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呼び出し

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 翌朝、明凜は寝不足だった。
 おしろいで隠しはしたが、翠玉にクマがあると指摘されるくらいには眠れていない。
 とはいえ鍛えている身体。一日の寝不足で動けないほどのことにはならない。

 カシャン

(あ、しまった)

 だから、翠玉の身支度の準備の際簪を落としてしまうなどという失態を犯したのは寝不足のせいなどではないのだ。
 翠玉の簪に付けられていた薄い色合いの蒼玉そうぎょくが、昨夜見た目の色と似ていると思ったら手元が狂ってしまっただけで。

「明凜、真面目に出来ないのでしたらお休みしても良いのですよ?」

 翠玉付きの侍女頭である春香鈴しゅんこうりんにすかさず嫌味に近い叱責がされた。
 飾り気の少ないひっつめた髪に一重の細く切れ長な目の香鈴は、いるだけで場の空気がキリリと引き締まる。
 見た目通り厳しそうな彼女は、明凜の失態を許すつもりはないようだ。

「蘭国から付いてきた翠玉様の信頼する侍女だとしても、仕事が出来なければ足手まといなだけです。今日は下がりなさい」

 儀国の人間は基本的に他国を見下している。
 そのためか、香鈴も主である翠玉はある程度立てても自分より下の立場である明凜へは当たりが強い。
 だが、そんな侍女頭に翠玉の身の回りの世話を全て任せたいとも思えなかった。
 
「申し訳ございません、ですが休まなくとも大丈夫です。今後気をつけますから仕事をさせて下さい」

 淡々と落ち着いた声音で返すと、香鈴の眉が不快そうに寄った。
 そのまま口を開き、また嫌味か叱責が出てくるかと思われたが――。

「おや? 明凜は今日お休みするのか? 丁度良い、話があったのだ」

 一体いつから聞いていたのか。
 房の入り口に寄りかかる様に立っていたのは大長秋・令劉だった。
 
「っ!」

 その高雅こうがな微笑みを目にした途端、昨夜のことを思い出した明凜は頬に紅葉を散らす。
 とっさに目上の者への礼として顔を伏し隠せて良かったと安堵した。

 だが、話とは一体何だろうか。
 まさかとは思うが、昨夜の賊が自分だと知られていたのだろうか?

(……いいえ、もし知られていたのだとしたらすぐに捕らえられているはず。まずは話をと言うのだから、何か引っかかりがあったとしても確証はないのだわ)

 それならば知らぬ存ぜぬを通していれば問題はない。
 顔を伏せ令劉の顔を見ずに済んでいたため、明凜は冷静に考えることが出来た。

「令劉様、いくら衣裳いしょうとはいえ貴妃の一房ひとへやへ立ち入るなど褒められたことではありませんよ?」
「いつもながら香鈴は手厳しいな。……いや、すまない。明凜に用があったため探していたら声が聞こえてきたのでな」

 明凜が答える前に香鈴の苦言が令劉に向けられる。
 目上の令劉に対しても同じく厳しい香鈴に、明凜は彼女に対する認識を少々改めた。

(この厳しさは誰に対しても変わりないのね。もしかしたら、香鈴様は思っていたより公平な方なのかも)

 顔を伏せたまま感心していたが、その間にも二人の会話は続けられていく。

「先に蘭貴妃には許可を取ってある。少々明凜を貸して頂けるか?」
「許可があるのならば……。ですが明凜は本来休ませようとしていたのです、負担になるようなお話であれば別の日にして下さいませ」

 香鈴が大長秋の願いに異を唱えるとは思わず驚く。明凜をかばうような物言いにも衝撃を受けた。
 命令ではないとはいえ、通常上の者からの言葉を拒否することはない。
 よほどのことならばともかく、今は少し話をするために明凜を借りたいという申し出だ。大したことではない。
 もしかすると、香鈴は本当に自分を休ませたかっただけなのかもしれない。
 先ほどは嫌味な言い方だと思ったが、詰まるところは『長旅の疲れが取れていないのなら今日は休みなさい』ということだったのだろうか?

 正しいところは分からないが、かばわれたことで明凜の香鈴への評価はかなり上向きに変更された。
 先ほどは翠玉の身の回りの世話を全て任せたくはないと思ったが、案外大丈夫かもしれない。

「負担……になるかは分からないが、疲れさせないように善処しよう」
「……分かりました。では、お連れ下さい」

 明凜の意思は関係なく話がついてしまったが、どちらにしろ拒否することは出来なかっただろう。
 「おいで」と招く令劉に従い、明凜は覚悟を決めて彼について行った。
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