後宮に潜む黒薔薇は吸血鬼の番となりて

緋村燐

文字の大きさ
上 下
13 / 32

儀国の膿④

しおりを挟む
 尚食局にほど近い人目につかぬ場所。
 持っていた明かりも消し、闇に紛れるように明凜と令劉は身を潜めていた。

「尚食局……蘭貴妃に毒を盛った者を突き止めるつもりなのか?」

 令劉との話の前に、やるべきことがあると言って先に尚食局へと向かった。
 なんとか片付けが終わる前には到着できたようで、尚食局を後にする者たちの中から膳を運んできた宮女を探していると耳元で令劉にヒソッと問いかけられる。
 翠玉が毒を盛られたことは令劉の耳にも入っているのか、明凜の目的をすぐに察したようだ。
 だが、声を潜めてくれるのは助かるが代わりに耳元へ直接声を届けられるのは困る。
 低いが野太くなく、天女を思わせるような流麗な声は耳に心地よく警戒心が解かされてしまいそうだ。

(せめて耳に直接は止めて欲しいわ。吐息もかかるし……)

 明凜は大きくなりかけた鼓動を抑えるため、軽く息を吐いてから平静を装って答えた。

「はい。蘭貴妃を一方的に恨んでいる方は多そうですが、毒を盛るなど実行までするような方はしっかり把握しておきませんと」
「それはそうだが……」

 言葉を途中で止めた令劉は、下ろされている明凜の髪をかき寄せる様に指先で耳元を撫でる。
 その妖しい指づかいに、明凜はビクリと小さく震えた。

「お前が私の妻となってくれるのなら、すぐにでもこの国を滅ぼしてやれるのだが?」

 蘭貴妃を害する者の心配などする必要もなくなるのだと甘く囁かれる。
 誘惑する声に頭の奥が痺れるような感覚がした。
 令劉の声には催眠の効果でもあるのだろうか?
 令劉という芳しい花に吸い寄せられる蝶の様に、彼の胸へしなだれかかりたい感覚に陥りそうになる。
 だが、明凜は堅固な意志で誘惑をはねのけた。

「それを鵜呑みにして信じるほど私は令劉様のことを知りませんので」
「それを知ってもらいたいので会いたかったのだが……」

 誘惑をしっかりとお断りする明凜に、令劉は不満そうに呟く。
 その声はふてくされているようにも聞こえ、子供か!? と少々呆れた。
 とはいえ、知ろうとせず避けるという選択をした明凜としては少々気まずい話題なため、あまり突っ込まないことにする。

「それよりも静かにしてください。目的の宮女が出てきました」

 暗に黙れと伝え、丁度出てきた宮女の姿を追う。
 翠玉の膳を運んできた宮女は周囲の視線を気にしながら他の者たちとは別の方向へ歩いて行く。

(当たりね)

 元々確信はあったが、あくまで推察だったため確証はなかった。
 だが、宮女の様子や行動は推察を裏付けるものとなる。
 令劉と共に宮女の後を追い、彼女がある宮に入っていくのを見届けた。

「ここは……」
玻璃宮はりきゅうだな。西昭儀せいしょうぎの宮だ」

 令劉の言葉に頷く。
 記憶していた見取り図とも一致していたため間違いないだろう。
 これで確定ではあるが、出来るならばもっと確かな確証を得たい。

「……なんとか会話を聞けないかしら?」
「聞かせてやろうか?」
「え?」

 答えを求めたわけではない呟きに、言葉を返され単純に驚く。
 しかも令劉は『聞かせてやる』と言ったか。
 どうやって? と疑問に思うのは当然だろう。

「私に任せろ」
「え? わっ!」

 驚き見上げた顔が男らしく自信満々な笑みに変わったかと思うと、明凜は令劉の腕の中にいた。
 令劉の引き締まった身体と体温を感じドキリとする。
 だが、直後の浮遊感に悲鳴を上げそうになった。

「っ!」
(と、跳んでいる!?)

 抱きかかえられ、人には到底出来ないほどの跳躍をする令劉に思わずしがみつく。
 普段は屋根の上も飛び渡って行く明凜だが、自分の意思とは関係のない跳躍には恐怖を感じた。
 そのまま一足飛びに玻璃宮へ近づくと、令劉は明凜を腕の中に閉じ込めたまま窓の一つに身を寄せる。

「もう……離してくださってもいいのですよ?」
「このままの方が見つからぬだろう?」

 緊張するので離して欲しいと願うが、明凜の思いを知ってか知らずか令劉は離してくれなかった。
 それどころか、もっと身を隠せと抱きしめられる。
 早く大きくなる鼓動の音が耳の奥から聞こえ、房の中の声が聞こえづらくなった。

(うぅ……本当に、いろんな意味で困らせてくれる人だわ、この方は!)

 なんとか呼吸を整え自分を落ち着かせていると、房の中から「ご苦労様」と若い女性の声が聞こえてくる。
 西昭儀の声と判断し、聞き耳を立てた。

「ちゃんと毒の入っていた容器は処理したのよね?」
「はい。指示通り光が反射しやすい金属片を付けて指定の場所へ置いてきました。……明日にはちゃんと鴉が持って行ってくれるのですよね?」

 聞こえてくる会話で、証拠隠滅には鴉の習性を利用したのかと納得する。
 光り物を集める習性のある鴉ならば、その容器も巣に持ち帰るだろう。
 そうなってしまえば誰が容器を持っていたのか確かめようがなくなる。

「ちゃんとそう訓練したのだから問題ないわ。報酬は、幼なじみの武官と婚姻するために年季明けを早めて欲しいのだったかしら?」
「は、はい」
「いいわ。お父様に頼んで年季を早めてもらうようにしてあげる」
「あ、ありがとうございます!」

(ふぅん……今回は利害の一致ということなのかしら。何にせよ、人に毒を盛っておきながら自分は幸せになろうなんて卑怯者に変わりはないわね)

 下女の地位にあるような宮女には不自由なことの方が多い。
 このようなことでもしなければ年季明けを待つしか宮城を出て婚姻など出来るわけがない。
 それを思えば罪を犯さざるを得ないこともあると分かってはいるが、やはり罪は罪だ。

「……蘭貴妃に毒を盛るよう指示したのは西昭儀で間違いないようだな」
「そう、ですね」

 低く冷めた声は大長秋としてのものだろうか。
 チラリと見た暗い深藍の瞳は、人を裁く者の目をしていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】あわよくば好きになって欲しい(短編集)

野村にれ
恋愛
番(つがい)の物語。 ※短編集となります。時代背景や国が違うこともあります。 ※定期的に番(つがい)の話を書きたくなるのですが、 どうしても溺愛ハッピーエンドにはならないことが多いです。

殿下、真実の愛を見つけられたのはお互い様ですわ!吸血鬼の私は番いを見つけましたので全力で堕としにかかりますから悪しからず

蓮恭
恋愛
「アドリエンヌ嬢、どうか……どうか愚息を見捨てないでくださらんか?」  ここガンブラン王国の国王は、その痩せた身体を何とか折り曲げて目の前に腰掛ける華奢な令嬢に向かい懸命に哀訴していた。 「国王陛下、私は真実の愛を見つけてしまったのです。それに、王太子殿下も時を同じくして真実の愛を見つけたそうですわ。まさに奇跡でしょう。こんなに喜ばしいことはございません。ですから、そのように国王陛下が心を痛める必要はありませんのよ。」  美しい銀糸のような艶やかな髪は令嬢が首を傾げたことでサラリと揺れ、希少なルビーの様な深い紅の瞳は細められていた。 「い、いや……。そういうことではなくてだな……。アドリエンヌ嬢にはこの国の王太子妃になっていただくつもりで儂は……。」  国王は痩せこけた身体を震わせ、撫でつけた白髪は苦労が滲み出ていた。  そのような国王の悲哀の帯びた表情にも、アドリエンヌは突き放すような言葉を返した。 「国王陛下、それはいけませんわ。だって、王太子殿下がそれをお望みではありませんもの。殿下はネリー・ド・ブリアリ伯爵令嬢との真実の愛に目覚められ、私との婚約破棄を宣言されましたわ。しかも、国王陛下の生誕記念パーティーで沢山の貴族たちが集まる中で。もはやこれは覆すことのできない事実ですのよ。」 「王太子にはきつく言い聞かせる。どうか見捨てないでくれ。」  もっと早くこの国王が息子の育て方の間違いに気づくことができていれば、このような事にはならなかったかも知れない。  しかし、もうその後悔も後の祭りなのだ。  王太子から婚約破棄された吸血鬼の侯爵令嬢が、時を同じくして番い(つがい)を見つけて全力で堕としていくお話。   番い相手は貧乏伯爵令息で、最初めっちゃ塩対応です。 *今度の婚約者(王太子)は愚か者です。 『なろう』様にも掲載中です

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

『えっ! 私が貴方の番?! そんなの無理ですっ! 私、動物アレルギーなんですっ!』

伊織愁
恋愛
 人族であるリジィーは、幼い頃、狼獣人の国であるシェラン国へ両親に連れられて来た。 家が没落したため、リジィーを育てられなくなった両親は、泣いてすがるリジィーを修道院へ預ける事にしたのだ。  実は動物アレルギーのあるリジィ―には、シェラン国で暮らす事が日に日に辛くなって来ていた。 子供だった頃とは違い、成人すれば自由に国を出ていける。 15になり成人を迎える年、リジィーはシェラン国から出ていく事を決心する。 しかし、シェラン国から出ていく矢先に事件に巻き込まれ、シェラン国の近衛騎士に助けられる。  二人が出会った瞬間、頭上から光の粒が降り注ぎ、番の刻印が刻まれた。 狼獣人の近衛騎士に『私の番っ』と熱い眼差しを受け、リジィ―は内心で叫んだ。 『私、動物アレルギーなんですけどっ! そんなのありーっ?!』

急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。

石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。 雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。 一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。 ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。 その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。 愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

おいしいご飯をいただいたので~虐げられて育ったわたしですが魔法使いの番に選ばれ大切にされています~

通木遼平
恋愛
 この国には魔法使いと呼ばれる種族がいる。この世界にある魔力を糧に生きる彼らは魔力と魔法以外には基本的に無関心だが、特別な魔力を持つ人間が傍にいるとより強い力を得ることができるため、特に相性のいい相手を番として迎え共に暮らしていた。  家族から虐げられて育ったシルファはそんな魔法使いの番に選ばれたことで魔法使いルガディアークと穏やかでしあわせな日々を送っていた。ところがある日、二人の元に魔法使いと番の交流を目的とした夜会の招待状が届き……。 ※他のサイトにも掲載しています

処理中です...