大声を出した。
 近所迷惑なんて考えている余裕はない。

「うるさい」
「仕方ないでしょう⁉ 大体一緒に暮らすって何?」
「お前を俺のモノにするためだ。一緒に暮らしたほうが共にいる時間が増えるだろう?」

 増えるだろうって……。

「私の意思は⁉」
「欠片ほども無い」

 即答しやがった……。
 私は頬を思いきり引きつらせた。
 その頃には階段は下りきっており、私は朔夜に誘導されるまま道を歩いた。
 少し歩くと、一番近くにある駐車場につく。
 そしてその中のスポーツカーに乗せられた。

 ……あれ? ちょっと待って。

「私まだ納得してないわよ⁉ 第一私の荷物は⁉」
「ざっと見たが……絶対に必要な物なんかあったか?」

 うっ……。

 私は言葉に詰まった。
 朔夜の言う通り、大した物は部屋に置いてない。
 財布やスマホなど、大切なものはいつも持ち歩いている。
 部屋にあるのは最低限の家具と衣類、そして食料だけだ。

「特には……無いわ……」
「じゃあ問題無いな」

 そう言って朔夜は助手席のドアを閉め、運転席に乗り込んだ。

「いや、だから私納得してないってば!」
 尚も抗議すると、朔夜は「うるさいな」と呟いてキスしてきた。

「ん⁉」
 唇の感触など確かめる暇もなく、朔夜の舌が口内に入ってくる。

「んっ……はぁ、ふぁっ」
 絡めた舌が快感を感じとり、段々頭がぼーっとしてくる。

 キス、スッゴク上手い……。

 朦朧もうろうとする意識の中でそれだけを思う。
 手慣れた朔夜に怒りすら覚えたが、体に力が入らない。
 認めたくはないけれど、私は確かに朔夜のキスに酔っていた……。
 唇が離れると、僅かに透明な架け橋が出来、途切れた。

「あっ……」
「そのままもう少し静かにしていろ」

 体に力が入らない私は、朔夜の言葉に反論したくても出来ない。
 そのまま、車は動き出した。


 しばらくすると、私は大分落ち着いていた。
 正確には諦めただけなのだけど……。
 それでも落ち着いたには変わりないので、ぽつりと呟くように朔夜に質問する。

「どうやって私のアパートの場所見つけたの?」
「……調べようと思えば、いくらでも調べようはある」
 微妙に答えになってない返答をされた。

「じゃあ、どうやって部屋を解約したのよ。身内でも無いのに。それに書類とかは部屋の中にあったはずよ?」
「催眠術使ったに決まってるだろう。……ああそうだ、鍵は後で返しておかないとな」

 と言って片手を差し出される。

「返しておいてやるから出せ」
「自分で返しに行くわよ」
「無理だな。催眠術であの部屋を使っていたのは俺、ということにしたからな」
「なっ!」

 何処まで自分勝手なのよ!!

「早く出せ」
 朔夜の命令口調に腹立ちながらも、私はしぶしぶ鍵を手渡した。

「……最後に。部屋にあった物はどうしたの? ある程度の衣服は欲しいんだけど」
「捨てた」

 鍵を受け取り、ハンドルに手を戻した朔夜は平然と言う。

「んなっ! はあぁぁぁ⁉」
「うるさいな……後で買ってやるから良いだろう? お前のは普段着も下着も地味だ」

 地味ぃ⁉

 確かにシンプルで着やすいものを良く選ぶけれど、言われるほど地味ではないはずだ。
 ……って!

「下着も見たの⁉」
「ああ」

 普通に言うな――!

 私はもう恥ずかしいやら腹が立つやらで涙がにじんできた。

「別に良いだろう? どうせお前を抱くときは見ることになるんだからな」
「っ……っっっ!」

 カァ、と顔が赤くなるのが自分でも分かった。
 それが怒りからか恥ずかしさからかは分からなかったけれど。
 私がそんな状態で押し黙ると、丁度車が信号で止まる。
 車が止まった隙に、朔夜の左手が私の顎を撫でた。

「……っ!」

 何だか、変な感じがした。
 目眩のような、体の内側をくすぐられているような……。
 フッ…と朔夜が笑う。

「なかなか可愛い反応をするじゃないか」

 ドクンッ――。

 心臓が、はっきりと脈打った。
 その余韻の様に胸がドキドキしている。

 駄目よ私!
 朔夜は私の心と体奪ったら血を全部吸って殺すつもりなのに、いきなり心奪われそうになっちゃ駄目じゃない!
 信号が青になって朔夜の手が離れると、私は頭を振って芽生えかけた気持ちを振り払った。

 そのあとはもう何も話さなかった。
 話しをして、また心が動かされないように……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ヴァンパイアキス

志築いろは
恋愛
ヴァンパイアおよびグール退治を専門とする団体『クルースニク』。出自ゆえに誰よりもヴァンパイアを憎むエルザは、ある夜、任務先で立ち入り禁止区域を徘徊していた怪しい男に遭遇する。エルザは聴取のために彼を支部まで連れ帰るものの、男の突拍子もない言動に振り回されるばかり。 そんなある日、事件は起こる。不審な気配をたどって地下へ降りれば、仲間の一人が全身の血を吸われて死んでいた。地下にいるのは例の男ただひとり。男の正体はヴァンパイアだったのだ。だが気づいたときにはすでに遅く、エルザ一人ではヴァンパイア相手に手も足も出ない。 死を覚悟したのもつかの間、エルザが目覚めるとそこは、なぜか男の屋敷のベッドの上だった。 その日を境に、エルザと屋敷の住人たちとの奇妙な共同生活が始まる。 ヴァンパイア×恋愛ファンタジー。 この作品は、カクヨム様、エブリスタ様にも掲載しています。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

かりそめ婚のはずなのに、旦那様が甘すぎて困ります ~せっかちな社長は、最短ルートで最愛を囲う~

入海月子
恋愛
セレブの街のブティックG.rowで働く西原望晴(にしはらみはる)は、IT企業社長の由井拓斗(ゆいたくと)の私服のコーディネートをしている。彼のファッションセンスが壊滅的だからだ。 ただの客だったはずなのに、彼といきなりの同居。そして、親を安心させるために入籍することに。 拓斗のほうも結婚圧力がわずらわしかったから、ちょうどいいと言う。 書類上の夫婦と思ったのに、なぜか拓斗は甘々で――。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...