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熱い一夜②

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 痛みは一瞬。
 痛みの熱に感覚を奪われ、取り戻した頃には甘い微熱だけが首筋に集中する。

「っはぁ……」

 溢れる血を飲む合間に、令劉の息づかいが耳に届く。
 それはとても色っぽく、明凜は色気に当てられたようにぞくりと震えた。

 血を啜る吸血鬼。
 そこにある種の恐ろしさはあるが、相手が令劉だと思えばむしろ喜びにすらなった。
 自分の全てを求められている。
 その喜びに浸る一方で、このように血を求められた女が今まで沢山いたのかと思うと嫉妬の炎が燃え上がりそうだ。

 例えあくまで食事として求められていたのだとしても、令劉が首筋に噛みついた女は数知れずだろう。
 どうしても、もやもやとしたものが残る。

(これからは、私だけの令劉様でいてもらわないと……)

 独占したいという欲が自分の中で生まれ、明凜は軽く驚いた。
 恋をしたこともなかったというのに、ここまで一人を独占したいと思うなど、と。
 だが、悪い気分ではなかった。
 互いが、互いのためだけに存在する。
 それが番というものなのかもしれないと思った。

「明凜っ……」
「んぁっ」

 最後にジュッと強く吸うと、令劉は傷口に舌を這わせ血を舐め取った。

「これで血は止まるが……すまない、美しい肌に傷跡が残ってしまったな」
「この程度、大丈夫です。それよりも令劉様の怪我は大丈夫なのですか?」

 咬み痕がどうなっているのかは少々気になるが、血が止まっているのならば問題はない。
 それよりも血も止まっていなかった令劉の傷の方が心配だった。

「問題ない、ほら」

 令劉は大丈夫だと言いながら包帯代わりに巻いた布を外して見せる。
 ほどよく筋肉の付いたその腕にあったはずの傷は、血も止まり、傷もなく、名残のような痣があるのみとなっていた。

「良かった……」

 あまりにも早い怪我の治りに驚くが、それよりもこれでもう痛くないのだということに安堵する。
 確認のように傷痕に指を這わせると、くすぐったかったのか令劉が僅かに身じろいだ。

「明凜……」

 傷痕に当てていた手を右手でギュッと握られ、視線を上に戻す。
 丸みもあるが、ほどよく尖った顎。
 薄いが、色艶のいい唇。
 通った鼻筋は均整の取れた形をしている。
 そして、長い睫毛に縁取られた空色は薄暗さも相まって深い藍色に見えた。
 藍の目が熱を持って明凜だけを見つめている。

「明凜、お前が欲しい」
「……はい」

 欲を直接言葉へと乗せた令劉に、明凜は早まる鼓動を味わうようにゆっくりと頷いた。
 軽く口づけられ、抱き寄せられる。
 そのまま横に抱き上げられたかと思うと、令劉は房の奥へと向かった。

 小さな房なので奥には物置くらいしかないのではと思っていたが、どうやら臥房になっていたらしい。
 人があまり来ない場所だが、定期的に整えられているのか敷物は清潔そうだ。
 令劉は明凜を臥床に寝かせ、そのまま上に覆い被さった。

 すでに片腕をさらしていたため、上衣はほぼ脱いでいる状態。
 男らしくたくましい胸板が目の前にあり、明凜は令劉の色気に当てられたように体が熱くなっていくのを感じた。

 この体に抱かれるのだと思うと、心臓が大きく鳴り響く。
 ドキドキと収まることを知らない鼓動を落ち着かせたくて、明凜は少し気になっていたことを問い掛けた。

「令劉様。一つだけ確認してもよろしいでしょうか?」
「ん? なんだ?」
「令劉様は、催眠術を使えるのですよね?……私に掛けたことがございますか?」

 催眠術を使えると知ってから沸いた僅かな疑問。
 自身からあふれ出る令劉への愛しさは催眠術などではない。
 この優しくも激しい思いは、確かに令劉という一人の男を知って生まれたものだ。
 だからこの思いが操られたものではないことは明凜が一番良く知っている。
 だが、所々。
 初めて口づけを迫られたときに逃げられなかったときなど、少しは使われていたのだろうかと疑問に思った。

 だが、令劉は意外なことを言われたとばかりにキョトンと驚く。

「明凜に掛けたことはない。……色仕掛けはしたかもしれぬが」

 意外にも可愛らしい表情と、別のことはしたという言葉に思わず「ふふっ」と笑う。

「ではきっと、私は色仕掛けの方に引っかかってしまったのですね」

 答えながら、内側から幸福感が溢れてくるのを感じる。
 両腕を伸ばし、令劉の頬を包む。

「好きです、令劉様」

 何度口にしても伝え足りない。
 その思いに応えるように、令劉は左手を明凜の手に乗せ微笑んだ。

「レイルだ」
「え?」
「令劉はこの国で生きるために本来の名に漢字を当てた名なのだ」
「レイル、様?」
「ああ。もう誰も呼んでくれることのない名だが、今だけでも本当の名で呼んで欲しい」

 悲しげに話すレイルに、明凜はこれ以上は増えないだろうと思っていた愛しさが更に湧き上がるのを感じる。
 本当の名を自分だけには呼んで欲しいと言う。
 その特別感に喜びが溢れた。

「レイル様、好きです」
「ああ……明凜。好きだ、愛している」

 幸福という名の笑みが近付き、唇が触れる。
 すぐに深くなってゆく口づけの中、レイルの手が胸に巻いた布を外していく。
 優しく柔肌に触れた手は、晋以に触れられた場所を上塗りするように優しく丹念に撫でてきた。

 高まる熱に解かされるように、肌を合わせる。
 人気のない後宮の端の房で、静かな清夜に二人は一つになった。
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