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3.狙われる花嫁達
岸、再び 前編
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はじめは一時間の延長だった。
元々フリータイムで予約していたし、混んでいなければそのまま部屋を使っても良いって状態だったから。
俊君と浪岡君は少し渋っていたけれど、一時間だけだからと皆で頼み込んだ。
それだけだったら良かったんだけど……一時間経っても退室を願う電話が鳴ることは無くて……。
あと何曲歌えるかなって時間を気にしていたから、中々鳴らない電話に不思議に思った。
それでも忙しいのかなって思ってはじめは気にしていなかったんだけれど……。
五分、十分と過ぎても鳴らないのはおかしい。
それに何より俊君達と約束した一時間は確実に過ぎてしまっていた。
とにかくもう帰らないと。
外で護衛にあたっている人達にも悪いし。
「……聖良先輩、そろそろ……」
丁度浪岡君にもそう耳打ちされ、「うん」と返した。
「有香、そろそろお開きにしよう?」
有香が歌い終わったのを見計らってそう提案する。
なのに有香は「え? 何で?」とか言ってとぼけるから、私はスマホのロック画面を見せながら言った。
「約束の時間はもうとっくに過ぎてるの! 流石に護衛の人にも悪いから私もう帰るよ」
時間に気付いていないだけだと思ったから、そう言えば納得してもらえると思った。
なのに――。
「ダメでしょ? 帰っちゃあ」
「は? 有香、何言って――」
こんな聞き分けのないことを言う子じゃないはずだ。
訝しんで聞き返すとスマホを持っていた腕を掴まれる。
思いがけない強い力に、そのままスマホを落とした。
「いったっ! 何?」
いつになく乱暴な有香に当惑する。
「聖良が欲しいって言ってる人がいるの。あなたはその人のところに行かなくちゃ」
焦点の合わない目で見下ろされた。
有香なのに、有香じゃない感じ。
「有香……? どうしちゃったの?」
「聖良先輩! っ⁉」
異変を感じたらしい俊君が私を呼んだけれど、近くに来ることはなかった。
「ちょっ! 離してください!」
浪岡君の声も聞こえて、頭だけ振り返る。
二人は友人にしがみつかれていた。
俊君と浪岡君の力なら振りほどけるだろうけれど、一般人相手だからか少し躊躇っているみたいだった。
「二人とも! ねえ有香、冗談はやめて。離してちょうだい」
有香に向き直りもう一度語り掛ける。
でも、その声は震えてしまっていた。
冗談でもなんでもないことは嫌でも感じる。
有香の目は、私を見下ろしているのに私を見ていない。
まるで、催眠術でも掛けられて操られているかのような……。
「っ!」
そこまで考えて、一つの可能性が思い浮かぶ。
吸血鬼は催眠術を使うという事。
有香の腕にあった見覚えのある痕。
信じたくない。
でも、可能性としてはとてもあり得ることだ。
「有香……誰か、吸血鬼の人と会ったの? 腕の虫刺され――ううん、キスマークみたいな痕と関係ある?」
今の状態の有香が答えてくれるかは分からなかったけれど、確認せずにはいられなかった。
でも有香が何かを言う前に俊君が反応する。
「腕に痕? まさか⁉」
そして彼が何か行動を起こす前に部屋のドアが勢いよく開かれた。
ドアから知らない男の人達が四人くらい入って来たかと思うと、あっという間に俊君と浪岡君を友達ごと取り押さえる。
何が起こったのか理解するよりも先に、聞き覚えのある声がその場に響いた。
「思ったより察しが良いんだなぁ? 聖良」
「っ!」
来るだろうとは思いつつも、出来れば聞きたくなかった声。
覚えたくなんてなかったその口調。
ゆっくりと余裕の歩みで入ってきたのは、初めて私の血を吸った吸血鬼――岸永人だった。
「確かにあんたのお友達には催眠術も使ったけどな、思い通りに動かすにはそれだけじゃ足りねぇんだよ」
近付いて来る岸に、わずかに体が震えた。
克服したとはいえ、やっぱり本人に対しては恐怖を覚えてしまう。
「あんたが言った通り、その子の腕にある痕が関係してる」
近くに来た岸は、掴まれている私の手を掴み有香の袖を少しまくる。
咬み痕とは違って一つだけだけれど、そこにはやっぱりキスマークみたいな痕があった。
「ここからな、俺の血を少し入れたんだ」
「え?」
有香に、血を入れた?
何で、そんなことを?
言葉にも出せずただ驚いていると、岸は私を後ろから抱くようにして続ける。
「っ!」
体が強張った。
「吸血鬼は人間に少量の血を入れることで、その人間を意のままに操れることが出来るんだよ」
期間は限定されるけどな、と耳元で囁かれる。
それは睦言のように鼓膜を震わせるけど、私は拒絶したくて涙が滲む。
泣きたくなんかない。
私は怒ってるんだ。
有香達に……私の友達になんてことしてくれるのよ⁉ って。
でも、体が恐怖を覚えていた。
他の人は大丈夫になっても、原因である岸に対しては震えは収まってくれないらしい。
文句を言いたいのに、この怒りをぶつけたいのに、喉が震えて声が出なかった。
「んん? 何だ聖良、震えてんのかぁ? 可愛いとこあるじゃねぇか」
そう言って岸は私の耳のふちをなぞるように舐めた。
「っっっ⁉」
っこっのぉ!
「あ、んたにっ! 名前呼ばれるとか、不快でしかないんだけどっ!」
声が震えようが、弱々しく聞こえようがどうでも良くなった。
とにかくこの不快感を……嫌悪感を言葉でぶつけてやりたい。
涙が滲んでいても、怒りを込めて睨みつけてやりたかった。
でもそんな私の行動は逆効果だったようで……。
私の腕から有香の手を外した岸は、くるりと正面に回り込み私の腰と顎を固定する。
すぐ近くに、凶悪なほどに楽し気な岸の顔があった。
「ははっ! 震えてても強がるとか、あんたらしい。いいぜぇ? それでこそ聖良だ。もっと泣かせたらどうなるか、考えただけでゾクゾクする」
「っく!」
その黒い瞳に映りこみたくなくて、顔を逸らしたいのにしっかり掴まれていて動かせない。
仕方ないので、代わりに睨みつける。
岸相手には逆効果だと分かっても、泣き顔は見せたくなかった。
「っく! 聖良先輩から、離れろ!」
浪岡君の声が聞こえる。
顔を動かせなくて見えないけれど、浪岡君より大きい男性二人に押さえつけられていたはずだ。
流石に動くことは出来ないだろう。
「その手をどけろ。お前みたいなのが触れていい人じゃない」
俊君の、聞いたことが無いような怒りのこもった低い声も聞こえる。
何とか男二人がかりの拘束を外そうとしているのか少し苦し気だ。
岸は、そんな二人に視線を向けて「へぇ」と意地悪く笑った。
その表情からは嫌な予感しかしない。
「お前ら、聖良のこと好きだってかぁ? はは! 良いじゃねぇか、じゃあ見せつけてやるよ」
嫌な予感は、的中する。
極悪な笑みを浮かべた岸は、私に視線を戻しハイエナのような目を向けてその唇を重ねた。
「⁉」
くち……唇が重なって……キス⁉
初めての行為に、私は衝撃を受けるばかり。
ファーストキスまで奪われた事実にめまいがしてくる。
だから、更に続きがあるなんて思わなかった。
ぬるっ
岸の舌が私の唇を割って入ってくる。
予測していなかったから歯を食いしばって抵抗することも出来なかった。
「んっ⁉」
たやすく侵入を許してしまったそれは、逃げる私の舌を絡めとる。
「ふっやぁ、ん!」
嫌だと声を上げようにも、すぐに塞がれ奥深くに入ってきた。
離れたくて岸の胸や肩を押すけれどビクともしない。
そうしているうちに酸素が足りなくて力も入れられなくなる。
むなしい抵抗も出来なくなってきたころ、ひとしきり蹂躙した唇が離れて行った。
「……エロい顔。このまま襲ってやりたくなるなぁ」
そう言って獲物を咀嚼するような目で見ながら岸は笑う。
このっ! 好き勝手して!
岸は怖い。
でも、段々怒りの方が強くなってきた。
息を整えながら、キッと睨みつける。
「まだ睨む余裕あんの? もっかいいっとくかぁ?」
そうしてまた近付いて来る岸だったけれど、制止の声がかかった。
「おい、あまり煽るな。押さえつけるのだって楽じゃないんだぞ?」
位置的に、俊君を抑えている男のどちらかみたいだ。
「さっさと“花嫁”を連れていけ。こっちはこいつらを拘束出来れば十分なんだ」
「はいはい、分かったよ」
男の言葉に岸は面白くなさそうに息をつき、私を抱く腕を外した。
ただし、手首だけはしっかり掴んで。
「さあ聖良、お友達にケガさせたくなかったらついて来てもらおうか」
「っく……」
了承なんてしたくない。
でも岸は本気なんだろう。
「……俊君達にも、ケガはさせないで」
選択肢がないなら、せめてもと条件を付け加える。
それに岸は答えず、代わりに男達の方を見た。
岸と男達の関係は良く分からないけれど、完全に仲間っていうのとは違うのかもしれない。
「まあ、動けなくするだけだからな。抵抗しなければケガはさせないさ」
俊君を抑えている体格のいい男が答えたことで、岸は「これで良いだろ」と私の腕を引いて行く。
「お前だけついてこい」
岸は有香にそう命令すると、押しつぶされている俊君と浪岡君の前を通って部屋を出た。
「聖良、先輩……」
「うっくそっ!」
二人の悔しそうな声を聞きながら、彼らの様子を良く見ることも出来ず私は連れられて行く。
引かれて歩きながら考える。
私がこの状況ということは、愛良も無事ではないかもしれない。
愛良の状況が知りたいけれど、今連れて行かれているのは愛良と同じ場所なんだろうか?
元々フリータイムで予約していたし、混んでいなければそのまま部屋を使っても良いって状態だったから。
俊君と浪岡君は少し渋っていたけれど、一時間だけだからと皆で頼み込んだ。
それだけだったら良かったんだけど……一時間経っても退室を願う電話が鳴ることは無くて……。
あと何曲歌えるかなって時間を気にしていたから、中々鳴らない電話に不思議に思った。
それでも忙しいのかなって思ってはじめは気にしていなかったんだけれど……。
五分、十分と過ぎても鳴らないのはおかしい。
それに何より俊君達と約束した一時間は確実に過ぎてしまっていた。
とにかくもう帰らないと。
外で護衛にあたっている人達にも悪いし。
「……聖良先輩、そろそろ……」
丁度浪岡君にもそう耳打ちされ、「うん」と返した。
「有香、そろそろお開きにしよう?」
有香が歌い終わったのを見計らってそう提案する。
なのに有香は「え? 何で?」とか言ってとぼけるから、私はスマホのロック画面を見せながら言った。
「約束の時間はもうとっくに過ぎてるの! 流石に護衛の人にも悪いから私もう帰るよ」
時間に気付いていないだけだと思ったから、そう言えば納得してもらえると思った。
なのに――。
「ダメでしょ? 帰っちゃあ」
「は? 有香、何言って――」
こんな聞き分けのないことを言う子じゃないはずだ。
訝しんで聞き返すとスマホを持っていた腕を掴まれる。
思いがけない強い力に、そのままスマホを落とした。
「いったっ! 何?」
いつになく乱暴な有香に当惑する。
「聖良が欲しいって言ってる人がいるの。あなたはその人のところに行かなくちゃ」
焦点の合わない目で見下ろされた。
有香なのに、有香じゃない感じ。
「有香……? どうしちゃったの?」
「聖良先輩! っ⁉」
異変を感じたらしい俊君が私を呼んだけれど、近くに来ることはなかった。
「ちょっ! 離してください!」
浪岡君の声も聞こえて、頭だけ振り返る。
二人は友人にしがみつかれていた。
俊君と浪岡君の力なら振りほどけるだろうけれど、一般人相手だからか少し躊躇っているみたいだった。
「二人とも! ねえ有香、冗談はやめて。離してちょうだい」
有香に向き直りもう一度語り掛ける。
でも、その声は震えてしまっていた。
冗談でもなんでもないことは嫌でも感じる。
有香の目は、私を見下ろしているのに私を見ていない。
まるで、催眠術でも掛けられて操られているかのような……。
「っ!」
そこまで考えて、一つの可能性が思い浮かぶ。
吸血鬼は催眠術を使うという事。
有香の腕にあった見覚えのある痕。
信じたくない。
でも、可能性としてはとてもあり得ることだ。
「有香……誰か、吸血鬼の人と会ったの? 腕の虫刺され――ううん、キスマークみたいな痕と関係ある?」
今の状態の有香が答えてくれるかは分からなかったけれど、確認せずにはいられなかった。
でも有香が何かを言う前に俊君が反応する。
「腕に痕? まさか⁉」
そして彼が何か行動を起こす前に部屋のドアが勢いよく開かれた。
ドアから知らない男の人達が四人くらい入って来たかと思うと、あっという間に俊君と浪岡君を友達ごと取り押さえる。
何が起こったのか理解するよりも先に、聞き覚えのある声がその場に響いた。
「思ったより察しが良いんだなぁ? 聖良」
「っ!」
来るだろうとは思いつつも、出来れば聞きたくなかった声。
覚えたくなんてなかったその口調。
ゆっくりと余裕の歩みで入ってきたのは、初めて私の血を吸った吸血鬼――岸永人だった。
「確かにあんたのお友達には催眠術も使ったけどな、思い通りに動かすにはそれだけじゃ足りねぇんだよ」
近付いて来る岸に、わずかに体が震えた。
克服したとはいえ、やっぱり本人に対しては恐怖を覚えてしまう。
「あんたが言った通り、その子の腕にある痕が関係してる」
近くに来た岸は、掴まれている私の手を掴み有香の袖を少しまくる。
咬み痕とは違って一つだけだけれど、そこにはやっぱりキスマークみたいな痕があった。
「ここからな、俺の血を少し入れたんだ」
「え?」
有香に、血を入れた?
何で、そんなことを?
言葉にも出せずただ驚いていると、岸は私を後ろから抱くようにして続ける。
「っ!」
体が強張った。
「吸血鬼は人間に少量の血を入れることで、その人間を意のままに操れることが出来るんだよ」
期間は限定されるけどな、と耳元で囁かれる。
それは睦言のように鼓膜を震わせるけど、私は拒絶したくて涙が滲む。
泣きたくなんかない。
私は怒ってるんだ。
有香達に……私の友達になんてことしてくれるのよ⁉ って。
でも、体が恐怖を覚えていた。
他の人は大丈夫になっても、原因である岸に対しては震えは収まってくれないらしい。
文句を言いたいのに、この怒りをぶつけたいのに、喉が震えて声が出なかった。
「んん? 何だ聖良、震えてんのかぁ? 可愛いとこあるじゃねぇか」
そう言って岸は私の耳のふちをなぞるように舐めた。
「っっっ⁉」
っこっのぉ!
「あ、んたにっ! 名前呼ばれるとか、不快でしかないんだけどっ!」
声が震えようが、弱々しく聞こえようがどうでも良くなった。
とにかくこの不快感を……嫌悪感を言葉でぶつけてやりたい。
涙が滲んでいても、怒りを込めて睨みつけてやりたかった。
でもそんな私の行動は逆効果だったようで……。
私の腕から有香の手を外した岸は、くるりと正面に回り込み私の腰と顎を固定する。
すぐ近くに、凶悪なほどに楽し気な岸の顔があった。
「ははっ! 震えてても強がるとか、あんたらしい。いいぜぇ? それでこそ聖良だ。もっと泣かせたらどうなるか、考えただけでゾクゾクする」
「っく!」
その黒い瞳に映りこみたくなくて、顔を逸らしたいのにしっかり掴まれていて動かせない。
仕方ないので、代わりに睨みつける。
岸相手には逆効果だと分かっても、泣き顔は見せたくなかった。
「っく! 聖良先輩から、離れろ!」
浪岡君の声が聞こえる。
顔を動かせなくて見えないけれど、浪岡君より大きい男性二人に押さえつけられていたはずだ。
流石に動くことは出来ないだろう。
「その手をどけろ。お前みたいなのが触れていい人じゃない」
俊君の、聞いたことが無いような怒りのこもった低い声も聞こえる。
何とか男二人がかりの拘束を外そうとしているのか少し苦し気だ。
岸は、そんな二人に視線を向けて「へぇ」と意地悪く笑った。
その表情からは嫌な予感しかしない。
「お前ら、聖良のこと好きだってかぁ? はは! 良いじゃねぇか、じゃあ見せつけてやるよ」
嫌な予感は、的中する。
極悪な笑みを浮かべた岸は、私に視線を戻しハイエナのような目を向けてその唇を重ねた。
「⁉」
くち……唇が重なって……キス⁉
初めての行為に、私は衝撃を受けるばかり。
ファーストキスまで奪われた事実にめまいがしてくる。
だから、更に続きがあるなんて思わなかった。
ぬるっ
岸の舌が私の唇を割って入ってくる。
予測していなかったから歯を食いしばって抵抗することも出来なかった。
「んっ⁉」
たやすく侵入を許してしまったそれは、逃げる私の舌を絡めとる。
「ふっやぁ、ん!」
嫌だと声を上げようにも、すぐに塞がれ奥深くに入ってきた。
離れたくて岸の胸や肩を押すけれどビクともしない。
そうしているうちに酸素が足りなくて力も入れられなくなる。
むなしい抵抗も出来なくなってきたころ、ひとしきり蹂躙した唇が離れて行った。
「……エロい顔。このまま襲ってやりたくなるなぁ」
そう言って獲物を咀嚼するような目で見ながら岸は笑う。
このっ! 好き勝手して!
岸は怖い。
でも、段々怒りの方が強くなってきた。
息を整えながら、キッと睨みつける。
「まだ睨む余裕あんの? もっかいいっとくかぁ?」
そうしてまた近付いて来る岸だったけれど、制止の声がかかった。
「おい、あまり煽るな。押さえつけるのだって楽じゃないんだぞ?」
位置的に、俊君を抑えている男のどちらかみたいだ。
「さっさと“花嫁”を連れていけ。こっちはこいつらを拘束出来れば十分なんだ」
「はいはい、分かったよ」
男の言葉に岸は面白くなさそうに息をつき、私を抱く腕を外した。
ただし、手首だけはしっかり掴んで。
「さあ聖良、お友達にケガさせたくなかったらついて来てもらおうか」
「っく……」
了承なんてしたくない。
でも岸は本気なんだろう。
「……俊君達にも、ケガはさせないで」
選択肢がないなら、せめてもと条件を付け加える。
それに岸は答えず、代わりに男達の方を見た。
岸と男達の関係は良く分からないけれど、完全に仲間っていうのとは違うのかもしれない。
「まあ、動けなくするだけだからな。抵抗しなければケガはさせないさ」
俊君を抑えている体格のいい男が答えたことで、岸は「これで良いだろ」と私の腕を引いて行く。
「お前だけついてこい」
岸は有香にそう命令すると、押しつぶされている俊君と浪岡君の前を通って部屋を出た。
「聖良、先輩……」
「うっくそっ!」
二人の悔しそうな声を聞きながら、彼らの様子を良く見ることも出来ず私は連れられて行く。
引かれて歩きながら考える。
私がこの状況ということは、愛良も無事ではないかもしれない。
愛良の状況が知りたいけれど、今連れて行かれているのは愛良と同じ場所なんだろうか?
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