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第五章 宿命【英雄への道編】
第24話 歪んだ想い
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デミウルゴス神歴八四六年、八月一四日、創造――デミウルゴスの曜日。
時は少し遡る。
熱を帯びた風が幌の中を通り抜ける。バステウス連邦王国の砂漠地帯が近いからか、帝都付近よりも幾分か乾いた空気がアオイの黒髪を揺らす。心地よい風だ。
アオイは御者の後ろから身を乗り出して前方を窺う。丘を登り切ったところで、遠くからでもわかる木杭で囲っただけの街並みが視界に入った。目的地のテレサであることは間違いないだろうが、敵国との国境が近いにもかかわらずあまりにも簡素な外壁だ。
(魔族の襲撃を受けたと聞いていたけど、あの情報は誤りだったのかしら)
道中、テレサが三千以上もの魔獣の大軍に襲われ、外壁や多くの建物が倒壊したという情報を受けたが、甚大な被害を受けたようには見えない。故に、聞いていた情報との違いを単なる誤情報だったのかもしれない、とアオイは結論付けるのだった。
帝国に餞別として手配してもらった馬車はレーマン侯爵領までの定期便。帝都から一番近い都市であり、そうであると知ったアオイたちは宰相のヴェールターの嫌がらせかと考えたが杞憂に終わった。
テレサまでお供できないかと、御者の方から願い出てくれたのである。
捨てる神あれば拾う神ありとはまさにこのことだろう。特に断る理由はなかった。むしろ、是非ともお願いしたく、アオイたちは御者の心遣いに甘えることにしたのだ。
御者との会話の中で知ったことだが、彼はレーマン流通ギルドに所属しており、どうやらレーマン侯爵が直々に手配してくれたようなのだ。おそらく、どこかで事情を知ったのだろう。
レーマン侯爵は、近衛騎士団長でもあるアルノー・フォン・レーマン。アオイが、せめてもの償いとしてジョンの遺品を家族に届けてもらうためにアルノーに手渡していた。それがきっかけだったのかもしれない。さらに世界は狭い。御者もジョンと知り合いだったらしく、アオイはお礼を言われたのだ。けれども、何も言えないのだった。
(私のせいなのに……)
ジョンの制止を振り切ってまでアオイが漆黒のドラゴンの下まで行かなければ、パルジャ救援隊の大隊長だった彼が命を落とす事態にはならなかっただろう。
(本当に、本当にバカなんだから……)
結局、アオイはジョンが死したいまも、彼との繋がりに助けられたのである。アオイが事の経緯を思い出して感傷に浸っていると、カズマサが身を乗り出して外の様子を窺いに来た。
「パルジャみたいな状況ではないようだな」
テレサは、今朝出発したメルヌークの町で聞いていたような凄惨な状況ではなかった。近くに来たことで荒らされた田畑や魔獣や人が流したと思われる血で至る所が黒ずみとなっていることに気が付いたが、町の外壁や建物の殆どは修復が終わっていた。
こうして勇者たち一行は、当初の予定通り二週間でテレサに到着した。御者に感謝を述べて別れたあと、早速、アオイたちはテレサ冒険者ギルドへと足を踏み入れる。
「冒険者ギルドは、どこも同じようだな」
「そうみたいですね」
カズマサの呟きにアオイが相槌を打つ。
勇者であったアオイたちは、滅多なことでは冒険者ギルドを訪れることはない。おそらく、カズマサの発言の根拠はサダラーン冒険者ギルドと比べた結果に過ぎないだろう。
「それに……この視線も同じようですね」
「ああ、だが、これは俺たちの正体に気付いてのことではないだろうけどな」
アオイがコクリと無言で頷く。ギルドの扉を抜けたら直ぐに、品定めするようなねっとりとした視線を冒険者たちから向けられたのだ。
が、素性は直ぐに割れたのか、次第にガヤガヤと騒がしくなる。そしてあちらこちらから、「あれは勇者様じゃねえか?」といった無遠慮な大きな声と共に指をさされはじめた。
「主将、取り敢えず受付に行きましょう」
周囲の声を一切無視するようにアオイは歩を進め、暇を持て余していそうな受付嬢たちに声を掛けた。
「すみません。一つ尋ねても宜しいですか?」
冒険者が列をなしているということはなく。窓口が五つもあるのに二人の女性しかいない。
「ようこそ、テレサ冒険者ギルドへ。本日は、どのようなご用向きで?」
二人の内の一人がお辞儀をすると、長めで癖のある金髪が揺れ、ほのかに良い香りが届いた。シャンプーの匂いだ。帝国随一の国力を誇るサーデン帝国であっても、その手の品は高級品である。
なぜかアオイの直感が警鐘を鳴らす。アオイを見つめる瞳は意志が強そうなグレー。けれども、目尻が下がっており、穏和な印象を与えてくる他に、ぽってりとした血色の良い唇からは同じ女性であるアオイでも色気を感じるほどだった。
男の庇護欲を掻き立てつつ、色気もある――危険だ。
「くっ、康平くんに近づけたら危険だわ……」
「はい? コウヘイさんが何か?」
「あ、いえ、なんでもないです。その様子だと康平くんを知っているんですね?」
アオイは思わず心の声を漏らしてしまう。慌てて取り繕ったが、受付嬢から怪訝な目で見られ終いには圧倒された。
「何を仰るのですかっ。我らがテレサの英雄を知らない訳がないじゃないですか!」
「え!」
まさか怒鳴られると思わなかったアオイは思わず後退る。
すると、場の空気を読まないマサヒロが余計なことを口走った。
「ちょっとちょっとお姉さん、あの片桐が英雄は無いっしょ! 魔獣を撃退したといってもたかが知れてる。あの情報は、嘘なんでしょ?」
いつもの調子でマサヒロがヘラヘラとした表情でカウンターに頬杖をつき、受付嬢を煽るような発言をする。
メルヌークの町で仕入れた情報によると、テレサを襲った魔獣の数が三千を超えるといった点では一致していた。それはメルヌークに到着する一週間前に聞いた話と同じだった。
が、テレサを襲ったのは魔獣だけではなかったようなのだ。偽りの神託だと思っていた聖女の言葉通り、中級魔族が現れたようなのだ。しかも、コウヘイが撃退したというではないか。
当然、話を聞いたアオイたちは誰一人としてその話を信じなかった。
すると、マサヒロの言葉に俯いていた受付嬢が肩をわなわなと震わせはじめ、キッとマサヒロを睨んだ。
「……アリエッタです!」
「え?」
「私の名前は、アリエッタです!」
アリエッタと名乗った受付嬢がバンっとカウンターを両手で叩き、立ち上がって吠えたのだった。
えぇー、そこなの? とアオイが苦笑いしそうになるのを堪えていると、アリエッタが尚も吠えた。
「ええ、そうですか。そうですよね! コウヘイさんは、あなたたちよりも勇者ですよ! 勇者であるあなたたちは、いままでっ、何処でっ、何をしていたんですか!」
コウヘイが英雄なハズが無いと否定されたからだろう。勇者の部分を異様に強調していた。しかも、かなりのケンカ腰である。おっとりとした見た目とは打って変わって、彼女は好戦的な性格をしているようだ。
アリエッタの発言を聞くに、アオイたちを勇者と認識しているのは間違いない。こんな対応をされたのははじめてだった。
直接言われたマサヒロは当然のこと、あのカズマサが何も言い返さなかった。いや、言い返せないのだろう。
アオイたちは、勇者として魔王を討伐することを期待されていたのにもかかわらず、命を優先させて帝国直属を辞めて冒険者になろうとしている。アリエッタがアオイたちの決めた内容を知るハズもないのだが、そのことで非難されているようにアオイは感じた。
きっと、カズマサも同じ理由で後ろめたさを感じて反論できなかったのかもしれない。
だがしかし、アオイとしてはそんなことはどうでもよかった。問題なのは、これほどまでにコウヘイのことで怒れる女性が存在することだ。アオイとしては気が気じゃない。
(嫌っ……嘘よ、そんなの認めない!)
アリエッタの反応から判断しても、コウヘイが冒険者として成功している話は、本当なのだろう。アオイはヴェールターに言われた言葉を信じたくなかった。きっと、アオイの考えを見抜いたヴェールターが、勇者を帝国に縛るためにでっち上げた嘘だと思うようにしていたのだ。
真実だった場合、アオイがコウヘイを守ることが出来なくなってしまうのだから。
歪んでる。
アオイ自身、コウヘイに抱いている感情がふつうではないことくらい自覚している。それでも、愛おしく感じていたのだ。
辛そうに顔を歪めるコウヘイの表情。
見返してやると訓練を頑張る勇ましいコウヘイの表情。
アオイが優しく接すると動物のような人懐っこい笑顔を浮かべるコウヘイの表情。
その全てがアオイにとって愛おしかったのだ。
アオイが自分の計画の先行きに不安を抱き始めていると、騒ぎを聞きつけたのか、はたまた呼ばれたのか、ギルドマスターのラルフと名乗る壮年の男が現れた。
別室に通されたアオイたちは、ラルフからある申し出を受けた。
どうやら、ヴェールターから諸々の事情が伝わっているようで、領主に会ってほしいと要求をしてきたのだ。しかも、領主の準備が整うまでの間、冒険者登録の手続きを済ませてはどうかと勧められたのだった。
「え、良いんですか?」
アオイは困惑した。何かしらの事情をでっち上げられ、登録できないと思っていたのだ。実際、帝都のサダラーン冒険者ギルドでは妨害に合い登録できなかったのだ。
「当然ですよ。勇者様が拠点にするギルドということで箔が付きますしね」
「正直なんですね」
快活に笑うラルフに合わせ、アオイは呆れながらも微笑を浮かべる。
(康平くんに会ってからと思っていたけど、幸先いいじゃない)
領主が勇者たちに会いたい理由は、簡単に予想できる。今後の魔獣対策に協力してほしいとかの話だろう。しかも冒険者としての初仕事にしては、もってこいの話ではないか、とアオイはほくそ笑んだのだった。
拍子抜けするほどあっさりと冒険者登録を終えたアオイたちは、ラルフに連れられてパン屋らしき建物の前までやって来た。
寄り道にしてもなぜ? とアオイが訝しみながらラルフに続いて入り口をくぐった丁度そのとき。
白銀のロングヘアーのダークエルフが差し出していたホークらしき銀色の棒に、コウヘイが頬を膨らませて食いついていたのである。しかも、コウヘイを囲むようにホークだけを持った女の子が他にも三人いた。おそらく、コウヘイがテーブルの上にあるケーキを食べさせてもらっていたに違いない。
「康平、くん?」
まさかの光景を目にしたアオイは、しばらく呆然と立ち尽くし、ついには膝からその場に崩れ落ちてしまったのであった。
――――――
領主の館へ向かう途中、コウヘイが何やら言い訳をしていたがアオイの耳には届かなかった。
アオイが、「元気そうでよかったわ。それに、こんなにも沢山の美少女たちを引き連れちゃって、ねえ、康平くん? しかも、ペットまで……」と嫌味を言ったのだが、「……あ、いえ、葵先輩もお元気そうで」などと、コウヘイがさらっと受け流したのである。
(え、なんなのよ! なんなのよいったい! いままでの康平くんなら、『葵先輩の元気な姿が見れて嬉しいです。僕は、葵先輩に会えなくて寂しかったんですよ』って言ってくれるのに! もう!)
内気なコウヘイがそんなことを言えるハズがないのはアオイもわかっている。それでもアオイは、脳内妄想をする以外に精神を正常に保つ方法が思い浮かばなかったのである。故に、いら立ちが募り表情が強張ってしまうのだった。
それからアオイは、頭がおかしくなりそうだった。
ユウゾウが居ないことに気が付いたコウヘイが、何を勘違いしたのか彼を故人にしたのだ。さすがにカズマサも我慢できなかったのだろう。コウヘイに掴み掛かった。
(康平くんに会ったらいままでの行いを謝るとか言っていたくせに……)
カズマサの短絡的な行動にジト目を向ける一方で、アオイがコウヘイの怯えた姿を見てほくそ笑む――ことはなかった。
息苦しそうにしていたものの、カズマサに怯えているという様子が見られなかったのである。まったくもって想定外だ。
(こ、こんなの康平くんじゃない!)
思わずアオイが内心で叫ぶも、それだけでは終わらない。
なんと、テレサの町の人たちがコウヘイをまるで勇者と誉めそやし、カズマサを睨むのであった。その反応は、冒険者ギルドでの受付嬢がマサヒロ対して取った態度に近いものを感じる。
正直お腹いっぱいです、アオイは、そう宣言したかった。
けれども……
(これはこれで、ありかも? うん、そうよ。絶対そうだって! 本当は、私が康平くんを守るスタンスの方が上手くいくと思うんだけど、年下の康平くんが私をリードしてくれてもいいよね。うん、絶対いい!)
アオイは、領主の館に到着してもしばらくの間、頭の中がお花畑のようになっていたのであった。
時は少し遡る。
熱を帯びた風が幌の中を通り抜ける。バステウス連邦王国の砂漠地帯が近いからか、帝都付近よりも幾分か乾いた空気がアオイの黒髪を揺らす。心地よい風だ。
アオイは御者の後ろから身を乗り出して前方を窺う。丘を登り切ったところで、遠くからでもわかる木杭で囲っただけの街並みが視界に入った。目的地のテレサであることは間違いないだろうが、敵国との国境が近いにもかかわらずあまりにも簡素な外壁だ。
(魔族の襲撃を受けたと聞いていたけど、あの情報は誤りだったのかしら)
道中、テレサが三千以上もの魔獣の大軍に襲われ、外壁や多くの建物が倒壊したという情報を受けたが、甚大な被害を受けたようには見えない。故に、聞いていた情報との違いを単なる誤情報だったのかもしれない、とアオイは結論付けるのだった。
帝国に餞別として手配してもらった馬車はレーマン侯爵領までの定期便。帝都から一番近い都市であり、そうであると知ったアオイたちは宰相のヴェールターの嫌がらせかと考えたが杞憂に終わった。
テレサまでお供できないかと、御者の方から願い出てくれたのである。
捨てる神あれば拾う神ありとはまさにこのことだろう。特に断る理由はなかった。むしろ、是非ともお願いしたく、アオイたちは御者の心遣いに甘えることにしたのだ。
御者との会話の中で知ったことだが、彼はレーマン流通ギルドに所属しており、どうやらレーマン侯爵が直々に手配してくれたようなのだ。おそらく、どこかで事情を知ったのだろう。
レーマン侯爵は、近衛騎士団長でもあるアルノー・フォン・レーマン。アオイが、せめてもの償いとしてジョンの遺品を家族に届けてもらうためにアルノーに手渡していた。それがきっかけだったのかもしれない。さらに世界は狭い。御者もジョンと知り合いだったらしく、アオイはお礼を言われたのだ。けれども、何も言えないのだった。
(私のせいなのに……)
ジョンの制止を振り切ってまでアオイが漆黒のドラゴンの下まで行かなければ、パルジャ救援隊の大隊長だった彼が命を落とす事態にはならなかっただろう。
(本当に、本当にバカなんだから……)
結局、アオイはジョンが死したいまも、彼との繋がりに助けられたのである。アオイが事の経緯を思い出して感傷に浸っていると、カズマサが身を乗り出して外の様子を窺いに来た。
「パルジャみたいな状況ではないようだな」
テレサは、今朝出発したメルヌークの町で聞いていたような凄惨な状況ではなかった。近くに来たことで荒らされた田畑や魔獣や人が流したと思われる血で至る所が黒ずみとなっていることに気が付いたが、町の外壁や建物の殆どは修復が終わっていた。
こうして勇者たち一行は、当初の予定通り二週間でテレサに到着した。御者に感謝を述べて別れたあと、早速、アオイたちはテレサ冒険者ギルドへと足を踏み入れる。
「冒険者ギルドは、どこも同じようだな」
「そうみたいですね」
カズマサの呟きにアオイが相槌を打つ。
勇者であったアオイたちは、滅多なことでは冒険者ギルドを訪れることはない。おそらく、カズマサの発言の根拠はサダラーン冒険者ギルドと比べた結果に過ぎないだろう。
「それに……この視線も同じようですね」
「ああ、だが、これは俺たちの正体に気付いてのことではないだろうけどな」
アオイがコクリと無言で頷く。ギルドの扉を抜けたら直ぐに、品定めするようなねっとりとした視線を冒険者たちから向けられたのだ。
が、素性は直ぐに割れたのか、次第にガヤガヤと騒がしくなる。そしてあちらこちらから、「あれは勇者様じゃねえか?」といった無遠慮な大きな声と共に指をさされはじめた。
「主将、取り敢えず受付に行きましょう」
周囲の声を一切無視するようにアオイは歩を進め、暇を持て余していそうな受付嬢たちに声を掛けた。
「すみません。一つ尋ねても宜しいですか?」
冒険者が列をなしているということはなく。窓口が五つもあるのに二人の女性しかいない。
「ようこそ、テレサ冒険者ギルドへ。本日は、どのようなご用向きで?」
二人の内の一人がお辞儀をすると、長めで癖のある金髪が揺れ、ほのかに良い香りが届いた。シャンプーの匂いだ。帝国随一の国力を誇るサーデン帝国であっても、その手の品は高級品である。
なぜかアオイの直感が警鐘を鳴らす。アオイを見つめる瞳は意志が強そうなグレー。けれども、目尻が下がっており、穏和な印象を与えてくる他に、ぽってりとした血色の良い唇からは同じ女性であるアオイでも色気を感じるほどだった。
男の庇護欲を掻き立てつつ、色気もある――危険だ。
「くっ、康平くんに近づけたら危険だわ……」
「はい? コウヘイさんが何か?」
「あ、いえ、なんでもないです。その様子だと康平くんを知っているんですね?」
アオイは思わず心の声を漏らしてしまう。慌てて取り繕ったが、受付嬢から怪訝な目で見られ終いには圧倒された。
「何を仰るのですかっ。我らがテレサの英雄を知らない訳がないじゃないですか!」
「え!」
まさか怒鳴られると思わなかったアオイは思わず後退る。
すると、場の空気を読まないマサヒロが余計なことを口走った。
「ちょっとちょっとお姉さん、あの片桐が英雄は無いっしょ! 魔獣を撃退したといってもたかが知れてる。あの情報は、嘘なんでしょ?」
いつもの調子でマサヒロがヘラヘラとした表情でカウンターに頬杖をつき、受付嬢を煽るような発言をする。
メルヌークの町で仕入れた情報によると、テレサを襲った魔獣の数が三千を超えるといった点では一致していた。それはメルヌークに到着する一週間前に聞いた話と同じだった。
が、テレサを襲ったのは魔獣だけではなかったようなのだ。偽りの神託だと思っていた聖女の言葉通り、中級魔族が現れたようなのだ。しかも、コウヘイが撃退したというではないか。
当然、話を聞いたアオイたちは誰一人としてその話を信じなかった。
すると、マサヒロの言葉に俯いていた受付嬢が肩をわなわなと震わせはじめ、キッとマサヒロを睨んだ。
「……アリエッタです!」
「え?」
「私の名前は、アリエッタです!」
アリエッタと名乗った受付嬢がバンっとカウンターを両手で叩き、立ち上がって吠えたのだった。
えぇー、そこなの? とアオイが苦笑いしそうになるのを堪えていると、アリエッタが尚も吠えた。
「ええ、そうですか。そうですよね! コウヘイさんは、あなたたちよりも勇者ですよ! 勇者であるあなたたちは、いままでっ、何処でっ、何をしていたんですか!」
コウヘイが英雄なハズが無いと否定されたからだろう。勇者の部分を異様に強調していた。しかも、かなりのケンカ腰である。おっとりとした見た目とは打って変わって、彼女は好戦的な性格をしているようだ。
アリエッタの発言を聞くに、アオイたちを勇者と認識しているのは間違いない。こんな対応をされたのははじめてだった。
直接言われたマサヒロは当然のこと、あのカズマサが何も言い返さなかった。いや、言い返せないのだろう。
アオイたちは、勇者として魔王を討伐することを期待されていたのにもかかわらず、命を優先させて帝国直属を辞めて冒険者になろうとしている。アリエッタがアオイたちの決めた内容を知るハズもないのだが、そのことで非難されているようにアオイは感じた。
きっと、カズマサも同じ理由で後ろめたさを感じて反論できなかったのかもしれない。
だがしかし、アオイとしてはそんなことはどうでもよかった。問題なのは、これほどまでにコウヘイのことで怒れる女性が存在することだ。アオイとしては気が気じゃない。
(嫌っ……嘘よ、そんなの認めない!)
アリエッタの反応から判断しても、コウヘイが冒険者として成功している話は、本当なのだろう。アオイはヴェールターに言われた言葉を信じたくなかった。きっと、アオイの考えを見抜いたヴェールターが、勇者を帝国に縛るためにでっち上げた嘘だと思うようにしていたのだ。
真実だった場合、アオイがコウヘイを守ることが出来なくなってしまうのだから。
歪んでる。
アオイ自身、コウヘイに抱いている感情がふつうではないことくらい自覚している。それでも、愛おしく感じていたのだ。
辛そうに顔を歪めるコウヘイの表情。
見返してやると訓練を頑張る勇ましいコウヘイの表情。
アオイが優しく接すると動物のような人懐っこい笑顔を浮かべるコウヘイの表情。
その全てがアオイにとって愛おしかったのだ。
アオイが自分の計画の先行きに不安を抱き始めていると、騒ぎを聞きつけたのか、はたまた呼ばれたのか、ギルドマスターのラルフと名乗る壮年の男が現れた。
別室に通されたアオイたちは、ラルフからある申し出を受けた。
どうやら、ヴェールターから諸々の事情が伝わっているようで、領主に会ってほしいと要求をしてきたのだ。しかも、領主の準備が整うまでの間、冒険者登録の手続きを済ませてはどうかと勧められたのだった。
「え、良いんですか?」
アオイは困惑した。何かしらの事情をでっち上げられ、登録できないと思っていたのだ。実際、帝都のサダラーン冒険者ギルドでは妨害に合い登録できなかったのだ。
「当然ですよ。勇者様が拠点にするギルドということで箔が付きますしね」
「正直なんですね」
快活に笑うラルフに合わせ、アオイは呆れながらも微笑を浮かべる。
(康平くんに会ってからと思っていたけど、幸先いいじゃない)
領主が勇者たちに会いたい理由は、簡単に予想できる。今後の魔獣対策に協力してほしいとかの話だろう。しかも冒険者としての初仕事にしては、もってこいの話ではないか、とアオイはほくそ笑んだのだった。
拍子抜けするほどあっさりと冒険者登録を終えたアオイたちは、ラルフに連れられてパン屋らしき建物の前までやって来た。
寄り道にしてもなぜ? とアオイが訝しみながらラルフに続いて入り口をくぐった丁度そのとき。
白銀のロングヘアーのダークエルフが差し出していたホークらしき銀色の棒に、コウヘイが頬を膨らませて食いついていたのである。しかも、コウヘイを囲むようにホークだけを持った女の子が他にも三人いた。おそらく、コウヘイがテーブルの上にあるケーキを食べさせてもらっていたに違いない。
「康平、くん?」
まさかの光景を目にしたアオイは、しばらく呆然と立ち尽くし、ついには膝からその場に崩れ落ちてしまったのであった。
――――――
領主の館へ向かう途中、コウヘイが何やら言い訳をしていたがアオイの耳には届かなかった。
アオイが、「元気そうでよかったわ。それに、こんなにも沢山の美少女たちを引き連れちゃって、ねえ、康平くん? しかも、ペットまで……」と嫌味を言ったのだが、「……あ、いえ、葵先輩もお元気そうで」などと、コウヘイがさらっと受け流したのである。
(え、なんなのよ! なんなのよいったい! いままでの康平くんなら、『葵先輩の元気な姿が見れて嬉しいです。僕は、葵先輩に会えなくて寂しかったんですよ』って言ってくれるのに! もう!)
内気なコウヘイがそんなことを言えるハズがないのはアオイもわかっている。それでもアオイは、脳内妄想をする以外に精神を正常に保つ方法が思い浮かばなかったのである。故に、いら立ちが募り表情が強張ってしまうのだった。
それからアオイは、頭がおかしくなりそうだった。
ユウゾウが居ないことに気が付いたコウヘイが、何を勘違いしたのか彼を故人にしたのだ。さすがにカズマサも我慢できなかったのだろう。コウヘイに掴み掛かった。
(康平くんに会ったらいままでの行いを謝るとか言っていたくせに……)
カズマサの短絡的な行動にジト目を向ける一方で、アオイがコウヘイの怯えた姿を見てほくそ笑む――ことはなかった。
息苦しそうにしていたものの、カズマサに怯えているという様子が見られなかったのである。まったくもって想定外だ。
(こ、こんなの康平くんじゃない!)
思わずアオイが内心で叫ぶも、それだけでは終わらない。
なんと、テレサの町の人たちがコウヘイをまるで勇者と誉めそやし、カズマサを睨むのであった。その反応は、冒険者ギルドでの受付嬢がマサヒロ対して取った態度に近いものを感じる。
正直お腹いっぱいです、アオイは、そう宣言したかった。
けれども……
(これはこれで、ありかも? うん、そうよ。絶対そうだって! 本当は、私が康平くんを守るスタンスの方が上手くいくと思うんだけど、年下の康平くんが私をリードしてくれてもいいよね。うん、絶対いい!)
アオイは、領主の館に到着してもしばらくの間、頭の中がお花畑のようになっていたのであった。
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