月を狩る者狩られる者

緋村燐

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月を狩る者狩られる者

~再会~

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 気絶した違反吸血鬼を運ぶのは大変で、協会に引き渡した頃にはもう朝方になっていた。
 コンビニでパンを買って、それを朝食代わりにする。

「本当に、アイツ何者だったんだろう」

 私はパンをかじりながら数時間前の出来事を思い出していた。
 あまりにも非現実的で、夢だったんじゃないかとも思う。
 でも……キスの感触はまだ覚えてる……。
 唇に指を当てたら、あのときのキスがリアルに思い出されて恥ずかしくなった。

 わ~やめやめ!

 頭からその記憶を無くすかのように、私は思いきり頭を振った。

「とにかくアパート帰って寝よう! 眠いから変なこと考えちゃうのよ!」

 実際私は眠かった。
 だって当然でしょう?
 夜中ずっと起きてたんだから……。
 自覚すると欠伸《あくび》が出てくる。
 ふかふかのお布団が恋しい……。

「うん、やっぱり帰って寝よう」

 残りのパンを一口で食べ、私は帰路についた。
 もといた協会支部から、二駅ほど電車に揺られて隣街に着く。
 駅から十分ほど歩いたところに私が住んでいるアパートがある。
 築5年のアパートは結構キレイで、部屋は狭いけれど人一人住むには十分だった。


 中2のとき両親を亡くした私は、その後伯父夫婦に預けられ、そのまま高1の秋まで世話になった。
 高1の、季節が秋から冬にかわる頃、私はこの世界に入るために家出し、高校を中退した。
 伯父夫婦にはかなり心配をかけたが、今では一年に一度、正月には帰っているので幾分安心しているはずだ。

 あくまでも“幾分”だけどね……。

 とはいえ、ハンターやってます。なんて言えるはずもないので、こうして一人暮らしをしている。
 今では唯一の憩いの場であるアパートに着き、二階まで階段を上がった。

 あと少しで眠れるー。
 と思ったのに、階段を上がり私の部屋の前を見ると……。


 アラこんにちは。
 そこには朔夜がおりました。

 ………………。

「何でいるのよ⁉」
 思わず突っ込んだ。

「ああ、遅かったな」
 驚く私とは反対に、朔夜は冷静に言う。

 私はこれすら夢ではないかと思った。
 でも、綺麗な容姿、少し長めの漆黒の髪、そして冷たいアイスブルーの瞳。その全てが数時間前に見た朔夜そのものだった。
 ただ、絶対的な美しさは多少抑えられていて、恐怖を感じることはなかったが。

「じゃあ行こうか」
 私に近付いてきた朔夜は、そう言っておもむろに私の肩を抱く。
 そして階段を下りはじめた。

「え? 何? 何処によ? 私帰って寝たいんだけど」
「じゃあ帰ってから寝ろ」
「だから帰って来たんじゃない。このアパートに」
「あの部屋は解約しておいた」
「…………へ?」

 聞き間違いだろうか。
 というか聞き間違いであってほしい。
 そんな私の思いも虚しく、朔夜は続ける。

「あの部屋は二人で住むには狭すぎるからな。俺のマンションに来い」
「は? 話が見えないんだけど」
「だから、今日から一緒に暮らすんだよ」
「はあぁぁぁ⁉」

 早朝にも関わらず、私は大声を出した。
 近所迷惑なんて考えている余裕はない。

「うるさい」
「仕方ないでしょう⁉ 大体一緒に暮らすって何?」
「お前を俺のモノにするためだ。一緒に暮らしたほうが共にいる時間が増えるだろう?」

 増えるだろうって……。

「私の意思は⁉」
「欠片ほども無い」

 即答しやがった……。
 私は頬を思いきり引きつらせた。
 その頃には階段は下りきっており、私は朔夜に誘導されるまま道を歩いた。
 少し歩くと、一番近くにある駐車場につく。
 そしてその中のスポーツカーに乗せられた。

 ……あれ? ちょっと待って。

「私まだ納得してないわよ⁉ 第一私の荷物は⁉」
「ざっと見たが……絶対に必要な物なんかあったか?」

 うっ……。

 私は言葉に詰まった。
 朔夜の言う通り、大した物は部屋に置いてない。
 財布やスマホなど、大切なものはいつも持ち歩いている。
 部屋にあるのは最低限の家具と衣類、そして食料だけだ。

「特には……無いわ……」
「じゃあ問題無いな」

 そう言って朔夜は助手席のドアを閉め、運転席に乗り込んだ。

「いや、だから私納得してないってば!」
 尚も抗議すると、朔夜は「うるさいな」と呟いてキスしてきた。

「ん⁉」
 唇の感触など確かめる暇もなく、朔夜の舌が口内に入ってくる。

「んっ……はぁ、ふぁっ」
 絡めた舌が快感を感じとり、段々頭がぼーっとしてくる。

 キス、スッゴク上手い……。

 朦朧もうろうとする意識の中でそれだけを思う。
 手慣れた朔夜に怒りすら覚えたが、体に力が入らない。
 認めたくはないけれど、私は確かに朔夜のキスに酔っていた……。
 唇が離れると、僅かに透明な架け橋が出来、途切れた。

「あっ……」
「そのままもう少し静かにしていろ」

 体に力が入らない私は、朔夜の言葉に反論したくても出来ない。
 そのまま、車は動き出した。


 しばらくすると、私は大分落ち着いていた。
 正確には諦めただけなのだけど……。
 それでも落ち着いたには変わりないので、ぽつりと呟くように朔夜に質問する。

「どうやって私のアパートの場所見つけたの?」
「……調べようと思えば、いくらでも調べようはある」
 微妙に答えになってない返答をされた。

「じゃあ、どうやって部屋を解約したのよ。身内でも無いのに。それに書類とかは部屋の中にあったはずよ?」
「催眠術使ったに決まってるだろう。……ああそうだ、鍵は後で返しておかないとな」

 と言って片手を差し出される。

「返しておいてやるから出せ」
「自分で返しに行くわよ」
「無理だな。催眠術であの部屋を使っていたのは俺、ということにしたからな」
「なっ!」

 何処まで自分勝手なのよ!!

「早く出せ」
 朔夜の命令口調に腹立ちながらも、私はしぶしぶ鍵を手渡した。

「……最後に。部屋にあった物はどうしたの? ある程度の衣服は欲しいんだけど」
「捨てた」

 鍵を受け取り、ハンドルに手を戻した朔夜は平然と言う。

「んなっ! はあぁぁぁ⁉」
「うるさいな……後で買ってやるから良いだろう? お前のは普段着も下着も地味だ」

 地味ぃ⁉

 確かにシンプルで着やすいものを良く選ぶけれど、言われるほど地味ではないはずだ。
 ……って!

「下着も見たの⁉」
「ああ」

 普通に言うな――!

 私はもう恥ずかしいやら腹が立つやらで涙がにじんできた。

「別に良いだろう? どうせお前を抱くときは見ることになるんだからな」
「っ……っっっ!」

 カァ、と顔が赤くなるのが自分でも分かった。
 それが怒りからか恥ずかしさからかは分からなかったけれど。
 私がそんな状態で押し黙ると、丁度車が信号で止まる。
 車が止まった隙に、朔夜の左手が私の顎を撫でた。

「……っ!」

 何だか、変な感じがした。
 目眩のような、体の内側をくすぐられているような……。
 フッ…と朔夜が笑う。

「なかなか可愛い反応をするじゃないか」

 ドクンッ――。

 心臓が、はっきりと脈打った。
 その余韻の様に胸がドキドキしている。

 駄目よ私!
 朔夜は私の心と体奪ったら血を全部吸って殺すつもりなのに、いきなり心奪われそうになっちゃ駄目じゃない!
 信号が青になって朔夜の手が離れると、私は頭を振って芽生えかけた気持ちを振り払った。

 そのあとはもう何も話さなかった。
 話しをして、また心が動かされないように……。
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