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第四章 試練と成長【ダンジョン探索編】

第07話 帝国を襲う未来

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 デミウルゴス神歴八四六年――七月二四日。

 ファンタズム大陸随一の国力を誇るサーデン帝国。
 その帝都と同じ名前を冠したサダラーン城――別名、帝国城――の謁見の間。
 沈黙と共に重たい空気の中、無下に時間だけが過ぎて行く。

 七日ほど前、死の砂漠谷での魔獣討伐戦の最中に勇者パーティーを含む救援部隊が、突如として現れたブラックドラゴン一体を相手に壊滅した。

 辛くもその襲撃から生き残ったマサヒロが、マジックウィンドウで帝都に報告をしたところ、すぐさま帰還するよう命令が下されたのであった。

 その命令の元、マサヒロだけではなく、盗賊シーフのギーネ、剣士のフェルと魔法士のイシアルの四人は、負傷者を他の生き残った騎士たちに任せ、一足先に帝都に帰投したのだった。

 そうしてその四人は、皇帝への報告を終え、そのアイトルの前に跪いた姿勢のまま、かれこれ五分以上が経過していた。

 報告の内容は、マジックウィンドウで事前に伝えていたものと同様であったため、途中で遮られることなくマサヒロは言い切れたのだが、その報告が終わっても尚、アイトルは無言を通し、口を中々開かなかった。

 謁見の間には、玉座に向かって敷かれた深紅の絨毯の上に勇者パーティーの四人が跪いたまま必死にその沈黙を耐えていた。

 アイトルの傍に控えた宰相であるヴェールターは当然のこと、玉座からその絨毯の右手側に整列している各騎士団長や将軍といった武官たちは、予め報告の内容を知らされていたのか、直立不動のまま身動ぎせず、ただただ皇帝が口を開くのを待っていた。

 そして、左手側に主だった文官たちが整列している訳だが、文官の中には知らされていない者の方が多かったようで、その表情から動揺の色が窺えた。

 ついに、その沈黙に耐えられなくなったマサヒロが、意を決して発言するために立ち上がろうとしたとき。

「勇者カズマサたちが目を覚ましたようだ」

 呟くようにアイトルが、今朝の知らせを告げた。

「え、先輩たちが!」

 マサヒロは、立ち上がろうと足に力を込めていたため、すくっと立ち上がり叫んだ。

 その様は、皇帝を前にして許されるものではなかったが、それを咎める者は誰もいなかった。
 むしろ、動揺していた文官たちも一緒になってそのことを喜ぶように、「おおー」と、小さくだがため息を漏らしていた。

「うむ、昨日の朝に勇者アオイが一足先に目覚め、その夜に彼女の治癒魔法で残りの二人も目を覚ましたようだ」
「そっか……よかった……」

 アイトルの説明を聞いたマサヒロは、左手で顔を覆うように摩り、安堵からふと微笑んだ。

「それでなんだが……」
「何でしょうか、陛下」

 普段はおちゃらけているマサヒロであったが、このときばかりは、勇者らしく真面目な表情に切り替え、背筋をピンと張り直立不動の姿勢でアイトルの話を聞く準備をした。

「やはり、聖女殿は今朝になってもパルジャには現れなかったようだ。同行した翼竜騎士団の騎士たちもまた然り」
「そ、それなら……」

 マサヒロが死の砂漠谷での出来事をパルジャから連絡したとき、聖女が向かっているからそれまで治癒魔法士をかき集め、負傷者の手当てに専念するように言われていた。

 しかし、待てど暮らせど聖女たちは、現れなかった。

 三日前、やっとのことで、ワイバーンに乗った騎士たちの姿を視認し、安心したマサヒロだったが、その翼竜騎士団の騎士たちは、マサヒロの報告を受けて新たに帝都を出立した騎士たちだったのである。

 その騎士たちの報告によるとトラウィス王国の平原に凄惨な破壊痕があったと言っていた。
 帝都に帰還する途中に、マサヒロたちもそこを通過して思ったことは、死の砂漠谷で襲ってきたブラックドラゴンのブレスの破壊痕に似ていたことだろう。

 実際は、全く別の魔法に因り生み出されたものであるが、その違いを彼らがわかる訳はなかった。

「誠か! では、やはりか……」

 マサヒロは、自分の予測を伝えたが、アイトルもそう予想していたようだった。

「はい、残念ながら俺たちが遭遇した黒いドラゴンに襲撃された可能性が高いと思います」

 マサヒロは悲痛な面持ちでそう告げた。
 アイトルは、また沈黙してしまう。

 ただ、事情を知らない文官たちは、驚きを隠せない様子でにわかにその場が騒がしくなった。

 そして、そのことの重大性にすぐ気付き、次第に静かになるに連れて、その表情が不安の色に再び染まっていった。

 謁見の間にいる人物でマサヒロ以外は、そのことの重大性を認識していた。

 聖女自らマルーン王国へ向かったとはいえ、一度サーデン帝国を経由しているため、その護衛義務はサーデン帝国に対して発生する。

 聖女が消息を絶って七日が経過し、その予定進路上に大規模魔法に因るものとおぼしき破壊痕があれば、誰だって聖女が死亡したと結論付けるだろう。

 聖女を死なせたということは、その義務を怠ったということになる。

 それはつまり、デミウルゴス神皇国に戦争を仕掛けたのと同義である。

 たかが一人の命と思うかもしれないが、されど人一人の命が失われたのだ。
 しかも、重さが違う。

 このファンタズム大陸に於いて、人の命は平等ではない。
 
 特に、デミウルゴス神皇国の聖女ともなれば、国一つを滅ぼすに値する重みがあった。
 それほど、聖女の存在は、かの国にとって偉大なのである。
 しかも、それは、デミウルゴス神皇国に限ったことではない。

 デミウルゴス神教は、創造神デミウルゴスを頂点とし、民の繁栄の基盤となる安寧と豊作の女神モーラ、困難に立ち向かうための愛と戦の女神ローラ、そして、モーラとローラを率いて民の希望となる英雄神テイラーからなる大陸最大宗教。

 その信徒は、その四柱よはしらを至高の神々と崇め、その教えに従って生活をしている。

 その教えを伝えるのが聖女の役割であった。

 それは、神託による一方的な手段だが、それが故、聖女がいないとお話にならない。

 更に、ヒューマンや亜人たちにとって脅威である魔族による襲撃などの危険をも知らせてくれる。
 その対応を神々がしてくれる訳ではないが、それを知るのと知らないのとでは雲泥の差がある。

 知らなければ対策を取れず、簡単に魔族に蹂躙されてしまう。
 それほど、ヒューマンたちは脆弱な生き物なのだ。

 しかも、聖女は神々からの指名制だというから驚きである。
 今代の聖女然り、その指名制によって戦争孤児のオフィーリアに扮していたオフェリアが選ばれた。

 事実は、魔人による茶番なのだが、誰がそんなことだと気付くだろうか。

 そして、次代の聖女を選定する前に聖女が死亡してしまったら、次の聖女になる者を誰が判断できようか。

 結果、聖女死亡の責めを、サーデン帝国が負わされるのは明白だった。

「やはり、止めるべきだったか……」

 アイトルは、護衛をもっとつけるつもりだったが、聖女のわがままのせいで、その準備が間に合わなかった。

 聖女は、治癒魔法だけではなく攻撃魔法も使用できるため、アイトルは、万一襲われても大丈夫だろうと考えたのだが、その考えが甘かった。

 今更そのことを悔やむも、完全にあとの祭りだった。

「陛下、それは仕方ありませんよ。聖女殿からああも押し切られては、誰が首を横に振れたでしょうか。それに幻想級のカラードラゴンに襲われるなど、誰も予想できません」

 アイトルの脇に控えていた宰相のヴェールターが擁護しつつも、

「こうなっては、今後のことを予測し行動する方が賢明かと思います」

 と、アイトルに覚悟を決めるようにと促した。

 結局、結果が重要で、色々な理由を述べても言い訳にしかならない。
 そもそも、デミウルゴス神皇国は、聞く耳を持たないだろう。

 本来であれば、勇者たちを赤子の手をひねるかのように一蹴したブラックドラゴンの存在が確認されたことだけでも、大陸に於いて歴史的重大事案なのだ。

 それは、古代遺跡に描かれていたり、どれほど前の物かわからない古代文献に記述されいる通り、まさに今回のブラックドラゴンがそれだった。

 大地を全て焼き尽くす力と人語を操る知性を持った真っ黒で巨大なドラゴン。
 それは、最早空想上の魔獣であるはずの幻想級魔獣――カラードラゴン。

 ヴェールターが言ったようにカラードラゴンは、伝説級魔獣の古竜の更に上であり、幻想級魔獣と言われている。

 閑話休題

 ブラックドラゴンは、サーデン帝国への脅威度が不明である。

 となると、確実に訪れる未来のことを優先して対策を講じるのが当然の選択だろう。

 聖女が亡くなった時点で、サーデン帝国はデミウルゴス神皇国から敵対宣言を受けることが確定的な状態に陥ったのである。

 大陸のために勇者召喚をした大国が、戦乱の渦に巻き込まれるのは遠くない確定未来だった。
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