妹が吸血鬼の花嫁になりました。

緋村燐

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7.それぞれの決意

田神先生の告白 前編

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 俊君と浪岡君にも認めてもらえたことでまた学園生活が過ごしやすくなった。

 始祖の力がどうなるかとかまだ分からないことはあるけれど、平穏に過ごせていたと思う。


 そんな中、私は愛良とともに田神先生に呼び出されてある知らせを告げられた。


「パーティー、ですか?」

 いつもの会議室に呼ばれて永人と共に向かうと、彼はまず“先生”の顔で連絡事項を口にする。


「ああ、年明けに行われる吸血鬼の一族の当主達が集まるパーティーだ。そこに聖良さんと愛良さんが招待されることになった」

 どうして突然。
 そんな風に思ったのは愛良もだったらしく、私より先に聞き返していた。


「どうして私達が? 田神先生、それはいつ決まったんですか?」

「決まったのは聖良さんが始祖の力を扱えるかもしれないと報告に行った時だ。要はお披露目をしたい、ということだろう」

「お披露目って……じゃあ愛良は?」

 今度は私が質問をする。
 私のお披露目も必要なのかな?って思うけれど、愛良はどうしてなのか。


「愛良さんについてもお披露目という名目だな。無事に赤井家の者と血婚の儀式を済ませて予定通り赤井家が“花嫁”を手に入れたという」

「……そうですか」

 納得はしたけれど、赤井家が手に入れたとか、そういう言い方をされるとどこか嫌な感じに聞こえた。

 当人同士はちゃんと好き合って血婚の儀式をしたのに、何だか大人の思惑に乗ったみたいに見られてしまいそうで……。


「だとしても本命は聖良さんということになるだろう。本来ならありえない始祖の力を使えるようになるかもしれない吸血鬼だ。各家の当主達は君とつながりを持ちたいと考えているだろうな」

「それは……」

 そっか、そういう思惑とかにも巻き込まれることになるんだ……。


 前例がないとか始祖の力だとか、色々言われているけれど私自身は吸血鬼になったこと以外は変わりない。

 でも、そう思っているのは私だけってことなのかな……?


 私が自分の変化を受け入れて慣れて行こうとしている間にも、周囲はそれ以上に変化しているような気分。

 気持ちが追いつかないよ。


 そんな弱気を感じ取ったのか、永人が私の頭にポン、と手をのせる。

 そのまま胸に抱き込むように引き寄せられた。


「永人?」

「抱えきれないときは寄りかかれよ。俺より強くなって守りすら必要なのかって感じなんだ……それくらいさせろ」

「……うん」

 強くなったって言っても力だけだし、こうやって支えになってくれる方がずっと嬉しい。

 胸がキュウッと温かくなるのを感じて、私は不安を溶かしていく。


「……お姉ちゃんは、大丈夫なんですか?」

 そんな中、愛良が心配そうに田神先生に質問していた。

「私は零士先輩と血婚の儀式をしたからもう誰かに襲われることはないんですよね? でもお姉ちゃんはどうなんですか? 岸さんっていう“唯一”がいて、主従の契約もしてる。でも、一部の人は納得していませんよね?」

「それは……」

 愛良は田神先生もそうなんだろうって非難しているのかもしれない。

 その目には確かに怒りのようなものも感じたから。


「そんな状態で、色んな大人の思惑がありそうなパーティーに出席して、本当に大丈夫なんですか?」

「愛良……」

 どこまでも姉思いの妹に胸が熱くなる。


 ずっと愛良を守るのは私だと思ってきた。

 でも、愛良は今逆に私を守ろうと言葉を重ねてくれている。


 私の助けはもう本当に必要ないんだなっていうちょっとの寂しさと、強くなった愛良への誇らしさみたいな感情が湧いた。

 ……それが零士の存在があるからだと思うと何とも言えない気分にはなるけれど。



「……正直、大丈夫とは言えないだろう」

 自分も非難されているのは分かっているだろう。

 けれど、田神先生はまずパーティーの危険性を話した。

「特に、愛良さんも良く知っている月原家。あの家は手段を選ばない」

 月原家と聞いた途端愛良の表情が強張る。

 私が知らないところでも何かあったのかもしれない。


「聖良さんがただの吸血鬼であれば、“唯一”がいて血の契約までしている者に手を出そうなどとは思わない。だが、月原家は強い吸血鬼を生み出すことにこだわっている家だ。始祖の力……その血を手に入れようと躍起になるだろう」

「それは、つまり……」

「愛良さんにしようとしていたことを聖良さんにするだろう。愛良さんにはもう手を出せないから、尚更」

「そんな!」

 顔を青ざめさせて愛良は叫ぶ。


 月原家が愛良にしようとしていたこと?

 監禁して子供を産ませようとしているって聞いた気がするけれど……。

 他にも何かあるんだろうか?


 愛良の反応はそう思わせるには十分なものだった。


 でも、聞いて良いものか迷う。

 愛良にとっても嫌な記憶になってる気がするし……。


 そうして口を出せないうちに話は進んで行く。


「だが、当然そんなことはさせない。月原家には他の家も辟易へきえきしているんだ。多くの主家が集まる中好き勝手は出来ない。もちろん護衛もつける」

「……それでも、不安です」

 強くハッキリ守ると口にした田神先生だけれど、愛良は納得できない顔をした。


「今までだってそうやって守って貰ったけれど、いつも裏をかかれてしまっていたし……。それに何より田神先生……あなただってお姉ちゃんと岸さんの仲を認めていないですよね?」

「っ……!」

 言葉を詰まらせる田神先生に、愛良は言い募る。


「先生に非難するように睨まれて、お姉ちゃんが辛そうにしてるの分かってましたよね? そんな人にお姉ちゃんを守ると言われても信用できません!」

「愛良……」

 田神先生のことを特に相談したことはなかった。
 それでも、気付かれてしまっていたんだ……。

 そして、私のために怒ってくれている。


「ありがとう、愛良。でも落ち着いて? パーティーのことは田神先生の一存で決められることじゃないでしょう?」

 永人の腕から抜け出して愛良の近くへ行き、軽く肩を叩く。


 愛良が怒ってくれたから冷静に考えることが出来る。

 私のことを報告に行ったときにパーティーへの招待が決まったと田神先生は言った。

 なら、それは吸血鬼の上層部が決めたことだ。

 田神先生一人に訴えたところでどうにか出来ることじゃない。

「お姉ちゃん……」

「田神先生、その招待は絶対に受けなければダメですか?」

 真っ直ぐ田神先生を見て確認する。


 いつまでも目をそらしてはいられない。

 愛良もこんなに強くなった。

 私だって姉として負けてはいられないよね?


「あ、ああ……。一応招待という形だから断っても良いんだが……そうなると今度は各家の当主が直々にこの学園に来て挨拶しに来ると思う」

「……それは、困りますね」

 想像しただけでも迷惑極まりない。


「学園関係者以外が何度も出入りすることにもなるから、護衛や警備の面で見ても一度で済ませられるパーティーの方が確実に守れると思う」

「そう、ですね……」

「何より、パーティーでちゃんと知らしめたほうが良いだろう? 聖良さんには岸という唯一無二の相手がいるということを」

「……田神先生?」


 あれ? と思う。

 今の言葉は、まるで田神先生が私と永人のことを認めているかのように聞こえた。


 聞き間違いだろうかと彼をまじまじと見る。

 すると少し悲し気な、申し訳なさそうな表情が返ってきた。


「今まですまなかった。……その、この間朔夜様との話の後で思うところがあってな……」

 そう言った田神先生は真剣な表情になって私を真っ直ぐに見る。

「聖良、少し二人だけで話したい。良いだろうか?」

 私の名前を呼び捨てにしたってことは、“先生”じゃなくて一人の男としてってことだ。

 となると少し躊躇う。


 今の田神先生なら変なことはしないと思うけれど……。

 でも、今まで頑なに認めてくれなかったのにそう簡単に変えられるんだろうか?

 本当に永人との仲を認めてくれているのかも疑わしくて、気軽に了承出来ない。


 それに何より――。


「良いわけあるか。てめぇが聖良を狙ってたことくらい分かってんだぜ? そんな男と二人きりになんてさせるかよ」

 私を少し強引に引き寄せて抱き込む永人。

 田神先生に威嚇でもしそうな勢いの彼にそうだよね、って思う。


 例え私が良いと言っても、永人は許さないだろう。

 でもそれくらい田神先生だって予想してると思うんだけど……。


「……はぁ、とりあえず聞いてやれよ」

 ため息とともに、意外なところから田神先生を擁護する声が上がった。

 愛良の金魚のフ――もとい、ずっと愛良のそばにいて成り行きを見守っていた零士だ。


いつきがこれだけ情けない顔をしているってことは大丈夫だ。本気で話がしたいだけだろ」

「……零士……情けない顔って……」

 擁護してくれているとはいえ、けなされている様にも聞こえる言葉に田神先生は項垂れていた。

 その姿がまた情けなく見えて、零士の言葉もあながち間違いじゃないのかもと思い始める。


「……本当にお姉ちゃんに何もしないですか?」

 さらに愛良もそう確認のための質問を口にした。

「ああ、何もしないと誓う。けじめをつけるためにもちゃんと話がしたいだけだ」

 そうして二人は数秒無言で真剣な目を交わし合う。

 探り合っている様にも見えるそれは愛良のため息で終わった。


「分かりました。何もしないって言うなら、私も零士先輩の言葉を信じます」

 あくまでも信じるのは零士の言葉っていうのが何て言うか……イラッとするけど。

 でも愛良も私と田神先生が話をすることを認めた形になる。


 愛良も特には反対しないとなって、私は話だけならしてもいいかなと思った。

 万が一変なことされそうになっても、今の私なら多分勝てるだろうし。

 でも……。


「うーん……永人?」

「嫌だ。ダメに決まってるだろ」

 頑なに拒否する永人には正直嬉しいと思うんだけれど……。


 でも、田神先生のことをハッキリさせてちゃんと終わらせたいのは私も同じだ。

 だから。

「……永人、ごめんね?」

「え? おい、聖良⁉」

「永人、部屋の外で待ってて。私が良いと言うまで部屋には入らないで」

 主として、“命令”をする。


「なっ⁉ この、聖良ぁ⁉」

 悔し気に声を上げながら、抵抗しようとしつつも体は命令に従い部屋を出ようとしている。

「ごめん、文句は後で聞くから」

 流石に申し訳なくてそう言うと、部屋を出る前にグッと黙った永人は恨めし気に告げた。


「……後で、覚えてろよ?」

 その言葉にゾクリとしつつ、彼の姿が見えなくなったことを確認する。


「とりあえず、これで大丈夫かな……?」

「……うん。私達も一応ドアの外で待機しておくね? 何かあったら叫んで、お姉ちゃん」

「うん、ありがとう」

 愛良もそう言って、零士を連れてドアの外に出て行った。
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