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38.正妃様と愛
しおりを挟むアリスは目を閉じても、まったく眠くならなかった。
『俺と結婚してくれないか?』
ルーカスの言葉が頭を巡って離れてくれない。
ーーーーなんで私は動揺しているんだろう。
アリスは深呼吸をして、気持ちを収めようとした。しかし、心臓はなかなか鎮まる気配を見せない。
ルーカスがアリスに好意を寄せているという現実はアリスに大きな衝撃を与えた。この事実を受け入れると同時に、どう向き合っていけばいいのか、自分でも答えを見つけられない。
ーーーールーカスは……本当に旅人さんとなんの関係もないのかしら?
未だに、アリスはルーカスの正体に疑念を抱いていた。もし彼が本当に旅人さんの息子だとしたら、何故こんな風に求婚してくるのだろう?ルーカスが旅人さんに似ているのは偶然なのだろうか?
ーーーーどうしたらいいのかしら。
アリスは一生を通じてレオナルドの婚約者であり、後には妻として過ごしてきた。もちろん、誰もがアリスと接する際にはその地位が付いて回った。ルーカスのように、気兼ねなく傍にいて笑ってくれる人はいなかった。旅人さん以外には。
隣からルーカスの寝息が聞こえてくる。アリスは横になってルーカスを見つめた。大切な命の恩人。アリスの銀髪を知りながら、彼女を守ってくれた人。いつの間にか、ルーカスはアリスにとってかけがえのない人になっていた。
このままだと、アリスはルーカスを好きになってしまう。
その思いが頭をよぎった瞬間、アリスは突然恐怖に襲われた。アリスは元正妃であり、国王は未だに彼女を追い求めている。だからこそ、誰かに気を許してはいけないのだ。
アリスは手で胸元を抑えた。
ーーーーこんな気持ち、初めてだわ。
深呼吸をする。
確かにアリスはレオナルドを愛していた。だけどその愛は、純粋な母性に近いものだった。一方、レオナルドはアリスに対して絶対的な支配を求め、全てを受け入れてくれる愛ではなかった。彼の求めるのは、変わり者のアリスではなく、従順な王妃。全てを受け入れる絶対的な愛。
しかし、ルーカスへの想いはレオナルドに対するものと、まったく異なるものだった。
ーーーールーカスから離れなくちゃ。
アリスは音を立てず慎重に立ち上がり、自分のカバンをとった。そのかばんは、スウェルド城から逃げ出したアリスが持っていたものだ。川に流されている間にほとんどのものは失ったが、唯一カバンの底に貴重品が1つ残されていた。
アリスはカバンの中からキラキラと輝く指輪を取り出した。それは、かつてレオナルドから贈られたもの。これだけは、売らずに大切に保管してきた。
だけどこれ以上、レオナルドからもらった指輪を持ち続けるつもりはなかった。何度か川に放り込むことも考えたが、結局できなかった。
ーーーー幸せになってほしいの。
アリスはその指輪を静かにルーカスの枕もとに置いた。それは非常に価値のある指輪だ。もし売却すれば、ルーカスの夢を実現するための資金になるだろう。
ーーーー私は、ここにいるべきじゃないのよ。
もはやルーカスの家に留まるべきではないという警告が、アリスの中で鳴り響いていた。旅人さんの悲劇を二度と繰り返してはならない。
ーーーーさようなら、幸せになってね。
心の中でそう呟いて、アリスはルーカスの家をあとにした。
外に出ると満天の星空が広がっている。秋の冷たい風がアリスの背中を押した。ここにいてはいけない。そんな思いがますます強まっていた。
アリスは頭にしっかりと布を巻き付けて、銀の髪が見せないようにしていた。まだまだ盗賊たちは銀髪を狙っていると聞く。見つかったらすぐに捕まってしまうだろう。
松葉杖を慎重に使いながら、アリスは慎重に歩みを進める。右足はまだ痛みが残っており、松葉杖なしでは歩くことが難しい。アリスが家を出るとすぐに、ルーカスが家からでてきた。
「待て、そんな足でどこに行くんだよ?」
ルーカスがアリスに声をかけた。もしかしたらずっと起きていたのかもしれない。
「今までありがとう……ルーカス。私はフルート村を離れるわ。」
ーーーーこのままここに留まっていたら、私はあなたを愛してしまいそうになるの。
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