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第五章 宿命【英雄への道編】

第01話 抗う力

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 が全て――弱き者がどう足掻こうが、強き者の前では何の意味もない。

 そんな教えがまかり通る世界――ファンタズム。

 法により一定の秩序が保たれた世界で生きてきたある青年は、法が通用しない魔族が跋扈ばっこする異世界に召喚された。

 彼の都合は関係ない。脆弱なヒューマンが魔族に対抗するためだけに、勇者界召喚魔法によって拉致されたと言っても過言ではないだろう。

 それにもかかわらず、生物であれば当然のように有している魔力を彼は有していなかった。故に、弱者の烙印を押された青年――コウヘイは追放されてしまったのだ。

 が、

 果たして暴力の強弱だけでを測るのは……正しいのだろうか?
 無法者相手であれば、それが真理かもしれない。

 だがしかし、そもそも力とは何を指すのだろうか?

 世界を創造する――創造神デミウルゴスの創生の力。
 世界を破壊する――向上と堕落の神ディースの暴虐の力。
 世界を復元する――安寧と豊作の女神モーラの回復の力。
 世界を維持する――愛と戦の女神ローラの均衡を保つ力。
 世界を更始こうしする――英雄神テイラーの変換の力。

 そんな神々の力をもってしても、世界は完全ではない。

 神々が介入すればするほど、世界は歪なモノへと変化していく。

 まさに、コウヘイは、その最たるかもしれない。

 はてさて、そんな弱き者であるコウヘイを脅威であると認識した人物がいた。

 聖女オフィーリアに扮していた魔人オフェリアその人は鑑定のスキル持ち。

 コウヘイと向き合ったときのオフェリアは、既に仕事を済ませた気になっていた。
 同時に召喚された四人の鑑定を既に済ませており、目を見張る能力を秘めた女勇者の存在を警戒したものの、所詮は潜在能力の話。
 治癒魔法が適任だと適当に伝え、彼女の力が直接魔族に向かないようにしたのだ。

 オフェリアは、魔力がゼロだと知って気落ちしていたコウヘイを励まして聖女の仮面を被り続けた。
 コウヘイが魔力ゼロの無能であることは、水晶の魔力量計測に於いて判明していたのだから致し方ない。

 それがどうだろうか。

 コウヘイは、本当にとんでもないスキルを有していたのだった。

 オフェリアは、コウヘイのスキルを恐れた。
 彼のスキルの役割を知らぬまま、ただただその能力に――

 そもそも、オフェリアが聖女を演じることになったのは、十数年も前の魔王からの呼び出しがはじまりだった。
 
 オフェリア・パオレッティ――アドヴァンスド魔人である彼女は、コウヘイとは違い全て――体力、魔力、耐久力――の性能に於いて間違いなく強者である。故に、力に物を言わせて好き勝手やっていた。

 呼び出しがいちゃもんを付けてきた魔王直系の魔人を殺した数日後だったこともあり、オフェリアはいつものように小言を言われるのかと思いながらも参内した。

 ところが、オフェリアの鑑定眼のスキルを駆使してヒューマンの聖女を演じ、勇者召喚を魔族にとって都合のいいように操作しろと言うのだから拍子抜けである。
 魔人だけではなく、魔獣を含めた魔族全体のためになると説得されても関係ない。オフェリアとしては魔族の未来などどうでもよかったのだ。
 魔王の直系だろうが関係なく気に食わない奴を片っ端から排除していたのだから当然である。

 しかしながら、先にならうと魔王は強き者であり、オフェリアは弱き者に過ぎない。オフェリアは、魔王の命令に首を横に振ろうとしたのだが、結局は縦に振らざるを得なかった。

 とどのつまり、強き者の言葉に従ったまで――と言うのが、オフェリアの言い分だ。

 何はともあれ、魔王の命令のおかげでオフェリアはコウヘイに出会うことができた訳だが、彼のスキルを魔王に伝えても手出しを禁じられてしまった。

 魔王なりの考えがあるらしいのだが、彼女が討たれてしまい目的は何かはわからずじまい。

 そう、魔王がガブリエルに殺されたというのだ。

 オフェリアは、信じられなかった。

 あの可愛らしい見た目に反し、強大で凶悪な魔力を内包した小さな悪魔が死ぬなど――
 ましてや、オフェリアと同程度のガブリエル相手に到底あり得ないと。

 オフェリアは、魔王が討たれた知らせを疑いながらも、魔王を打倒した勢力の当主たるガブリエル・ハデスの居城を訪れた。

 祖父であるネロの配下、ウバルドに聞いた話によると、魔王城が消失した際にドランマルヌスと戦闘を行っていたのは、ガブリエルではなかったらしい。それならば、絶対的な強さを持った魔王が敗れたのは、別種の力が働いたに違いないと考えた。

 当初、オフェリアは一戦交えて話の信憑性を確かめるつもりだった。それでも、渦中の人を前にしただけでその気が失せてしまった。

『あぁ、これならあり得るわね……』

 ただ単に自然体で玉座に座しているだけにもかかわらず、ガブリエルから溢れ出す力の波動が大気を震わせ、さらに肌にまとわりつくようなしつこい魔力をその身に感じ、オフェリアは真っ向から戦うことを諦めた。
 と言うよりも、身体が動かなかったのだ。

 おそらくだが、オフェリアに変な気を起こさせないために、ガブリエルは敢えてプレッシャーを放ったのだろう。

 それは効果覿面てきめんで、オフェリアはそのドランマルヌスと同等の力の波動を感じ、理屈はわからないが納得してしまったのだ。
 さらに、魔族のおきてめいた教えが正しいことをオフェリアに再認識させた。

 やはり、力が全て――強者の前で弱者は何もできない。
 弱き者は、強き者に従うのが一番利口だ。

 ドランマルヌスを排したガブリエルが新たな魔王となるのは明らかだ。
 だからと言って、そのとき感じた屈辱をそのまま受け入れられるほどオフェリアは利口ではない。

 オフェリアは、私が弱者でいるのはドランマルヌス様の前だけで充分よ、と内心で闘志を燃やす。

 ガブリエルが急激に力を得たことは不可解極まりないが、彼にできたのなら自分にもできると結論付け、オフェリアはそのときすでに出し抜く算段をはじめていた。

 そんなとき、新魔王ガブリエルは言った。

『大陸全土を我ら魔族の物とする。そのためにお前の血を差し出すのだ』

 足を組んだ尊大な態度でガブリエルは、真赤な液体が残り僅かのワイングラスをくるくると回しながら、お代わりを要求するように気安く言い放ったのだ。

 ただそれも、ヴァンパイア種特有の表現なだけで、アドヴァンスド魔人としてのオフェリアの戦闘能力がほしいのだろう。故に、オフェリアは「なるほど」と頷くだけにとどめた。

 一先ず、その言葉からオフェリアは、新魔王の方針がヒューマンたちを根絶やしにすることなのだということを理解した。

 には、オフェリアは大いに賛成だ。それでも、そう簡単にガブリエルに下る気にはなれなかった。

 それは意地にも似たオフェリアの意志の力が働いた。

 ひいては、オフェリアが当主を務めるパオレッティ家の拠点――竜牙城――へ一旦戻って配下を連れてくるなどの理由を付け、そのときはその場から退散した。

 決して逃げた訳ではない。
 
 ヒューマンを根絶やしにするというガブリエルの提案に、パオレッティ家として手を貸すかどうか、冷静になって考えたかったのである。元より、仲間に誘われた場合は、知恵者に相談するべく戻るつもりだった。

 ただそれも、おかしな話であることは理解している。

 力が全て――オフェリアには望むがままに振舞えるだけの強さがある。配下の者には、宣言するだけで事足りるのだ。

 新しい魔王の提案に賛同し、ヒューマンたちの国へ攻め込むわよ!
 あるいは、私はガブリエルを魔王と認めない! 奴らと戦争よ!

 好きなように言えば、強きオフェリアに物申せる弱き配下はいないのだから。

 されど、例外が一人いた。
 
 ネロ・パレオッティ――アドヴァンスド四家の一角を担うパレオッティ家の元当主であり、起源の魔人。

 その人だけには、現在の当主であるオフェリアも逆らえない。

 ネロもいわゆる強き者であり、彼の力をオフェリアも認めているのだ。そもそも、ネロこそがオフェリアが相談しようと考えていた知恵者である。

 はてさて、竜牙城に帰還したオフェリアは、ガブリエルとの会話の内容を報告するためにネロの元を訪れた。

 結果、話が逸れに逸れ、オフェリアは力が物言うが如く振る舞いをした。

 が、

 それは間違いであると、その思想を推し進めた張本人からたしなめられたのだ。

 ネロは言った。

『あの者たち全てが魔族領に押し寄せて来たらいずれ負けるのはわしらじゃ』

 数の暴力もまた力。

 しかし、オフェリアは理解できても納得はできなかった。

 ふざけるな!

 ヒューマン風情に後れを取る私ではない!

 魔王を打倒したガブリエルは、ヒューマンたちを皆殺しにすると言っていた。

 だから、仲間になれと、私の力が必要だと。

 好都合、元よりそれを私も望んでいたのだ。

 そのことと言うよりも、こと戦争に関してネロ曰く、『破壊に、死……無を生み出すだけで何も残らん悲しい結末じゃ』などと、それはもう悲しげな表情でオフェリアを説得するような言葉を吐いた。

 それを聞いたオフェリアは思った。

 破壊に、死? 何も残らない?

 それならば、そこに魔族の楽園を新たに打ち立てれば良いじゃないのよ。
 互いの血で血を洗う力が物言う世界――最高じゃない!
 文句があるなら強くなればいいのよ!

 ――それ以上、それ以下でもない。

 弱き者であると自覚しながら現状に満足せず、高みを目指しているあの異世界から召喚されたヒューマンのように……

 現時点では完全に目覚めてはいないコウヘイではあるものの、そのときはいずれやってくる。覚醒した彼のスキルを前にしては、どんな強き者も弱き者に成り下がるだろう。故に、オフェリアはその能力に目覚めつつあるコウヘイの状況を知り焦った。

 そのスキルを強者の証とし、力と置き換えるならば、やはり、そう――力が全てなのかもしれない。

 コウヘイの意志一つで、魔族をも滅ぼせる力。それでも、彼を味方にできるならば、これ以上心強いことはないだろう。

 遥か昔、大陸どころか世界丸ごとを破滅へと脅かした邪神を食い止めたスキル。

 それは英雄の力であると、ネロは言う。

 されど、食い止めただけに過ぎず、その破滅は再びいつか必ずやってくる。たとえ魔王の力があっても、その邪神には勝てない――

 いや、勝てなかったのだ。

 より詳しい話をネロより聞かされたオフェリアの心は、揺れに揺れた。

 魔王ドランマルヌスの命令を破ることを覚悟してまで、彼女のために殺そうとしたコウヘイが魔族の希望と言われれば、それも当然かもしれない。

 そのときオフェリアは、自分の一部を形成していたことわりが崩壊する音を聞いた。

 力が全て――己の力が大したことないことをオフェリアは知ったのだった。
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