上 下
10 / 14

10 失うものなんて無いの

しおりを挟む

「ボーッとしてるんじゃないわよ!」

私の主人になったヒィナは思い切り紅茶を私にかけてきた。私はさっとお盆で紅茶から身を守り、右手でカップをキャッチする。

「お手元がおぼつかないのですか、ヒィナ様?紅茶を投げ出すなんて、危ないですよ?」

やり口が本当に陰湿なんだから。ヒィナはまるで王妃にでもなったかのように横暴に振る舞っている。

「さっさと片付けなさい!」

貴方が汚したんですけどね。その場を立ち去るヒィナを見て私は肩をすくめた。

「サクラ様。だいじょうぶですか?!見事なキャッチ、かっこよかったです!」

同じくヒィナ担当であるプリンが心配して声をかけてくれた。他のメイド達も替えの服や雑巾を持ってきて、私の様子を心配そうに見ている。

「ありがとう。だいじょうぶよ。」

プリンは私の両手をぎゅっと掴んだ。

「仕事が終わったら、お茶しましょうね!!あの女の愚痴、言いまくりましょ!!」

「いいわね!」

ヒィナの嫌がらせにはイライラする。だけど正直なところ、メイドの仕事は一人で王妃教育を受けるよりずっと楽しかった。

「今日はなんのお菓子を食べましょうか?」

王妃として、誰よりも上品に完璧に。その思いが強すぎて、誰に対しても同じ目線で話をできていなかった。

プリンが真っ直ぐ話しかけてくれるたびに、嬉しくなってもっともっと仲良くなりたいという気持ちが溢れてくる。

「私はチョコレートが良いです!」

私はずっと、肩ひじを張って生きていたのかな。誰よりも上品に、完璧に。その思いが強過ぎて、自分を見失ってたんだわ。



   ◇◇◇


「メイドの仕事は辛くないか?」

私の牢屋を訪ねたレブロムは椅子に腰掛けて言った。

私がメイドとしてヒィナの元で働き出してから7日がたった。相変わらず私は超絶快適な牢屋で暮らしている。私の様子を心配して、レブロムはよく私の元を訪ねてくれていた。

「辛くないし、寧ろ楽しいわ。」

「楽しい?」

「ええ。一人ぼっちじゃないことが、こんなに素敵なことだなんて思わなかったわ。」

今になると、くだらないことにこだわっていた自分が馬鹿らしく思う。王妃になんてならなくったって、楽しいお茶会はできたのに。

「そうか。」

もちろん、私がこんなに楽しくメイドができているのは、レブロムが皆に私の正しい噂を伝えてくれたおかげ。

「ドノバル様のご様子は、、、?回復されているのかしら、、、?」

「俺にも分からないんだ。兄上がヒィナ以外の人間を父上に近寄らせない。父がどんな様子なのか、誰もわからないんだ。」

レブロムは首を降ってうつむいた。城の多くの人間が、ヒィナが聖女なんかじゃないことを理解していたし、アトラスを最低な男だと認識していた。

「あいつは、ドノバル様を亡き者にする気よ。」

だがそれでも、ラビーン国において王の力はとても強い。ドノバル王が亡くなってしまったらアトラスが王になってしまう。その時を見据えて、アトラスの味方をする貴族の人間は少なからずいるのだ。

「何か手をうたなければ、、。」

レブロムが険しい顔で俯いた。大きくなったとは言え、レブロムはまだ18歳。すべてを背負うにはまだ若すぎる。だからこそ、私にできることがあると思うの。

「私に一つ良いアイデアがあるの。ちょっとだけ危険だけど、上手く行けばドノバル王を救えるわ。」

私にはもう失うものも恐れるものもない。なんだってできるわ。

「父上を救うためならなんでもするよ。」

レブロムは私をまっすぐに見つめていった。その瞳に心が少し揺れるのが分かる。いつから、そんなに男らしくなったの?

「私も、なんでもするわ。」

恐れるものも失うものも無い。けれどレブロム、私を救ってくれた貴方のことは守りたいと心の底から思うの。






  ◇◇◇
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど

ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。 でも私は石の聖女。 石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。 幼馴染の従者も一緒だし。

虐げられた第一王女は隣国王室の至宝となる

珊瑚
恋愛
王族女性に聖なる力を持って産まれる者がいるイングステン王国。『聖女』と呼ばれるその王族女性は、『神獣』を操る事が出来るという。生まれた時から可愛がられる双子の妹とは違い、忌み嫌われてきた王女・セレナが追放された先は隣国・アバーヴェルド帝国。そこで彼女は才能を開花させ、大切に庇護される。一方、セレナを追放した後のイングステン王国では国土が荒れ始めて…… ゆっくり更新になるかと思います。 ですが、最後までプロットを完成させておりますので意地でも完結させますのでそこについては御安心下さいm(_ _)m

何でも欲しがる妹を持つ姉が3人寄れば文殊の知恵~姉を辞めます。侯爵令嬢3大美女が国を捨て聖女になり、幸せを掴む

青の雀
恋愛
婚約破棄から玉の輿39話、40話、71話スピンオフ  王宮でのパーティがあった時のこと、今宵もあちらこちらで婚約破棄宣言が行われているが、同じ日に同じような状況で、何でも欲しがる妹が原因で婚約破棄にあった令嬢が3人いたのである。その3人は国内三大美女と呼ばわれる令嬢だったことから、物語は始まる。

前世の記憶を持つ守護聖女は婚約破棄されました。

さざれ石みだれ
恋愛
「カテリーナ。お前との婚約を破棄する!」 王子殿下に婚約破棄を突きつけられたのは、伯爵家次女、薄幸のカテリーナ。 前世で伝説の聖女であった彼女は、王都に対する闇の軍団の攻撃を防いでいた。 侵入しようとする悪霊は、聖女の力によって浄化されているのだ。 王国にとってなくてはならない存在のカテリーナであったが、とある理由で正体を明かすことができない。 政略的に決められた結婚にも納得し、静かに守護の祈りを捧げる日々を送っていたのだ。 ところが、王子殿下は婚約破棄したその場で巷で聖女と噂される女性、シャイナを侍らせ婚約を宣言する。 カテリーナは婚約者にふさわしくなく、本物の聖女であるシャイナが正に王家の正室として適格だと口にしたのだ。

婚約破棄から聖女~今さら戻れと言われても後の祭りです

青の雀
恋愛
第1話 婚約破棄された伯爵令嬢は、領地に帰り聖女の力を発揮する。聖女を嫁に欲しい破棄した侯爵、王家が縁談を申し込むも拒否される。地団太を踏むも後の祭りです。

姉妹同然に育った幼馴染に裏切られて悪役令嬢にされた私、地方領主の嫁からやり直します

しろいるか
恋愛
第一王子との婚約が決まり、王室で暮らしていた私。でも、幼馴染で姉妹同然に育ってきた使用人に裏切られ、私は王子から婚約解消を叩きつけられ、王室からも追い出されてしまった。 失意のうち、私は遠い縁戚の地方領主に引き取られる。 そこで知らされたのは、裏切った使用人についての真実だった……! 悪役令嬢にされた少女が挑む、やり直しストーリー。

王太子に婚約破棄され奈落に落とされた伯爵令嬢は、実は聖女で聖獣に溺愛され奈落を開拓することになりました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

処理中です...