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2.結婚式前夜なのに

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「ふう、、、。」

私は部屋のドアの前で大きく息を吸った。明日は私とアトラスの結婚式だが、アトラスは夕食が済んでも、私の部屋を訪ねようとはしなかった。

(なんで、花嫁になる私がアトラスの部屋を訪ねなくちゃならないんだろう。)

私は10歳の頃から、ラビーン国の王家が住む宮殿で暮らしていて、私の部屋はアトラスのすぐ隣にある。だけど、アトラスは私の部屋にほとんど入ったことはない。話す必要があるときは、私がアトラスの部屋に押しかけていた。

私とアトラスの仲が良くないことは分かっている。アトラスは私のことを真面目でつまらない女だと思っているのだ。アトラスに冷たくされるのが悲しくて、最近は彼の部屋を尋ねることは殆ど無かった。

(結婚式の前日に、一人でいるのは悲しすぎるから。)

私は意を決して、部屋のドアをノックした。返事は無かったが、私は構わず部屋のドアを開けた。アトラスからノックに返事が返ってくることなんて無いんだから。


  ◇◇◇

私が部屋に入ると、アトラスは部屋のソファーに寝転んでいた。アトラスは私をちらりと見ると不機嫌そうな顔をクッションに押し付けた。

「明日の結婚式、楽しみね。」

私は、無理矢理明るい声をだして、アトラスに声をかけた。

「ああ、、、。」

気のない返事に、心が折れそうになる。結婚式前日なんだから、少しくらい優しくしてくれてもいいのに。

その場に、気まずい沈黙が走った。何を話せばいいんだろう。社交界での会話スキルはこの10年で磨くことができた。だが、それに反比例するように、アトラスとの会話はどんどん下手になっていた。

「明日の結婚式のスピーチ、考えた?」

別にこんなこと、話したいわけじゃない。もっと幸せなことを話したかったけれど、話題が思いつかなかったのだ。

「あー。考えてなかった。」

アトラスはこちらを見向きもせずに、寝転がりながら答えた。本気で言ってる?明日の結婚式は次期国王と王妃のお披露目の場である。多くの国民が、皇太子のスピーチを聞きに来るのだ。

「え?!嘘でしょ?!急いで考えなきゃ!!」

私なんて一月も前から、スピーチの作成に取り掛かっていたのに、今まで何をしていたんだろう。アトラスはあまりにも、皇太子としての自覚がなさすぎる。

「じゃあ、サクラが内容を考えておけ。」

アトラスは不機嫌そうに寝返りをうって、こちらに背を向けた。

「なんで、私が、、、?今日は結婚式前夜だし、、、ゆっくりしたいわ、、、。」

今まで上手く話せなかったけれど、今日だけでもゆっくりアトラスと話したかった。政略結婚だから、恋愛感情が無いのは仕方ないかもしれない。それでも、希望は捨てきれない。

「別に強制しているわけじゃない。ただサクラが、"素晴らしい"スピーチをしてほしいというから、頼んでるだけさ。」

私に関心を持たないくせに、面倒事だけは私に押し付ける。だが、アトラスがなにか失敗したときに責められるのは私。助けないわけには行かなかった。

"アトラス王子を手助けし、アトラス王子の評判を守ること"

王妃教育の中で、繰り返し言われてきたことの一つである。私はぎゅっと握りこぶしを握って、アトラスを睨んだ。

「やればいいんでしょ?!」

いつも持ち歩いているノートを取り出し、アトラスの机に腰掛けた。ノートに原稿を書き始めると、アトラスが私に言った。

「うるさいから俺の部屋から出て行ってくれ。俺は明日の結婚式のために、体を休めなくちゃならないんでね。」

私はノートをクシャクシャに丸めた。

「私は貴方のために、わざわざ結婚式前にスピーチを考えてるの!もう少し優しくしてくれてもいいんじゃないの?!」

滅多に怒ることのない私だが、今回ばかりはアトラスへの怒りが抑えきれなかった。

「優しくしてるさ。だから別に、頼み事を強制することは無いだろう?」

確かに強制はしてないかもしれないけど、アトラスは私が断れないことを知っている。私はくしゃくしゃに丸めたノートを手に取った。本当はアトラスに投げつけてやりたかったが、そんなことしたらアトラスは私を悪者に仕立て上げるだろう。口ばかり達者な人だから。

「もう、知らないわ!!」

追いかけて来てくれるんじゃないかと、ほんの少しだけ期待していた。勿論、アトラスが私を追いかけることは無かったんだけど。



   ◇◇◇

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