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生まれるところからやり直したら?

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「貴方みたいなドブネズミ。
 この家にふさわしくないの。
 分かる?」

義理の姉ジルは私にそう言った。

ドブネズミ、その言葉を言われるのは
何回目だろう?

土砂降りの、夕方。
義理のお姉様、ジルに家からつまみだされ
私は呆然と立ちつくしていた。

私の名前はツバサ・アイザック。

私はアイザック家当主と愛人の間に生まれた
妾の子供だ。

ノクターン家の長男である
キョウ・ノクターン様と婚約し、
この家に来てからまだ一週間。

キョウの姉、ジル・ノクターンは
使用人に命令して、私を家から追い出した。

髪から雨が滴り落ちる。

「どうしたら、
 ふさわしくなれるのですか?」

私は、ジルに問いかけた。

実家アイザック家でも、
私はふさわしくないと言われ続けた。

ジルは顔を歪めて笑った。

「さぁ?
 生まれるところから、
 もう一度やり直したらどう?」

やり直したくたって、
誰もその方法を
教えてくれないじゃないですか。

「せめて、
 キョウ様が帰ってくるまで
 ノクターン家にいさせてください。」

私は額を地面につけて懇願する。

アイザック家から私を連れ出し、
この家に迎い入れてくれたのは、
キョウ様だ。

初めて、
私に優しくしてくれた、大切な人。

「そんなこと、
 許せるわけないでしょ?
 図太い小娘だわ。」

キョウは昨日からこの家を離れ
隣国に出征中だ。

今頃、隣国との戦いの真っ最中だろう。
いつ彼が帰ってくるのか、誰も分からない。

「キョウ様がいない間に
 私を追い出すなんて、
 あまりにも卑怯ではありませんか!」

キョウがいれば、
こんなことになっていなかっただろう。

ジルは、キョウがいなくなるときを
待っていたんだ。

「卑怯なのは、
 妾の子供であることを
 私に黙っていた貴方でしょう?」

妾の子供であることは、
そこまで人に疎まれるような事なのか。

愛人であった母は、
とうの昔に死んでいる。
私には恨む相手すらいないのに。

その時、
一台の車が近づいてきて、私の隣に止まった。

泥飛沫が、私に飛び散る。

「あら、
 汚いわね。ツバサ。」

車から降りてきたのは、アユミ・アイザック。
私の異母妹だ。
アイザック家、本妻の子供である彼女は
私のことを酷く憎んでいる。

「アユミ、、
 なぜ貴方がここに?」

アユミは勝ち誇った顔で笑った。

「私がキョウ様の
 お嫁になることが決まったの。」

「え?」

「ツバサちゃんは、もういらないんだよ?」

ジルに笑顔で迎えられたアユミは、
ノクターン家の中に入っていった。

外に残されたのは、私一人。

ねぇ、私にはもう、行く宛もないのに。

  ◇◇◇

「アユミの妊娠、ですか、、。」

アユミの手紙には、アユミとキョウの
妊娠したという報告が書かれていた。

屋根裏部屋の、固いベットの上。

私はただ黙って倒れ込んだ。

ノクターン家を追い出された私は
知り合いのつてを頼って、
使用人として
住み込みで働かせてもらっていた。

まぁ扱いは散々で、
低賃金で長時間労働なわけだけど。

「ねぇ、もう良いかな。」

私はぽつりとつぶやく。
この世界に、私がこれ以上いる意味って
あるのかな?

「あぁ、もう死んじゃおうかな。」

キョウ様。
貴方に会いたくて、
ここまで頑張って来ましたが、
もう貴方は人のものなのですね。

「だめに、
 決まってるだろ!!」

あれ?
キョウ様の声がする。
幻覚かな。

「ツバサ!!」

キョウ様だ。

あれ?
私、実はもう死んでいて
幻覚を見ているのかな。

「よくやく、見つけたよ。
 ツバサ。
 待たせて、ごめん!」

泥だらけになったキョウがそこに立っていた。

私はゆっくり立ち上がり、
キョウ様の頬についた血を拭った。
 
あぁ、ほんとにキョウ様だ。

「幻覚じゃ、無いのですか、、?」

キョウは、私の右手をとって頬に当てた。

確かに、温かくて、、。

そうか、キョウ様。

「キョウ様。」

私は、キョウに抱きついた。

「ずっと、お会いしたかったです。」

貴女のいない日々はそれはそれは
辛かったですよ。
 
キョウもまた、
私を強く抱きしめてくれた。


「義理の姉や、君の妹が言うことは
 全部嘘だから。」

キョウは私の耳元で囁いた。

「ほんとうに、全部?」

信じられない。
全部、私を騙す嘘だったなんて。

キョウは、強くうなずくと
私の目を真っすぐに見て言った。

「ツバサ。
 僕は、ずっと
 君のことだけを愛していたよ。」

ねぇ、キョウ様。
もういなくならないでくださいね。


  ◇◇◇


「この家を出ていくのは、
 お前たちだ、
 ジル!!アユミ!!」

キョウは、
ノクターン家のリビングでくつろいでいる
ジルとアユミに向かって言った。

「キョウ、、
 貴方いつのまに帰っていたの?」

ジルは、真っ青な顔で言った。

「ついさっきですよ。
 お姉様。
 僕がいないうちに、
 ずいぶんと勝手をしてくれたようですね。」

キョウはジルを睨みつけた。

「それはっ、
 キョウ、
 貴女のためを思ってよ!
 その女は卑しい女よ。
 今は貴方が騙されているだけ!!」

アユミも、ジルに加勢した。

「そうです。キョウ様。
 ツバサは妾の子です。

 男を誑かす手段にだけ、
 長けているのですよ。」

ゴンッッ。

キョウは、腰に下げていた剣を
思い切り地面に突き刺した。

アユミはきゃあ、と
悲鳴をあげた。

「それ以上、
 僕の大切なツバサを
 酷く言うのはやめてくれないか?」

キョウは、剣を持ち上げる。

「僕は、戦帰りで気が短いんだ。
 早くこの家を出て行ってくれ。
 そうじゃなきゃ、
 君たちがどうなろうと、知らないよ?」

アユミは腰を抜かして、
キョウを指さした。

「キョウ、
 貴方、頭がくるってんじゃないの?!
 すべてが揃った私じゃなくて、
 ツバサを選ぶなんて!!
 
 ツバサ!!
 あんただって、
 卑怯な真似ばかりしてたら、
 いつか痛い目に合うわよ!」

私はアユミを
まっすぐみて言った。 
私には、貴方がとても卑怯に思える。

「貴女にその言葉を
 そっくりお返しするわ。

 ねぇ、アユミ。
 いつか痛い目に合うわよ?」

  ◇◇◇

キョウは先の戦での戦果が認められ、
騎士団長となった。

キョウ騎士団長の調査により、
アイザック家は商売の不正が発覚し、
家は取り潰されることとなった。

都を追われたアユミは、
貴族としての地位を失い、
物乞いをしてお金を稼いでいるらしい。

また、
家門から除外されたジルは
収入源を失い、今は一介の使用人として
どこかで働いているらしい。


  ◇◇◇

ジルとアユミがいなくなった
ノクターン家の中。

キョウは、
私のことを強く抱きしめた。

「ねぇ、ツバサ。
 生まれなんか、何も関係ないよ。

 君は、誰よりも美しい。

 君と一緒にいられて、僕は、幸せだ。」

私は、にっこりと笑って答えた。

「私も、幸せです。」

そうしてついに私にも
幸せな居場所ができたのでした。

    
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