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第三章 動乱と日常【魔族内乱編】
第02話 動乱の種
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オフィーリアが聖女らしからぬ不敵な笑みを浮かべたのには、理由がある。
それは、前回、神託の内容を綾子たち勇者パーティーに告げるためにマルーン王国を訪れた八四〇年の夏が終わる九月頃の話。
神託の内容がまたもや魔獣災害が発生するといった内容で、それに対し、お調子者の美貴子が不満を漏らした。
「えー、また魔獣ですか? もう魔獣相手なら冒険者でも十分だと思うんですけど。むしろ、私もなおちゃんみたいに攻撃魔法や、あーちゃんみたいに治癒魔法を覚えたいんですけどー」
「なりません!」
美貴子の発言がオフィーリアの癇に触れたのか、清楚で可憐な印象を吹き飛ばすほどに厳しい拒否だった。
「え、え?」
それはもう、美貴子がたじろぐほどだった。
「魔獣だけの抵抗で済んでいるのは、あなたたちを魔族が恐れて襲ってこないだけです。でも、慢心は身を滅ぼしますよ。神がそうせよ、と言うように、勇者様たちは、そのようにしていれば良いのです」
勇者のおかげと言いながらも、一方的なその言い草に、綾子たち四人は圧倒された。
やはり聖女だから神を否定されたと思って怒っているのかな? と綾子は、珍しく興奮気味に話すオフィーリアを見てそんな感想を抱いた。
オフィーリアの説教じみた話は、まだまだ終わらなかった。
「話に聞いたところ、この前のトロール討伐戦で前衛であるミキコ様が崩れそうになった……とか」
剣士である美貴子が自身の身体強化魔法と、さなえからもそれを掛けてもらい、身体強化の重ね掛けをしたにも拘らず、トロールの攻撃に吹き飛ばされるという事態が発生した。
オフィーリアは、誰かから聞いたのか、そのことを知っていたのだ。
「他のことに手を出す前に、前衛としての役割に集中すべきかと思います」
その的を射た指摘に、美貴子だけではなく、他の三人も頷くことしかできなかった。
◆◆◆◆
オフィーリアの思わせ振りな発言によって綾子は、そんな前回の遣り取りを思い出した。
「みーちゃんが、あんなこと言ったから……」
さなえも綾子と同様に思い出したのか、ジト目で美貴子を見ながら文句を言った。
「あはは、ごめんごめん。まさか本当に来るとは思わなくってさ」
「べつに、ミキコ様が言ったからではないですよ。気にしないことです」
謝る美貴子に対し、その望み通りと言ったオフィーリアは、そんな風に気にするなと言った。
そうして中級魔族討伐のために綾子たち勇者パーティーは、城塞都市パルジャを越えて死の砂漠谷へと進軍することとなった。
◆◆◆◆
綾子は、砂埃を巻き上げながら殺到してくる下級魔族たちを眺め、そのオフィーリアの最後の表情を今更ながら思い出した。
まるで綾子たち四人をあざ笑ているような笑顔だったことを――
何か触れてはいけないものに触れてしまったのだろうか?
そう思いはじめると、走馬灯のように過去の記憶が綾子の頭を駆け巡った。
それは、マルーン王国の騎士たちから訓練を受けたときのこと。
――先ず初めに、基本である身体強化魔法を教わった。
そのあとは、聖女オフィーリアから貰った魔法書を元に、その専門家といわれる魔法士につきっきりで訓練を受けた。
それが、他の三人とは隔離されての訓練だった。
四人一緒に訓練できないものかと聞いたことがあったが、その度に、
「聖女オフィーリア様より集中させるために魔法書以外の魔法は禁じられております」
と、同じセリフを言うだけだった。
しかし、マルーン王国の騎士たちは、色々な魔法を使えた。
更に、冒険者との接触も最小限に管理されていたこと。
――好奇心旺盛な美貴子が上手いこと冒険者に話を聞くことに成功した。
その冒険者曰く、
「覚える魔法を制限されているのは、おかしい」
だとか、
「色々な魔法を訓練することで得意不得意がわかるから、色々な属性を試すべきだ」
などと、言っていたことを美貴子が他の三人に伝えた。
「やはりあの聖女はおかしい!」
過去の記憶から点と点が線となり、綾子は、ことさら魔法に関して情報が制限されていたことに気付いた。
しかし、それはあまりにも遅すぎた。
下級魔族が目前へと迫り、それぞれが放った魔法が綾子の視界を埋め尽くした。
あらゆる属性魔法の光を視界に捉え、綾子は覚悟を決めた。
しかし、その走馬灯が止まることはなかった。
オフィーリアは、世界でただ一人、人のスキルを読み取ることができる鑑定眼のスキル持ちだった。
それにより、綾子は治癒魔法士、奈保子は攻撃魔法士、美貴子は剣士、そして、さなえは補助魔法士にとって良いスキルがあるとオフィーリアが鑑定結果を伝え、その役割を与えた。
しかも、オフィーリアからそれっぽいスキルを伝えられたが、実際、綾子はいまいちピンときていなかた。
ただ、王国の魔法士たちから、
「流石は、勇者様たちのスキルだからできる魔法です」
と、口々に称賛を述べられるもんだから、そういうモノだと納得してしまった。
しかし、覚えていないはずというより、詠唱を唱えていないにも拘わらず、魔法障壁が発動し、ドーファンの魔晄刀を防げたことからその疑いは明らかだった。
私たちは騙されていたのね! と綾子は臍を噛んだ。
そして、最大の後悔は――
このファンタズムの世界に召喚されたことで目まぐるしく環境が変わったことで、最愛の弟のことをすっかり忘れてしまっていたことだった。
コーちゃん、ごめん……
こんなお姉ちゃんで、ごめん……
すると、
『諦めないよ。だって、僕は男だから』
綾子が諦めて目を閉じたそのとき、弟のセリフがふと綾子の頭をよぎった。
あれは、噂で聞き及んだことを、弟に問い詰めたときのことだった。
弟は、中々白状しなかったが、綾子のしつこい詰問にとうとう先輩たちから厳しいしごきを受けていることを白状した。
しかし、弟のことを気にかけてくれている人がいるらしく、心配しないでと言われた。
その人は先輩の女の子で、どうやら弟の想い人らしかった。
内気な弟にもついに春が来たかと、綾子は喜んだのを思い出した。
「私も諦めない!」
綾子はそう叫び、閉じた目をカッと見開き、最後の抵抗を試みる。
「ホーリーランス!」
綾子が魔法名を叫び、無数の光の槍が、綾子に殺到していた魔法と衝突し、轟音が鳴り響いた。
「やっぱり、詠唱なんて要らなかった!」
疑いながらも、オフィーリアから光魔法の威力向上スキルがあると言われていたことを信じ、光魔法の攻撃魔法であるホーリーランスを唱えた。
それは、今まで使い慣れていた魔法だということもあった。
「まだよ! ホーリーランス!」
綾子は、すかさず二度目の攻撃を行った。
まさか綾子が攻撃してくると思わなかったのか、詠唱後の完全に無防備となった魔族たちの腹を、次々とその槍が穿っていった。
「それなら……」
残りの魔力が心もとない。
急ぎマッジクポーションの瓶の蓋を口で噛み開け、そのまま喉に流し込む。
「なおちゃん、力を貸して! フィールドディストラクション」
これは、奈保子がゲームの魔法とファンタズムの魔法を比較して綾子に教えた大魔法。
その名の通り、目の前の物を全て破壊するという魔法らしかった。
「ゲームみたいに強力な広域殲滅魔法があれば楽なのに」
と、愚痴をこぼしていたのだった。
目の前がぱっと明るく光ったのも束の間、その光が集束しビー玉くらいまで小さくなった、その瞬間。
目を開けていられないほどの光量と、耳を塞いでも腹に響く轟音を轟かせて爆発した。
「あ、はは……やった、かな……」
もうもうと立ち込めていた煙が段々と晴れ、次第にその惨状が明らかになる。
その凄まじい威力に目の前の魔族だけではなく、地に伏していた仲間たちの亡骸も吹き飛ばしてしまったようだった。
目の前には、綾子以外誰も立っているものはいなかった。
襲い掛かってきた下級魔族たちも。
生き残っていた数百の魔獣たちも。
あの中級魔族ドーファンさえも。
呻き声すら上げず全て絶命し、立ち上がってくることもなかった。
「やった、生き残った! みんな、仇を討ったよ!」
綾子は、生き残れたことの安堵、みんなの仇を討てたことで胸の奥が清々しくなるのを感じた。
「でも……」
直ぐに、一人ぼっちの状況に気付き、茫然としてしまう。
「みんながいないと意味ないじゃん! なおちゃん、みーちゃん、さなたん……」
一人項垂れ呟いた綾子に、無情にも返答があった。
「安心しろ、すぐ同じ場所へ送ってやる」
「なっ!」
声がする方を振り向くと、綾子の真後ろにドーファンが立っていた。
この砂漠に似つかわしくない、派手で真っ赤な襟を立てたサーコートはいたるところが破れ、真っ黒な軽装鎧は、肩の部分が破損しており、ボロボロの状態だった。
その様子からあの攻撃が当たったのは明らかだった。
「な、なんで……」
「何で? まあ、一瞬肝を冷やしたが、インターミディエイトたるこのドーファンがあれしきの攻撃魔法でくたばるとでも思ったか!」
今度こそ終わりだった。
ドーファンが振り下ろす魔晄刀を前にして、同じように魔法障壁を発生させようとして、できなかった。
魔力が足りなかった。
上段から一太刀され、綾子の胸は割かれ、噴き出した鮮血がドーファンの黒鎧をも真っ赤に染め上げた。
綾子が、この地に似つかわしくないと思っていた真っ赤となった。
「ふんっ、ヒューマンごときが手間取らせおって。ふむ……これはオフェリア様に進言でもしておくかな。次の勇者召喚のときには、全員全く違う職業へとしてもらおう。うん、我ながらナイスアイディアだ」
ドーファンは、ひとしきり頷いてから、背中から漆黒の翼を生やし、魔族領域の方へと空高く舞い上がり、そのまま姿を消した。
「お、オフェリア?」
息も絶え絶えの中、綾子はその名を聞いた。
「勇者召喚……」
それで、オフェリアが聖女オフィーリアを指していることに気付いた。
しかし、気付くのが遅すぎた。
仲間は全員死亡し、当の綾子ですら虫の息だった。
「許さない……絶対に、ゆる、さ……ない」
綾子は、視界がぼやけ、光を失い、奈落の底よりも深い闇へと落ちていくのを感じたのだった。
それは、前回、神託の内容を綾子たち勇者パーティーに告げるためにマルーン王国を訪れた八四〇年の夏が終わる九月頃の話。
神託の内容がまたもや魔獣災害が発生するといった内容で、それに対し、お調子者の美貴子が不満を漏らした。
「えー、また魔獣ですか? もう魔獣相手なら冒険者でも十分だと思うんですけど。むしろ、私もなおちゃんみたいに攻撃魔法や、あーちゃんみたいに治癒魔法を覚えたいんですけどー」
「なりません!」
美貴子の発言がオフィーリアの癇に触れたのか、清楚で可憐な印象を吹き飛ばすほどに厳しい拒否だった。
「え、え?」
それはもう、美貴子がたじろぐほどだった。
「魔獣だけの抵抗で済んでいるのは、あなたたちを魔族が恐れて襲ってこないだけです。でも、慢心は身を滅ぼしますよ。神がそうせよ、と言うように、勇者様たちは、そのようにしていれば良いのです」
勇者のおかげと言いながらも、一方的なその言い草に、綾子たち四人は圧倒された。
やはり聖女だから神を否定されたと思って怒っているのかな? と綾子は、珍しく興奮気味に話すオフィーリアを見てそんな感想を抱いた。
オフィーリアの説教じみた話は、まだまだ終わらなかった。
「話に聞いたところ、この前のトロール討伐戦で前衛であるミキコ様が崩れそうになった……とか」
剣士である美貴子が自身の身体強化魔法と、さなえからもそれを掛けてもらい、身体強化の重ね掛けをしたにも拘らず、トロールの攻撃に吹き飛ばされるという事態が発生した。
オフィーリアは、誰かから聞いたのか、そのことを知っていたのだ。
「他のことに手を出す前に、前衛としての役割に集中すべきかと思います」
その的を射た指摘に、美貴子だけではなく、他の三人も頷くことしかできなかった。
◆◆◆◆
オフィーリアの思わせ振りな発言によって綾子は、そんな前回の遣り取りを思い出した。
「みーちゃんが、あんなこと言ったから……」
さなえも綾子と同様に思い出したのか、ジト目で美貴子を見ながら文句を言った。
「あはは、ごめんごめん。まさか本当に来るとは思わなくってさ」
「べつに、ミキコ様が言ったからではないですよ。気にしないことです」
謝る美貴子に対し、その望み通りと言ったオフィーリアは、そんな風に気にするなと言った。
そうして中級魔族討伐のために綾子たち勇者パーティーは、城塞都市パルジャを越えて死の砂漠谷へと進軍することとなった。
◆◆◆◆
綾子は、砂埃を巻き上げながら殺到してくる下級魔族たちを眺め、そのオフィーリアの最後の表情を今更ながら思い出した。
まるで綾子たち四人をあざ笑ているような笑顔だったことを――
何か触れてはいけないものに触れてしまったのだろうか?
そう思いはじめると、走馬灯のように過去の記憶が綾子の頭を駆け巡った。
それは、マルーン王国の騎士たちから訓練を受けたときのこと。
――先ず初めに、基本である身体強化魔法を教わった。
そのあとは、聖女オフィーリアから貰った魔法書を元に、その専門家といわれる魔法士につきっきりで訓練を受けた。
それが、他の三人とは隔離されての訓練だった。
四人一緒に訓練できないものかと聞いたことがあったが、その度に、
「聖女オフィーリア様より集中させるために魔法書以外の魔法は禁じられております」
と、同じセリフを言うだけだった。
しかし、マルーン王国の騎士たちは、色々な魔法を使えた。
更に、冒険者との接触も最小限に管理されていたこと。
――好奇心旺盛な美貴子が上手いこと冒険者に話を聞くことに成功した。
その冒険者曰く、
「覚える魔法を制限されているのは、おかしい」
だとか、
「色々な魔法を訓練することで得意不得意がわかるから、色々な属性を試すべきだ」
などと、言っていたことを美貴子が他の三人に伝えた。
「やはりあの聖女はおかしい!」
過去の記憶から点と点が線となり、綾子は、ことさら魔法に関して情報が制限されていたことに気付いた。
しかし、それはあまりにも遅すぎた。
下級魔族が目前へと迫り、それぞれが放った魔法が綾子の視界を埋め尽くした。
あらゆる属性魔法の光を視界に捉え、綾子は覚悟を決めた。
しかし、その走馬灯が止まることはなかった。
オフィーリアは、世界でただ一人、人のスキルを読み取ることができる鑑定眼のスキル持ちだった。
それにより、綾子は治癒魔法士、奈保子は攻撃魔法士、美貴子は剣士、そして、さなえは補助魔法士にとって良いスキルがあるとオフィーリアが鑑定結果を伝え、その役割を与えた。
しかも、オフィーリアからそれっぽいスキルを伝えられたが、実際、綾子はいまいちピンときていなかた。
ただ、王国の魔法士たちから、
「流石は、勇者様たちのスキルだからできる魔法です」
と、口々に称賛を述べられるもんだから、そういうモノだと納得してしまった。
しかし、覚えていないはずというより、詠唱を唱えていないにも拘わらず、魔法障壁が発動し、ドーファンの魔晄刀を防げたことからその疑いは明らかだった。
私たちは騙されていたのね! と綾子は臍を噛んだ。
そして、最大の後悔は――
このファンタズムの世界に召喚されたことで目まぐるしく環境が変わったことで、最愛の弟のことをすっかり忘れてしまっていたことだった。
コーちゃん、ごめん……
こんなお姉ちゃんで、ごめん……
すると、
『諦めないよ。だって、僕は男だから』
綾子が諦めて目を閉じたそのとき、弟のセリフがふと綾子の頭をよぎった。
あれは、噂で聞き及んだことを、弟に問い詰めたときのことだった。
弟は、中々白状しなかったが、綾子のしつこい詰問にとうとう先輩たちから厳しいしごきを受けていることを白状した。
しかし、弟のことを気にかけてくれている人がいるらしく、心配しないでと言われた。
その人は先輩の女の子で、どうやら弟の想い人らしかった。
内気な弟にもついに春が来たかと、綾子は喜んだのを思い出した。
「私も諦めない!」
綾子はそう叫び、閉じた目をカッと見開き、最後の抵抗を試みる。
「ホーリーランス!」
綾子が魔法名を叫び、無数の光の槍が、綾子に殺到していた魔法と衝突し、轟音が鳴り響いた。
「やっぱり、詠唱なんて要らなかった!」
疑いながらも、オフィーリアから光魔法の威力向上スキルがあると言われていたことを信じ、光魔法の攻撃魔法であるホーリーランスを唱えた。
それは、今まで使い慣れていた魔法だということもあった。
「まだよ! ホーリーランス!」
綾子は、すかさず二度目の攻撃を行った。
まさか綾子が攻撃してくると思わなかったのか、詠唱後の完全に無防備となった魔族たちの腹を、次々とその槍が穿っていった。
「それなら……」
残りの魔力が心もとない。
急ぎマッジクポーションの瓶の蓋を口で噛み開け、そのまま喉に流し込む。
「なおちゃん、力を貸して! フィールドディストラクション」
これは、奈保子がゲームの魔法とファンタズムの魔法を比較して綾子に教えた大魔法。
その名の通り、目の前の物を全て破壊するという魔法らしかった。
「ゲームみたいに強力な広域殲滅魔法があれば楽なのに」
と、愚痴をこぼしていたのだった。
目の前がぱっと明るく光ったのも束の間、その光が集束しビー玉くらいまで小さくなった、その瞬間。
目を開けていられないほどの光量と、耳を塞いでも腹に響く轟音を轟かせて爆発した。
「あ、はは……やった、かな……」
もうもうと立ち込めていた煙が段々と晴れ、次第にその惨状が明らかになる。
その凄まじい威力に目の前の魔族だけではなく、地に伏していた仲間たちの亡骸も吹き飛ばしてしまったようだった。
目の前には、綾子以外誰も立っているものはいなかった。
襲い掛かってきた下級魔族たちも。
生き残っていた数百の魔獣たちも。
あの中級魔族ドーファンさえも。
呻き声すら上げず全て絶命し、立ち上がってくることもなかった。
「やった、生き残った! みんな、仇を討ったよ!」
綾子は、生き残れたことの安堵、みんなの仇を討てたことで胸の奥が清々しくなるのを感じた。
「でも……」
直ぐに、一人ぼっちの状況に気付き、茫然としてしまう。
「みんながいないと意味ないじゃん! なおちゃん、みーちゃん、さなたん……」
一人項垂れ呟いた綾子に、無情にも返答があった。
「安心しろ、すぐ同じ場所へ送ってやる」
「なっ!」
声がする方を振り向くと、綾子の真後ろにドーファンが立っていた。
この砂漠に似つかわしくない、派手で真っ赤な襟を立てたサーコートはいたるところが破れ、真っ黒な軽装鎧は、肩の部分が破損しており、ボロボロの状態だった。
その様子からあの攻撃が当たったのは明らかだった。
「な、なんで……」
「何で? まあ、一瞬肝を冷やしたが、インターミディエイトたるこのドーファンがあれしきの攻撃魔法でくたばるとでも思ったか!」
今度こそ終わりだった。
ドーファンが振り下ろす魔晄刀を前にして、同じように魔法障壁を発生させようとして、できなかった。
魔力が足りなかった。
上段から一太刀され、綾子の胸は割かれ、噴き出した鮮血がドーファンの黒鎧をも真っ赤に染め上げた。
綾子が、この地に似つかわしくないと思っていた真っ赤となった。
「ふんっ、ヒューマンごときが手間取らせおって。ふむ……これはオフェリア様に進言でもしておくかな。次の勇者召喚のときには、全員全く違う職業へとしてもらおう。うん、我ながらナイスアイディアだ」
ドーファンは、ひとしきり頷いてから、背中から漆黒の翼を生やし、魔族領域の方へと空高く舞い上がり、そのまま姿を消した。
「お、オフェリア?」
息も絶え絶えの中、綾子はその名を聞いた。
「勇者召喚……」
それで、オフェリアが聖女オフィーリアを指していることに気付いた。
しかし、気付くのが遅すぎた。
仲間は全員死亡し、当の綾子ですら虫の息だった。
「許さない……絶対に、ゆる、さ……ない」
綾子は、視界がぼやけ、光を失い、奈落の底よりも深い闇へと落ちていくのを感じたのだった。
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