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第一章 始動【旅立ち編】

第15話 はじめての仲間

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 奴隷解放の儀は、毎月五日、冥王――ディースの曜日に行われる。なんでも、大昔に大陸全土を死と恐怖に陥れた邪神が倒されたのが五日らしいのだ。それ以来、五の倍数の日付がディースの曜日とされ安息日になっている。

 今日は二七日だ。あと八日間あるため、やっと仲間ができた! という喜びと共にこれからのことへ思いを巡らせる。

 先ずはエルサの冒険者登録をして、明日から魔法の練習をしたいな。でも、エルサから吸収した魔力って、どれくらいなんだろう?

 そう思って僕が視線を上げると、ベッドの縁に座っていたエルサと目が合う。そのエルサは、足をパタパタさせながら僕を見て微笑んでいた。

「あ、ごめん。また、考え事しちゃってたよ」
「ううん。なんか楽しそうだったからわたしも楽しいよ。そっちのコウヘイの方が好きだなぁー、わたし」

 エルサが満面の笑みを浮かべ、そんなことを言う。当然、僕にはその意味がわからなかった。

「えっ?」
「だってー、一日中こんな顔してたよ!」

 エルサが、「よっ」と言ってベッドから立ち上がり、眉根を指で摘まんで無理やり皺を寄せる。
 当然、僕は反論した。

「えー、嘘だー」 

 が、

 今日一日、何を考えていたっけと、エルサが無理やり奴隷にされたことを知ったときや、エルサの好意を奴隷紋の影響だと悩んだときのことを思い返す。

「そう、それ! その顔だよぉ!」

 エルサの指摘に僕が眉間に手を持っていき指でなぞる。

「……あ、本当だ」

 確かに皺ができている。

「ほらね」

 エルサの笑顔を見て僕も笑みをこぼす。

 楽しい……

 こんなに気兼ねなく誰かと話をしたのはいつ以来だろうか?

 召喚される前はそんな誰かが居た気がする。一瞬、葵先輩か? と思ったけど、それは違う。葵先輩との会話は、憧れの人との会話でずうっと緊張しっぱなしだった。つまり、こんな気安い感覚ではないのだ。

 なぜか、そんな経験があるハズなのに朧気で思い出せない。無理に思い出そうとすると頭が痛む。

 その上、この世界に召喚されてからそんな機会はなかった。
 またもや葵先輩との会話がそれに近かった気がするけど、やはりそれは尊敬と憧れだ。さらに、嫌われたくないという思いから、葵先輩との会話は緊張の方が強かった気がする。

「エルサ……」

 思いがけず僕はエルサの名を呼んだ。

「な、なに?」

 突然名前を呼んだもんだから、エルサがベッドに座り直して姿勢を正す。

「ずっと一緒にいてくれる?」

 女々しい発言だけど、僕には重要なことだった。それに、内気な僕にしては結構頑張ってる方だと思う。
 自分の気持ちをひた隠しにし、耐えてきた僕は中々素直に慣れないでいたのだ。それでも、エルサには本当の僕を見てほしかった。

 奴隷とその主人という関係ではなく、一緒に冒険をする仲間として――途端に、エルサが抱き着いてくる。

「うん、そんなの当然だよ! コウヘイこそ、いなくならないでよ」

 耳元でそう言われて僕は頷いた。

「うん、大丈夫! 約束するよ!」

 僕はそう宣言してからエルサをベッドに座らせる。

「それじゃあ、これから冒険を共にする仲間として、改めて自己紹介をしよっか」
「うん、する!」

 僕の提案にエルサが元気よく手を挙げて返事をする。その様子がおかしくて、僕はクスっと笑ってしまった。

「じゃあ、僕からね。名前は片桐康平。勇者として召喚されたけど、見ての通り紋章は無いんだ」

 左手の甲を見せながら言ったけど、エルサはかぶりを振った。

「ううん、そんなの関係ない。コウヘイは、わたしの勇者だもん。それでいいの」
「そっか、ありがとう」

 なんて良い子なんだ! と僕は頬が緩むのを感じる。

「いままでは魔力がゼロだったから魔法に詳しくないけど、これからはガンガン覚えていくつもり。特技は、盾で敵の攻撃をいなすことと、体術かな?」

 次はエルサの番ね、と僕は促す。

「わたしは、エルサ・アメリア・シュタウフェルン・フォルティーウッド。フォルティーウッドは里の名前で、シュタウフェルンが家名、アメリアが母の名前だよ。特技は、魔法全般使えるけど、電撃系が得意なの。武器は、弓だけじゃなくて剣もそれなりに扱えるよ」

 まさかのハイスペックだった。

 電撃魔法は、基本魔法といわれる火、水、風、土魔法より上位とされている。さらに、僕が凄いと驚いたのは、剣も扱えることにだった。

 エルフ族は、魔法と弓術が得意な種族である。これは固定観念ではなく既成概念だ。

「それにしても、エルフって名前が長いんだね……」
「うーん、どうかな? ヒューマンが短いだけだと思うんだけど」

 小首を傾げたエルサの物言いは、ヒューマンの方がおかしいと言っているように聞こえる。まあ、視点が変われば感じ方も変わるのは当然だろう。だから僕はそれを肯定した。

「ああ、確かにそうかもね」

 サーデン帝国は、平民は名前だけ。姓があるのは貴族だけなのだ。ファンタジー世界の設定でよくある区別だった。

 するとエルサが、「ただ」と前置きをしてから詳しく説明をしてくれた。

「種族意識というより、帰属意識の方が強いからどうしても長くなっちゃうのかもだけど――」

 何かに気が付いたのか、一瞬間を置いたエルサが、

「それと、エルフじゃなくてダークエルフだって! エルフより強いんだから!」

 と語気を強めにしてダークエルフであることを誇らしげに強調してきた。

「あ、ごめんごめん」

 ウッドエルフとダークエルフの仲が悪いという小説の設定は真実のようだ。ただ、僕としては、そんな区別をしたつもりはない。それでも、ふつうはエルフといったらウッドエルフを指すらしい。
 ダークエルフはウッドエルフより数が少なく、選ばれた種族なんだとか……つまり、希少種のようだ。エルサが奴隷狩りにあったのもそんな背景があるのかもしれない。

 それはともかく、エルサには後衛として、僕のサポートをしてもらうつもりだ。

「それじゃあ、明日はエルサの弓と防具を買いに行こうか。冒険者登録するのは、そのあとかな」
「うん、わかった。早速、魔法を試すの?」
「そうだね。ただ、呪文を覚えてるのがあまりないからなー」

 イルマの魔法書を受け取らなかったことをいまさらながらに後悔したけどしょうがない。さすがに、あんな高価なものを受け取る訳にはいかなかった。

「それならわたしが教えてあげるよ」
「そっか、魔法が得意って言ってたもんね」
「うん、任せて!」

 自信満々にニカっと笑うエルサ。

 そんなエルサを見て僕はしみじみと思う――本当にエルサに決めて良かった、と。
 エルサと巡り会えたのは完全に偶然だ。神様が本当にいるなら、この感謝をいつか伝えたい。

 エルサが衰弱していた原因が溢れ出した魔力に因るものだとは、あの奴隷商もさすがに予想できなかっただろう。魔法全般使える上に、弓術や剣術の心得があるエルサは、恐らく金貨ニ〇枚を軽く超えると思う。 

 この世界には、魔力量を計る手段はあっても、それ以外のステータスを計る方法が無い。だから、あの奴隷商はエルサの凄さを見落としてしまったに違いない。

 聖女という例外はいるものの、やはりそれは例外だ。

「よしっ、明日に備えて、もう寝よっか」

 そう言った瞬間、僕は重大なことに気付いた。

「あ、どうしよう……」

 この部屋にはベッドが一つしかない。ソファーがあれば良かったけど、帝都の外れにある安宿にそんな備え付け家具はない。

 僕はソワソワし始めてあっちへウロウロこっちへウロウロ。

「どうしたの?」

 僕の異様な行動にエルサは訝しんでいる。

「ん、なんでもないよ。ちょっと……あっ、そうだ!」

 勇者パーティーの遠征時に敷物を地面に敷いてそのまま寝ていたことを思い出した。

「ちょっと下まで行って敷物借りてくるから、先にベッドで寝てていいよ」
「え、なんで借りてくるの?」

 エルサは不思議そうに小首を傾げている。

「なんでって……僕が床で寝るからだけど……」
「床? どうして?」

 エルサは、まるで僕が間違ったことを言ったかのよにキョトン顔をしている。

「いや、ベッドは一つしかないし……」
「一緒に寝るんじゃないの?」

 な、なんですとぉおおー!

「い、いやさすがにそれは、ま、まずいんじゃないかな……あはははは」

 平静を装おうとして僕は失敗してしまう。完全に動揺した声で笑い方もぎこちなかった。

「だって、寝ているときが一番魔力が回復するんだよ。また溢れて体調悪くなっちゃう……だから、一緒に寝てほしいの」
「いやー、でも……」
「ねぇ……だめかな?」

 それは、ズルい!

 僕の服の裾を掴みながら上目遣いでおねだりしてくるエルサの破壊力がハンパない。

「あっ、う、うん。そうだよね。一緒に、寝よっか……」

 エルサの仕草を前にして僕は、一瞬で陥落したのだった。

「やったーっ!」

 当のエルサは大喜びである。それを横目に見て僕はベッドに向かう。

 まったく……調子がいいんだから、と僕は今後エルサに振り回されることになるのを容易に想像できた。

 すると、突然――

 エルサが着ていたワンピースの紐ベルトをスルっと外し、左手を背中にもっていく。器用に片手で背中のボタンを外し始めたようだ。

「な、何を……」

 僕が止める間もなく、ボタンを外したことで緩んだワンピースがストンと床に落ちる。部屋を照らしていたオイルランプの火の光が、あらわになった褐色の肌を艶やかに照らしていた。

 あまりの美しさに僕が呆けていると、エルサがニコっと笑った。

「ちょ、ちょっと何してるのさ!」

 ハッとした僕は咄嗟に顔を背ける。

「何って、寝るときは服を着ない主義なの」

 平然とした態度でエルサはそんなことを言ってくる。

「た、頼むから何か着てよっ」

 僕は逃げるようにベッドに潜り込み、布団で顔を覆うように引き寄せた。

「いまさら何を言っているの? コウヘイったらおかしい」

 そう言って、エルサのコロコロとした笑い声が聞こえる。

 僕は、奴隷契約をする際にエルサの裸を見ている。それでも、エルサの背中に紋章を刻む作業のためで仕方がなくだ。しかも、エルサは俯くように前傾姿勢だったため背中しか見ていない。

「それに……この方が効率よく吸収できると思うの」

 そう言いながらエルサがベッドの中に潜り込んでくる。

 エルサ曰く、間接的より直接肌を触れ合った方が効率よく魔力が吸収されるらしい。

 奴隷商で空気中に漂っていたエルサの魔力を感じ取れたのは、その濃度が故らしいのだ。確かに、檻の格子越しにエルサに触れた瞬間、魔力の奔流が僕の身体を駆け巡ったのを覚えている。

 実際、いまも同じ空間にいるけど、あのときに感じた魔力を認識することはできない。だから、エルサが言っていることは本当なのだろう。

「で、でも……」

 エルサが言っていることが本当だったとしても、同じベッドで寝ることでさえ抵抗を感じるのに、裸の女の子となんてとんでもない!

「わたしは気にしないから。ねっ、たくさん吸ってほしいな……」

 エルサはそう言って膝を抱えて丸まっている僕に抱き付いてくる。鎧越しではない確かなその感触を背中に感じながら、僕は完全に固まってしまった。

 エルサは気にしないと言う……でも、僕が気にするんだよぉおおー!

 これはエルサのため、エルサのため……僕は、平静になるべくそう自己暗示を掛ける。

「コウヘイ、おやすみなさい」

 僕の心中など知らぬエルサは、暫くしてスヤスヤと寝息を立て始める。
 
 ああ、もうっ! と僕はこの状況に目が冴えてしまい、寝るに寝れなくなってしまう。妙な気を起こさないために今後のことを考え、意識を無理やり変えることにした。

 エルサから流れ込んでくる魔力を感じながら、僕は考察を開始する。

 先ずは、僕の身体がどれくらいの量を吸収できるのだろうか。
 この世界の魔法は、体内にある魔力を使って大地に宿る神聖な力を行使するものといわれており、魔力が無ければ魔法は使えない。そのせいで魔力量ゼロだった僕は魔法を使えなかった。

 しかし、エルサから吸収した魔力のおかげで魔法を使えるようになったのだ。

 自分の魔力でなくても魔法が使えることが判明したいまとなっては、吸収した全てを留めておけるのか、また、どれくらいの量を留めておけるのかが重要になる。

 次に、魔法詠唱の必要性だ。

 この世界の魔法は、神聖な力を行使するための方法であることの他に、二つ常識といわれている法則がある。

 それは「詠唱をして発動するもの」と「詠唱を省略すると効果が弱まる」というものであり、合わせて三大法則といわれている。

 よって、偉大な魔法士になるためには「如何に正確な詠唱を行えるか」と「何回行使可能な魔力量があるか」の二点が、重要とされている。

 だがしかし、僕はそれに疑問を抱きはじめている。

 そう考えた理由は、昨日会ったあの謎の少女四人組の存在が大きかった。

 お河童頭の少女の詠唱は短かった上に内容もテキトウだったのだ。その証拠に、イルマの店で見せてもらった魔法書をパラパラとめくっていたら、ウィンドストームの呪文が目に入ったのである。

 あの少女の呪文は、「行きなさい、荒れ狂う暴風よ! ウィンドストーム!」と三節で構成されていた。
 魔法書の呪文は、「大地に宿りし風の精霊よ、我の問いに応え汝の力を解き放て、その風荒れ狂う暴風となりて、すべてを吹き飛ばせ、ウィンドストーム」と五節で構成されていた上に内容が全然違ったのだ。

 仮に、あれで弱まっていたとしたら、正確に詠唱していたらどんだけの威力だったんだろう、と思うと僕はゾっとした。

 ただ、基本的に威力の差はないとされており、デタラメな詠唱なのにあのウィンドストームは、同じ中級魔法とされている山木先輩のファイアストームより威力が高かった点も腑に落ちない。

 あとは……

 そんな考察の中、エルサから流れ込む魔力が心地よく、次第に僕の意識は遠のく。遂には、まどろみに落ちるのだった。
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