妹が吸血鬼の花嫁になりました。

緋村燐

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2.城山学園

吸血鬼 前編

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 登校初日は良好とは言えないまでも、私も愛良も一人は女友達が出来た。

 H生とV生の違いや、VH生なんて生徒もいることが分ったり。

 H生だからと言って必ずしも味方であるとは限らないと知ったり。


 まあ、色々あったけれど最後の温泉の効果かそこまで悪い一日ではなかった気がした。



 次の日からは愛良にも瑠希ちゃんがついていてくれたからか、誰かに呼び出されることもなかったし楽しく学校生活を送れているみたいだ。

 私も嘉輪と仲良くしつつ、たまに石井くんと話したりと学校生活をつつがなく過ごしていた。


 ちなみに零士のことは避けまくっている。

 だって、顔を合わせたらケンカしかしなさそうだし。


 それに零士は初日のことを気にしているのか授業が終わるとすぐに愛良のところに行ってるみたいだ。

 零士のくせに愛良に近付くとかちょっと不満だったけれど、それはそれで愛良を守ることにもつながるからと思って文句は言わないようにしている。


 一週間が経とうとした頃には田神先生から「遅くなったが」と制服の冬服ももらった。

 そんな九月の最終日。


 私は、ここが吸血鬼という人外がいるということを身をもって知ることになった……。

 
 その日、いつものように嘉輪と一緒に帰ろうとしていたところ。

「あ、波多さん。文化祭のことで相談があるんだけど」

 クラスメイトに声を掛けられ、嘉輪が一緒に帰れないことになった。


「時間かかるかもしれないし、待っててもらうわけにはいかないか……。あ、そうだ。石井くんについててもらえば……」

 そう言った嘉輪は教室を見回す。

 私も一緒になって見てみたけれど、石井くんの姿はなかった。


「あ、石井くんならさっき先生に何か頼まれたみたいでどっか行っちゃったよ?」

 嘉輪に声をかけた子がそう教えてくれた。


「え? どうしよう……」

 困っている嘉輪だったけれど、仕方ないことだと思う。

 何だかんだで登下校も授業中も誰かしら守ってくれる人が近くにいる状態だったから、たまにはこんなこともあるだろうって。


「仕方ないよ。それにあとは寮に帰るだけなんだからそんなに心配することもないでしょう?」

 だから大丈夫だと嘉輪に伝える。

 でも嘉輪は簡単には引き下がらなかった。


「そうやって軽く考えちゃダメだって言ってるでしょう? ちゃんと自衛出来るように意識を変えて頂戴!」

「ま、まあまあ。波多さん、落ち着いて」

 頑固な嘉輪に私達のやり取りを見守っていた子が間に入った。

 この子はH生だけど、“花嫁”に対してある程度は理解している人だ。

 そんな彼女が代わりを提案する。


「それならほら、隣のクラスの赤井くん……は無理か。でもほら、三年と一年にも守ってくれる人がいるんでしょう?」

 はじめ、石井くんの次に近くにいるはずの零士を思い浮かべたようだったけれど、すぐに無理だと判断したのか津島先輩と俊くんを話題に出す。

 零士がすぐに愛良のところに行くのはもう学校中に知れ渡ってるからね。


「香月さんはそのどっちかに付いて行ってもらえばいいんじゃない?」

「……まあ、それでもいいんだけど……」

 提案に嘉輪は渋々ながらOKを出した。

 だから私は、これ以上嘉輪が心配性なお母さんみたいになる前にカバンを手に取る。


「じゃあ俊くんに護衛は頼むから、嘉輪は心配しないで」

「あ、ちょっと! せめて一年の教室までは正輝についてってもらうとか――」

 やっぱり心配してくる嘉輪に「大丈夫!」と告げて私は早々に教室を出た。

 そんなちょっとしたことに正輝君の時間まで使わせたくないしね。


 それに、ただでさえ守られるというのが性に合わないのに守ってくれているのが友達とか。

 嘉輪には悪いけれど、私は申し訳ない気分になるから彼女にはあまり守られたくはなかった。


 一緒に温泉入ってくれるのは助かるんだけど……。

 やっぱり友達なら対等な関係でありたい。
 守って貰っているからと言って上下関係があるわけじゃないけれど、やっぱり申し訳ないと思ってしまうから。


 私は三階に上がって俊くんのクラスに行ってみる。

 パッと見いなかったので近くにいたH生に聞いてみたら、今日は掃除当番だったらしく今はごみ捨てに行っているんだとか。


 ただでさえ違う学年の階。
 しかも“花嫁”の姉ということで目立っているので、このままここで待つのも躊躇われた。

 だから俊くんを探しつつ、もしいなかった場合は津島先輩に頼もうと一階に降りることにする。


 一階に降りた私は、三年の教室が並ぶ廊下を覗き込みながらどうしようかと迷った。


 三年の廊下は一年のところよりもさらに居づらい。

 しかもやっぱり私は目立つのか、主にV生からの視線が痛い。


「おい、あれ“花嫁”の姉だろ? お前声かけて来いよ」
「え? 大丈夫なのか? ちょっかい出したら赤井家に睨まれるんじゃねぇの?」

 少し離れたところからそんな会話が聞こえてくる。


「……」

 うん、津島先輩は諦めよう。


 この中を進んで津島先輩に会いに行くのはものすごく気まずかったから。

 私は大人しく当初の予定通り俊くんを探すことにした。



「……確かゴミ捨て場はこっちだったよね……?」

 すれ違っていないかちょっと不安に思いながらゴミ捨て場のある方に向かう。


 何だか、この辺りは人の気配が少ない。

 放課後の騒がしさが遠くに聞こえる。


 大丈夫とは思いつつも、嘉輪の過保護っぷりを思い出すと流石にこの辺りを一人で歩くのはまずいかな、と思い直した。

 少し戻って、せめてもっと人目がある場所で俊くんを待っていた方がいいのかもしれない。


 そう考えて踵を返した時だった。


「……うっうぅ……」

 女の人のうめき声がすぐ近くの資料室から聞こえてきたんだ。


 どうしたんだろう。

 何だか辛そうな、苦しそうなうめき声に聞こえたけれど……。


 もしかすると先生に資料を片付けるように言われてきた生徒がそのまま具合が悪くなったとか?

 それか資料の山が落ちてきて動けなくなったとか。


 どちらにしろ助けが必要な状況なんじゃないだろうか?

 こんな人気のない場所じゃあ、次に人が通るのはいつになるか分からない。


 私は助けないと! と思ってその資料室のドアを開けた。


「大丈夫ですか⁉」

 そう声を上げながら中に入っていくと、すぐに人の姿が見えた。

 ドアからは少し影になって見えない場所。
 でも、中に入ればよく見える場所に。


 ただ……そこには女子生徒だけではなく、彼女と抱き合うようにしている男子生徒もいた。

「っ⁉」

 見た瞬間、しまったと思った。


 もしかしてこれ、恋人同士の邪魔しちゃった⁉

 まさかとは思うけど、情事じょうじの真っ最中とかいわないわよね⁉


 あたしは青くなったり赤くなったりしながらもその場で固まってしまった。

 ここはとりあえず謝って出て行った方がいい場面だよね。


 遅ればせながらそう思い至った私は謝罪をしようと口を開く。

「すみま――」
「! た、すけ……」

 でも、言い切る前に私に気付いた女生徒が助けを求めてきた。

 頬は少し上気じょうきしているようにも見えたけれど、表情は明らかに怯えと恐怖が入り混じっている。


「え?」

 何?
 恋人同士じゃないの?


 逃げた方がいいのか、助けた方がいいのか迷った私はすぐに動けなかった。

 逃げた方が賢い選択なのかも知れない。
 けれど、助けを求めてきた彼女を見捨てるような真似も出来そうになかったから。


 そうしているうちに、赤が薄っすら入った焦げ茶の髪をした男子生徒が私の方に顔だけを向ける。

 その形のいい唇からは、一筋の赤い線がしたたり落ちていた。


「誰だぁ? 食事の邪魔すんのは」

 そう言って、口元の赤いものを舐めとる男子生徒。


「あ……」

 その赤いものは、血……なんだろう。

 現実逃避したかったけれど、チラリと見えた女子生徒の首筋が赤く濡れていた。


 吸血鬼。


 話で聞いて、理解していたつもりだったけれど……それでもどこか信じられない気持ちがあった。

 でも、これは……。

 こんな、まさに吸血の瞬間を見てしまっては、信じざるを得ない。


 男子生徒は私を見ると切れ長な目を細めて「へぇ」と楽しそうに笑う。

 そして一度女子生徒に向き直り首元の血を舐めとると、彼女を離しこちらを向いた。


「あっ……」

 支えを失った女子生徒はそのままくず折れるように床に伏してしまう。

 助け起こしたかったけれど、すぐ近くにいる男子生徒が危険人物であることは嫌でも分かる。

 不用意に近付くことが出来なかった。


「この気配……お前、“花嫁”だな? 高等部の制服着てるってことは姉の方か」

 男子生徒は楽しそうにそう言いながら私に近付いてこようとする。

 でも、まだ意識があったらしい女子生徒にズボンの裾を掴まれ足を止めた。


「“花嫁”?……ダメ、岸くん。その子の……血は、吸っちゃ……」

「何だかんだ言ってもH生ってことか? でもな、最初にこいつに助けを求めたのはお前だぜぇ?」

 苦し気に話す彼女にも楽しそうに笑い、非難する。

 この岸という人は、本物の人でなしなんじゃないだろうか。


 恐怖と怒りが入り混じる。

 胃の辺りがムカムカした。


「いい加減にしなさいよ! その人から離れて!」

 怖くても、やっぱり弱ってる人がいると助けようと思ってしまうのが私のさがなんだろう。
 怒りに任せて叫んでしまっていた。


「っダメ! あなたは逃げ――」
「へぇ、気が強いんだなぁ?」

 女子生徒に向かっていた意識がこちらに移る。

 流石にまずかっただろうか。


 でも叫んだことは後悔していない。
 この岸という男のなぶる様な物言いには本当に腹が立っていたから。


 とは言えここは本当に逃げなきゃまずいだろう。

 女子生徒は心配だけれど、誰か助けを呼んだ方がよさそうな状況だ。


 私は今度こそ即座に判断してきびすを返す。

 そして入り口に向かって走――ろうとした。


 でも、足を止めざるを得ない。

 なぜなら岸がドアのところに立っていたから……。


「! どうして⁉」

 驚く私に岸は面白そうに笑う。

「どうしてって、あんたV生の身体能力舐めすぎじゃねぇ?」


 V生……吸血鬼の生徒。

 記憶にあるのは零士が瞬間移動したかのように目の前に来たこと。

 V生は、みんなそういうことが出来るということだ。


 それも、分かってはいても実感していなかったことだった。


「あー、カギかけ忘れてたな。まあ、代わりに気になってた女が迷い込んできてくれたから上々ってとこか」

 そうして彼はドアを閉め、ガチャリとカギをかけた。

 この資料室のドアは一つだけ。

 つまり、逃げ場がなくなってしまった。


 どうする?

 どうすればいい?


 自問しながら視線を周囲に向ける。


 上の方にある窓は開いているけれど、到達する前に引きずり降ろされるのがオチだ。

 私の後ろにも外が見える窓があるはずだけれど、物が多すぎて塞がれている。


 倒れている女子生徒にいい案がないか聞こうかとも思ったけれど、彼女はもう気絶してしまったのか意識はなかった。


 万事休す!


 心臓がドッドッと嫌に早く鳴っている。

 まずい状況に嫌な汗も出てきた。


 後は、スマホで誰かに助けを求めるくらいしか……。


 私は岸に気付かれないようにソロソロとカバンの中に手を入れようとする。

 でも、それを彼が許すはずがなかった。


 スマホを掴めたと思った瞬間、いつの間にか目の前に来ていた岸にその腕を掴まれ引かれる。

「いたっ!」

 強く掴まれ、手にしびれを感じた。
 そのせいで手に持っていたスマホが零れ落ちてしまう。
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