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40.正妃様と真実
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ルーカスの言葉を聞くたびに彼は旅人さんを知っているに違いないとアリスは思ってしまう。二人の類似点はあまりに多い。
しかし同時にルーカスが旅人さんと全く無関係の人物であってほしいとアリスは望んでいる。もしも、彼が旅人さんの息子だとしたら、アリスはどんなに時が経っても彼を好きになる資格は無いだろう。
ーーーーああ、もし許されるなら……ルーカスを好きになってしまうのだわ。
「ね、ルーカス。どんなに時が経っても、私を許さない人がいるのよ。わかるかしら?」
アリスは静かに告げる。
「……誰のことを言っているんだ?」
8年前、旅人さんが兵士に追われているとき、アリスは城の中にいた。レオナルドに必死で旅人さんは悪い人じゃないと説得したけれど、彼は耳を傾けてくれなかった。
ーーーーあの時私は何かできなかったのかしら?
例えば、もう一度城を抜け出して、旅人さんを助けに行けばよかったかもしれない。もともと旅人さんの存在をレオナルドに伝えなければ、あんな悲劇は起こらなかったかもしれない。考えれば考えるほど、後悔が胸を痛めた。
「私よ。何があっても私だけは、あの日の自分の罪を覚えているし、私を許さないわ。」
「……アリス。」
ルーカスの顔には苦悩がにじんでいた。
アリスが自分を助けてくれた恩人を「旅人さん」と呼び続けるのには、理由があった。
ーーーー私は……旅人さんの名前を知らないの。
助けられた時に一度名前を聞いたはずだった。けれども、その名前はどこかに忘れてしまった。きっと理由は、最初はアリスが彼を平民と見下していたから。しかし、旅人さんの温かさに触れるうち、アリスは自分が貴族であることを恥じるようになっていった。
ーーーー恩人の名前すら覚えなかった私なのに……「旅人さん」と呼ぶたび、貴方は楽しそうに笑っていたわね。
何度も、旅人さんにもう一度名前を聞こうと思った。だけど、名前を忘れてしまった自分が情けなくて、尋ねることができなかった。結局アリスは彼を最後まで旅人さんと呼び続けたのだ。
「さようなら。ルーカス。貴方は本当に、優しい人よ。貴方が幸せになることを心から願っているわ。」
アリスはルーカスに背を向け、松葉杖をついて歩き出した。
ーーーールーカス、貴方のことはずっと忘れないわ。
その時、ルーカスがアリスの名前を呼びかけた。
「……正妃アリス様!」
ルーカスははっきりと、アリスのことを正妃と呼んだ。
「正妃……いつから……気づいていたの……?」
バタンッ
松葉杖が地面に倒れる。驚愕のあまり、アリスは松葉杖を手放してしまったのだ。ルーカスから正妃と呼ばれることは、アリスにとって大きな衝撃だった。
「川で助けたときから、アリスが正妃様だって気が付いてたよ。」
ーーーー初めから……なぜ?
ルーカスがアリスの正体に気が付いているだろうことは感じていた。それでも、ルーカスの前では「正妃アリス」ではなく、ただのアリスでありたかった。
「そう……なの……。」
「それから、もう1つ言わなくちゃならないことがある。」
ルーカスは一歩アリスに近づいた。アリスの心臓の鼓動が高まる。その言葉の続きをアリスはなんとなく予感していた。
「俺はアリスを助けた男の息子だ。」
穏やかな表情を浮かべて、ルーカスは真実を告げた。予想はしていたけれど、アリスは足の力を失い、崩れ落ちそうになった。
「そうかもしれないと……思っていたわ。でも……なぜ……?」
ーーーーなぜあなたは愛しているといったの?
アリスにはルーカスの気持ちが理解できなかった。なぜルーカスはアリスを家族にしたいと願えたのか。アリスはルーカスから家族を奪った存在なのに。
「なあ、アリス。父さんは誘拐犯として、兵士に追われながらも、お姫様を助けたんだって、嬉しそうに話してたよ。」
「旅人さん……。」
強い風が吹き、アリスの体が大きく揺れた。倒れそうになったアリスをルーカスが支える。温かくて大きな体が、アリスをしっかりと包んでいた。
「父さんは絶対にアリスを恨んでなんかいない。父さん、言ってたんだ。アリスはきっとヒーローになるって。そんで俺は、父さんの言葉が本当になったって知っている。」
「……。」
「アリスは…父さんが守った大切な人だ。好きにならないなんて、できなかったよ。」
しかし同時にルーカスが旅人さんと全く無関係の人物であってほしいとアリスは望んでいる。もしも、彼が旅人さんの息子だとしたら、アリスはどんなに時が経っても彼を好きになる資格は無いだろう。
ーーーーああ、もし許されるなら……ルーカスを好きになってしまうのだわ。
「ね、ルーカス。どんなに時が経っても、私を許さない人がいるのよ。わかるかしら?」
アリスは静かに告げる。
「……誰のことを言っているんだ?」
8年前、旅人さんが兵士に追われているとき、アリスは城の中にいた。レオナルドに必死で旅人さんは悪い人じゃないと説得したけれど、彼は耳を傾けてくれなかった。
ーーーーあの時私は何かできなかったのかしら?
例えば、もう一度城を抜け出して、旅人さんを助けに行けばよかったかもしれない。もともと旅人さんの存在をレオナルドに伝えなければ、あんな悲劇は起こらなかったかもしれない。考えれば考えるほど、後悔が胸を痛めた。
「私よ。何があっても私だけは、あの日の自分の罪を覚えているし、私を許さないわ。」
「……アリス。」
ルーカスの顔には苦悩がにじんでいた。
アリスが自分を助けてくれた恩人を「旅人さん」と呼び続けるのには、理由があった。
ーーーー私は……旅人さんの名前を知らないの。
助けられた時に一度名前を聞いたはずだった。けれども、その名前はどこかに忘れてしまった。きっと理由は、最初はアリスが彼を平民と見下していたから。しかし、旅人さんの温かさに触れるうち、アリスは自分が貴族であることを恥じるようになっていった。
ーーーー恩人の名前すら覚えなかった私なのに……「旅人さん」と呼ぶたび、貴方は楽しそうに笑っていたわね。
何度も、旅人さんにもう一度名前を聞こうと思った。だけど、名前を忘れてしまった自分が情けなくて、尋ねることができなかった。結局アリスは彼を最後まで旅人さんと呼び続けたのだ。
「さようなら。ルーカス。貴方は本当に、優しい人よ。貴方が幸せになることを心から願っているわ。」
アリスはルーカスに背を向け、松葉杖をついて歩き出した。
ーーーールーカス、貴方のことはずっと忘れないわ。
その時、ルーカスがアリスの名前を呼びかけた。
「……正妃アリス様!」
ルーカスははっきりと、アリスのことを正妃と呼んだ。
「正妃……いつから……気づいていたの……?」
バタンッ
松葉杖が地面に倒れる。驚愕のあまり、アリスは松葉杖を手放してしまったのだ。ルーカスから正妃と呼ばれることは、アリスにとって大きな衝撃だった。
「川で助けたときから、アリスが正妃様だって気が付いてたよ。」
ーーーー初めから……なぜ?
ルーカスがアリスの正体に気が付いているだろうことは感じていた。それでも、ルーカスの前では「正妃アリス」ではなく、ただのアリスでありたかった。
「そう……なの……。」
「それから、もう1つ言わなくちゃならないことがある。」
ルーカスは一歩アリスに近づいた。アリスの心臓の鼓動が高まる。その言葉の続きをアリスはなんとなく予感していた。
「俺はアリスを助けた男の息子だ。」
穏やかな表情を浮かべて、ルーカスは真実を告げた。予想はしていたけれど、アリスは足の力を失い、崩れ落ちそうになった。
「そうかもしれないと……思っていたわ。でも……なぜ……?」
ーーーーなぜあなたは愛しているといったの?
アリスにはルーカスの気持ちが理解できなかった。なぜルーカスはアリスを家族にしたいと願えたのか。アリスはルーカスから家族を奪った存在なのに。
「なあ、アリス。父さんは誘拐犯として、兵士に追われながらも、お姫様を助けたんだって、嬉しそうに話してたよ。」
「旅人さん……。」
強い風が吹き、アリスの体が大きく揺れた。倒れそうになったアリスをルーカスが支える。温かくて大きな体が、アリスをしっかりと包んでいた。
「父さんは絶対にアリスを恨んでなんかいない。父さん、言ってたんだ。アリスはきっとヒーローになるって。そんで俺は、父さんの言葉が本当になったって知っている。」
「……。」
「アリスは…父さんが守った大切な人だ。好きにならないなんて、できなかったよ。」
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