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一章 メイクオタク地味子

女子グループ

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「ごめん、遅くなった……」

 気の抜けるような声でそう言ったのは、最後に待ち合わせ場所に到着した日高くんだ。
 確かに遅刻だけど、まあ10分ならマシな方だろう。
 でも日高くん自身はマシじゃなかった。

 服装はいい。悪くはない。
 シャツの柄がいかつい龍ってチョイスが微妙だけど、コーデ的にはまあそれもありだ。
 問題は身だしなみ。
 寝坊でもしたのか髪は所々はねていて、唇も乾燥している。
 よく見ると肌もカサカサで、これはまともに保湿していない。
 遊びに出掛けるって言うのにこのいで立ちはない。
 今すぐ寝癖を直して保湿リップだけでもつけさせたい衝動を抑えるのが大変だった。

 待ち合わせの段階でこれだと、今日は本当に気疲れで潰れるかもしれない。
 私は癒しを求めて人気者グループへと視線を向ける。
 流石は美男美女。
 私服姿も目の保養だ。
 メイクに関してはああすればいいのにとか、こうすればもっと良くなるのになんて思ってしまうけれど、日高くんを見ているよりは安心できる。


「じゃあ皆揃ったし、行こうか」
 工藤くんの言葉に、皆歩き始めた。
「美智留ちゃん、今日の髪型気合い入れた? すごく凝ってる」
「さくらもその髪飾り可愛いよ。その桜が連なってるみたいな髪留め。どこで見つけたの?」
「ありがとう。これね、フリマアプリで一目惚れして買っちゃったんだー」
 仲の良い二人の中には入り辛いけれど、その会話を聞いているだけでも癒される。

 うんうん。
 田中さんの髪、凄いよね。
 私でもどうやって結ってるのかちょっと分からないくらい。
 宮野さんはとにかく可愛い。
 桜の髪留めなんて季節的にもバッチリだし、宮野さんに似合ってる。
 センスもあるね。
 会話には混ざれないけれど、そんな風に内心では考えていた。

 だからのけ者にされている気はしなかったんだけれど、気になったのか田中さんが私の方を見て言う。
「倉木さんも話そうよ。皆の親交を深めるために出かけてるんだし」
「え? あ、うん」
 と答えたものの、どうしようか。
 心の中で思っていたことを話すのは簡単だけれど、きっと色々語ってしまう。
 まだそれほど仲が良いわけじゃないのにそんなことをしたら確実に引かれる。
 そう思って何を話そうか迷っていると、田中さんが話題を提供してくれた。

「倉木さんの私服初めて見るけど、いい感じだね。センスいいんじゃない?」
「そ、そうかな? ありがとう」
「そうだよ、何だか春らしい色合いで可愛い。それに色付きのリップしてる?」
 一番春が似合う宮野さんに言われてつい『あなたの方が可愛いです!』と叫びたくなる。
 それでも何とか喉元で止めると、田中さんが得意げに話し始めた。
「本当だ。倉木さん髪もキレイだし、やっぱりちゃんと身だしなみを気にして手入れしている人なんだね」

 田中さんは髪オタクなんだろうか。
 髪留めや髪の手入れとか、髪に関することによく気がつく。
「……ありがとう。田中さん、気付いてくれて嬉しい」
 ちょっと迷ったけれど、今の素直な気持ちを伝えることにした。
「どういたしまして、でも気付いて当然だよ。他の子って何でかあまり髪質気にしてないんだよね。ちゃんと手入れすれば綺麗に出来るのに」
 そうして語りだした田中さんには私と同じものを感じる。
 やっぱり髪オタク?
 人気者だから私とは違う部類の人だと思っていたけれど、案外同類だったのかもしれない。
 私の中で田中さんへの好感度はうなぎ上りだ。

「そういえば倉木さんだけ苗字呼びだね」
 ふと、宮野さんがそんなことを言う。
「そうだね。倉木さんも私達の事苗字呼びだし」
 同意した田中さんが、んーと少し考えるしぐさをして提案した。
「これからは一緒に行動することが多くなるんだから、名前で呼ぼうよ。ね、灯里」
 突然名前を呼び捨てにされてドキッとしてしまう。
「そうだね。私のこともさくらって呼んで、灯里ちゃん」
 そうしてニッコリ笑う宮野さんはふわふわのウサギみたいで凄く可愛い。

「……分かった。よろしくね、さくらさん、美智留さん」
『……』
 要望通り名前で呼んだのになぜか沈黙。
 口を開いたのは美智留さんだ。
「……さん付けは禁止」
「わ、分かった。美智留ちゃん」
 流石にいきなり呼び捨ては難しい。
「んーまあそれでいいか」
 と美智留ちゃんが納得してくれたので安堵する。
 そんな風に、道中は女子グループでの交流を主にしながら遊園地に向かっていた。
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