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2.正妃様と無実の罪
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パーティ会場を後にしたアリスは、自分の部屋に戻り静かに読書をしていた。アリスが暮らす北塔は不自然なほど静まりかえっている。本来、北塔は国王夫妻の居住区として利用されていたのだが、3年前レオナルドは北塔を出ていった。
以来、レオナルドは本宮殿に新たに国王の部屋をつくり、北塔に帰ってくることはない。
ドンドンドンドン!
ドアが乱暴に叩かれる音がして、アリスは顔をあげる。
「アリス!」
ドアの向こうから聞き覚えのある声がして、アリスはドアを開けた。
「お父様……。お仕事で、今日のパーティには参加されないと聞いていましたが、いらっしゃったんですね。」
部屋を訪ねてきたのは、アリスの父親であるタラ-レン公爵。タラーレン家はスウェルド国で一二を争う有力貴族である。
「国王に見捨てられたお前の誕生日パーティになど……恥ずかしくて出られるわけなかろう‼ついさっき、騒ぎを聞いて急ぎ城にやってきたのだ!」
白髪に小柄な体形のタラ-レン公爵。その眉間には深いしわが刻まれている。目は血走り、恐ろしい目でアリスを睨みつけた。
――――嘘つきな方ですね。
アリスは誕生日パーティにタラ-レン公爵を招待したのだが、彼は用事があると言って、アリスの誕生日パーティを欠席していた。
だが、騒動を聞きつけて、急ぎ城にやってきたらしい。
「なぜ……料理に毒を混ぜた?!ロゼッタを城から追い払うために、もっといい方法があったであろう?!このバカ娘”!!」
タラ-レン公爵の大声が通路に響き渡る。
――――最初から、私が毒を入れたと決めつけるのですか?
「私はロゼッタの食事に毒を入れていません。」
アリスは幼いころから、レオナルドの婚約者としてスウェルド城で暮らしており、父親との思い出はほとんどない。それでもタラ-レン公爵は、アリスにとってたった一人の血縁者だ。まさか最初から、アリスが毒を入れたと決めつけるとは思わなかった。
「お前以外に誰がこんな真似をするのだ⁉あの料理はお前が作ったのだろう‼パーティで料理を作りたいと言い出したのは、この企みのせいだったのだな‼」
タラ-レン公爵は、アリスを怒鳴りつけた。
「違います。私が料理を作りたいと言ったのは、パーティにかかるお金を節約したいと思ったからです。」
アリスは淡々と答えた。怒りに支配されたタラ-レン公爵が聞き耳を持たないことはわかっている。
本来、正妃の誕生日は各地から高級な食材を集め、一流の料理人を呼び寄せる。そのため、毎年多額の税金がつぎ込まれていた。
――――きっと今日のパーティは、スウェルド正妃の誕生日史上一番お金がかかってないわ。
今日のパーティで使われた野菜は、アリス自身が城の畑で育てたものだ。城で育てた野菜を自分で料理し、アリスはほとんどお金をかけずに自分の誕生日パーティを開催した。
「節約だと……?!なんのためにそんなことをする必要がある?!」
「スウェルド王家の財政は年々悪化しているのです。」
「増税したらいいではないか!?国民がいる限り、何の問題もない!」
タラ-レン公爵の言葉に、アリスは拳を握り締めた。
「その増税のせいで、街の人達が苦しんでいることをご存じないのですか……?」
「だからなんだというのだ!我々には関係のない話だ!」
「お父様……。」
スウェルド王国は財政難を克服するため、平民たちに重税を課している。この結果、多くの平民は貧困に苦しむ日々を送っていた。この状況下で、平民たちの多くが王族と貴族に対して不満と恨みを抱いている。
ーーーーこのままではダメだと、なんで誰も気づいてくれないのかしら。
「ともかく、罪を認めて陛下に謝罪するのだ……このまま正妃の座をはく奪されてみろ……タラ-レン家の名に傷がつく!!」
「だから……私はロゼッタを傷つけることはしていません!」
イチゴのタルトを食べて倒れたロゼッタ。なぜ彼女が倒れたのか、アリスにもわからない。だがアリスには、ロゼッタを傷つける意図はなかった。
無実の罪を受け入れるなんてできない。
「疑われる行動をとったのはお前だ……。料理など、国王の妃がすることではないとあれほど言っただろう?!」
料理はアリスが大好きな事の1つ。料理をしている間だけは、この鬱屈とした現実を忘れられる。だが貴族で料理をする女性は滅多にいない。
「お母様は……私の料理が好きだと……いつも褒めてくれました。」
「ふん!いつまでいなくなった人間のことを引きずっているのだ。そもそもお前がこんな風に育ったのは、あいつの教育失敗のせいだな‼」
アリスの母親であるタラ-レン夫人は、8年前に病気で亡くなっている。彼女はいつも、アリスの食事を美味しそうに食べてくれた。
”美味しいわ。アリスには料理の才能があるのね!”
母の笑顔がいつも頭によみがえる。
ーーーーお母さまがいれば……私を信じてくださったのかしら。
アリスはドアノブに手を掛ける。
「これ以上、お父様と話をすることはありません。」
アリスの顔には何の表情も浮かんでいない。父親への期待はとうの昔に捨て去っている。
「おいっ。アリス!!わかっているのか!?このままではお前は、処罰されるのだぞっ。そんなに牢屋暮らしがしたいか!」
タラ-レン公爵の言葉に、背筋が凍る。
「証拠もないのに正妃を処罰するほど……レオナルドが愚かだと思いたくありません……。」
――――10年以上、レオナルドの隣にいたんだもの……冷静になれば……私がロゼッタを傷つけるわけないってわかってくれるはずよ……。
「レオナルドはお前を愛していないのだぞ!」
ドアを閉める直前、タラ-レン伯爵の声が聞こえてくる。ドアをしめたアリスは、ずるずるとその場に座り込んだ。
ーーーーレオナルドは、私を罰するのかしら……。
どんなに訴えても、アリスの声が届くことはない。正妃としての自分が、偽物のように感じている。
ーーーーいっそのこと、自分から全部捨ててしまおうかしら。
アリスは、膝を抱えて小さく丸まった。正妃として必死で頑張るほど、レオナルドは遠くなっていく。
以来、レオナルドは本宮殿に新たに国王の部屋をつくり、北塔に帰ってくることはない。
ドンドンドンドン!
ドアが乱暴に叩かれる音がして、アリスは顔をあげる。
「アリス!」
ドアの向こうから聞き覚えのある声がして、アリスはドアを開けた。
「お父様……。お仕事で、今日のパーティには参加されないと聞いていましたが、いらっしゃったんですね。」
部屋を訪ねてきたのは、アリスの父親であるタラ-レン公爵。タラーレン家はスウェルド国で一二を争う有力貴族である。
「国王に見捨てられたお前の誕生日パーティになど……恥ずかしくて出られるわけなかろう‼ついさっき、騒ぎを聞いて急ぎ城にやってきたのだ!」
白髪に小柄な体形のタラ-レン公爵。その眉間には深いしわが刻まれている。目は血走り、恐ろしい目でアリスを睨みつけた。
――――嘘つきな方ですね。
アリスは誕生日パーティにタラ-レン公爵を招待したのだが、彼は用事があると言って、アリスの誕生日パーティを欠席していた。
だが、騒動を聞きつけて、急ぎ城にやってきたらしい。
「なぜ……料理に毒を混ぜた?!ロゼッタを城から追い払うために、もっといい方法があったであろう?!このバカ娘”!!」
タラ-レン公爵の大声が通路に響き渡る。
――――最初から、私が毒を入れたと決めつけるのですか?
「私はロゼッタの食事に毒を入れていません。」
アリスは幼いころから、レオナルドの婚約者としてスウェルド城で暮らしており、父親との思い出はほとんどない。それでもタラ-レン公爵は、アリスにとってたった一人の血縁者だ。まさか最初から、アリスが毒を入れたと決めつけるとは思わなかった。
「お前以外に誰がこんな真似をするのだ⁉あの料理はお前が作ったのだろう‼パーティで料理を作りたいと言い出したのは、この企みのせいだったのだな‼」
タラ-レン公爵は、アリスを怒鳴りつけた。
「違います。私が料理を作りたいと言ったのは、パーティにかかるお金を節約したいと思ったからです。」
アリスは淡々と答えた。怒りに支配されたタラ-レン公爵が聞き耳を持たないことはわかっている。
本来、正妃の誕生日は各地から高級な食材を集め、一流の料理人を呼び寄せる。そのため、毎年多額の税金がつぎ込まれていた。
――――きっと今日のパーティは、スウェルド正妃の誕生日史上一番お金がかかってないわ。
今日のパーティで使われた野菜は、アリス自身が城の畑で育てたものだ。城で育てた野菜を自分で料理し、アリスはほとんどお金をかけずに自分の誕生日パーティを開催した。
「節約だと……?!なんのためにそんなことをする必要がある?!」
「スウェルド王家の財政は年々悪化しているのです。」
「増税したらいいではないか!?国民がいる限り、何の問題もない!」
タラ-レン公爵の言葉に、アリスは拳を握り締めた。
「その増税のせいで、街の人達が苦しんでいることをご存じないのですか……?」
「だからなんだというのだ!我々には関係のない話だ!」
「お父様……。」
スウェルド王国は財政難を克服するため、平民たちに重税を課している。この結果、多くの平民は貧困に苦しむ日々を送っていた。この状況下で、平民たちの多くが王族と貴族に対して不満と恨みを抱いている。
ーーーーこのままではダメだと、なんで誰も気づいてくれないのかしら。
「ともかく、罪を認めて陛下に謝罪するのだ……このまま正妃の座をはく奪されてみろ……タラ-レン家の名に傷がつく!!」
「だから……私はロゼッタを傷つけることはしていません!」
イチゴのタルトを食べて倒れたロゼッタ。なぜ彼女が倒れたのか、アリスにもわからない。だがアリスには、ロゼッタを傷つける意図はなかった。
無実の罪を受け入れるなんてできない。
「疑われる行動をとったのはお前だ……。料理など、国王の妃がすることではないとあれほど言っただろう?!」
料理はアリスが大好きな事の1つ。料理をしている間だけは、この鬱屈とした現実を忘れられる。だが貴族で料理をする女性は滅多にいない。
「お母様は……私の料理が好きだと……いつも褒めてくれました。」
「ふん!いつまでいなくなった人間のことを引きずっているのだ。そもそもお前がこんな風に育ったのは、あいつの教育失敗のせいだな‼」
アリスの母親であるタラ-レン夫人は、8年前に病気で亡くなっている。彼女はいつも、アリスの食事を美味しそうに食べてくれた。
”美味しいわ。アリスには料理の才能があるのね!”
母の笑顔がいつも頭によみがえる。
ーーーーお母さまがいれば……私を信じてくださったのかしら。
アリスはドアノブに手を掛ける。
「これ以上、お父様と話をすることはありません。」
アリスの顔には何の表情も浮かんでいない。父親への期待はとうの昔に捨て去っている。
「おいっ。アリス!!わかっているのか!?このままではお前は、処罰されるのだぞっ。そんなに牢屋暮らしがしたいか!」
タラ-レン公爵の言葉に、背筋が凍る。
「証拠もないのに正妃を処罰するほど……レオナルドが愚かだと思いたくありません……。」
――――10年以上、レオナルドの隣にいたんだもの……冷静になれば……私がロゼッタを傷つけるわけないってわかってくれるはずよ……。
「レオナルドはお前を愛していないのだぞ!」
ドアを閉める直前、タラ-レン伯爵の声が聞こえてくる。ドアをしめたアリスは、ずるずるとその場に座り込んだ。
ーーーーレオナルドは、私を罰するのかしら……。
どんなに訴えても、アリスの声が届くことはない。正妃としての自分が、偽物のように感じている。
ーーーーいっそのこと、自分から全部捨ててしまおうかしら。
アリスは、膝を抱えて小さく丸まった。正妃として必死で頑張るほど、レオナルドは遠くなっていく。
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