後宮に潜む黒薔薇は吸血鬼の番となりて

緋村燐

文字の大きさ
上 下
23 / 32

不測の事態④

しおりを挟む
 穏やかな雰囲気の、少々浮ついた人物。
 それが晋以という男への認識だった。
 だが、今見上げている男は穏やかさなど無く、浮つくどころか抜き身の刃のような鋭利な雰囲気を持っている。
 何より、明凜を見下ろし笑う顔は、嗜虐的に歪んでいた。

「蘭から来た侍女殿。元より間者の可能性はあったが、初めて会ったときあなたは私を避けようとした。こちらが避けようとしたのにぶつかってしまったからね」
「っ!」
「あの身のこなしはただの侍女じゃない。すぐに確かめようと逢い引きのていで誘い出そうとしたが、令劉様に邪魔されてしまったからなぁ?」

 あのときから疑われていたとは思わず明凜は驚く。
 同時に自分の浅慮さにほぞを噛んだ。

(とっさに動いてしまったから……もっと完璧に侍女を装わなければならなかったのに)

 ギリ、と奥歯を食いしばる。
 悔しさと、今後の自分がどうなるかという恐怖に耐えるために。

 今の晋以は明凜と同じく身軽な格好をしている。
 宦官の袍ではなく、明らかに明凜と同業と分かるものだ。
 同じように暗殺の技を身につけているのだとすれば、明凜の素早さでどうにかなる相手ではない。

 そんな相手に馬乗りになられている状況は、明らかに明凜にとって分が悪かった。
 このまま殺されてもおかしくは無い状況。
 だが、すぐに殺さないところを見ると情報を聞き出したいということだろうか。

(だとしても、話すわけにはいかない以上殺されるのが落ちだわ)

 明確な死への道筋が見え、恐怖で歯が鳴らぬよう顎に力を入れた。
 それでも僅かな生きる道を探し、晋以から目を逸らすことはしない。
 隙を突き、出来るならば口封じのために彼を殺さなくてはならない。

「さて、間者と分かったからには目的を吐かせなくてはな……とはいえ、『誰が言うか』って顔をしているな?」

 ニタリと嫌悪しか抱かない笑みを浮かべた晋以は、小刀を取り出しそれを明凜の首元に当てた。

「っ……」
「このまま殺しても良いが……それは色々と勿体ない」

 抵抗出来ない明凜を見下ろす晋以は、ねっとりとした視線で明凜を見下ろす。
 その視線に内包される嫌悪と不快感に気付くと同時に、晋以は小刀の刃を返し一気に明凜の上衣を裂いた。

「っ!」

 薄暗い中白い肌が浮かび上がり、真ん中に一本鮮やかな赤い線が滲み出る。
 驚き、恐怖で固まる明凜を楽しそうに見下ろした晋以は顔を寄せ赤い線に舌を這わせた。

「っ、ぃゃっ……」

 肌にねっとりと這う生暖かいものに不快感が最高潮に達する。
 なんとか逃げ出そうともがくが、僅かに身を捩ることが精一杯だった。

(何を……晋以殿は私をどうするつもりなの!?)

 行動だけで言うならば辱められるところなのだろうが、晋以は宦官だ。
 令劉という例外はあるが、本来宦官は男のものが無い。
 その分性欲も無いはずだが……。

「不思議そうな顔をしているな? 宦官でも性欲が残っている者はいるんだよ。特に俺は暗殺者として残虐性を残すためにあえて性欲も残る方法を取った」

 明凜の素肌から顔を上げた晋以が、にやにやと笑みを浮かべながら説明をする。
 語りながら自由な方の手で破れた布をかき分け、そのまま膨らみへと進んでいった。

「ぃやっ」

 また逃げようと身を捩るが、それすらも押さえつけるように晋以は明凜の肌を強く掴む。

「いっ!」

 痛みに顔を歪めると、晋以はとても嬉しそうな……恍惚とした笑みを浮かべた。

「そうそう、その目が見たかったんだ。その美しい翡翠の瞳が恐怖と嫌悪に染まっていくさまはとてもぞくぞくする」
「っ!」

(怖い)

 怖くて、恐ろしかった。
 令劉に組み敷かれたときとは全く違う。
 令劉は同じように明凜を組み敷いていても、触れる手は優しかった。
 空色の瞳は、どこまでも明凜を求めていた。

「はぁ……興奮してきたよ。ああ、俺は性を解放するものがないのでね。代わりに色々と噛みつくが頑張って耐えてみると良い」

 晋以の様に、遊んでいるかの様な笑みを浮かべることなど無い。

(触れてくれるのが、令劉様なら……)

 それならむしろ嬉しかったのでは無いだろうかと、涙が零れた。
 だが、零れ落ちる前に突如房の戸が開き、外気が入り込んだ。

『っ!?』

 第三者の気配に、明凜と晋以は驚き息を詰める。
 直後、何者かが晋以に向かって突進した。

「ぅっ、ぐぅ!」

 上に乗っていた晋以が突進した者に捕まり、明凜は急ぎ体を起こし体制を整える。
 胸元を隠すように掴み、状況把握のために視線を他の二人に向けた。

 壁側で晋以の首を片手で持ち上げていたのは、その身に怒りの炎を宿した令劉だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。

石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。 雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。 一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。 ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。 その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。 愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

殿下、真実の愛を見つけられたのはお互い様ですわ!吸血鬼の私は番いを見つけましたので全力で堕としにかかりますから悪しからず

蓮恭
恋愛
「アドリエンヌ嬢、どうか……どうか愚息を見捨てないでくださらんか?」  ここガンブラン王国の国王は、その痩せた身体を何とか折り曲げて目の前に腰掛ける華奢な令嬢に向かい懸命に哀訴していた。 「国王陛下、私は真実の愛を見つけてしまったのです。それに、王太子殿下も時を同じくして真実の愛を見つけたそうですわ。まさに奇跡でしょう。こんなに喜ばしいことはございません。ですから、そのように国王陛下が心を痛める必要はありませんのよ。」  美しい銀糸のような艶やかな髪は令嬢が首を傾げたことでサラリと揺れ、希少なルビーの様な深い紅の瞳は細められていた。 「い、いや……。そういうことではなくてだな……。アドリエンヌ嬢にはこの国の王太子妃になっていただくつもりで儂は……。」  国王は痩せこけた身体を震わせ、撫でつけた白髪は苦労が滲み出ていた。  そのような国王の悲哀の帯びた表情にも、アドリエンヌは突き放すような言葉を返した。 「国王陛下、それはいけませんわ。だって、王太子殿下がそれをお望みではありませんもの。殿下はネリー・ド・ブリアリ伯爵令嬢との真実の愛に目覚められ、私との婚約破棄を宣言されましたわ。しかも、国王陛下の生誕記念パーティーで沢山の貴族たちが集まる中で。もはやこれは覆すことのできない事実ですのよ。」 「王太子にはきつく言い聞かせる。どうか見捨てないでくれ。」  もっと早くこの国王が息子の育て方の間違いに気づくことができていれば、このような事にはならなかったかも知れない。  しかし、もうその後悔も後の祭りなのだ。  王太子から婚約破棄された吸血鬼の侯爵令嬢が、時を同じくして番い(つがい)を見つけて全力で堕としていくお話。   番い相手は貧乏伯爵令息で、最初めっちゃ塩対応です。 *今度の婚約者(王太子)は愚か者です。 『なろう』様にも掲載中です

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

【完結】番が見ているのでさようなら

堀 和三盆
恋愛
 その視線に気が付いたのはいつ頃のことだっただろう。  焦がれるような。縋るような。睨みつけるような。  どこかから注がれる――番からのその視線。  俺は猫の獣人だ。  そして、その見た目の良さから獣人だけでなく人間からだってしょっちゅう告白をされる。いわゆるモテモテってやつだ。  だから女に困ったことはないし、生涯をたった一人に縛られるなんてバカみてえ。そんな風に思っていた。  なのに。  ある日、彼女の一人とのデート中にどこからかその視線を向けられた。正直、信じられなかった。急に体中が熱くなり、自分が興奮しているのが分かった。  しかし、感じるのは常に視線のみ。  コチラを見るだけで一向に姿を見せない番を無視し、俺は彼女達との逢瀬を楽しんだ――というよりは見せつけた。  ……そうすることで番からの視線に変化が起きるから。

おいしいご飯をいただいたので~虐げられて育ったわたしですが魔法使いの番に選ばれ大切にされています~

通木遼平
恋愛
 この国には魔法使いと呼ばれる種族がいる。この世界にある魔力を糧に生きる彼らは魔力と魔法以外には基本的に無関心だが、特別な魔力を持つ人間が傍にいるとより強い力を得ることができるため、特に相性のいい相手を番として迎え共に暮らしていた。  家族から虐げられて育ったシルファはそんな魔法使いの番に選ばれたことで魔法使いルガディアークと穏やかでしあわせな日々を送っていた。ところがある日、二人の元に魔法使いと番の交流を目的とした夜会の招待状が届き……。 ※他のサイトにも掲載しています

ヴァンパイア皇子の最愛

花宵
恋愛
「私達、結婚することにしたの」 大好きな姉と幼馴染みが結婚したその日、アリシアは吸血鬼となった。 隣国のヴァンパイア皇子フォルネウスに保護されて始まった吸血鬼生活。 愛のある結婚しか許されていないこの国で、未来の皇太子妃として期待されているとも知らずに…… その出会いが、やがて世界を救う奇跡となる――優しい愛の物語です。 イラストはココナラで昔、この小説用に『こまさん』に書いて頂いたものです。 詳細は下記をご覧ください。 https://enjoy-days.net/coconara

処理中です...