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6. 愛情のひずみ
しおりを挟む行方不明から一週間後、城に帰ってきたアリスは、少し様子が可怪しかった。
ーーーー町の人達を助けたい?どういうことだい?アリス。
とにかくレオナルドは、アリスの手を引き部屋に連れて帰ることにした。
『アリス、一体何があったんだ?』
レオナルドはアリスの手を繋いだまま、恐る恐る尋ねる。
アリスの顔は、少し土で汚れていた。平民が着る白い半そでのシャツに、茶色いズボンをはいている。
ーーーーアリスじゃないみたいだ
『わたしっ……城の外で盗賊に誘拐されてしまったの……。馬に乗せられて、どこかに連れていかれそうになって……。』
声を震わせてアリスが言う。真っ白い肌には、うっすらと傷がついている。
ーーーーアリスをこんな目にあわせた奴ら‥‥‥絶対に許さない
『怖かったね、アリス……ごめんね、もっと強く止めていれば……やっぱり城の外は恐ろしい場所なんだ。城の外は卑しい心を持ったやつばかりなんだ……。』
レオナルドは常々、貴族以外の平民は教育を受けていない無知な者たちと教わっている。最愛のアリスが誘拐されたことで、その考えは強まった。
『いいえ。恐ろしい人ばかりじゃないわ。わたし‥‥‥盗賊に誘拐されたけれど、命がけで私を助けてくれた旅人さんがいたの。』
『……旅人?』
『ええ。旅人さんが助けてくれて‥‥その後、わたし、高熱を出して動けなくなったの。そうしたら、村の人たちが優しく看病してくれて、美味しい食事を作ってくれたわ。』
アリスの言葉にレオナルドは戸惑いを隠せなかった。
ーーーーアリスは何を言っているんだ?
黙り込むレオナルドの手を強く握って、アリスは言葉を続ける。
『彼らのおかげで私は元気になったんだけど……村の人たちが大変な目に遭ってるって知ったの。』
『‥‥‥』
『城から役人が来てね、村人に厳しい税金の取り立てをしていて……。みんな、税が高すぎて、食べ物を買う余裕すらないそうなの‥‥わたし、びっくりして‥‥‥。』
アリスは一息にまくしたてる。14歳のアリスが城の外で見たのは、彼女が想像もしていなかった現実。アリスが何不自由なく贅沢をしている裏側には、村の人たちの苦しみが隠されていると知ってしまった。
『それがなんだというんだい?スウェルド王家の存続こそが……皆の幸せだろう?』
『みんなスウェルド王家を恨んでたわ。』
『王家をうらむなんて許されないことだ……。』
レオナルドは頭に手を当て、言葉を絞り出す。アリスが全くの別人のように思える。恐ろしくて一歩後ずさった。
『ねえ、レオナルド。わたしはみんなを助けたい。いつか正妃になるんだもの……わたしたちなら変えられるはずよ。』
アリスはレオナルドの手を繋ごうと手を伸ばす。レオナルドなら、きっとわかってくれる。アリスはそう信じていた。
パンッ。
レオナルドがアリスの手を振り払った。
『ふざけるな!』
レオナルドの顔は真っ赤に染まっている。自分を誘拐した平民を助けたいと思う理由を全く理解できず、レオナルドは激怒した。
『僕がどれだけアリスを心配していたと思っているんだ!なぜ僕が平民を助けなければならない!僕を馬鹿にしているのか!』
『レオナルド……。』
レオナルドはアリスを睨みつける。これまでアリスとレオナルドは一度も喧嘩をしたことがない。レオナルドはアリスのことが大好きだった。
『アリス……君は城の外にでて、おかしくなったんだ!城の外は恐ろしい場所だ!』
アリスを大切に思っているからこそ、外の世界が彼女を変えたと認められない。レオナルドは悲しくて仕方がなかった。
『違うわ!レオナルドも街の人たちに会えばきっと……。』
『うるさい!』
レオナルドは、アリスの肩を強くつかむ。
『全部……忘れてよ。アリス。元の、僕が大好きだったアリスに戻ってよ……。』
レオナルドの声は震えている。
『忘れることはできないわ……だって、わたしは知ってしまったんだもの……。』
この出来事は、アリスとレオナルドの仲に大きなひずみを作るきっかけになった。一度変わってしまったアリスは、城を出る前のアリスに戻らない。そしてレオナルドもまた、アリスの考えを受け入れることができなかったのだ。
◇◇◇
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