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第三章 動乱と日常【魔族内乱編】

第12話 仲間との絆

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 道具屋テッドで、まさかの情報を仕入れたコウヘイは、ウキウキ顔で白猫亭への道を進んでいた。

 しかし、ミラはなんだか浮かない様子で、コウヘイの顔を覗き込むのだった――――

「あのーそんなに買って大丈夫なんですか?」

 隣を歩いていたミラが一歩前に出て心配そうに僕の顔を窺っていた。

「え、何のこと?」

 小銀貨一枚の下級マジックポーションを一〇〇個買って小金貨一枚、約一〇万円分くらいの他にも色々買ったので、小金貨を四枚ほど支払った。

 本来はそんなに買う予定は無かったけど、ついつい嬉しくなった僕は買いすぎてしまったのだった。
 それでも、購入した物全てが必需品であるため、然程気にしていない。

 もしかしたら、僕の大人買いに驚いているのだろうか。

「これはあって困るものではないし、殆どはイルマ用かな。エヴァの魔力量もそれほどではないみたいだから、長期戦の場合には必須だからね」
「あ、いえ、そうではなくてですね……」
「お金のことならなおさらだよ。無駄遣いはダメだけど、さっきも言ったように必要な物だし、魔獣討伐の報酬で少なくとも金貨四枚は行くと思うよ」
「え!」

 どっから出したのかと笑っちゃうくらい、ミラの驚き声にエッジが効いていた。
 更に、目一杯見開いた深紅の瞳の紅の部分が点になっていた。

「いやいや、そんなに驚かなくたっていいじゃん」
「え、いや、だって、金貨四枚ですよ! 四枚!」

 ミラは興奮状態で、その場で足を止めていた。

 確かに金貨四枚といったら、僕の認識で日本円に換算すると約四〇〇万円になる。
 ここファンタズムの物価は、日本のそれの八割くらいである。

 驚くのも無理はない。

 ただ、僕たちが討伐した数を考えれば驚くほどの数字ではない。
 むしろ、それだけの魔獣を討伐できたことが僥倖ぎょうこうなのである。

 魔獣異常万歳! 不謹慎かもしれないけど、それが僕の本心だった。

 最低金額のゴブリンで換算しても小銀貨一枚が千匹で、しかも報酬が二倍と言われていたので、一匹小銀貨二枚で、金貨二枚の計算だ。
 それにゴブリンジェネラル二頭の他に、ゴブリンシャーマン、更に金貨で取引されるホーンラビットを五匹も討伐しているのだ。

 気にせず全てを売却すれば、金貨の上の白金貨に十分手が届く計算なのである。

 そのことを丁寧にミラに説明してあげたら、

「は、は、はく、はく……」

 と、声にならないくらい動揺していて、その様が本当におかしかった。

 とは言うものの、ホーンラビットを売るつもりは全くない。

 あの味を知ってしまったら、売るなんてもったいないことをできる訳がない。
 しかも、精霊の樹海へは、バステウス連邦王国経由でしか行けないため、このご時世ではほぼ不可能なのである。

 あの転移魔法陣を起動できれば話は別だけど、空間魔法は失われた魔法の一種で謎が多い。
 見た目以上の大容量を収納出来る魔法袋が良い例で、それは遺跡からの出土品しか存在しない。

 僕が持っている魔法の鞄のように魔法の収納魔道具は、その魔法袋や過去の文献を研究して大衆化したもので、その性能は段違いに落ちる。

 過去には、異次元収納という無限に収納出来る魔法の伝承が残っているらしいけど、せいぜい魔道具として文献の魔法陣を刻印してその効果を付与するのが限界みたいだった。

 故に、空間魔法である転移魔法陣を僕たちだけで起動させるのは不可能だ。

 こんなことを言ったら怒られてしまうかもしれないけど、あんな気安い性格をしているニンナは、やっぱり精霊王なんだね、と僕は改めてその凄さを認識した。

 ミラが混乱から回復するのを待って、一旦白猫亭に戻ることにした。

 本当は、他にも装備とか色々見て回ろうかと考えたけど、僕の魔法の鞄には大した量を収納できないため大人しく帰ることにしたのだ。

 エルサたちが起きていれば、ミラの実験をしたあとに再び買い物に出かければいいし、起きていなければゆっくりするのも良いだろう。


――――――


 白猫亭に戻ってきたら三人とも朝食を取っている最中だった。
 まあ、時間帯的にブランチになっていたけど、その様子は暗かった。

「やっと起きたんだ。それにしても元気がないね」
「むむ、飲み過ぎたせいじゃよ」
「わたしもー」

 そう答えたのは、イルマとエルサで、エヴァは食欲が無いのか、俯いてキノコステーキを突いたりして持て余していた。

 どうやら二日酔いのようだ。

 それならヒールかキュアを唱えれば良いのに何故だ? と僕はその様子を眺めた。

 過去に一度だけだけど、それで二日酔いを治したことがあった。

 エヴァを警戒する必要もないし、そもそも初級魔法だからそれを唱える様子を見られても問題はないはずだけど、何か理由があるのだろうか。

 それにしてもその様子が本当に辛そうだったため、僕は助け舟を出す。

「え、じゃあこれ飲む?」

 僕は魔法の鞄から下級回復ポーションを三本取り出してテーブルの上に並べた。

「「「おお!」」」

 三人はそれを受け取るや否や、ビンの栓を抜き一気に飲み干した。

「ナイスじゃコウヘイ。このために買い物に行っていたのじゃな!」
「はー、生き返る―。ありがとう、コウヘイ」
「いやあ、助かるわ。あたしは治癒魔法使えないから困っていたのよ」

 三人が口々に僕へ感謝を述べ、エヴァの発言で二人とも気付いたようだ。

「ん?」
「え?」
「「ああー!」」

 この反応はもしかして……忘れていた?

「まさかとは思うけど、忘れていたわけじゃないよね?」

 僕がジト目で二人を見やると、二人とも物言わぬ貝となり、その様子から単純に忘れていただけだと理解した。

 いつも的確にあれこれ言うイルマも、このときばかりは残念少女にしか見えない。
 実年齢はさておき、あくまでも見た目だけの話だ。

「え、ちょっと待って、やっぱりイーちゃんは治癒魔法使えるの?」
「当然、イルマは補助魔法士だけど、光魔法が得意でエクストラヒールもお手の物。エルサだって、エクストラヒールは無理だけど、ヒールなら使えるよ。この僕だって使えるし」

 エヴァの質問に僕が答えると、エヴァは何とも面白い表情を浮かべて口をパクパクさせていた。

 まあ、呆れているんだろうね。
 治癒魔法の難易度は高いけど、ヒールなんて有名な魔法だし、忘れることの方が難しい。

「まあ、ここしばらく治癒魔法を使うことなんてなかったからその存在を忘れるのは仕方がないよ」

 フォローのつもりで言ったそれは、全く意味をなさなかった。

「何を言っているのよ、コウヘイ。そういう問題じゃないでしょ。もしかして、ゴブリンジェネラル相手にも回復無しで倒したとでもいうの!」

 見切り発車でそうは言ったものの、確かによく考えてみれば僕も自分で言ったくせに何を言っているのだろうかと、よくわからなかった。
 だから、その言い訳は、流石に通用しなかった。

「えっと、まあ……そうなる、かな?」

 あ、失敗した、と思いながら僕は頬をかきシドロモドロになりながら答えた。

 そのあとは、エヴァからこってりと絞られた。

 何故、怒られることになったかと言うと、パーティーで行動するときはそれぞれの役割が非常に重要らしい。

 昨晩は、お酒が入っていたため詳細を決めるまでには至らなかった。
 そのため、その続きとして急遽作戦会議となった。

 前衛のアタッカーは、エヴァ、タンクが僕。
 後衛のアタッカーは、エルサとミラで、補助兼回復役がイルマとなった。

 エヴァ曰く、魔力に余裕があるなら前衛の体力は常に満タンにすべきだと。
 それは、身体操作の基本は体力であり、体力が減っている状態では身体の動きが鈍くなるため、体力管理は非常に重要らしい。

 魔法攻撃の中心はやっぱりエルサだけど、魔力が減ってきたらショートボウとの併用をすべきだと指摘した。
 ミラの事情は伏せているため、カッパーランクの見習い魔法士的ポジションとなった。

 エヴァの話はもの凄くためになる説明ばかりで、隊列、陣形からヘイト管理まで多岐に渡った。

「ゴブリンジェネラル相手に回復無しで倒せる実力は正直凄いわね。凄すぎるくらいよ。でも、冒険者としての経験が無さすぎよ。そんな甘い考えだといずれ足元をすくわれるわよ。いいこと、このままで魔王討伐なんて絶対口が裂けても言っちゃダメよ」
「「「はい……」」」

 そのエヴァの言葉に、ミラ以外の僕たち三人は肩を落として項垂れた。

 魔獣相手なら向かうとこ敵なし! なんて思っていたけど、僕の考えが甘いことを思い知らされた。

「それにしても、エヴァに加入してもらって本当によかったね」
「そ、そうじゃな」

 僕は、反省しエヴァが加入してくれたことを感謝し、イルマもそれに同意した。
 イルマとしては、どこの馬とも知れぬ冒険者扱いして僕たちのパーティーに相応しいか天秤に掛けていたのに、まさか自分たちの方が無知だと思い知らされるとは考えてもいなかったのだろう。

 冒険者の経験で言ったら、イルマが一番長いはずなのに、そこらへんはどうなんだろう?

 ゴールドランクまで上がっている訳だから、エヴァが僕たちに説教した内容のことくらい当然知っていてもおかしくない……

 そんな考察は、エヴァの盛大なため息で中断させられた。

「はあー、本当は強いパーティーに寄生して楽でもしようと思ったのに、これじゃあ先が思いやられるわ」

 そのエヴァの言葉に僕たちは、何も言い返せなかった。

 やっぱり、僕たちに近付いてきた理由がちゃんとあった。
 きっと、イルマはそれを警戒していたと思うけど、こうもはっきりダメ出しされた後では、何も言い返せないようだった。

 ただ、魔王討伐の話を聞いてもエヴァは逃げなかったどころか、よりやる気を出していたし、その言葉はきっと本心じゃないだろう。
 本当にそう考えているとしたら、その本人たちがいる前で寄生するつもりだったなどと言うはずが無い。
 皮肉を込めた冗談の類だと思う。

 ふつうに考えて強い冒険者と組みたいと考えることは当たり前のことで、何も悪いことではないし、むしろそれくらいの打算があった方が信用できる。
 僕だって強い仲間がいた方が安心できる。

 エルサだって、僕に奴隷として購入され、魔力弁障害で僕と離れられない。
 イルマは、面白そうだからという軽い理由だけど、無条件じゃない。
 ミラなんて、むしろ僕が奉仕する必要があるくらいだ。

 そう考えると、みんなそれぞれの目的や利益があるから僕とパーティーを組んでいる訳だし、エヴァが裏で何を考えていようと構わない。

 これからじっくり仲を深め、そういった理屈抜きで僕と一緒にいてもらえるように僕が頑張ればいいだけだ。

 そう思った瞬間、気が軽くなった気がする。
 最近の僕は、結構前向きに考えられるようになった。

 それは、やっぱりエルサとイルマのおかげだろう。
 こうやって、内気な僕が少しずつだけど変われた。
 少しずつ本当の仲間と言い合える関係を築いていけば良いのだ。 

「そうだね。寄生できるくらいの凄いパーティーになってみせるよ!」

 だから、僕はエヴァの言い回しを真似てそう宣言した。
 それが本心だとしても全然気にしないよ、という意味を込めて。

「何言ってるのよ、もう」

 まさかの宣言に呆れたようにエヴァが嘆息し、みんなから笑い声が漏れた。

 陽がこれから高くなるという時間帯なのに、お酒を注文し、エヴァ加入の乾杯をやり直した。

 焦ることないんだ。

 こうやって少しずつ親睦を深めていこうじゃないか、と僕は知らないけど大人の世界を想像しながら、お酒の場の力というモノを借りることにした。

 ――――エヴァ加入により、コウヘイたちは戦略の重要性を知った。
 それでも、打倒魔王と胸を張って言うにはあまりにも力不足だった。

 既にドランマルヌスが魔族領から姿を消してはいるものの、それに取って代わったガブリエル。

 そして、オフェリアが暗躍しだした今――
 コウヘイたちは一刻も早くそれらの対策を講じなければならないところまで、知らず知らずのうちに追い込まれているのだった。
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