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第二章 遭遇【精霊の樹海編】
第09話 コウヘイの想い
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未だにエルサの感触に慣れず興奮して眠れなかったコウヘイは、こっそりとベッドから這い出て、一階の酒場で寝酒と称してエールを二杯ほど飲んでいた。
夜の一二時をとうに過ぎていたが、数組の冒険者たちが宴会を続けていた。
冒険者の朝は早いが、魔獣異常のせいで低ランク冒険者のダンジョン探索が禁止されている現在、彼らはやることがなく、酒に興じる外なかった――
「二人を相手したあとも寝られないなんて、若い……」
カウンター越しからエールを出してくれたスーさんが、そんなセリフを吐きながらくすりと笑った。
その白銀の瞳からよどみは消えていたので、正常? な状態なのだろう。
それでも、そうやってからかってきたため、そういう関係ではないと否定することを忘れない。
白猫亭の店主であるフーエイさんのことを色々と聞きたかったけど、酔いが回ってきたせいか睡魔に襲われ、一言二言適当に相手をして二階に戻った。
そして、いつしか落ちた眠りの中で僕は、夢を見ていた。
◆◆◆◆
高校の柔道場に大の字に寝転んだ僕の隣で、体育座りをした葵先輩がタオルと飲み物を持って、僕を覗き込んでいた。
そちらを向くと、僕の額を伝うように玉の汗が流れた。
これは、あのときだ。
それは、ファンタズムに召喚される前の出来事。
いつものように内村主将たち先輩から寝技の練習と称して、執拗に関節技を決められたあとに、一人居残り練習をしていた。
「どうして抵抗しないの? あんなことまできみがやる必要ないと思うんだけど」
葵先輩は、タオルで僕の額の汗を拭ってくれたあとに、飲み物を渡してくれた。
「いつも、ありがとうございます」
息が未だ整わず、クタクタの身体をなんとか起こし、飲み物を受け取ってから、心配そうに顔を歪めている葵先輩に、当たり障りのない言葉で返した。
しかし、その答えでは納得がいかないのか、僕から視線を逸らさない葵先輩のその双眸は、真剣でとても澄んでいた。
「わかっています。でも、抵抗したところで、より多くの雑用をやらされるだけですから。それならさっさと終わらせて練習する時間を確保したいんです。悔しいことに先輩たちの方が僕より強いですから……」
僕は、半ば諦めのような言葉を吐いた。
事実、抵抗したからといってその対象が他へ向かう訳では無い。
当初六人いた一年生は、既に僕しか残っていない。
一度は、二年生の青山先輩が僕のことを庇ってくれたけど、
『それじゃあ、おまえが代わりに受けてくれるのか?』
という、高宮副主将の言葉にあっさり知らんぷりである。
そんな感じで、他の二年生だけではなく、三年生の先輩たちも見て見ぬふりを貫き通した。
触らぬ神に祟りなし、というやつだと思う。
そんな中、葵先輩だけ一人が、こうやって僕のことを気に掛けてくれていた。
「だから決めたんです。練習して先輩たちより強くなれたら言い返そうかなと。くだらないかもしれませんけど、僕なりにこの意地だけは通したいんです」
僕は、背伸びをしてそう言った。
もし、僕の方が強くなったとしても、内気な僕は、決して言い返すことはない。
それでも、僕の想い人である葵先輩の前でカッコつけた。
「そうだったんだ……直接的に何かできる訳じゃないけど、私にできることなら協力させてね」
「あ、はい。でも、十分助かっていますよ」
葵先輩としては、可哀そうな年下の男の子を心配してそう接してくれていたのだろうけど、そうやって、気にかけてくれる葵先輩に僕は、救われていた。
叶うことのない恋心だということは、わかっていた。
それでも僕は、葵先輩への想いを抱き続けていた。
「あ、そうだ。それなら私で寝技の練習でもしてみない?」
「えっ、いや大丈夫ですよ。ほら、汗臭いですし汚れちゃいますよ」
「ジャージだから気にしなくて大丈夫よ。あっ、でも、痛くしないでよね。あくまでも型の練習というかさ」
照れて遠慮した僕などお構いなしに、葵先輩は、身体を密着させてきた。
◆◆◆◆
まだ見慣れぬ白猫亭の天井が視界に入り、先程のアレが夢であることに気付いた。
「夢……か」
あのときの葵先輩からほのかに香ってきたシャンプーの香りと、あの柔らかい感触を今でも覚えている。
そしてそれが、先輩と後輩として無邪気に過ごした最後の記憶だった。
僕が目を覚まし、身を起こしたときには、まだ夜は明けていなかった。
既に酔いは覚めていた。
ただ、喉がカラカラに乾いていた。
ベッド脇の棚に手をのばし、水差しの水をかわいた喉に一気に流し込み、水差しがからっぽになった。
窓の外から月の光がかすかに差し込んできており、それをふと見上げた僕の目尻から、突然一滴の涙が流れた。
「全く僕は……」
それを腕で強引に拭った僕は、転じて机の上の乱雑に置かれた紙へと目をやる。
寝る前に、明日の作戦やパーティー名を考えるために沢山の紙を無駄にした。
「明日からが正念場だ。早く力を付けて葵先輩を迎えに行かないと」
黒猫亭での葵先輩の言葉が頭から離れない。
あんなに優しかった葵先輩の僕を否定する言葉が、僕の胸に深く突き刺さったまま抜けないでいた。
僕は、隣で気持ちよさそうに眠っているエルサの月の光で輝いている白銀の髪を撫でながら、
「きっと、僕が望めば拒まないんだろうね。でも、やっぱり僕は、葵先輩とのことをはっきりさせたい。自分勝手かもしれないけど、それまで待ってほしい」
と、眠っているエルサに語り掛けた。
葵先輩は、僕のことをそういう気持ちで優しく接していたのではないことを、重々承知しているつもりだけど、僕はこの気持ちを伝えたい。
その決着をつける前に、欲望のままにエルサと関係を持つことは間違っている。
そもそも葵先輩が駄目だからエルサへというのは、かなり男として最低だ。
それでも、そればかりは、僕にどうしようもできない。
エルサは、それだけ魅力的な女性なのだから。
僕は、もうひと眠りするために、ベッドに潜り込んで無理やり瞼を閉じた。
――――このファンタズムの世界は、戦争や魔獣被害により、種族存続のために平民であっても複数の妻を娶ることが常識である。
単にそれは、平民にそれだけ養う財がないだけで珍しく見かけないだけだった。
ただ、日本で育ったコウヘイは、それに気付くはずもなかった。
――――――
夜が明けて、コウヘイが目を覚ましたころには、エルサとイルマの姿は、部屋になかった――――
ベッドから起き上がり、机の上に書き置きがあることに気が付いた。
どうやら、先に朝食を済ませたから、冒険者ギルドでパーティー申請して待ってるとのことだった。
僕を置いて行くなんて酷いと思ったけど、スマフォで時間を確認してみると、九時を回っており、僕が寝坊したようだった。
急ぎ身支度を整えた僕は、朝食のキノコサラダ、キノコスープとキノコステーキをかき込み、冒険者ギルドへ走って向かった。
「あー、ごめんごめん。待ったかな?」
冒険者ギルドに入ると、受付カウンターにアリエッタさんと話をしているエルサとイルマを見つけたので、近寄ってそう声を掛けた。
「大丈夫だよーわたしのせいで眠れなかったんでしょ?」
どうしたんだろう?
エルサの顔がほんのりと赤く染まっているような気がするけど、褐色の肌なため気のせいかもしれない。
「え? いや、そんなことないけど」
「そう、ならいいんだけど」
ちょっと気になるけど、今はパーティー登録を済ませるべく、そのことは思考の片隅へと追いやった。
「あ、うん。それでパーティー登録はできたの?」
「うむ、あとはコウヘイの冒険者カードに登録して完了じゃ」
イルマがそう教えてくれて、アリエッタさんが声を掛けてきた。
「コウヘイさん、おはようございます。早速ですが、冒険者カードをいただけますか?」
「あ、おはようございます、アリエッタさん。はい、お願いします」
僕から冒険者カードを受け取り、アリエッタさんは、奥の方へ姿を消した。
その数分後、作業が終わったのか、アリエッタさんが戻って来た。
「はい、これでパーティー登録完了ですね。デビルスレイヤーズのみなさん、おめでとうございます」
「……そっちにしたんだ」
アリエッタさんが小さく拍手して祝ってくれたけど、僕はそれに反応できなかった。
魔王打倒を目指すということで、デビルスレイヤーズ、安直にして傲岸不遜な名前。
その他にも、魔法を極める意味でマジックマスターズや他にも考えたけど、僕は決めきれず、最終決定を二人に任せていた。
「名前負けしなければいいんだけど……」
「それはこれからじゃよ。もはや、後には引けん。精々頑張るのじゃ」
「いや、そうだけど、何かイルマは、他人事じゃないかな」
「いいじゃん、いいじゃん。みんなで頑張ろうよー」
そうして、僕たちは、シルバーランクパーティーのデビルスレイヤーズとして活動を開始することになった。
「それではみなさん、先ずはシルバーランクの依頼として五階層までの探索をお願いしますね。そこで討伐した魔獣の魔石や素材は、当然、通常より高値で引き取りますが、魔獣の状況をよく観察して報告をお願いします」
「はい、任せてください」
「あ、それと、ガーディアンズのみなさんにも同じ依頼をすることになったので、あとで情報交換をしたら良いかと思いますよ」
アリエッタさんが思い出したようにそう付け加えた。
「え、そうなんですか?」
「ええ、別にコウヘイさんたちの腕を疑っている訳では無いのですが、ここテレサは、ダンジョン発見で急激に発展した町ですので、そのダンジョンが危険すぎるとテレサの死活問題となってしまうので……」
考えてみれば当然である。
テレサきっての冒険者が逃げ帰ったままでは、誰も安心してダンジョン探索などできるはずもない。
そもそも、ダンジョンとは危険な場所という前提ではあるけど、死の危険を冒してまで探索をする冒険者はいない。
生きていくために必要な最低限の魔石と素材を集められれば、それで十分なのである。
ダンジョンといっても、ゲームみたいに宝箱があったりする訳ではなく、単純に平原で出会う魔獣より魔石や素材の質が良かったり、鉱山資源がついでに採掘できる程度。
狭い場所での戦闘となるため、注意さえすれば、多くの魔獣に対して個別撃破ができて効率が良い狩場というのが、この世界のダンジョンの認識らしい。
「ああ、そうですよね。わかりました。あとで話を聞いてみることにします。それでは、僕たちはこれから行ってきますね」
「はい、くれぐれも気を付けてくださいね」
アリエッタさんとそんな挨拶を交わし、冒険者ギルドを出た。
治癒ポーションなどの準備は、昨日、白猫亭を確保したあとの夕食までの空き時間で済ませていたため、そのままダンジョンへ向かうことにした。
そうして、昨日見た夢を思い出し僕は、拳に力を入れ硬く握る。
葵先輩、待っていてください。
「よし、出発だ!」
誰へとも関係なく掛け声を上げ、目的地のダンジョンへ向かうのであった。
――――コウヘイは、アオイに見合う男になるべく奮闘し、エルサは、それを支えながらコウヘイのことをただただ待つことを決めた。
イルマは、傍観を決め込むのだが……
こうして、コウヘイたちの新たな冒険の幕が開くのだった。
夜の一二時をとうに過ぎていたが、数組の冒険者たちが宴会を続けていた。
冒険者の朝は早いが、魔獣異常のせいで低ランク冒険者のダンジョン探索が禁止されている現在、彼らはやることがなく、酒に興じる外なかった――
「二人を相手したあとも寝られないなんて、若い……」
カウンター越しからエールを出してくれたスーさんが、そんなセリフを吐きながらくすりと笑った。
その白銀の瞳からよどみは消えていたので、正常? な状態なのだろう。
それでも、そうやってからかってきたため、そういう関係ではないと否定することを忘れない。
白猫亭の店主であるフーエイさんのことを色々と聞きたかったけど、酔いが回ってきたせいか睡魔に襲われ、一言二言適当に相手をして二階に戻った。
そして、いつしか落ちた眠りの中で僕は、夢を見ていた。
◆◆◆◆
高校の柔道場に大の字に寝転んだ僕の隣で、体育座りをした葵先輩がタオルと飲み物を持って、僕を覗き込んでいた。
そちらを向くと、僕の額を伝うように玉の汗が流れた。
これは、あのときだ。
それは、ファンタズムに召喚される前の出来事。
いつものように内村主将たち先輩から寝技の練習と称して、執拗に関節技を決められたあとに、一人居残り練習をしていた。
「どうして抵抗しないの? あんなことまできみがやる必要ないと思うんだけど」
葵先輩は、タオルで僕の額の汗を拭ってくれたあとに、飲み物を渡してくれた。
「いつも、ありがとうございます」
息が未だ整わず、クタクタの身体をなんとか起こし、飲み物を受け取ってから、心配そうに顔を歪めている葵先輩に、当たり障りのない言葉で返した。
しかし、その答えでは納得がいかないのか、僕から視線を逸らさない葵先輩のその双眸は、真剣でとても澄んでいた。
「わかっています。でも、抵抗したところで、より多くの雑用をやらされるだけですから。それならさっさと終わらせて練習する時間を確保したいんです。悔しいことに先輩たちの方が僕より強いですから……」
僕は、半ば諦めのような言葉を吐いた。
事実、抵抗したからといってその対象が他へ向かう訳では無い。
当初六人いた一年生は、既に僕しか残っていない。
一度は、二年生の青山先輩が僕のことを庇ってくれたけど、
『それじゃあ、おまえが代わりに受けてくれるのか?』
という、高宮副主将の言葉にあっさり知らんぷりである。
そんな感じで、他の二年生だけではなく、三年生の先輩たちも見て見ぬふりを貫き通した。
触らぬ神に祟りなし、というやつだと思う。
そんな中、葵先輩だけ一人が、こうやって僕のことを気に掛けてくれていた。
「だから決めたんです。練習して先輩たちより強くなれたら言い返そうかなと。くだらないかもしれませんけど、僕なりにこの意地だけは通したいんです」
僕は、背伸びをしてそう言った。
もし、僕の方が強くなったとしても、内気な僕は、決して言い返すことはない。
それでも、僕の想い人である葵先輩の前でカッコつけた。
「そうだったんだ……直接的に何かできる訳じゃないけど、私にできることなら協力させてね」
「あ、はい。でも、十分助かっていますよ」
葵先輩としては、可哀そうな年下の男の子を心配してそう接してくれていたのだろうけど、そうやって、気にかけてくれる葵先輩に僕は、救われていた。
叶うことのない恋心だということは、わかっていた。
それでも僕は、葵先輩への想いを抱き続けていた。
「あ、そうだ。それなら私で寝技の練習でもしてみない?」
「えっ、いや大丈夫ですよ。ほら、汗臭いですし汚れちゃいますよ」
「ジャージだから気にしなくて大丈夫よ。あっ、でも、痛くしないでよね。あくまでも型の練習というかさ」
照れて遠慮した僕などお構いなしに、葵先輩は、身体を密着させてきた。
◆◆◆◆
まだ見慣れぬ白猫亭の天井が視界に入り、先程のアレが夢であることに気付いた。
「夢……か」
あのときの葵先輩からほのかに香ってきたシャンプーの香りと、あの柔らかい感触を今でも覚えている。
そしてそれが、先輩と後輩として無邪気に過ごした最後の記憶だった。
僕が目を覚まし、身を起こしたときには、まだ夜は明けていなかった。
既に酔いは覚めていた。
ただ、喉がカラカラに乾いていた。
ベッド脇の棚に手をのばし、水差しの水をかわいた喉に一気に流し込み、水差しがからっぽになった。
窓の外から月の光がかすかに差し込んできており、それをふと見上げた僕の目尻から、突然一滴の涙が流れた。
「全く僕は……」
それを腕で強引に拭った僕は、転じて机の上の乱雑に置かれた紙へと目をやる。
寝る前に、明日の作戦やパーティー名を考えるために沢山の紙を無駄にした。
「明日からが正念場だ。早く力を付けて葵先輩を迎えに行かないと」
黒猫亭での葵先輩の言葉が頭から離れない。
あんなに優しかった葵先輩の僕を否定する言葉が、僕の胸に深く突き刺さったまま抜けないでいた。
僕は、隣で気持ちよさそうに眠っているエルサの月の光で輝いている白銀の髪を撫でながら、
「きっと、僕が望めば拒まないんだろうね。でも、やっぱり僕は、葵先輩とのことをはっきりさせたい。自分勝手かもしれないけど、それまで待ってほしい」
と、眠っているエルサに語り掛けた。
葵先輩は、僕のことをそういう気持ちで優しく接していたのではないことを、重々承知しているつもりだけど、僕はこの気持ちを伝えたい。
その決着をつける前に、欲望のままにエルサと関係を持つことは間違っている。
そもそも葵先輩が駄目だからエルサへというのは、かなり男として最低だ。
それでも、そればかりは、僕にどうしようもできない。
エルサは、それだけ魅力的な女性なのだから。
僕は、もうひと眠りするために、ベッドに潜り込んで無理やり瞼を閉じた。
――――このファンタズムの世界は、戦争や魔獣被害により、種族存続のために平民であっても複数の妻を娶ることが常識である。
単にそれは、平民にそれだけ養う財がないだけで珍しく見かけないだけだった。
ただ、日本で育ったコウヘイは、それに気付くはずもなかった。
――――――
夜が明けて、コウヘイが目を覚ましたころには、エルサとイルマの姿は、部屋になかった――――
ベッドから起き上がり、机の上に書き置きがあることに気が付いた。
どうやら、先に朝食を済ませたから、冒険者ギルドでパーティー申請して待ってるとのことだった。
僕を置いて行くなんて酷いと思ったけど、スマフォで時間を確認してみると、九時を回っており、僕が寝坊したようだった。
急ぎ身支度を整えた僕は、朝食のキノコサラダ、キノコスープとキノコステーキをかき込み、冒険者ギルドへ走って向かった。
「あー、ごめんごめん。待ったかな?」
冒険者ギルドに入ると、受付カウンターにアリエッタさんと話をしているエルサとイルマを見つけたので、近寄ってそう声を掛けた。
「大丈夫だよーわたしのせいで眠れなかったんでしょ?」
どうしたんだろう?
エルサの顔がほんのりと赤く染まっているような気がするけど、褐色の肌なため気のせいかもしれない。
「え? いや、そんなことないけど」
「そう、ならいいんだけど」
ちょっと気になるけど、今はパーティー登録を済ませるべく、そのことは思考の片隅へと追いやった。
「あ、うん。それでパーティー登録はできたの?」
「うむ、あとはコウヘイの冒険者カードに登録して完了じゃ」
イルマがそう教えてくれて、アリエッタさんが声を掛けてきた。
「コウヘイさん、おはようございます。早速ですが、冒険者カードをいただけますか?」
「あ、おはようございます、アリエッタさん。はい、お願いします」
僕から冒険者カードを受け取り、アリエッタさんは、奥の方へ姿を消した。
その数分後、作業が終わったのか、アリエッタさんが戻って来た。
「はい、これでパーティー登録完了ですね。デビルスレイヤーズのみなさん、おめでとうございます」
「……そっちにしたんだ」
アリエッタさんが小さく拍手して祝ってくれたけど、僕はそれに反応できなかった。
魔王打倒を目指すということで、デビルスレイヤーズ、安直にして傲岸不遜な名前。
その他にも、魔法を極める意味でマジックマスターズや他にも考えたけど、僕は決めきれず、最終決定を二人に任せていた。
「名前負けしなければいいんだけど……」
「それはこれからじゃよ。もはや、後には引けん。精々頑張るのじゃ」
「いや、そうだけど、何かイルマは、他人事じゃないかな」
「いいじゃん、いいじゃん。みんなで頑張ろうよー」
そうして、僕たちは、シルバーランクパーティーのデビルスレイヤーズとして活動を開始することになった。
「それではみなさん、先ずはシルバーランクの依頼として五階層までの探索をお願いしますね。そこで討伐した魔獣の魔石や素材は、当然、通常より高値で引き取りますが、魔獣の状況をよく観察して報告をお願いします」
「はい、任せてください」
「あ、それと、ガーディアンズのみなさんにも同じ依頼をすることになったので、あとで情報交換をしたら良いかと思いますよ」
アリエッタさんが思い出したようにそう付け加えた。
「え、そうなんですか?」
「ええ、別にコウヘイさんたちの腕を疑っている訳では無いのですが、ここテレサは、ダンジョン発見で急激に発展した町ですので、そのダンジョンが危険すぎるとテレサの死活問題となってしまうので……」
考えてみれば当然である。
テレサきっての冒険者が逃げ帰ったままでは、誰も安心してダンジョン探索などできるはずもない。
そもそも、ダンジョンとは危険な場所という前提ではあるけど、死の危険を冒してまで探索をする冒険者はいない。
生きていくために必要な最低限の魔石と素材を集められれば、それで十分なのである。
ダンジョンといっても、ゲームみたいに宝箱があったりする訳ではなく、単純に平原で出会う魔獣より魔石や素材の質が良かったり、鉱山資源がついでに採掘できる程度。
狭い場所での戦闘となるため、注意さえすれば、多くの魔獣に対して個別撃破ができて効率が良い狩場というのが、この世界のダンジョンの認識らしい。
「ああ、そうですよね。わかりました。あとで話を聞いてみることにします。それでは、僕たちはこれから行ってきますね」
「はい、くれぐれも気を付けてくださいね」
アリエッタさんとそんな挨拶を交わし、冒険者ギルドを出た。
治癒ポーションなどの準備は、昨日、白猫亭を確保したあとの夕食までの空き時間で済ませていたため、そのままダンジョンへ向かうことにした。
そうして、昨日見た夢を思い出し僕は、拳に力を入れ硬く握る。
葵先輩、待っていてください。
「よし、出発だ!」
誰へとも関係なく掛け声を上げ、目的地のダンジョンへ向かうのであった。
――――コウヘイは、アオイに見合う男になるべく奮闘し、エルサは、それを支えながらコウヘイのことをただただ待つことを決めた。
イルマは、傍観を決め込むのだが……
こうして、コウヘイたちの新たな冒険の幕が開くのだった。
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