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皓也のいない二日間③

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 翌朝は目が覚めると同時にため息が出た。

 もう考えるのはやめよう。
 そう思って眠ったのに、頭は考えるのをやめてくれない。

 そのせいでちゃんと眠れた気がしない。


 着替えてリビングダイニングに行くと、また皓也を探す様に部屋を見まわしそうになって顔をしかめる。

 幸い松葉には見られなかったからまたからかわれることは無かったけど。



 今日は部活があるから淳先輩に話を聞けると思う。
 だから昨日みたいに無駄に安藤先生を探し回る必要はない。

 とはいえ気になる事は気になる。
 たくさん聞きたい事はあるけれど、一番聞きたいのは皓也の様子だ。


 学校に来ていないんだから、まだ元には戻れていないんだろう。
 それは予測できるけど、それ以外が全く分からない。

 元気にしているんだろうか。
 ご飯、ちゃんと食べれてるんだろうか。
 何か、ひどい目にあってないだろうか。

 そうやって心配事を考えているとふと気づく。


 ……これじゃあわたし、母親みたいじゃない。


 ご飯の心配までしてるなんてホント母親だ。

 自分に呆れてため息をついた。
 そして何とはなしに教室の窓の外に目をやる。


 校庭にはジャージ姿の生徒が集まっていた。

 何となくそれを見続けていると。


「皓也くんはいないんじゃ無い?」
「……」

 何だか最近聞いたような言葉だ。
 わたしはうろんな目で優香を見た。

「……別に探して無いんだけど」
「そう? でもそうび、二年になってから校庭にジャージ姿見つけると絶対に見てるじゃない。皓也くんのこと探してるんだと思ってたよ」
「………………」

 正直、驚いた。


 二年になってからって言うなら確実に皓也を探してたって事だろう。
 それ以外にジャージ姿の人を見る理由は無い。

 家でだけじゃなくて学校でも皓也を探してたとは。
 自覚が無かったからなおさら衝撃だった。


「探してたつもりは、無かったんだけど……」
 言い訳の様に言ってはみたけれど、本当にただの言い訳にしかならない。

 そんなつもりは無くても、探してたのは明白だったから。


 そうしてショックを受けているわたしを見て、優香は仕方ないな、と困り笑顔でため息をついた。

「もうぶっちゃけ聞くけど、そうびは皓也くんのことどう思ってるの?」
「え?」

「嫌いでは無いよね? 皓也くん見つけたときのそうび、少し笑顔になってるもん」
「っ⁉」

 それこそ衝撃だった。
 見つけて“あ、いた”って思っても、笑顔なんてしてた覚えは無いから。

「どっちかっていうと好きだよね?」
「っっっ!」

 ハッキリ言われてもはや言葉が出ない。


 どう対応すれば良いのか分からなくて目を見開いたまま固まる。
 内心は凄くテンパってた。

 そんなわたしに優香は続ける。


「問題は、その“好き”がどういう“好き”なのかよ」
「どういう“好き”?」

「身内としての好きなのか、友達の様な好きなのか……異性としての好きなのか、よ」
「……」


 それについては、多分答えは出ている。
 ただ、それを明白にしたくないだけ。


 神妙な顔で黙り込んだわたしに、優香はまたしても仕方ないなという様にため息をついた。

「言いたくないってことかな?」
「っ! ごめん、でも」
 友達なのに言えないなんて、嫌な気分にさせてしまったかと思い謝る。

 でも優香は目の前に手のひらを見せて「いいの」とわたしの言葉を止めた。

「無理に聞き出したいわけじゃないから良いよ。それに、見てれば何となく分かるし」
「……」


 それは、バレバレってことだよね……?


 言っても言わなくても同じなんじゃ、と思わなくはないけど、強引に聞き出そうとしない優香にこっそり感謝した。



 そんなやり取りもありつつ放課後になり、優香はいつもの様に部活に飛んで行った。

 わたしもいつもより早く準備して家庭科室に向かう。


 早すぎたのか部員はまだ数人しかいなかったし、肝心かんじんの淳先輩もいなかった。
 まあ、いたとしても部活中は話を聞くわけにはいかないけれど。


 だからいつもの席で羊毛フェルトを始める。
 この二個目も大体形が出来てきた。

 そろそろ表情を決めたいと思うんだけど、この作品が犬なせいかどうしても皓也を思い出してしまう。

 別れぎわの心配そうな、心細そうな目が脳裏のうりをよぎる。
 そうなると皓也のことが心配になって、針を刺す手が止まった。

 そんな風に集中出来ずに今日の部活は終わり、すぐに帰ろうとする淳先輩を捕まえるためわたしも急いで片付けをする。


「淳先輩!」

 急いでいる様な淳先輩を何とか捕まえられたのは昇降口で靴を履き替えているときだった。


「ああ、そうびちゃん。わりぃ、急いでるんだ」
 そう言って駆け出そうとする淳先輩に、わたしは慌てて声を上げた。

「まっ! 皓也の事――」
 聞きたいんです、とは続けられなかった。

 目に止まらない速さで、淳先輩が近くに来てわたしの口を塞いでいたから。

「そうびちゃん、それ学校で話すのはまずいって」

 周りに人がいないか確認しながら、淳先輩は小声でそう言った。

「詳しいことは明日話すって好人が言ってただろ?」

 そしてそっとわたしの口から手を離してくれる。


「まずいのは分かってます。でも皓也の事が心配で……戻れて無いんですよね? 様子はどうですか?」

 わたしも声を抑えて話す。

 詳しいことは明日聞く。
 でも、今皓也がどうしてるのかだけは聞きたい。


 すると淳先輩は明らかに嫌そうな顔をした。
「皓也なー。世話は俺がしてるんだけど、懐いてもこないしドッグフードやったら唸って怒るし。怖ぇだけなんだけど」
「……」


 懐くとかドッグフードとか、何か皓也を犬扱いしてない?


「あの、犬扱いしてませんか?」
 確認も込めて聞くと。

「あ、いや。皓也だって分かってはいるんだけど、あの見た目だとどうしてもなぁ」
 あはは、と笑う淳先輩。


 やっぱり犬扱いしていた。
 流石に不快な気分になる。


「そういうのやめて下さい。皓也はちゃんとした人間です」

 怒気を含ませて言った言葉に、淳先輩は驚いた表情で返した。
 そのまま固まってわたしをジッと見ている。

「……何ですか?」
「いや、目の前で狼になった所見たのにちゃんと人扱い出来るんだな、ってちょっと驚いた」

「皓也は人ですよね?」
「でもヴァンパイアだ」

 即座に返された言葉にハッとする。
 確かに、人の形をしているけど人外って事になる。


「……でも、皓也はわたしと同じ人間です」

 血を舐めても、狼に変身しても、わたしと同じ感情を持つ人間だ。
 そこは譲れないと淳先輩を睨みつける。


「ああ、そうだな。いや、ごめん。たまに本気で人外扱いするやついるからさ。俺も今はあの見た目だからつい犬扱いしちまうけど、人に戻ったらちゃんと人間扱いするよ」

 淳先輩の言葉にちょっと安心した。
 今皓也の世話をしているという先輩が、そういう人外扱いする様な人では無くて。


 でも今は犬扱いしてるってハッキリ言っちゃったね……。
 そこは……まあ、突っ込まないでおこう。


「じゃあ俺行くな。明日は九時頃好人が車で迎えに行くから」
 そう言って走り去ろうとする淳先輩をわたしは呼び止めた。


「あ、あと一つだけ!」
 あともう一つ、これもハッキリさせたかった。

「オルガさんがケガしたって本当ですか?」
 もし本当で大ケガなら心配だと身構えていたけれど、淳先輩は何でもないことの様にアッサリと答えた。


「ああ……確かにケガしたし結構な大ケガだったみたいだけど、もうほとんど治ってるみたいだぜ? 昨日痛そうにしつつ皓也の様子見に来たし」

 そう言うと淳先輩は今度こそ走って行ってしまった。


「………………は?」

 しばらく理解出来なくて呆然としていたけれど、何とか気力を振り絞って動き出した。


 ケガしたのって一昨日だよね?
 それで昨日には動いてた。
 で、今日はもうほとんど治ってるみたいだ、と。


「……」

 うん、OK大丈夫。
 落ち着いてわたし。


 靴を履き替えようとして落としちゃったけど、大丈夫。
 わたしは落ち着いてる。


 ……なわけないよね。


 とにかくちゃんと落ち着かなきゃと思って大きく息を吸い込んで吐いた。
 それを何度か繰り返してやっと少し考えられるようになる。


 えーっと、つまり。
 やっぱりオルガさんもヴァンパイアってことなんだよね。
 ケガの治りが早いのはヴァンパイアは回復力が強いとかそういう事だよね、多分。

 予測でしかないけど、これに関しては多分間違ってはいないと思う。


 オルガさんの事でテンパったけど、取りあえず皓也の様子も聞けたし良かったかな?

 犬扱いはされてるみたいだけど、聞いた感じでは元気そうだ。


 あとは明日ちゃんと説明してもらわないと。

 どういう経緯けいいで皓也を監視することになったのかとか、皓也が人の姿に戻れるのかどうかとか。


 焦ったところで明日の九時にならないと聞くことも出来ない。
 それは分かってはいたけれど、何となくじっとしていられなくてわたしは早足で帰路についた。
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