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9.皇太子は会いたかったのです
しおりを挟むダイニングのドアノブに手をかけたまま、私はその場に固まっていた。
「貴方のせいで、シアラ様がどれだけ苦労したと思っているんですか?!」
アルフレッドの怒鳴り声が聞こえる。
「本当にすまない。
だが、俺達は本当に何も無かったんだ。
だからこそこうしてシアラの結婚式を祝いに来たんだ。そうだろ?」
クーズマの声にはっとした。
(自分の従者が、他国の皇太子に怒鳴りつけるなんて、、、止めなきゃ面倒なことになるかも。)
私は勢いよくドアを開けた。
「アルフレッド!!」
大きな声で呼びかけると、アルフレッドとクーズマが一斉に私を見た。
「シアラ様、、、。」
アルフレッドには目もくれず私は真っ直ぐクーズマの元に歩いて行く。さっき名前を呼ぶなと言ったばかりだと言うのに、アルフレッドは相変わらずだ。
「シアラ。」
静かに頭を下げた。
「私の従者が失礼なことを言って本当にごめんなさい。」
クーズマは立ち上がり、首を振った。
「いいや。アルフレッドの言うとおりだ。まさかルカドル国が、ここまで困窮しているなんて思わなかった。
3年前のことがなければ、ここまで酷くはならなかっただろう。」
3年前。シアラとクーズマが恋仲だったと噂されていた時期だ。
「何があったか、教えてもらえますか。私には、記憶が無いのです。」
「わかった。ただ、、、」
クーズマはちらりとアルフレッドを見て言う。
「できれば、シアラと二人で話がしたい。」
確かにそういう仲だったのであれば、アルフレッドに伝えたくない内容があるに違いない。
「シアラ様、僕は反対です。」
アルフレッドは硬い表情で言う。
だが、恐らくクーズマ本人から聞かなければ分からないことは多い。
「アルフレッド。一度退席してもらえる?」
「シアラ様!」
私はアルフレッドに微笑む。
「だいじょうぶよ。きっと上手くいく。」
アルフレッドは一瞬固まり、小さく頭を下げる。
「シアラ様がそう仰るのならば。」
「ありがとう。」
顔を上げたアルフレッドは、おずおずと尋ねた。
「記憶がもどったのですか?」
(なぜ?)
「戻ってないわ。」
アルフレッドは小さく笑みを浮かべた。
「『だいじょうぶ、きっと上手くいく。』それは、シアラ様の口癖でしたので。」
「そう、、、。」
偶然にも、私の前世の口癖と被ってしまったらしい。
「何かあったら、すぐに呼んでくださいね。」
アルフレッドはクーズマを睨みつけて、その場をあとにした。
◇◇◇
私は正面の椅子に腰掛けて、小包を開いた。
(無惨、、、。)
クーズマが持ってきてくれたパイは箱の中で粉々に崩れている。
「シアラが好きだと言っていたお菓子なんだが、滅茶苦茶になってしまったな。」
クーズマは箱の中を覗き込んで、楽しそうに笑う。
「後で美味しく頂きますよ。私は形は気になりませんから。」
「俺も気にならんさ。一緒に食べよう。」
クーズマはフォークを手に、目を輝かせている。
「これはデミオン国の名物ですか?」
「いいや。ルカドル国の屋台でさっき買った。昔、シアラに聞いて、気になっていたんだ。」
(さては自分で食べたかっただけなのでは?)
クーズマと話していると、気が抜けてしまう。
気さくで、豪快。私が思う皇太子のイメージとはかけ離れていた。
クーズマは夢中で粉々になったパイを口に運んでいて、なかなか話し出そうとしない。
しびれを切らした私は、フォークを置いてクーズマに尋ねた。
「シアラとクーズマに何があったんですか?」
クーズマがもごもごと何かを呟いている。
「はっきり言ってください。」
クーズマは顔を真っ赤にして早口で言った。
「抱きしめたのは本当だ!だけど、あれは友達としてのハグであって、決してやましい気持ちは無かった!本当だ!」
(だ、抱きしめた?!)
「あの、だから私には記憶が無いんです。もうちょっと丁寧に説明してください!」
◇◇◇
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