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1.妹が吸血鬼の花嫁!?

不審なイケメン

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 夏の盛りも過ぎたのに、まだまだ暑い9月下旬。

 私、香月こうづき 聖良せいらは生徒玄関を出ると真っ青な空を見上げた。


 ふわふわと浮かぶ雲はまるで綿あめの様。
 そんな積雲せきうんを見ながら放課後の解放感に浸っていると、校門の方から私を呼ぶ声が聞こえた。


「あ、お姉ちゃーん!」

 視線を下ろすと、校門の近くで手を振っているセーラー服の学生がいた。


 ちなみに私の学校の制服は紺色のブレザー。

 セーラー服は近くの中学校の制服だ。

 私は手を振り返しながら小走りで彼女に近付く。

「ごめん愛良。待たせちゃった?」


 彼女、香月 愛良あいらは私の二つ下の妹。

 長い髪はサラサラで、黒髪なのに重い感じは全く無い。
 二重の目はパッチリ大きくて、顔が小さい。

 美少女――とまでは言わないけれど、可愛い顔立ちをしている。

 身長も152センチと小柄な方で、160センチの私が抱きしめるのに丁度いい感じなんだ。


 私の自慢の、可愛い妹。


「ううん、大丈夫。そんなに待ってないから」

 姉妹じゃない男女だったら、まるでデートの待ち合わせの時にする会話だなぁと内心苦笑した。

「あーあ。早く春にならないかなぁ? そうすればわざわざ校門で待ってなくても一緒に帰れるのに」

「そうだねー。でもその前にまずはこの学校受からなきゃでしょ?」

「あはは。大丈夫! それは余裕だから」

 実際愛良は頭もいい。
 それにこの学校自体偏差値が高い方ではないから、確かに余裕だろう。


 私は……まあ、必死にってほどじゃないけどそれなりに頑張ったよ。


 そんな風に立ち話をしていると、クラスメートの男子が丁度近くを通りかかった。

「お前ら今日も一緒に帰るのか? 毎日飽きないなぁ」

 からかい交じりの呆れた声と表情に、私はフンと鼻を鳴らした。


「いいじゃん。姉妹で仲が良いのは悪いことじゃないでしょ?」

 開き直ったような私の言葉に、完全に呆れだけの表情になった彼は少し沈黙した後、「そうか……」とだけ言って帰って行った。


 まあ、この歳になっても姉妹揃って登下校するなんて珍しいってことは自分でも分かってる。

 ましてや中学と高校で学校が分かれていても一緒に下校とか、かなり珍しいってことも分かってる。

 実際ちょっと異常なんじゃ……とか言われたこともあるし。


 でも自重はしない。

 周りに迷惑かけてるわけじゃないし、誰が何て言おうが私は毎日愛良と一緒に帰るもんね!


 ふと愛良を見ると、少し困ったような顔をしていた。

 嫌な気分になっちゃたのかな?


「ごめんね愛良。明日から別の場所で待ち合せようか?」

 そう提案すると、愛良は「え?」と目を丸くした。

「何で? そんな必要ないよ。今の人のことだったら、全然気にしてないもん」

 そう言った顔は本当に気にしてないみたいだった。

「そっか」

 でも返事をした私の顔は納得していないように見えたのか、愛良は「本当だって」と続ける。


「やっぱり周りの人はあんな風に思ってるのかなぁ?ってちょっと悲しくなっただけ。姉妹で仲良いのは良いことでしょ?」

 最後を冗談めいて笑った愛良につられて私も笑った。

「そうだね。じゃ、さっさと帰ろうか?」
「うん」

 そうして私達は帰路についた。


 こんな風に私のことも気遣ってくれる姉思いの妹、大好きになるに決まってる!

 家までの道のりは徒歩で約20分。

 私達は途中でコンビニに寄って買ったアイスを食べながら他愛もない話をして歩いていた。


「県大会に行けなくて残念だったねー。一勝は出来たのに」

「まあ、そうだけど。でもおかげで毎日お姉ちゃんを待たせなくて済むようになったからそれはそれでいいよ」

 私は帰宅部だけれど、部活動強制の中学では愛良はバレー部に入っている。
 ちなみに私も中学ではバレー部だった。


「それに弱小バレー部だってのはお姉ちゃんも知ってるでしょう? むしろ一勝出来た方が奇跡だよ」

「あはは、確かに」

 ため息を吐く愛良に笑いながら同意すると、彼女は突然ハッとして凄い勢いで前方を見た。
 何事かと私も視線の先を追う。

 家と学校の間にある商店街を通り過ぎ、住宅街に差し掛かるというところ。
 民家の塀に寄りかかっていた男がこちらを鋭い目で見ていた。


 スペードシルエットの黒髪で、この辺りでは見ない少し変わった学ランを着ている。

 まだ衣替え前なのに、暑くないんだろうか?


 制服の上からでも分かるほどスタイルが良く、スラリと身長も高い。

 顔の作りはイケメンというより美形。
 女装しても似合うんじゃないかと思う。


 睨んでいるんじゃないかと思うほど鋭い眼光を向けられていなければ、カッコイイと見惚れてしまうほどだ。

 思わずそこで足を止めてしまった私達に向かって、彼はこちらに歩いて来る。


 そして目の前に来た男は、右手を愛良に伸ばし手首を掴む。


「お前だな……。一緒に来てもらう」

「は?」

 と、声を出したのは私。

 愛良は目を見開いて固まっていた。


 そんな愛良の手首を男は強引に引っ張り、言葉通り何処かへ連れて行こうとする。


「え? ちょっと! 愛良を何処に連れて行くつもりよ!?」

 愛良を引っ張る腕に掴みかかり叫ぶ。


 ダメだ。
 こいつカッコイイけど、ヤバイ奴だ!


 瞬時にそう判断した私は愛良から男の手を引っぺがした。

 男が本気で力を込めていれば難しかったかもしれないけれど、邪魔が入るとは思っていなかったらしい彼は丁度その一瞬力を緩めていたみたい。

 愛良を背中に守る様にして男から距離を取る。

 相対した男は私をあからさまに邪魔そうな目で見ていた。


「愛良、大丈夫?」

 ちらりと見ると、今にも泣きそうな不安気な顔で私の制服の袖をギュッと掴んだ。


「お姉ちゃん……」

 か細い声で私を呼ぶ愛良の顔を見れば、男が愛良の知り合いでもないことは明白だった。

 それが分かると、今度は私が愛良の腕を掴む。


「愛良、走って」
「え?」
「逃げるよ!」

 愛良の返事を聞く前に、私はその腕を引っ張って逆方向へ走り出した。


「なっ!? おい待て!」

 男の声が聞こえたけれど、待つわけないでしょ。バーカ。

 私達はしばらく走って、男が追って来ていないのを確認してからやっと足を止めた。

 二人で膝に手をついて息を整える。


「ハア、ハア……ごめん、愛良。いきなり走って……」

 少し息切れが治まってから謝る。
 あの場は仕方なかったとはいえ、突然走り出してビックリしただろう。


「ハア、ハア……いいよ。驚いたけど、あれで良かったと思うし……」

 そんな会話をして二人とも息が整うと、また変なのに絡まれないうちに家に帰ろうという事になった。


 と言っても、そのまままた同じ道を通ったらあの男が待ち伏せているかもしれない。
 だから遠回りにはなるけど別の道を通って家路についた。


 そして無事家には着いたんだけれど……。


「誰、あの人?」

 家の前に男の人が立っていた。

 さっきの男じゃない。
 あいつは私達と同年代くらいだったけれど、今いるのは明らかに成人を越えている大人だった。


 ダークブルーのスーツを着こなした長身の男性。
 さっきの男より背は高いかもしれない。

 黒の前髪はアップにしていて、ボリュームが出るように毛が流れているけれど後頭部は短く切られていてすっきりしている。
 整った顔に丸みを帯びた四角形の黒縁メガネを付けていた。


 愛良を見ると知らない、と言うように頭を横にブンブン振っている。


 男性は見た感じ、清潔そうな好感の持てる雰囲気だ。

 でも知らない男性が私達を待ち構える様に家の前にいたら、警戒するに決まってる。
 ただでさえさっき愛良が知らない男に連れ去られそうになったばかりだ。

 引き返して交番にでも行って相談してみるべきか。
 それか一応話だけでも聞いてみるべきか……。

 どうするべきか悩んでいると、男性がこちらに気付いた。


「初めまして。香月 愛良さんだね? 待っていたよ」

 男性の目的は愛良の様だ。
 ますますさっきの男と重なってしまう。

 でも、男らしく紳士的な笑みを向けられてついつい警戒心が緩む。

 とりあえず話くらいは聞いてもいいかもしれないと思って数歩近付いた――が、そこで足を止める。


 何故なら、男性の更に向こうからさっきの男が近付いて来るのが見えたから。


 男は男性の隣に立つと、私達――正確には愛良を見て「こっちから来てたのか」と呟いていた。

 男性は男を見ても“誰だこいつ”みたいな顔はしなかった。
 むしろ困ったように息を吐く。

 その様子は明らかに二人は知り合いだと物語っていた。


 どうしよう。
 やっぱり交番に行くべき?


 そう思って愛良の手を握る。
 すると愛良も同じように思っていたのか、手を握り返された。

 じゃあまた走るよ?
 と視線を向けると、コクンと頷く愛良。

 そして二人で踵を返したとき、男が声を上げた。


「逃げても無駄だ」


 でもそんな声は無視する。聞く必要もない。

 なのに私達は走り出すことが出来なかった。


 いつの間にかすぐ目の前に男がいたから。


 は? 何? どうなったの?

 どうして一瞬前まで数メートル離れた場所にいた人間が今私達の目の前にいるの!?


 ただただ驚いた。

 どうして? と何度疑問を浮かべても答えなんか分かるわけがない。


 出来たことといえば、男を警戒して数歩後退りするくらいだ。


 そんな私達――いや、愛良に男は右手を差し出す。

 すると大真面目な顔でこう言った。


「お前は特別な血を持つ吸血鬼の花嫁だ」

「……」
「……」


 沈黙が落ちる。


 は? コイツ今何て言った?

 吸血鬼? 花嫁? 聞き間違いだよね?

 だって、そんな非現実的なことこんな真面目な顔して言う事じゃないもん。

「だから俺と一緒に来い」

 そんなこと言ったって愛良は渡さないよ!


 なんて思っていたら背後から近付いて来る足音が聞こえ、声が掛けられた。


「ストップ、零士れいじ。勝手なことばかりして先走るんじゃない」

 軽い口調だけれど、何となく威圧を感じる声音。

 家の前にいた男性の声だ。やっぱりこの二人知り合いだったんだ。


 って! まずい、挟まれた!
 逃げ場がないじゃない!


 愛良の手を掴んだまま焦り始めた私。

 そんな時、ガチャッという音がして聞きなれた声が後ろの方から掛けられた。


「あら? あなた達帰ってたの?」

 思わず振り返ると、家のドアを開けてこっちを見ているお母さんがいた。

 見知らぬ男二人に挟まれている娘達を見ても、お母さんは平然としている。

 もうちょっと慌てるとか不審がったりしないの?
 ってかしてよ!


 ある意味呑気そうにも見えるお母さんに突っ込みたくなる。

 でも、お母さんは平然としたままこう続けた。


「帰ったなら早く家の中に入りなさい。田神たがみさんもどうぞ」

 一瞬田神って誰? と思ったけど、お母さんの視線の先と“さん”付けしたことから、私達の背後に立っていた男性のことだと理解した。


 あれ? 知り合いなの?
 え? 何これ、どういう状況?


 軽く混乱しながら愛良と顔を見合わせると、私と同じように“訳が分からない”と言った表情をしている。

 狐につままれた様な顔って、多分こういう顔のこと言うんだろうなって思った。
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