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第五章 宿命【英雄への道編】

第20話 オフェリアの苦悩

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 デミウルゴス神歴八四六年、八月一〇日、冥王――ディースの曜日。

「英雄……の希望、ね……」

 表向きガブリエルの傘下に降ったオフェリアは、割り当てられた部屋で数週間前にネロより聞かされた話を思い出していた。

「――ったく、嫌なことを思い出しちゃったじゃないの。クロニカったら、どこをほっつき歩いているのかしら」

 急激に力を付けたガブリエルの秘密を探るために、クロニカを使って色々と調査をさせている。そのクロニカが戻って来ない。すっかり夜の帳が下り、オフェリアは持て余した時間で今回の目的をおさらいしていたのだ。

 ネロとの約束事は二つ。

 ガブリエルを監視しつつ、妙な動きを見せたらウバルド経由でネロに報告を行うこと。
 表面上は彼もガブリエルの軍門に下ったように見せ掛けている。どうやらマジックウインドウの魔法石を所持しているらしい。

 監視行為がバレた場合は、コウヘイに協力を仰ぐこと。
 オフェリアとしては納得できないが、魔族にとって不利な行動を取るのであればコウヘイの力を借りてでも、ネロを止めなければならないらしい。

「コウヘイ……」

 思わず忌々しい名を呟いてしまい、オフェリアは臍を嚙む。漆黒に染まる瞳に黒炎が灯り、顔を歪める。

「はぁー、まったくイライラすることばかりだわ! ムカつく」

 ネロの話を思い出したオフェリアは、なかなかクロニカが戻って来ないせいで行き場のない怒りにどうにかなってしまいそうだった。

「ヒューマンのくせに!」

 オフェリアは、ヒューマンを酷く嫌っている。べつに何かをされた訳ではない。ただただ、矮小な存在であるにもかかわらず、身の程知らずなヒューマンたちの言動が気に入らないのである。

 だがしかし、ファンタズム大陸を脅かす最大の脅威と恐れられる存在の魔人たちも、はじめはヒューマンたちと同じ人間だった。いや、いまもれっきとした人間である。異形と異能が災いし、母国を追い出されただけにすぎない。

 オフェリアは、ネロから聞かされた話を再び思い返すのであった。

 ◆◆◆◆ ◆◆◆◆

 話は、現在より約九〇〇年近くもの昔。母国での内戦に敗れた強化人間――現在の魔人――たちが、英知を結集した次元干渉科学技術により次元間移動を成功させたときまで遡る。

 強化人間たちは造られた存在であり、同様のキメラ――現在の魔獣――たちと供に、ファンタズムという大陸の北部に次元の裂け目を通り抜けて降り立った。

 が、場所が悪かった。

 当時、大陸随一の国力を誇るバルド帝国の帝都と目と鼻の先の平原に、次元の裂け目が出現したのだ。

 逃げるようにして母国から渡ってきた強化人間たちは、バルド帝国に救いを求めるために接触を図った。それでも、その異形がまたしても災いし、攻撃を受けてしまう。攻撃されたことに対する衝撃よりも、バルド帝国が行使した力を目の当たりにした強化人間たちは、より強い衝撃を受けたのだった。

 それは、魔法――強化人間たちが操る異能と類する力だ。

 それならばと、見た目が違うだけであり、同様の力を持った者たちとならば仲良くなれるかもしれないと、強化人間たちが考えたのも道理だろう。強化人間たちは自衛のための反撃に止め、何度も使者を送った。

 しかし、そうは問屋が卸さなかった。

 つまり、辛抱強く送り出した使者は、ことごとく全て死者となって帰ってきた。とどのつまり、互いが戦争状態に突入するのにそんなに時間は掛からなかったのだ。

 その当時、強化人間軍団長であったネロ・パオレッティは、日夜苦悶していた。

「次元を超えた先でも尚、我々の居場所は、存在しないのか――」

 一方では、ネロの副官、マリオ・サボール――現アドヴァンスド魔人イシドロの父――が、「ならば、力には力で対抗し、我々のものとするしかないだろう」と強硬策を唱えたのだ。

 当初、ネロはマリオの考えに否定的だった。それでも、武力行使の風潮が強化人間たちの間で次第に高まるに連れ、ネロは益々苦しんだ。さらに、散発的に受ける襲撃で力の弱い強化人間から命を落としていき、数で劣勢の強化人間たちは次第に追い込まれていった。特に、使者役を買って出た親類縁者たちの不満の声を無視などできるはずもなかった。

 そうしてネロは、ついに決断へと至る。

 戦争をするからには手心を加えるつもりはさらさらなかった。むしろ、そのことを後悔させ、歯向かう心をへし折るかのように完膚なきまでに叩きのめした。

 戦いは一方的だった。

 科学兵器がなくとも、異能がある強化人間たちは科学が発展した世界の高度な戦闘知識を有していた。組織的かつ戦略的なその行動を前に、バルド帝国はあっという間にした。

 たったの数日だった。

 たったの数日で、ファンタズム大陸の地図からその大陸随一の国家が消え去ったのである。

 そのときのネロは、言ったそうな。

 ――なんだ……簡単ではないか、と。

 それからのネロは、人が変わったように力至上主義を唱え、殺したヒューマンの数に応じた配給制度を施行しこうした。それは、食料品などの生活出需品である。さらには、働きにより土地なども分配されるようにもなった。
 かくして強化人間たちは、派閥ごとに連携するようになり、陣取り合戦の如く競い合うように周辺諸国へ侵攻する速度を速めたのである。

 結果、強化人間たちの中に兵士としての階級とはまたべつの地位が生まれる要因となったのだった。

 一人で数百人を屠った――ノーヴィス。
 最低でも数千人を虐殺した――インターミディエイト。
 数万人をも殺戮せしめた――アドヴァンスド。

 詰まる所、現在の魔人たちの序列として定着したのだ。

 人を殺すだけで必要物資を得られるだけではなく、社会的地位が向上する。その仕組みは、領土を拡大するのに効率よく機能したようにみえた。

 ただそれも、そう長くは続かなかったのだ。

 強化人間たちがファンタズム大陸の三分の一ほどを手中に収めたころになると、キメラを使役することから彼らは魔人と、使役獣は魔獣と呼ばれるようになった。周辺諸国もその対策に必死だったのだろう。ヒューマンだけではなく、獣人族、エルフ族、ドワーフ族、そして精霊族までが一丸となるのにそう時間が掛かりはしなかった。

 いまでは、歴史書にすら記されていない第一次大陸戦争はこうしてはじまったのである。とどのつまり、ファンタズム大陸の全種族が魔族に対抗するべく立ち上がったのだった。

 ファンタズム大陸連合は短期決戦を挑み、最初から全力だった。それもそのはず。ネロ率いる魔人たちは魔獣を合わせても一万がやっとの数だったのだから。それでも第一次大戦は、苛烈さを極めた。

 アドヴァンスドの階級を持つ五人の強さがあまりにも異常だったのだ。彼らは魔人ペンタグラムと呼ばれ、言わずもがな、のちのアドヴァンスド四家と謳われる存在の原型である。

 九尾狐族――ミランダ・クロズリー。
 吸血鬼族――ティボールド・ハデス。
 竜人族――ネロ・パオレッティ。
 鬼人族――マリオ・サボール。
 悪魔族――デイン・マー。

 両者一歩も譲らない攻防は約一〇年もの間続いた。そのころになると、魔族の総数は二千を割り、大陸連合に至っては数千万人規模の死者を出していた。たったの一〇年で、大陸連合は総人口の大半を失ったのである。

「なぜ人は……人類は、同じ過ちを繰り返すのだろうか」

 大陸の半数を支配下に治めたネロは、とある作戦会議の場で思わず胸の内を吐露した。ネロは後悔していたのだ。自らの強大な力に溺れ、母国での戦争と同様に数年で方が付くと確信していた。

 それがどうだろうか?

 大陸連合側の魔法士の部隊が行使する魔法の威力は、それほど強いものではなかった。それでも、数が違った。決して数が利することを見逃していた訳ではない。

 諦めると思っていた。
 降伏すると思っていた。
 ネロの前に平伏すと思っていた。

 かつての敵国のように――

 だが、違ったのだ。大陸連合は、諦めなかった。いくら死傷者の数が増えようとも、領土を奪われようとも、ネロたちに屈しなかったのだ。

 ネロの呟きに、アドヴァンスドのデインやティボールドはおろか、徹底抗戦を唱えていたマリオでさえ、俯いていて黙してしまった。

 が、一人の少女だけは、深紅の双眸を真っ直ぐネロへと向けていた。

「じゃあ……やめよっか、ネロさん」
「……」

 ネロは、目を数度瞬かせ、絶句した。

(ミラよ! なぜ、おまえはそんな簡単に言える! いまさら引ける訳がないだろ!)

 後悔していても、ネロたちは引くに引けないところまで来ていたのだ。

「おや……ちょっと待ってね。通信が入った」

 自分の発言がどれだけ禁忌に近い内容なのかわかっていない様子だ。ミランダは、黄金を溶かし込んだような赤みを帯びた金髪の上に、ちょこんと乗る狐耳をひょこひょこと小刻みに動かしている。

「あちゃー、まずいね……こりゃあ、うちらの負けだよ」
「それはどういうことだ!」

 ミランダの突拍子もない発言に、マリオがテーブルに拳を激しく打ち付け立ち上がった。彼女の禁忌に近い発言に固まっていたハズの彼は、赤鬼の如し顔を真っ赤にしている。

「英雄の登場だよ。英雄のね」

 ミランダ曰く、前線が突破されたらしい。しかも、たった一人のヒューマンによって。
 領土は広大であるが、圧倒的な人員不足のせいで瞬く間に各拠点を突破され、いまも尚、その勢いが止まらないのだとか。拠点を制圧することなく、ひたすら本陣に向かって来ているらしい。

(単騎なのだから制圧する気がないのは明らかだが、どういうことだろうか?)

 ネロは、考える。

「もう、無理だよ、ネロさん」
「無理、とは?」

 ネロは、マリオのように怒りを露にすることはしない。いや、できないのだ。ミランダの言葉は、ネロの本心でもあった。自分と同じ考えなのか知りたくなり、念のために確認しただけに過ぎない。

「どうせ、わかってるんでしょ?」
「……いや、わからないな」

 鼻で笑うミランダに対し、ネロは首を左右に振る。

「はぁ、まったくしょうがない人だな、ネロさんは……まあ、いいよ。そこまでしらを切るならボクが代弁してあげる――ボクたちは逃亡者。いや、避難民だったハズだよ。侵略者じゃない。ボクたち五人が本気を出せば勝負は決する。でも、住む場所どころか何も残らないと思うんだよね。それって、意味なくない?」

 ミランダの言う通りだった。ペンタグラムの異能――魔法――の威力は、地形を変形させるほど強大な破壊力を有している。強すぎる力は破滅を生む。それは、母星で起きた領土戦争の二の舞を演じる羽目になる。

 結局、彼女の話に納得したネロたちは、たった一人で前線を突破したという男を迎え入れることにした。

 その男の名は、コウスケ・カタギリ――彼は、ファンタズム大陸とはべつの世界からやって来たと説明した。しかも、英雄神テイラーの御業によって。

 それには、ミランダも大変驚いたそうだ。物語に出てくるような行動をするから「英雄」と言っただけなのに、本当に英雄神が関わっていたのだから。ただ、コウスケの存在は、ネロたちにとっても英雄そのものだった。

 コウスケは、ファンタズムのヒューマンたちとは違い、魔族に対する偏見がなかった。むしろ、「姿が微妙に異なるだけで人間と同じではないか」と平然とした態度で言い放ったのだ。母国でもそんな評価をされたことがなかったネロたちがコウスケと心を通わせるのに、そんなに時間は必要なかった。

 その後、紆余曲折うよきょくせつありながらもコウスケの仲介を経た魔人たちが、ファンタズム連合と停戦協定を結ぶこととなった日。

 事件は起こった。

 魔族側代表として、当然アドヴァンスドの五人が協定式に出席したのだが、その中の一人、デイン――悪魔族――が奇怪な行動取ったのだ。

 突如、ヒューマン側の席に突進し、王たちを殺害しようとしたのだった。

 結果的には、コウスケが防いで事なきを得たが、途端、ネロたちにも襲い掛かってきたのだ。

 デインは、言った。

「我は、冥王ディース。宴はこれからだよ――」

 ◆◆◆◆ ◆◆◆◆

 突然、オフェリアは、強制的に思考を中断させられた。遠くで破壊音が鳴ったのだ。

 破壊音が止まらない。それどころか、どんどん大きくなる。そして、扉を打ち破る勢いでボロボロになったクロニカが飛び込んできた。

「オフェリア様っ、お逃げください!」
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