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1.国王は王妃を捨てた

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「こんなに朝早く、どこにいくのですか?"国王様"?」

トラストル国王妃フィリナは、城門からこっそり抜け出そうとしていたリリックを呼び止めた。

「君こそ、ずいぶん早起きだね。」

ぎこちなく微笑んでリリックは言った。

西の小国トラストルの若き国王リリック。彼は、長い間国王としての責務を放棄している。

「貴方の代わりに朝方まで仕事をしていましたから。」

フィリナの緑の瞳は笑っていない。
彼女の目元にはくまがはっきりとできている。相当、疲れが溜まっているのだろう。

「そうか・・・。お疲れさま。ベットに戻ってよく休むといいよ。僕はもう行く。」

「愛人に会いにアザール国に行かれるのですか?」

ぽつりとフィリナは呟く。
朝日に照らされたフィリナの顔にはなんの表情も浮かんでいなかった。

フィリナとリリックが結婚して4年の歳月が過ぎているが、二人には子供がいない。子供を作るための行為自体、もう少なくとも1年はなくなっていた。

「・・・いいや。国のために、新しい取引相手を探してくるだけさ。きっと君は疲れて、考えすぎているんだよ。もうこれ以上君と話すことはない。」

「・・・待ってください。もう、限界なのです。貴方の醜聞を国民から隠すために、どれだけ私が努力しているか・・・。貴方が愛人と遊ぶためのお金は、国の財源から出ているのですよ?」

トラストル国は小国で、農業を主産業とする国だ。天候が悪ければ作物は育たず、財政は困窮する。決して、豊かな国では無い。

「・・・うるさいな。」

「もう少し、国王としての責任を考えてください。皆・・・貴方への不信感が溜まっているのです。でも今なら、まだ間に合いますから・・・。」

リリックの父である前国王は立派な人だった。皆、彼が前国王のようになってくれると信じていたのだが・・・現実はそう上手くいかなかった。

王家に対する国民の不満を一心に受け止め、公務をこなしているのはフィリナである。

幼いころからリリックの許嫁であったフィリナには、"王妃"としての覚悟があった。

だが、フィリナとてまだ24歳。
一人で全てを背負い、夫の浮気を見て見ぬふりをするのは、あまりにも酷である。

「君が、支えてくれるんだろう?フィリナ。」

リリックは顔を歪めて・・・笑った。

「・・・え?」

「僕がいなくたって、王妃の君がいればなんとかなると信じているよ。そしたら、僕はもう行く。」

「待ってください・・・!!」

フィリナは必死で呼び止めたが、リリックは振り返ることなく行ってしまった。

ー支えてくれるだろ?信じてるよ。

昔は、嬉しかった言葉。
今ではもうその言葉を聞く度に、心臓がズキズキと痛む。

(昔はあんな人じゃ無かったのに。)

フィリナは城門の前に座り込んで、呆然とリリックの後ろ姿を見つめていた。

ー僕は父の跡を継いで立派な王になる。

5年前、リリックはフィリナに誓った。その瞳は輝いていた。だけど今、彼の瞳はどんよりと曇っている。希望を失い、王としてのプレッシャーから逃げているのだ。

「王妃様?だいじょうぶですか?」

庭師のアレックスに声をかけられて、フィリナははっと顔をあげた。

「おはよう。アレックス。
 ・・・転んでしまったの。」

何事も無かったかのように立ち上がり、優しい微笑みを浮かべるフィリナ。

美しく、誇り高く、完璧に。
誰に対しても弱みを見せずに強く。

どんなことがあっても、王妃フィリナは完璧な振る舞いをすることを忘れない。

「・・・怪我はありませんか?」

「ええ。心配してくれてありがとう。」

小さく頭を下げ、フィリナは城の中に戻っていく。まっすぐに伸びた背と、完璧な所作。だが、朝日に照らされる彼女の後ろ姿は、以前よりか弱く見えた。

だらしない国王を必死で支える美しい王妃フィリナ。彼女は国民の多くから慕われている。だからこそ、王妃を苦しめる国王リリックに対する反感は日に日に高まっているのだった。


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