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9.決別
しおりを挟むアリスは自分の部屋から、レオナルドの部屋に向かって歩いていく。
アリスは背筋を伸ばし、自信に満ちた表情を浮かべている。足音は通路に響き、皆アリスを目で追う。ある貴族は哀れみの表情を浮かべ、また違う貴族は口元を扇で隠して笑っている。
彼らの視線に気づかないふりをして、アリスはレオナルドの部屋の前まできた。レオナルドの部屋を守っていたのは、顔見知りの護衛兵だった。
「アリス様……俺たちにできることはありませんか?」
レオナルドの部屋を守る護衛兵は静かにアリスに声をかける。この護衛兵の名前はアルバートといい、レイと同じく孤児院出身の青年だ。
アリスは彼の言葉に微笑みながら、軽く首を振る。
「だいじょうぶよ。ありがとう、アルバート。幸せになってちょうだい。」
アルバートは黙って俯き、静かにドアの前からよけた。
ーーーーさぁ、行くわよ。
アリスは決意を胸にドアを開け、レオナルドの部屋に入る。部屋の中は暗かったが、アリスはすぐに眠っているレオナルドが見えた。
「レオナルド。」
アリスの声が部屋に響く。机の上にあるランプの光を付けると、部屋がオレンジ色の光に包まれた。
「アリス……。」
体を起こしたレオナルドは、小さな声でアリスの名前を呼んだ。レオナルドの目に浮かぶ涙が、明かりに照らされてきらりと光る。
レオナルドとアリスは、少しの間、黙ってお互いに見つめ合っていた。
「レオナルド‥‥私‥‥‥。」
アリスが話しだそうとすると、レオナルドは我に変わった。一瞬で怒りの表情に変わり、アリスを怒鳴りつける。
「よく僕の前に姿をみせられたなっ!アリス!!」
レオナルドの怒りが、まっすぐに伝わってくる。ロゼッタが倒れた原因はアリスにあると、レオナルドは信じ込んでいるのだろう。
「貴方と話がしたかったの。」
アリスは深呼吸し、レオナルドの前に進んでいく。
「僕からロゼッタを奪おうとした、言い訳でもするつもりかっ‼」
「いいえ。私はロゼッタを傷つけていないわ。」
レオナルドは立ち上がり、正面からアリスを睨みつけた。彼の瞳には怒りが宿っており、頬は赤く染まっている。
「いいや!!君は嫉妬に狂って、僕から家族を奪おうとしたんだ!!」
レオナルドの声が部屋に響き渡る。
"家族"
それはレオナルドにとって、何にも代えがたい大切なもの。レオナルドの手は小さく震えている。
ーーーー悲しいとしか思わないのはなぜかしら?
無実の罪で夫に責め立てられているのに、アリスは静かにレオナルドを見つめた。
「レオナルド、何度でも言うわ。私はロゼッタを傷つけていない。」
「ならば、医者が嘘をついていると言うのか!? ロゼッタの食事の中に毒が入っていたのだぞ!」
「そうだとして、毒を私がいれた証拠はあるの?」
「状況から……君以外考えられないだろう!!」
「なぜ?」
「君はロゼッタを恨んでいた!ロゼッタが子供を産み、正妃としての地位を危ぶまれるのが嫌だったんだろう!!」
レオナルドの声はどんどん声量を増していく。
「正妃としての地位なんて……望んだことは一度もないわ。」
生まれたときから、アリスは国王の妻になることが決まっていた。そこに、アリスの意思は介入していない。
「涼しい顔でよく言う!!君に関心があるのはっ、正妃として権力を得ることだけだろっ。平民に媚を売り、支持を集め、それで僕を出し抜いたつもりかっ!!」
「違うっ。私は正妃として……皆を守りたかったの……。貴方を出し抜こうとしたわけじゃないわ。」
レオナルドは目を見開く。彼の目からは、涙が零れ落ちていた。
「君の役目は、僕を支え王家の繁栄を支えることだったはずだ。それなのに……君は愚かな考えに支配されている。これは王家に対する、重大な裏切りだ……!」
「私は……。」
言葉を続けようとして、アリスは口をつぐんだ。
――――きっと何も伝わらないわ。
「私達は……一緒にいるべきじゃないのね。」
アリスの緑の瞳が悲しみと決意に満ちていた。
レオナルドは唇を噛み締め、黙り込む。その目には、小さな動揺が浮かんでいた。
「君が決めることではない!!僕が王だ!全ての決断権は僕にある!」
アリスは小さく微笑みを浮かべた。レオナルドがアリスを思い出す時に、優しい顔が思い浮かぶように。
「レオナルド……私は……これ以上貴方の妻ではいられないわ。」
「なっ。」
「さようなら、陛下。もう貴方を‥‥‥愛することはないでしょう。」
アリスは小さく頭を下げて、レオナルドの部屋を出た。
「待ってくれ!アリス!」
レオナルドの声は、むなしく部屋に響いていた。
◇◇◇
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