妹が吸血鬼の花嫁になりました。

緋村燐

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5.それぞれの思惑と別れ

唯一無二の存在 後編

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 私の涙も落ち着いてきたころ、気になっていることを聞こうと嘉輪を見る。


「……あ、それとね。嘉輪に聞きたい事があったの」

「ん? 何?」

「唯一って、何かな?」

『っ⁉』

 息を呑んだのは嘉輪と瑠希ちゃん。


 そこまで驚かれるとは思わなかったけれど、やっぱり吸血鬼特有の何かがあるんだなって確信する。

「岸が私のことを自分の唯一だって言ったの。吸血鬼にとっては何かもっと特別な意味があるの?」

「岸が? 本当にそう言ったの……?」

 驚愕とも言える表情。
 その瞳が戸惑いに揺れる。


「唯一って……珍しい。本当に見つけられる人っているんですね……」

 瑠希ちゃんは嘉輪ほどには動揺していないみたいだった。

「珍しいの?」

「え? はい。“唯一”はそのままの意味で、自分にとって唯一無二の存在って意味です。吸血鬼にとってはその人の血は誰よりも美味しく感じて、しかも少量で満足出来るらしいですよ?」

 横で嘉輪が顔色を変えているのに気づいているのかいないのか、少し楽しそうに説明してくれる瑠希ちゃん。

「吸血鬼が一生のうちに出会えるかどうかって感じなので、結構珍しいです。ほとんどが会えずに一生を終えますから」

「そう、なんだ?」

 嘉輪の様子も気になっていた私はぎこちなく返事をする。


 瑠希ちゃんの説明で何となく“唯一”っていうのが特別な存在なんだってのは分かったけど……。

 嘉輪の様子を見るに、それだけじゃない気がした。


「……嘉輪?」

 控えめに名前を呼んでどうしたのかと様子をうかがう。

 するとハッとした嘉輪は私と愛良を見て意を決したように口を開いた。


「……“唯一”はね、吸血鬼にとって本当に特別な存在なの。誰かと被ることのない、その吸血鬼にとってだけの特別な存在。運命の相手とも言えるかもしれないわね」

「運命の相手……」

 呟いたのは愛良。
 何か思うことがあるのか真剣な目をして嘉輪の言葉を聞いている。


 運命の相手。
 そう聞くと素敵なもののように聞こえるんだけど、嘉輪の表情はそんな素敵なものを語るようなものには見えない。

「吸血鬼は本能的に唯一を探し求めてるの。見つからなければ特に気にも留めないけれど、もし見つけて出会ってしまったら……」


「……出会ってしまったら?」

 慎重に言葉を紡ぐ嘉輪をうながす。

 嘉輪はためらいがちに一度目を伏せ、真っ直ぐに私を見て続きを言った。


「出会ってしまったら、その相手だけを強く求めるわ。その身も心も……気が狂うほどに」

「狂うって……」

 極端すぎる表現だと思ったけれど、嘉輪はどこまでも真剣だった。


「私の母と祖母がその“唯一”なの。……元人間の母は父の“唯一”で、両想いで結婚出来たから最高の夫婦になっていると思うわ」

 両親のことを語る嘉輪は優し気で、でもちょっとだけうんざりしている様。

 その表情が強張ると、今度は彼女の祖母の話になった。


「でも、祖母は……。とある吸血鬼の“唯一”だったけれど、人間である祖母は別の普通の人間を選んで結婚したわ。……人間にとっては、“唯一”なんて関係ないしよく分からないものだから」

「……」

 そういうものなのかな?
 少なくとも特別に思われてるってことは分かると思うけど……。


 口にはしなかったけれどそんな風に思う。

 でも、続く嘉輪の言葉で私と吸血鬼の“唯一”に対する認識がかなり違っていたことを知る。


「“唯一”の存在が自分の手から離れて行った吸血鬼は……もれなく狂っていくわ。祖母を失ったその吸血鬼は、十数年後に再会した幸せそうな祖母を見て……祖父共々殺してしまったらしいわ」

「え? 殺して……? え?」

 すぐには理解出来なくてその言葉を繰り返す。


 殺した?

 え? 聞き間違い?


 “唯一”と言えるほど好きになった相手を殺した。

 にわかには信じられない言葉に自分の耳を疑った。


 でも、愛良を見ると青ざめるほどの驚きが顔に浮かんでいたし。

 “唯一”がそこまでの存在だったとは知らなかったのか、瑠希ちゃんも口を引き結んで驚愕の眼差しを嘉輪に向けていた。


 二人の様子を見ても、聞き間違いではないんだと認めざるを得ない。


「吸血鬼にとっての“唯一”というのは、それほどの存在なのよ。……両想いになれば最高の相手ではあるけれど、想いが一方的なものでしかなかった場合は悲劇しか生まないわ……」

 静かにそう語った嘉輪は、視線を愛良に向ける。


「多分、愛良ちゃんは赤井君にとっての“唯一”じゃないかしら? 赤井君の盲目的なほどの様子を見るとそうとしか思えないんだけれど?」

「え?」

 突然の指摘に、驚いて丸くした目をパチパチする愛良。

「吸血されたことはあるのよね? その時血を吸われた量は少しだけだったりしない? 普通は献血で取られるくらい……約二百ミリリットルくらいは吸われるんだけど」

「え? えっと……そういえば、確かに。具体的な量は分かりませんけど、そんなに吸われてる感じはなかったです」

 愛良の言葉を聞きながら私も思い出す。


 岸に吸血されたのは二回。

 一度目は私の前に他の人の血を吸っていたから判断しづらいけれど……。

 二度目の今日を思い出すと、確かに少なかった気はする。


 熱に翻弄されていたからハッキリとは分からないけれど、百ミリリットルも吸われてないんじゃないかな?


「じゃあほぼ確定ね。普通はそんな少量で満足出来るわけがないんだもの。直接吸血なら尚更止められないって聞いたことあるし」

 ということは、嘉輪は直接誰かの血を吸ったことはないんだな、と思った。


「じゃあ、零士先輩と愛良は最高のカップルってことですね? なんかすごい」

 少し怖い話の後だったからか、瑠希ちゃんが大げさなくらいにそう言って喜ぶ。

「最高は言い過ぎだよぉ……」

 言われた愛良は恥ずかしがっているけれど、まんざらでもなさそう。
 顔笑ってるし。


「……聖良も、思い当たる節はある?」

 でも明るくしようとする二人の雰囲気を気にも留めず、嘉輪は真剣な目で私を見た。

 真面目な話だってことだろう。

「……うん。確かに、今日も少ししか吸われなかった」

「じゃあやっぱり確定ね。あいつの聖良への執着はかなり強いとは思っていたけれど、“唯一”だって言うならある意味納得だわ」

 そう言ってため息を吐くと、嘉輪は改めて私を見る。


「聖良が岸にとっての“唯一”だって言うなら、貴女があいつを好きになってある意味良かったのかも知れない。でも岸の立場を考えると、多分他の人達は認められないと思うわ」

 つまり私が岸の“唯一”だとか、私が誰を好きなのかとか。
 そんなことは関係なく認めてはもらえないってこと。

 つい先ほどの田神先生の態度を見ればそれは明白だったし、分かってはいるんだけど……。

「通常だったら“唯一”との仲を引き裂くようなこと、普通の吸血鬼はしないわ。もし自分が、となったときを思うと耐え切れないくらい辛くなることを本能的に知っているから」

 でも、と嘉輪は真剣な目のまま続ける。

「聖良は“唯一”の前に“花嫁”よ。本来の“花嫁”ではないといっても、その血は全ての吸血鬼にとって特別なの」

 それに同じく真剣になった瑠希ちゃんが整理するように話す。

「……つまり、普通なら“唯一”と吸血鬼の邪魔はしないけれど、聖良先輩は“花嫁”だからそう簡単にはいかないってことですか?」


「ええ……それに岸は違法行為をしているし、もし彼が学園側に戻ってきたとしても何がしかの罰を受けると思う……」

「うん」

 そんな相手だから、尚更周囲は認めてくれないだろうってことだよね。


「甘い考えで行けば、罰を受け終えたら前のように学園に通えるか……。それが無理でも敷地内に住むことは出来るかも。……でも……」


 言葉を濁す嘉輪に、私も気持ちが沈む。

 嘉輪の言う甘い考えは、多分実現しないことだから。


「多分、それは無理なんだよね?」

 言いづらそうな嘉輪の言葉を私が口にする。
 そうして先をうながした。


「……うん。田神先生や他のみんなも納得しないだろうし、赤井家や他の権力者達の思惑だって絡んでくる。そんな簡単にはいかないと思う」

「……」

 正直権力者達とかはよく分からない。
 でも、田神先生達が納得しないだろうってのは分かった。

 みんな、私を連れ去ろうとしている岸を敵認定してるだろうから……。


「とにかく、何もかもが例外状態なのよ。だからとりあえず愛良ちゃんと同じように候補の中から選んで欲しいってなっていたんだろうけれど……」

 でも、私が選んだのは候補以外の吸血鬼。
 しかもお尋ね者ときた。

「……多分、引き離されるのは確実だと思うわ」

「そう、だよね……」


 もしかしたら、というわずかな希望もあり得ないと否定される。

 私自身そんな希望は存在しないと何となく分かっていたけれど……。

 それでも気落ちしてしまうのは仕方がなかった。

「え? じゃあどうするんですか? 一応、岸って人と聖良先輩は両想いなんですよね? それだけじゃダメってことですか?」

「周りが認めないって……それじゃあお姉ちゃんは……」

 黙って嘉輪の説明を聞いていた二人がそれぞれ焦燥しょうそうを見せる。


「二人が結ばれるには、聖良が岸に付いて行って逃避行するしかないってことね」

 悲し気な笑みを浮かべながら嘉輪はそうまとめた。


 やっぱり、それしかないのか……。

 なんとなく分かってはいたけれど、自分以外の人の口から言われるとより実感してしまう。


「そんな! 逃避行って、あたし達や愛良ちゃんと会えなくなるってことですよね?」

「……お姉ちゃん」

 悲しみの声を上げる瑠希ちゃんと、寂し気な目で見てくる愛良。

 そんな二人に、私はどんな顔を見せればいいのか……。


 みんなと別れたくなんかない。


 気持ちには応えられないけれど、婚約者候補の人達にはお世話になってばかりで何も返せていない。

 嘉輪や正輝くんみたいに仲良くなった友達、瑠希ちゃんにも。


 そして何より愛良と会えなくなるなんて……。


 そんなの嫌に決まってる。


 でも、岸のそばにいるにはそれしか方法が見つからなくて……。


「私、どうすればいいのかな……?」

 八方ふさがりになっている気がして、いい考えが思いつかなくて、気持ちも弱くなってきている気がする。

 見つからない答えを誰かに教えて欲しくて、弱々しく聞いてみた。


 そんなの、答えなんてもらえるわけがないのに。


「……それは、聖良が決めるしかないわ」

 真剣な表情で嘉輪が真っ直ぐ私を見てくる。

「でももし逃避行することを選んでも、私は聖良の選択を否定しない。……会えなくなるのは寂しいでしょうけどね」

「嘉輪……?」

「どっちを選んでも悲しくて辛いなら、選ばなかったことでより悲しい方を選ぶのも一つの手よ?」

 寂しそうではあったけれど、そう言って嘉輪は笑った。


「あたしもそうして欲しいかな?」

 嘉輪の笑顔につられるように愛良も話し出す。

「もし会えなくなったら寂しいけれど、辛そうなお姉ちゃん見てるのも辛いだろうから」

 だからお姉ちゃんが決めてね、と選択の自由を与える。


「もう、二人がそう言ってるのにあたしだけ寂しいから行かないで下さいなんて言えないじゃないですか」

 困り笑顔を浮かべながら憤慨ふんがい、とでもいうようなポーズをとる瑠希ちゃん。

「あたしも否定しませんよ、聖良先輩がどっちを選んでも。聖良先輩の気持ち、知っちゃいましたから」

 そうしていたずらっぽく笑う。

 瑠希ちゃんが場の雰囲気を明るくしようとしてくれてるのが分かって、私もまだ少しぎこちないけれど笑って見せた。


「うん。……みんな、ありがとう」

 他の人達には認めてもらうどころか受け入れてすらもらえないだろう。

 それでも、近しい三人にはちゃんと知って受け入れてもらえた。


 それがとても嬉しかった。


「さ、今日は色々あって疲れちゃったでしょう? ゆっくりしましょう。……一人でいたくないなら付き合うし」

 嘉輪も暗い話はおしまい、とばかりに手をパチリと叩いて場の空気を変える。


 でも、私はもう一つ聞きたいことがあったんだと思い出す。


「あ、ごめん。もう一つだけ……」

 ちょっと申し訳ない気分で声を掛けると、ちょっとジト目で見られた。


 話したいことがあるなら早く言ってちょうだい。

 そう言われてる気がする。


「えっと……。岸がね、血婚の儀式のことを隷属れいぞくの儀式だって言ったの。どういう意味か分かる?」

 純血種ということもあって、吸血鬼の色んなことを知っていそうな嘉輪。

 “唯一”のことも詳しかったし、このことも知ってるんだと思ったんだけれど……。

「隷属? 何それ?」

 眉を寄せていぶかしがられた。

 嘉輪が知らないことに少し驚きながら、私は詳しく話す。


「吸血鬼とハンターのしがらみは軽いものじゃないとか言っていたけれど……」

 そう伝えると、嘉輪はまた眉間にしわを寄せ硬い表情をする。

 そんな表情でも嘉輪は美人だよなぁ、なんて場違いなことを考えながら彼女の言葉を待った。


「確かに、その言い分にも一理あるわ……。今度、田神先生に聞いてみましょう? もし隷属というのが本当なら、愛良ちゃんが心配だもの」

「っ、うん……」

 田神先生の名前に顔が強張ってしまう。

 それを見た嘉輪は心配そうに提案する。


「もし田神先生と顔を合わせづらいなら私だけで聞いて来るわよ?」

「……ううん、ちゃんと聞きたい。田神先生と会うのが気まずいのと、儀式が本当はどういうものなのか知るのとは別問題だから」


 もし愛良が言いなりになるようにされるというなら、阻止しないとならないし。


 田神先生達がそんなひどいことをするとは思わないけれど、もしかしたら知らずに儀式をしようとしている可能性もあるし。

 ちゃんと聞いてみなきゃ。



 私はすぐには答えが出せそうにない岸とのことは一度置いておいて、まずは愛良のことをちゃんとしようと切り替えることにした。
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