上 下
104 / 154
第四章 試練と成長【ダンジョン探索編】

第13話 野に咲く花のように

しおりを挟む
 テレーゼとの記憶が全くないコウヘイは、パーティーの女性陣からいわれのない視線を向けられ、過去の経験がフラッシュバックした――――

 まただ!

 これは、僕が他の女性と何かあったと疑われているときの目だ。

 ここ数日、テレサの町を歩いているだけで、女性に話し掛けられる機会が増え、その都度知らない人であると説明しているのだった。
 相手が少女だった場合、特にミラの視線がより厳しさを増すという謎現象にも慣れたものだ。

 今回はミラの視線がそれと同様だったため、勘違いということもないだろう。

 実際、隣にいたエルサは僕に身を寄せ、手を握ってきた。

「うわー、やっぱりエルサ様はコウヘイ様とそういうご関係なのですか!」

 テレーゼさんは、後ろに纏めた亜麻色のポニーテールを揺らすようにきゃっきゃ飛び跳ねて興奮しはじめた。

 そういうご関係、が何を意味しているのか聞き返すほど僕も、そこまで鈍くない。

 僕たち、「デビルスレイヤーズ」は、ミスリルの魔法騎士こと僕をリーダーとしたハーレム勇者パーティーとの噂が広まっている……らしい。

 曰く、

「ダークエルフの美少女が嫁らしいが、あのゴールドランクの幼女エルフにも手を出しているらしい……」

 だとか、

「ミランダっていう少女が妹とか言っているが、見た目が全くちげーからそういうプレイかもだぞ!」

 だとか、

「最新情報では、あの狡猾のエヴァ様の乱入で毎晩大盛り上がりとか羨ましすぎるだろっ」

 などと変な噂が広まっている。

 人伝に聞かされた僕としては、頭が痛いところなのだ。

 つまり、テレーゼさんが言った、「そういうご関係」というのは、僕とエルサが恋仲なのかという質問だった。

 後ろの女性剣士二人もにわかに頬を染め、お互い見つめ合って、「わー、きゃー」と小声で言って、控えめに興奮していた。

 ――勘弁してくれ!

 あられもない噂が信じられており、僕がどう答えるべきか狼狽えていると、エルサが一歩前に出た。

「そうよー。コウヘイはわたしのだからね!」

 少し偉そうに胸を張ってエルサが宣言した。

 ハイッ、しゅぅーりょおー……
 僕が説明する暇もなく呆気なかった。

 大外刈りをしようとしたら足を滑らせて、浮いた足を足払いで一本取られた感じです。
 まさに、自滅に近い。

 噂話が当事者であるエルサの発言により実話になった瞬間である。

 更に、それに釣られるように、負傷した冒険者を治療していたイルマがこちらに来ようとしたもんだから、僕は追い払うように手を振って、治療を続けさせた。
 イルマまで来られたら、余計に話が拗れてしまう。

 まったく、エルフ族の地獄耳もここまで来ると盗聴レベルだよ、と僕は嘆息した。

「で、それは、今はどうでもよくて! あの大男は仲間なの? さっき、テレーゼさんがリーダーだと言っていた気がしたけど」

 エルサの発言などなかったとばかりに、平静を装いテレーゼさんに尋ねた。

 八階層で奇声をあげながら逃げて行った髭面の大男が、目の前にいる可愛らしい少女と接点があるようには、どうしても思えなかった。
 失礼な気がするけど、大多数は賛成してくれると思う。

「どうでもいいとか、ひどぉーいっ。コウヘイのバカ!」

 結ぶよう目を細めて大声を出すもんだから、一瞬僕はビクッとなった。
 なおざりにエルサをあしらったからなのか、エルサにしては珍しくしつこかった。

 その様子を見て話を続けてもいいのかオロオロしているテレーゼさんに、僕は頷いて促した。

 エルサがむっつりした顔で僕のことを見たけど、一々相手をしていたら話が進まないので、僕は頭を撫でてやり丸め込むことにした。

 すると、不思議とエルサが大人しくなる。

 女性は頭を触られるのを嫌がると聞いたことがあるけど、エルサたちには効果覿面てきめんだった。
 だから、本当に困ったときは、そうするようにしていた。

 テレーゼさんは、エルサが大人しくなったタイミングを見計らい、説明を再開した。

「……ええっと、私たちは、こちらのウラとロレスの女子三人のパーティーなんです。私が攻撃魔法士のロールをしているのですが、二人は剣士なんです」
「それで?」

 パーティーは、前衛と後衛がいれば形としては成り立つとエヴァに以前聞いていたから、テレーゼさんのその話を聞いただけでは、話の意図が掴めないため、僕は更に説明を求めた。

「それで、ダンジョン探索に制限があって……私たちは、その、カッパーランクなので――」

 テレーゼさんの声が尻すぼみに小さくなる。

「なるほど。条件をクリアするために他のパーティーと組むことにしたんだね?」
「はい、それで私たちとパーティーを組んでくれる人たちを探していたのですが、あの日、コウヘイ様に断られてしまったので、同じくその場にいたシルバーランクパーティー『荒ぶる剣』のリーダーであるバートさんに声を掛けられたんです。恐らく逃げていたのが、そのバートさん……バートだと思います」
「え?」

 テレーゼさんのその説明を聞き、記憶が蘇った。

 確か、エヴァのパーティー登録のために冒険者ギルドに行ったら、入口で囲まれたときの話だ。
 幾度となく勧誘の話をされたけど、「荒ぶる剣」というパーティー名を何となく覚えていたのだった。

 しかし、テレーゼさんたちのことは覚えていなかった。

「そうか、あのときの……」

 だから、僕は言葉尻を濁した。

「思い出してくれましたか?」
「う、うん、思い出したよ」

 ぎこちない返事と表情から、僕に忘れられていたことに気付いたのだろう。
 テレーゼさんの表情が暗くなった。

「ま、まあ、あれだけ囲まれれば、誰が誰だからわからないですもんね」

 よ、よかったー。

 テレーゼさん自らフォローを入れてくれたことで、僕はほっと胸を撫でおろす。

 しかし、安心したのも束の間――

「実はその後に二度ほど声を掛けているんですけどね……」

 視線を斜め下に流して切なげな表情のテレーゼさん。

 正直、このような女性の表情は苦手である。
 ごめん、と謝っても意味はないだろう。

 言葉を詰まらせたまま沈黙を通し、僕は話の続きを待った。

「ま、まあ仕方がないですよね。私たちなんて弱いし……そ、そうでした。『荒ぶる剣』のことでしたね」

 テレーゼさんは、無理にそうしたようにぎこちない笑みを浮かべ、話を戻した。

「え、ああ、誘われたからそのままパーティーを組むことにしたんだね?」
「そうなんです。本当はおじさんだし、嫌だなと思っていたんですが、元神官のルペルトさんがいて治癒魔法が使えると仰っていたので、合同でダンジョン探索することにしたんです」

 バートさんのことは一瞬しか見ていないし、涙と鼻水面で酷かったため年齢まではよくわからなかった。

 しかし、はっきり言うよね、と僕は苦笑いしながらも、気になるワードを尋ね返した。

「神官?」
「ああ、あいつだな。ほら、あそこに灰色の祭服を来た奴がいるだろ」

 それに反応したのはファビオさんで、その指差す方を見ると、イルマに治癒魔法を施されている地面に横たわった男が、灰色の祭服を着ていた。

「まあ、実際はヒールしか使えない、魔力量も大したことない、で散々だったけどな」

 ファビオさんの言いようは酷いものだったけど、「野に咲く花」の三人が力強く首を縦に振っていることから、本当のことなのだろう。

「でも、ヒールが使えるだけでも十分じゃない。治癒魔法は、単に詠唱できればいいって訳じゃないんだからさ」

 エヴァはファビオさんに恨みでもあるのだろうか。
 いつも何かと突っ掛かっている印象がある。

「まあ、そうなんだが……実際俺たちも、それ目当てだったしよう」
「俺たちも?」

 今のファビオさんの話しぶりから、たまたまここで出会ったという訳では無いように思える。 

 頭をかきながらファビオさんが事の経緯を詳しく説明してくれた。

「それは、この子らと同じだよ。ゴランがいるから大抵の怪我は、ポーション類で補えていたんだが、中層ともなると俺たちだけだと、ちときついからな」

 ファビオさんはゴールドランクのため、単独でダンジョン探索が許されている。

「そうよねー。オーガに負けるくらいだもんね」
「エヴァっ、おまっ、まだ言いやがるかー!」

 エヴァの余計な一言で、ファビオさんが掴みかかろうとしたのを僕が力ずくで抑え込む。
 やっぱり恨みがあるとしか思えない。

「お、おお、済まない」

 ファビオさんがカッとなり易いのは、お酒は関係なさそうだった。
 ただ、素面な分、僕に投げ飛ばされた記憶が蘇ったのか、冷静さを直ぐに取り戻してくれた。

「エヴァ、今は余計なこと言わないでもらっていいかな」
「はいはい、わかったわよ」

 ニヤニヤ顔で答えたエヴァを見ると、本当に理解しているのか疑問が残る。
 ただ、その様子から魔力消費の気だるさは、落ち着いたのだろう。
 そこには、いつもの不敵な笑みを浮かべたエヴァがいた。

「しかしだな、ここ最近一気に力が増してるからオーガなら余裕だぜ。だから、この面子ならミノタウロスが強くなっていようがいける気がしたんだよ。まあ、ダメでもひたすら魔獣を倒せばそのうちに、みたいなやつだぜ」

 ほう。

 自信満々に言ったファビオさんの様子を見て、僕は感心した。

 この人は、気付いている。
 この世界の仕組みに――

「まあ、結局駄目だったんだがな」

 ガハハハッと笑いながら、ファビオさんは、白い歯を見せた。

 丁度そのとき、倒れていた冒険者の二人が立ち上がったので、治療が終わったのだろう。

 イルマが手を振っているので、僕は了解の意味で右手を上げた。

「そうだったんですね。では、いつまでもここにいても仕方がないので、目的地の一〇階層へ行きましょうか」

 僕は、視線をイルマの方に向けたまま提案した。

「そうだな」

 ファビオさんも同意し、安全階層である一〇階層の方へと向かって行った。

 いつまでも、ここにいるとどこからか魔獣が寄って来る可能性があるため、治療が終わったのなら、もはやここに用はない。

 僕はイルマが戻ってくるのを待ち、イルマの頭を撫でてやった。

「ありがとう」

 最近のイルマは、ミラの真似なのかツインテールにしており、その金髪が揺れる。

「交換条件じゃからの、別に構わん」

 そう言いながらも、嬉しそうな少女の微笑みをする。

 本当によくわからない。

 イルマに治癒魔法を掛けてもらった、「荒ぶる剣」の二人が、僕にも感謝の言葉を述べたけど、まさか、僕に頭を撫でてもらうことの交換条件で怪我を治してもらったとは、予想だにしていないだろう。

 苦笑いをするのを堪えて僕は、その二人の感謝の言葉を受け取ったのだった。

 その様子を見ていたエルサの視線に気付いた僕は尋ねた。

「どうしたの?」

 と――

 ――――エルサは、普段と変わらない笑顔でコウヘイのことを見つめていた。

 何か言いたいことがあるのだろうかと、コウヘイが口を開いたとき。

 何もないゴツゴツした岩の洞窟の暗闇の中、魔導カンテラに照らさせたエルサの顔が、孤独の中に咲く一輪の野花のように美しい微笑みに変わった。

「コウヘイ、好きだよ――」

 それだけ言って、エルサはみなの後を追うように一〇階層の方へと駆け出して行った。

 腰に吊った魔導カンテラの魔石が唐突に割れて真っ暗闇と化し、コウヘイだけがその場にぽつんと独り、取り残されるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔力ゼロの出来損ない貴族、四大精霊王に溺愛される

日之影ソラ
ファンタジー
魔法使いの名門マスタローグ家の次男として生をうけたアスク。兄のように優れた才能を期待されたアスクには何もなかった。魔法使いとしての才能はおろか、誰もが持って生まれる魔力すらない。加えて感情も欠落していた彼は、両親から拒絶され別宅で一人暮らす。 そんなある日、アスクは一冊の不思議な本を見つけた。本に誘われた世界で四大精霊王と邂逅し、自らの才能と可能性を知る。そして精霊王の契約者となったアスクは感情も取り戻し、これまで自分を馬鹿にしてきた周囲を見返していく。 HOTランキング&ファンタジーランキング1位達成!!

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

悲恋を気取った侯爵夫人の末路

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。 順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。 悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──? カクヨムにも公開してます。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~

そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」 「何てことなの……」 「全く期待はずれだ」 私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。 このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。 そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。 だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。 そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。 そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど? 私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。 私は最高の仲間と最強を目指すから。

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

処理中です...