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第一章 イフィゲニア王都奪還作戦編

第05話 予期せぬ奇襲

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 夜の帳が下り、雲の切れ間から少し顔を出した月がおぼろげに辺りを照らしている。
 アレックス一行が、シルファから提案された集落を目指しながら空を進むこと、既に一二時間が経過しており、もう間もなく目的地に到着するだろうころ。

 闇の誘惑に堕ちるようにアレックスたち四人は、騎乗しながら器用にも居眠りをするほど疲れ果てていた。シーザーの背中に跨っているだけなのだが、微妙にバランスを取りながら長時間同じ態勢でいるのは、生身の体には負担が大きかったのだ。

 当然、定期的に休息を取ってはいた。それでも、彼らが飛行している眼下には、常闇の森と呼称されるほどの鬱蒼たる巨木群が大地を覆っている。そう簡単に休憩できるような開けた場所はなく、無理やりシーザーが巨木に降り立ち、一息入れるのが精々だった。

 はてさて、空飛ぶシーザーの背中で四人ともが船を漕ぐ様は、何とも和やかだった。そんなほのぼのムードから一転、緊迫感のあるシーザーの声が耳元に響く。

『殿!』

「おおうっ」

 身体をビクッとさせてアレックスが目を覚ました。程度の差はあれど、他の三人も身を震わせ、次々と目を覚ます。

「どうした? もう着くのかぁー?」

 アレックスがそんな間延びした口調で、寝惚け眼を擦る。

『間違ってはおりませぬ。されども、目的地である集落から火の手が上がってゐるようなのでござる』

 シーザが告げた内容を聞き、アレックスの眠気は完全に吹き飛んだ。

「何だと! どこだ!」

 突然、アレックスが身を乗り出すようにしてしまったものだから、ジャンが鞍にしがみ付くようにうずくまる。

「うわぁあ、陛下落ち着いてください。落ちちゃいますって!」

 そんなジャンの非難をアレックスは相手にせず、目を細めて進む先を見据える。

「見えた! あれだな。急行してくれ!」

『御意! しかと掴まって願ゐたもうぞ』

 シーザーが注意を促してから、少し長めの甲高い鳴き声を上げる。すると、帯同させた一個大隊のフライングドラゴンから、シーザーとは対照的に短い鳴き声が返ってきて辺りにこだまする。

 これは、もしかしなくても、速度を上げろと命令したシーザーに対し、フライングドラゴンたちからの返事だろう。

 途端、力を込めているにも拘わらず、アレックスの上半身が後ろにもっていかれそうになった。あまりの急加速に、ドッ、ドウンっという爆発音と共に、ソニックブームが発生し、自然とシーザーが通過した地上の森に道ができる。

 眼下の巨木を薙ぎ倒すほどの衝撃波。それを生み出すシーザの飛行速度は、魔法障壁がなければ到底騎乗したままではいられない。むしろ、その魔法障壁が余計な抵抗を生み、破壊の規模を甚大化させているようだ。

 その一方――

「アレック……キャッ!」

 集落のことが心配になったのだろう。アレックスの名を呼ぼうとしたシルファが、シーザーが急加速したことでそれを言い切れなかった。それでも、アレックスの耳には届いていた。

「ぐっ、シルファ! 喋ると舌を噛む。大丈夫だから。大丈夫」

 アレックスが、右手を後ろへ回してシルファの腕を取って自分の前まで回させる。その震えるシルファの手を擦りながら、大丈夫と何度も呟いた。

(そりゃあ当然だよな)

 アレックスは、単なるボヤ騒ぎでは片付けられないほどに立ち上がる火柱の勢いを認め、ほぞを嚙んだ。

(戦争中なんだから、得体のしれない勢力より、近場の町や村を先に襲うのがふうつう、か……それにしても、この分だとあそこを拠点にするのは難しそうだな)

 アレックスは、シュテルクスト城にシヴァ帝国やヴェルダ王国の魔人族が攻めてくる可能性ばかりに意識を持っていかれ、そのことまで考えが及ばなかった。

 その理由は、

『告! 不明勢力と敵対関係になりました』

 というシステム通知による無視できない内容の他に、ラヴィーナから、

『この場所が通信魔法で報告されている可能性が高く、警戒を強めた方が宜しいかと存じます』

 と進言されたからである。

 結果、それは杞憂に終わった。

 が、その時点で、イフィゲニア王国の魔王が討たれて二週間以上が経過しており、シルファの国が蹂躙されていることは、想像に難くない。おそらく、その影響でアレックスたちが転移門を設置する予定にしていた集落が襲われている可能性が高い。

(さあ、シヴァ帝国か、ヴェルダ王国か……俺の相手はどの国の奴らだろうか。
 まあ、どっちだろうが、両方だろうが、俺のやることは変わらないか。
 無駄な血を流すつもりはないが、俺の力がどこまで通用するか試してみたいしな)

 アレックスが不謹慎にもワクワクしながら内心でそんなことを考えていると、正体がすぐに判明する。
 
 音となったシーザーが、あっという間にその現場に到着したのだ。シーザーが停止するも、衝撃波だけが勝手に突き進み、大地を蹂躙する。

『ほーう、これは好都合でござった』

「おースゲースゲー……って、いきなり攻撃した形になったが、大丈夫なのか?」

『殿、何を申してゐるでござるか? あの集落がシルファ殿の仲間にてあらば、其れを攻撃する輩は、敵にて相違なゐでござろう。先手必勝でござる』

「あ、ああ、そうだよな……」

 シーザーが言ったことは尤もなことである。奇襲も立派な作戦だ。アレックスが同意するように答えるも、釈然としない様子で地上を眺めた。

 その集落は森の中にあった。まるでファンタジー世界によくあるエルフ族のように、巨木を上手く取り込んで住居としているようだ。それは、事前にシルファから聞いていた話の通り。ただそれも、今の衝撃波で鎮火されたようだが、濛々もうもうと煙だけは立ち込めていた。

 木造の防壁があったと思われる外周部も大部分が打ち壊されており、まさに、襲撃を受けている最中だった。

 幸い、その集落へと雪崩れ込むように進軍していた魔人族たちを、音速で飛んできたことで発生したソニックブームが、枯葉の如く吹き飛ばしたことで、後続を断ち切ることが出来たようだ。

「うむ、角が一本か……ヴェルダ王国は、確か三本だったな。シルファ、あれはシヴァ帝国の紋章で間違いないか?」

 知っている情報と知らない情報を照らし合わせ、アレックスがそう答えを出したのだが、問われたシルファは答えない。すかさず、アレックスが振り向いてシルファの様子を窺う。

「……ん? どうした、シルファ」

「……ます……違います!」

「ん、違うとはどういうことだ。もしかして、他の勢力まで参戦しているってことなのか?」

 そうだとしたら厄介だな、とアレックスが舌打ちする。できることなら、同時に多くの勢力を相手にしたくない。未だこの世界のことをよく理解できておらず、性急にことを進めると抱えきれない大問題となることを、色々な経験からアレックスは知っている。

「い、いえ……それも違います……」

 だがしかし、シルファがそれをも否定する。

 それじゃあ、どこなんだ? とアレックスが聞こうとしたところで、他の可能性が頭をよぎった。

「もしかして――」
「あれは、イフィゲニア王国の紋章なんです!」

 シルファの口から出た言葉は、アレックスが外れてほしいと願った可能性を現実のもとした。

「クソっ! それじゃあ、お前の国じゃないか! 何故、身内で争ってるんだ!」

「それは、わたくしにもわかりません。ただ、あの曲線を描いた一角獣の紋章は、ゲイリー兄さんの紋章です!」

 シルファがアレックスにしがみ付きながらも、地上を指しながらそう断言した。

「ゲイリーって、二番目の兄だったな、特にシルファに酷くあたっていたという……」

「はい、そのゲイリーで間違いありません」

 アレックスとシルファがそんな遣り取りをしている間に、ようやく竜騎兵一個大隊が追い付いてきた。

 その一方、思いもよらぬシーザーの不意打ちにより大混乱に陥ったイフィゲニア王国、第二王子ゲイリーの部隊は、態勢を整えるべく忙しなく走り回っていたが、次第に落ち着きを取り戻していく。

「ざっと見た感じ、千人程度か?」

 衝撃波の通り道から少し離れた場所に布陣する部隊があった。隊伍を整え整然と布陣する様は、王族が率いる部隊らしさが窺えた。赤色を基調とし、金糸で枠が縁取られた軍旗には、雄々しい一角獣の紋章が描かれ、風にはためいている。

 当然、アレックスは、魔人族と思っていた。それでも、それを見てしまうと種族が霊獣族のユニコーンなのではないか? と勘ぐってしまう。ただそれも、今、この場では、どうでもいいことだろう。

「どうする? これだけ派手に攻撃しておいて今更ごめんは通用しないと思うのだが……」

 そう言いながら地上で散った敵兵の亡骸を眺めていると、急にアレックスは胃にこみあげる衝動に襲われ、口元を両手で覆った。中には、四肢がバラバラに散っていたり、臓物が飛び出していたりと、それはもう惨く、そのあまりのリアルさに、はじめて見た魔人族たちの骸となった眼差しを思い出してしまったのだ。

「そ、そうですね……事情はわかりませんが、自国の民を手に掛けるなど、逆賊の所業です。一応、理由を聞こうとは思いますが、それ相応の対価をその身をもって支払わせるのが妥当かと思います」

『シルファ殿、あっぱれでござる。それがしも其れが良きと思うておる』

 アレックスの無言の先を勝手に予想したシルファは、戦う気満々だった。さらに、シーザーがそれに同調している。

 本当は、シルファの国の兵士ならこれ以上の被害を出さない方が良いのではないか? と、アレックスは言うつもりだったのである。本来の敵は、攻め込んできたシヴァ帝国やヴェルダ王国であって、いくら仲が悪くても、この状態で身内同士で戦っても何の益もないと考えてのことだ。

 先ほどまで燃え盛っていた集落は、先程の衝撃波で少なくない被害を出していた。未だ鎮火した後の煙でよく見えないが、小競り合いが続いているようだ。それでも、後続を全てまとめて吹き飛ばしたため後詰はない。敵方は一個連隊規模の部隊が健在であるものの、突如現れたアレックスたちの動向を窺うように、その場に釘付けになっている。これならば、集落の魔人族たちだけでも退けられるだろう。

 となると、先ずは、攻め手である勢力の第二王子ゲイリーと話をしたいところだが――
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