【完結】妊娠した愛妾の暗殺を疑われたのは、心優しき正妃様でした。〜さよなら陛下。貴方の事を愛していた私はもういないの〜

五月ふう

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20.正妃様と復讐

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 しばらく泣いた後、アリスは熱を出して再び眠りについた。川で流されて、相当体が冷えたのだろう。高熱が続けば、肺炎を起こしかねない。それは命を脅かす危険な病気だ。

 ーーーー何とか、持ち直してくれ。

 ルーカスは薪をくべながら、アリスの様子を見守る。本当は医者に診てもらいたいが、他の人間にアリスの存在を知られるのは危険だ。村にはまだ、大勢兵士がおり、銀色の髪の女性を捜しているからだ。

 ーーーー父さんもこんな気持ちだったんだろうな。

 アリスの寝顔を見つめながら、ルーカスは微笑んだ。

 ルーカス・オルソン。22歳。彼はずっと料理人になる夢を追いかけてきた。彼の父親も料理人だったからだ。

”俺は子供みんなが腹いっぱい食べられる最高の食堂を作るんだ!”

 それは父親の口癖だった。

 周りの大人たちは皆、そんな馬鹿げた夢がかなうはずない、と言って馬鹿にした。自分の夢をかなえるために一人息子を放って、旅に出てしまうようなとんでもない父親。だが、ルーカスはそんな父親が大好きだった。

 「ごめんなさい……。」

 ベットの上で眠るアリスは寝言をあげた。ルーカスはそっと、アリスの頬の汗をぬぐう。悪夢を見ているのだろうか?

 彼の脳裏には、父親と最後に会った日の記憶が浮かんでいた。

  ◇◇◇

 8年前。当時、ルーカスは14歳。兵士から奪った馬に乗って、フルート村に帰ってきた父親は興奮した口ぶりで言った。

『聞いてくれ!ルーカス!俺はスウェルド城のお姫様を助けたんだ!』

『父さん……何を言ってるんだ?』

『本当だぞ!アリスっていう女の子なんだが、本当にいい子でなぁ。皇太子の婚約者らしいんだ。で、アリスが俺の夢を手伝ってくれるって言うんだよ!』

 ルーカスは黙って父親を見つめた。

 ーーーーこいつは頭がおかしくなっちまったんだ。

『信じてないだろ!これが証拠だ!助けたお礼にくれたんだよ。』

 父親はルーカスにピンク色の宝石が付いたネックレスを渡した。その宝石は、精巧な細工が施されており、ルーカスにもそれが高級なものだとわかった。
 
『それは、ルーカスにやるよ。自分の夢をかなえるために使ってくれ。』

 そう言って父親は再び馬に乗った。

『そしたら、俺は行く。しばらくここには戻れないかもしれしれないが……元気でやってくれ。そのネックレスは誰かにとられないよう隠しておくんだぞ。』

『帰ってきたばっかりで、どこ行くんだよ?』

『決めていないさ。食堂をつくるのに、最高の場所を探しに行くぜ!アリスが助けてくれるんだ。相当でかい食堂が作れるだろうな。』

 嬉しそうに笑う父親を見てルーカスはため息をついた。

 ーーーー自由な奴め。

  その時、まさか父親が誘拐犯として兵士に追われているなんて、思いもしなかった。しかし別れの時、父親はいつもより真剣な表情で言った。

『元気でな、ルーカス。もしもアリスに会ったら、助けてあげてくれな。きっとアリスは、みんなを救うヒーローになる。俺はそう信じてるんだ。』

 父親の真剣な表情と普段と違う言葉に、もっと違和感を感じるべきだったのかもしれない。父親はフルート村を去り、それ以来一度会えていない。兵士に追われて、死んだと噂で聞いた。

 しかし、ルーカスは心のどこかでまだ父親が生きていると信じている。信じていなくては、真っ黒い気持ちに押しつぶされそうだった。

  ◇◇◇


 父親が行方不明になって三年が経ったとき、ルーカスはフルート村を離れて、王都に行くことを決めた。正妃アリスに復讐するために。ルーカスは17歳だった。

『どこに行くんだ!ルーカス!』

『俺は……正妃アリスを殺しに行く……。あいつは父さんを騙した……もうこれ以上、許せないんだよ!』

『おい!やめろ、ルーカス!お前まで命を落としてしまったら……耐え切れん……。』

 祖父の制止を聞かずに、ルーカスは王都に向かった。アリスに会うのは難しいだろうと思われたが、彼女は王都近隣の村にいるらしい。

 ナイフを握り締め、スウェルド国近郊の村に向かったルーカス。憎しみの感情に支配されていたが……そこで見た光景は彼の心を変えた。

 『皆さん!焦らずに!食べ物はたっぷりありますから!並んで待っていてくださいね!』

 銀色の髪の美しい正妃アリスは、大勢の兵士やメイドと共に村人たちに食事を配っていた。

『正妃様!ありがとうございます!』

『お米を食べるのはいつぶりだろう……正妃様ありがとう!』

 村人たちは満面の笑みを浮かべて、食事を受け取っていく。

 その様子を遠くから見ていたルーカスは、膝から崩れ落ち、ナイフを手放した。

 カランコロン……

 ルーカスはアリスを平民の命などなんとも思っていない、傲慢な貴族な女だと思っていた。だが、正妃アリスは村人一人ひとりと視線を合わせ、優しく食べ物を配っている。

 彼はぼんやりと正妃アリスを眺めながら1つの考えに思い当たる。

 ーーーーああそうか……正妃様は父さんの夢を引き継いだんだ……。

 その時、父親の言葉が頭によみがえった。

 ”アリスは、みんなを救うヒーローになるって俺は信じているんだ”

 アリスを助けたせいで、兵士に追われていたにも関わらず、父親は嬉しそうだった。

 ーーーーなぜ、父さんの言葉を忘れていたんだろう……。

 ルーカスは、それ以上アリスへの殺意を持ち続けることはできなかった。村人達は皆、アリスを慕い、希望だと言う。アリスのせいで父親がいなくなったかもしれない。だがアリスは……父親が命をかけて守った大切な存在でもあるのだ。

 この出来事をきっかけに、ルーカスは自身の人生の目的を見つける。
 
 ーーーー俺も料理人になって、父さんの夢をかなえるんだ。

 ルーカスは父親を待ちながら、料理の腕を磨き、小さな食堂を作った。だが、多くの村人は貧困に苦しみ、食事を楽しむ余裕はない。彼のお客は大体、お腹を空かせた子供たちである。

  ◇◇◇


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