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第一章 始動【旅立ち編】

第08話 サーベンの森

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 道具屋から北門に近付くに連れ、森やダンジョンへ向かう冒険者をターゲットにした食べ物の屋台が目立つ大通り。そこは、客引きの声や値段交渉をしている冒険者の声で活気に満ち溢れていた。

 そんな出店が軒を連ねた目抜き通りを歩いている僕の足取りは軽い。一人でどうにかしなければならない状況なのは変わらないけど、道具屋のイルマとの出会いが僕のすさんだ心を整えてくれたのだ。

 僕は、右太ももに革ベルトで固定した風の短剣へと視線を向けてニヤリと笑う。ぱっと見では、革の鞘と握りをした鋼鉄の短剣にしか見えないけど、柄頭にエメラルドグリーンの魔法石が優しく煌めいている。

「魔法の鞄も手に入ったし、これからが楽しみだな」

 これからの期待に顔を綻ばせながら、僕は誘惑的な匂いに誘われてふらふらっと肉串の屋台の前で足を止める。

「すみません。リトルリヴァーサーペントの白焼きとオークのタレ焼きを一本ずつ」
「あいよっ……」

 クマ獣人と思われる体格のよい屋台のオジサンは、焼き台から視線を上げて目を見開いて固まっている。視線の高さがさほど変わらないことに驚いた訳ではないだろう。おそらく、僕が誰なのか気付いての反応だと思う。

 ゼロの騎士と言いたげな反応に肩を落としてしまう。けれども、いまの僕はそんなことを気にしている余裕もなければ、嘆いている暇もない。

 ゼロの騎士だからなんですか? と開き直ることができないながらも、現実から目を背けている場合ではないことは理解している。

 これもイルマのおかげだろう。他人を責めるより、先ずは自ら変わらないといけないと、イルマが行動で示して気付かせてくれたのだから。

「あのー、いくらになります?」

 一先ず、支払いをさっさと済ませるために店主を催促すると、彼は慌てたように言った。

「おおう、すまねえ。リトルリヴァーサーペントの白焼きとオークのタレ焼きだったな。二本で大銅貨四枚だが、お代はいらねえよ」
「え、いいんですか?」
「ああ、魔族を倒してもらったんだ。これくらいじゃ足りないと思うがせめてものお礼だ」
「そうですか。では、遠慮なく」

 ラッキーと思いながら僕は、串焼きを受け取り歩みを再開する。その他にもリンゴのような果実を買い、食べ歩きしながら北門を目指した。

 が、北門で帝都への出入管理をしている門番の姿を認め、僕は果実にかじり付いたまま凍り付いたように固まった。

 それはなぜか……理由は簡単だ。

 僕が知っている日程通りであれば、昨日城で催された中級魔族討伐の祝勝会で、僕を追放したことを内村主将がアイトル陛下に報告しているハズなのだ。

 皇帝は、僕が勇者ではないというだけで差別的な態度をとったことはない。むしろ、彼は勇者の紋章がなく魔力もゼロなのによく頑張っていると、気遣いの声を僕に掛けてくれるほど「賢帝アイトル」と呼ばれるに相応しい皇帝だ。

 とはいっても、僕を連れ戻すようなことを言うことはないだろう。

 魔力がゼロの僕を連れ戻すべきか、放っておくかを天秤に掛けたとき。賢帝なら間違いなく後者に傾けるバズだ。それでも、あの先輩たちのことだ。変なことを言いふらしている可能性がある。

 たとえば、魔法袋を持ち逃げしようとしたなどという僕を貶めるような内容のことだ。その場合、悪い意味でアイトル陛下が僕を連れ戻すように命令を下しているかもしれない。

 とどのつまり、そんなことをいまさらながらに気付いて心配になったと言う訳だ。

 それでも、何もせず突っ立っているだけでは何も始まらない。覚悟を決めた僕は、ゆっくりと重い足取りで門の方へ近付いて行く。そして、見知らぬ門番と目が合った。

「ああ、これは、コウヘイ様。本日はどうなさったのですか?」

 どうやら彼は僕のことを知ってるようだ。まあ、冒険者ギルド然り、武具店や屋台の店主でさえ僕のことを知っていたのだから当然と言えば当然と言えるかもしれない。

 けれども、あれ? この反応は、まだ門番までは通達が届いていないのかもしれない、と僕が返答を逡巡しゅんじゅんしていたら、

「もしかして、サーベンの森で討伐クエストですか?」

 と勇者パーティーを追放されたどころか、冒険者になっていることさえ知られていた。

「えっ、なんでそれを知ってるの!」

 その門番は、周囲を確認したのちに口に手を当てて小声で理由を教えてくれた。

「いや、まあ、私の弟が冒険者をしていまして」

 ああ、なるほど……

 僕が冒険者登録をしに行ったときにその場にいたか、人伝てに聞いたのかもしれない。人の口に戸は立てられぬ、ということわざがあるけど、こんなにも早く伝わるものだろうか、と僕は諦めのため息を吐いた。

「正直、そんなバカな、と一蹴しましたが、今朝方城より警備隊宛に書簡が届きましたので……」

 その門番は、なおも理由を述べて気まずさを隠そうともせずに苦笑いしている。

「べ、べつに仕方ないよ……まっ、生活するためには働かないといけないからさ」
「そうでしたか。大丈夫だと思いますが、日が暮れるころには門を閉じますので、それまでにはお戻りください」
「うん、気を付けるよ」

 当初の心配は杞憂に終わり、門番との会話を終えて門の外へと向かう。

「お気を付けてー」

 後ろからそんな声が聞こえてくる。僕は、肩越しに顔だけ振り返って右手を上げて答えた。

「ありがとー」

 それにしても、顔が割れているというのはどうも生き辛い。やっぱり、早く帝都を離れた方が良いのかな。

 サーベンの森でどこまで僕が戦えるのか、一週間ほどクエストを受ける予定でいる。それでも、場合によっては予定を切り上げた方が良いかもしれない。

 僕は、みんなへの対応の煩わしさから、計画の変更を真剣に考えながらサーベンの森へ歩を進めるのだった。


――――――


 帝都サダラーンの北門から馬車道を歩くこと三〇分。
 次第に木々の密度が増し、「この先、魔獣注意!」と書かれた立て札のところまでやってきた僕は、当たり前の感想を漏らした。

「冬に来たときより視界が狭いな」

 いまは六月。日本の気候と変わらず梅雨に当たるせいか森の木々は青々と繁っている。前回きたときは二月だったこともあり、落葉した裸のような木々で遠くまで見渡せたことと比較したのだ。

「回復草も沢山生えているといいな」

 森の様子から何処にでも生えていそうな気がしてくる。

 しかし、現実はそんなに甘くない。薬草は種類によって自生する場所が変わるし、色々と条件があることを以前に聞いたことがある。

「回復草は、日当たりの良い水場の近くだっけ」

 魔法の鞄からメイスとラウンドシールドを取り出して装備を整えてから、水場を探すように辺りを見渡しながら森の中を突き進む。

 辺りに気を配りながら歩いていると、木々の葉の隙間から陽の光が差し込んでくる。そして、時折吹く風が心地よく僕の頬を撫でていく。

 生まれも育ちも都内の僕にとっては、自然環境が悪いコンクリートジャングルが常識。日本にいたときは、車の排気ガスに騒音も酷くて決して良い環境とは言えなかった。つまり、このような自然に触れる機会がほとんどなかったのだ。

 そのことだけを考えると、異世界召喚されて良かったと言えるかもしれない。

 でも、それは魔獣という危険生物がいなければの話なんだよね。

 枝が踏み折られたような物音がしてそちらに顔を向けると、二〇メートルほど先に体長一メートルにも満たないゴブリンの姿を発見した。

「三匹か……腕試しには、丁度良いかな」
 
 醜悪な面構えをした小鬼のようなゴブリンは、何かの毛皮を腰に巻いた程度で緑色の肌をほとんど晒している。その手には、先端の方が太く取っ手を細く加工したような木の棒が握りしめられていた。

「よし、まだ気付かれていないね」

 ゴブリンたちに気付かれないように、僕は腰を落として忍び足で背後に回り込む。

 残り五メートルの距離。ゴブリンには気付かれていない。そこからは駆け出して一気に距離を詰める。

「せいっ」

 掛け声と共に僕は左に身体を捻り、後ろに垂らすように右手で握ったメイスを遠心力でゴブリンの後頭部目掛けて横薙ぐ。

 不意打ちのおかげで避けられることもなく、鈍い音をさせてメイスの鍔が食い込む。そのまま後頭部を割られたゴブリンが力なく左に倒れた。

「よし、先ずは一匹!」

 僕の存在に気付いて振り向いた残りのゴブリンが、鶏が首を絞められたような醜い鳴き声を発して距離を取るように後退ってから僕の方へ身構えた。

 どうやら僕を敵とみなし戦うつもりらしい。

「やっぱり、魔獣って頭悪いよね。僕だったら即行で逃げるのに」

 ゴブリンから僕のことがどう見えているかわからない。それでも、自分よりも二倍も大きい敵が現れたら逃げた方が利口だと思う。

 僕がゴブリンの心情をそんなふうに想像していたら一匹のゴブリンがこん棒を掲げて突っ込んできた。

「おっと、そんなんじゃあ、僕を倒せないよ!」

 ラウンドシールドで難なくその攻撃を外側に弾き、僕はその回転の勢いのまま仰け反ったゴブリンの横っ腹にメイスを叩き込むと、ゴブリンが凄い勢いで五メートル以上も吹っ飛んだ。

 が、そのゴブリンは直ぐに立ち上がって身構える。どうやら、飛び退くようにして衝撃を和らげたようだ。

「くそっ、ゴブリンにしては頭が回るじゃないか! でも、効いていない訳じゃないみたいだな」

 立ち上がったゴブリンは左の脇腹を押さえながら足元がふらついている。

 そこで、様子を見ていたもう一匹のゴブリンが醜く一鳴きする。何かしらの合図だろう。フラフラながらも手負いのゴブリンが再び僕に向かってくる。それに合わせて、無傷のゴブリンが反対の右前方から飛び掛かるような勢いで駆け出してきた。

「くっ、二匹同時なんて、ひ、卑怯だぞ」

 ゴブリンも生きるのに必死なのだろう。それでも、体裁きでなんとか同時に相手しなくて済むように左にずれるように位置取りを調整する。

 予想通り飛び掛かってきたゴブリンをすっと躱し、僕の動きに追従できない左側のゴブリンの顔面に蹴りを入れる。そのまま一回転した僕は、肩が外れそうになるのを歯を食いしばって背中を向けているもう一匹の後頭部へメイスを叩き込んだ。

「よし、あと一匹」

 残りは手負いのゴブリンのみ。しかも、蹴りがいい具合に効いているのか、起き上ろうとしてできずにいた。

「悪いけど、これで終わりだ――ッ! 一本!」

 べつに投げ飛ばした訳ではない。一本背負いのように遠心力を利用して後方からメイスを振り下ろしたため、剣道になぞらえて言ってみただけである。

「はあー、これじゃ剣道だな。はは」

 一人そんな突っ込みを入れてみる。

「うーん、五分くらい掛ったのかな……」

 勇者パーティーであれば、ゴブリン三匹なんて一分も必要としない。思いの外一人で魔獣を相手することの厳しさを理解した僕は嘆息する。

「やっぱり、一人で戦うのは大変だな」

 この調子だと、直ぐに帝都を離れるのは厳しいかもしれない。ここは、地理を知っているため予期せぬ魔獣に遭遇しても逃げられる。もし、見知らぬ土地の場合は中々難しいだろう。

 一先ず、討伐証明部位を切り取るために、メイスを左の腰に吊ってイルマからもらった風の短剣を鞘から抜いた。

 途端、いきなり矢が足元に突き刺さった。

「うわぁっ!」

 慌てて辺りを見渡すと、木の陰に弓を持ったゴブリンたちの姿があった。

「ゴブリンアーチャーかっ」

 ラウンドシールドをそちらに構え、ゴブリンアーチャーたちの様子を窺う。

 距離は、三〇メートルほど。散発的に矢が飛んでくるけど、僕への直撃コースは少ない。真っ直ぐに飛んできてもラウンドシールドで全て弾くことが出来た。

 背中を見せて逃げる訳にもいかず距離を詰めるも、ゴブリンアーチャーもそれに合わせて後退するため埒が明かない。

「飛び道具なんて卑怯な」

 そう言っても相手に伝わる訳もなければ、卑怯も何もそれが相手の戦法なだけである。

「あ、そうだ」

 右手に握りしめている風の短剣を見て、『思いっきり振ればウィンドカッターが飛ばせるぞ』とイルマが言っていたことを思い出した。

「こ、こうかな」

 ゴブリンアーチャーたちがいる方へ目がけて風の短剣を思いきり振り抜いた。

 その瞬間、薄緑色の半月状に形どった何かがゴブリンアーチャーたちの方へ飛んで行った。

 すると、バリバリバリっと木の幹が折れるような音と供に木が三本ほど薙ぎ倒された。

「な、なんだこれ……」

 驚いたのは僕だけではないようだ。直撃しなかったけど、ゴブリンアーチャーたちが短剣の威力に驚いたように鳴き叫んで踵を返して逃げて行った。

「それにしても凄い威力だったな……山木先輩の魔法より強力かも」

 これなら市場価格が金貨五枚といわれても納得できる効果だ。これって回数制限とかないのかな? と思った僕は、あとでイルマに確認することにした。

 調子に乗って使いすぎていざというときに使えなくなったら洒落にならない。確認が取れるまで無駄使いすまいと、討伐証明部位を切り取り終わると直ぐに鞘に戻した。

「とりあえず、遠距離攻撃対策が必要なのがわかっただけでも良いかな」

 自分の得手不得手を考えながら水場を探しつつ、僕はさらに森の奥を目指して歩き出すのだった。
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