8 / 154
第一章 始動【旅立ち編】
第07話 立場の違い
しおりを挟む
熱心に身振り手振りを交えて話すイルマは、どこか得意げだった。
帝国の魔法士だけで心許なかったのか、勇者召喚に余裕を持たせるためにイルマが招聘されたらしい。それでも、ほとんどすべての魔力を消費してしまい正直焦ったとかなんとか。
結果、その報酬として帝都に錬金術の実験ができる建物を下賜されたようだ。さらに、実験で創作した物を売れるように建物を一部改装して道具屋にしたらしい。
十中八九、僕が居る場所がそれに違いない。
僕は、イルマの話をただただ聞くことしかできなかった。
いや、憎悪で僕の顔が歪んでいく。
けれども、イルマは僕の様子に気付くこともなく、まったく悪びれる様子もない。嬉々として説明を続けるのだった。
へー、無理やり僕たちを召喚したくせに、人通りが多い一等地と店までもらったのか……しかも、僕を目の前にしてその話をするとは……
イルマの神経を疑いつつも、半ば思考停止状態の僕は、ぼそり――感情が抜けた低い声で呟いた。
「となると、おまえが僕たちを召喚したんだ……」
「ど、どうしたのじゃ、コウヘイ」
おまえ呼ばわりされ、ようやく僕の視線に気付いたイルマは、困惑顔になり下唇を嚙んでいる。
その幼い見た目にすっかり僕は騙されるところだった。それでも、その話を聞いたからにはもう騙されない。
「どうもしない。勝手な都合で僕たちを召喚したんだろ?」
斜に構えた僕はイルマの次なる言葉を待つ。
「そ、そうじゃが、そんなに睨まんでくれんじゃろうか……さすがに怖いぞ」
睨む? 何を言っているんだ?
僕は、イルマの言っている意図がわからずに首を傾げる。
イルマは、この沈黙に居心地を悪くしたのか違う話を持ち出した。
「それにしても、コウヘイは一人でどうしたのじゃ? 魔法袋を探していると言っておったが、帝国から支給された物があるじゃろうに」
魔法袋? ああ、それなら……と、説明してやることにした。
「ふん、それなら二日前に勇者パーティーを追放されたよ。そのときに魔法袋含め、全てを取り上げられた」
「なんじゃと!」
イルマは、さも信じられないというような大袈裟な表情で驚いていた。
その反応に、僕はなぜか鬱陶しさを感じてしまう。
「べつに驚くことじゃないだろ。勇者でもない僕が、重装騎士の役目を果たせる訳がないんだから……そんなわかりきったこと――ッ!」
次第に語気が強くなって叫ぶようにイルマを睨んだとき。
僕の話を静かに聞いていたイルマの表情が驚きから一転、朧げで、悲愴とも、困惑ともとれる複雑な感情を表現していた。
「そうじゃったのか……あとからなら何とでも言えようが……」
途端に、イルマが床に額を擦り付けるように土下座をしたのだった。
「この度は、誠に申し訳ないことをした。わしらの世界の事情があったにしろ、コウヘイの申す通り、見ず知らずの世界に召喚したのは身勝手な行為じゃった」
弁明するように、イルマが頭を下げたまま尚も続けた。
「頭を下げたくらいでは、決して許されることではないことも重々承知しておる。許してくれとは言わん。じゃが、コウヘイの気が晴れるまで、わしにできることなら何でもするつもりじゃ」
まさかの展開に、ハッと我に返った僕は慌ててしまう。
「ちょ、ちょっと何してるんだよっ。そんなことをしても僕が日本に帰れる訳じゃ無いんだぞっ」
顔を上げさせるために、僕がしゃがみ込みイルマの肩を掴んだ。
すると、その華奢な肩が微かに震えていた。
「し、しかし……」
声を震わせながら面を上げたイルマと目が合い、僕は息を呑んだ。
煌く金髪が揺れ、透き通った緑色の双眸から流れ落ちる涙が、悲しそうでやるせないようなイルマの表情をより儚げにしていた。
「あ、謝るなら、はじめから召喚なんてしなければよかったんだっ……」
思わず非難するように叫んだものの、心が痛みで張り裂けそうになる。気まずさから僕は、逸らすようにイルマから視線を切る。
理不尽に異世界に召喚され、不当な扱いを受け続け、あまつさえ追放までされた僕は、いつの間にか全てを他責にしてしまっていた。
確かに、イルマは僕をこの世界に召喚した魔法士だ。
けれども、僕に勇者の紋章が無いのは誰のせいでもない。そもそも、僕はその状況からずっと目を逸らし続けていたのだ。状況がより悪い方向へ進んでしまうのが怖くて、ことを荒立てないようにしていただけ。
それは、ただの逃げだ。
勇者パーティーから追放されたのだって僕が不甲斐なかったせいなのだから。
いままで我慢していた僕は、堰を切って流れ出した黒い部分をそのままイルマにぶつけてしまったのだ。それなのにイルマは、僕の怒りに対して真っ正面から向き合ってくれた。
本気で僕に謝っているんだ、と気付くと、不思議なことにスーッと怒りが静まるのを感じ冷静になれた。
感情に任せて吐き出した言葉をいまさら取り消すことはできない。
それでも、謝りたかった。
「ごめん、イルマ。言いすぎたよ」
再びイルマの双眸を見つめてから頭を下げる。
「いいや、コウヘイが謝ることではないじゃろ。その叱責をわしは確と受け止めるべきなんじゃ。それに……どうやら、わしは勘違いをしておったようじゃ。勇者は、召喚されるべくして召喚され、嬉々としてその任を受け入れる、と……」
「ん? それは……」
イルマの独白に近い説明を聞き、僕は腕組みして、「うーん」と唸る。
「どうしたのじゃ?」
「あ、いや、違うんだ……何か引っ掛ると言うか……」
不思議そうに瞼を瞬かせるイルマを他所に、僕は考察を開始する。
召喚されるべくして召喚され?
勇者には、左手の甲に勇者の紋章が刻まれるという……先輩たち四人にはそれがあり、僕にはなかった。
嬉々としてその任を受け入れる?
先輩たち四人は、勇者と言われたとき喜んでいたっけ……本来、高宮副主将は、予期せぬ事態を嫌う性格。それなのに、喜んで勇者をやっている。
当然、僕はとんでもない! と、素直に理不尽な出来事に反発しようとした。それでも、内気な性格が邪魔をして逃げる方を選んだ僕は、その反発を心の内に留めてしまったのだ。
僕は、閃きぽつりと呟いた。
「あ、勇者の紋章だ……」
「それは、どういうことじゃ?」
「いや、イルマの話を聞いて思ったんだけど、勇者は紋章の影響で力が強く、使命感に燃えているんじゃないのかなと思ったんだよ」
「ふうむ、それは興味深い話じゃのう」
「そうとしか考えられない。だって僕は――」
イルマには追放されたことを伝えている。これ以上隠す必要は無いだろうと思い僕は、召喚された当初の感情や最近までの出来事を余さずに説明した。
「魔力がゼロなのは、わしもあのとき驚いたもんじゃよ。本来、この世に生を受けたもの全てに魔力があるとされておるからの」
「まあ、そこはみんな不思議がっていたから、僕の体質かもしれない。問題は、今後どうするかなんだよ」
「それは、どういうことじゃ?」
僕は心の中で決意したけど、イルマには脈絡のない話に聞こえたのだろう。イルマは、説明してほしそうに眉根をひそめる。
「そのー、恥ずかしい話なんだけどね。僕は嫌なことから目を逸らし続けてきたんだ。理不尽なことをそういうもんだと受け入れていたんだ。それは何の解決にもならないただの逃げだというのに……これも全て僕が弱いのが悪いのに……」
一息に僕が説明すると、イルマは理解できないとでもいうように訝しげな視線を寄越した。
「うーん、オークの攻撃を余裕で受け流せる強者が、弱いとはおかしな話じゃの。比較的にハイランクの冒険者が集まるこの帝都の冒険者でさえ、中々おらんぞ……」
追放された理由を戦力外だと説明したから、冒険者と比較された。そもそも、オーガやトロールは何十人という大人数で討伐する魔獣なのだ。だから、イルマが納得できないのもわかる。
が、そうではないのだ。
「いや、物理的な強い弱いじゃなくて。何て説明したらいいかな……そう、そうだ。心の問題だよ。魔法が使えない僕は、当然勇者である先輩達には敵わない。その分、僕は頑張らないといけないんだよ」
「そういうものじゃろうか……」
僕の考えが理解できないのか、イルマは首を傾げながらしきりに唸るばかり。
勇者ではない僕が、勇者召喚に巻き込まれた理由はまったくわからない。
隠された使命が僕にはあるんだ! なんて勘違いするほど、僕の頭もめでたくはない。内気な僕だけど、結構、現実主義だったりする。だから、無駄に反発することをいままでしてこなかった。
ただ、今回ばかりはそれが仇となり追放された。
しかも、溜まりに溜まったその鬱憤をイルマに吐き出してしまったのだ。
結果、過ぎたことを考えすぎて立ち止まって何もできなくなるより、僕は先に進むことを選んだのである。
「まあ、コウヘイの話を聞く限り、冒険者というのは良い選択かもしれんのう」
「そう思うよね? だから、魔法袋と短剣を探しに来たんだ」
「そうじゃった! 罪滅ぼしという訳ではないが、魔法の鞄をコウヘイに譲ろう」
「え、良いの!」
まさかのありがたい申し出に僕の口角が上がる。
「当然じゃ。先ほど何でもすると言ったではないか。ただ、魔法袋と違ってかさばるし、見た目の一〇倍程度しか入らんからオーク一匹も入らんぞ」
「いや、それでもありがたいよ」
「そうか、そう言ってもらえるとわしも助かる」
イルマは、それを取りに行くのか席を立った。
その小さな背中を眺めながら、僕は冷静になって考える。
勇者召喚の魔法は、数十人の一流の魔法士を集める必要があるらしい。イルマは、勇者召喚に関わった数多くの人々の内の一人にすぎないのだ。
つまり、イルマ自身は罪滅ぼしだとか言っているけど、そこまでする必要はないことに気付いたのだ。しかも、必ず成功する訳ではなく、命を落とす危険があることも思い出した。
イルマはイルマなりに自分の世界のために命を懸け、皇帝や聖女の呼びかけに応じただけなのだ。この世界の人からすると、魔族や魔獣に困ったら勇者を召喚するのが当たり前であり、勇者なのだから戦えというばかりである。
それがこの世界の常識だった。
終いには、帰る手段も無いと言われれば、一切を諦めてこの世界の慣習を受け入れた方が楽だ。いくら反発しても何の伝手もない僕たち異世界人は、この世界ではあまりにも無力。反発するぐらいなら己を鍛えた方がよっぽど意味がある。
そう思うと、召喚された側からすると非常に迷惑な話だった。
けれども、先程のイルマの土下座した姿を見て――
身体を震わせながら涙を流した姿を見て――
イルマが僕の立場になって考えてくれたことが十二分に理解できた。
途端に、イルマの立場になって考えたら怒るに怒れなくなってしまう。
既に僕の中のイルマに対する蟠りは消え去っていた。
何の気なしに立ち寄った店であったけど、まさに僥倖と言うべきだろう。
僕は勇者パーティーを追放されてなんて不運なんだと思っていたけど、昨日のマシューさん然り、そのあとの出会いに恵まれたと思う。そんな最近の出会いに感謝をしていると、イルマが何やら鞄のような物を手に持って戻って来た。
「ほれ、これじゃよ。あと、短剣もついでにやろう。これは、遊びで風魔法を付与してあるから思いっきり振ればウィンドカッターが発動するぞ」
イルマがなんてことないように気安く説明してくれたけど、それもマジックアイテムってやつじゃないか!
「後学のために聞いておくけど、ふつうに買うとしたらどれくらいの金額がするのかな?」
「そうじゃな……鋼鉄の短剣と定着に使用する魔法石の金額だけだったら小金貨一枚くらいかの。じゃが、店売りの相場だと技術料を含めると金貨五枚位するじゃろうな」
「金貨五枚!」
売れば数年間自由気ままに生活できる額に素っ頓狂な声を上げる。
そんなに高価な物を貰ってもいいのかな……
心の声が漏れたのか、はたまた表情からなのか、イルマは気にするなと言ってくれた。
「よいよい、それくらいなんてことないんじゃ。わしらの世界のためとは言え、無理やり召喚したのじゃからな。それに対する報酬は、金では計れないもんじゃよ」
「え、でも……」
「いいのじゃ、わしにコウヘイの協力をさせてほしいだけじゃ」
「そ、それならありがたくいただくよ」
イルマが僕を召喚した魔法士の一人と聞いたときは、込み上げてきた怒りでどうにかなってしまいそうだった。
いまではどうだろうか?
さっきまでそんな感情を抱いていたことがバカらしいと思えるほど落ち着いている。
謝罪の言葉や魔法の鞄と短剣をもらったから許せたという訳ではない。ただ単純にイルマと会話を重ねた中で仕方がないことだったと理解したのだ。それに、恨んでも何も生まないとも察した。
そのような考え方ができるようになっただけでも、僕は成長したのだと思い、先ずはそのことを喜ぶことにしよう。
イルマの道具屋を出で空を見上げると、煌くほどに眩しく真上で照った陽の光が僕の心を照らした。
――――己を見つめ直し、成長を感じた僕の心は、なんだかとても晴れやかだった。
帝国の魔法士だけで心許なかったのか、勇者召喚に余裕を持たせるためにイルマが招聘されたらしい。それでも、ほとんどすべての魔力を消費してしまい正直焦ったとかなんとか。
結果、その報酬として帝都に錬金術の実験ができる建物を下賜されたようだ。さらに、実験で創作した物を売れるように建物を一部改装して道具屋にしたらしい。
十中八九、僕が居る場所がそれに違いない。
僕は、イルマの話をただただ聞くことしかできなかった。
いや、憎悪で僕の顔が歪んでいく。
けれども、イルマは僕の様子に気付くこともなく、まったく悪びれる様子もない。嬉々として説明を続けるのだった。
へー、無理やり僕たちを召喚したくせに、人通りが多い一等地と店までもらったのか……しかも、僕を目の前にしてその話をするとは……
イルマの神経を疑いつつも、半ば思考停止状態の僕は、ぼそり――感情が抜けた低い声で呟いた。
「となると、おまえが僕たちを召喚したんだ……」
「ど、どうしたのじゃ、コウヘイ」
おまえ呼ばわりされ、ようやく僕の視線に気付いたイルマは、困惑顔になり下唇を嚙んでいる。
その幼い見た目にすっかり僕は騙されるところだった。それでも、その話を聞いたからにはもう騙されない。
「どうもしない。勝手な都合で僕たちを召喚したんだろ?」
斜に構えた僕はイルマの次なる言葉を待つ。
「そ、そうじゃが、そんなに睨まんでくれんじゃろうか……さすがに怖いぞ」
睨む? 何を言っているんだ?
僕は、イルマの言っている意図がわからずに首を傾げる。
イルマは、この沈黙に居心地を悪くしたのか違う話を持ち出した。
「それにしても、コウヘイは一人でどうしたのじゃ? 魔法袋を探していると言っておったが、帝国から支給された物があるじゃろうに」
魔法袋? ああ、それなら……と、説明してやることにした。
「ふん、それなら二日前に勇者パーティーを追放されたよ。そのときに魔法袋含め、全てを取り上げられた」
「なんじゃと!」
イルマは、さも信じられないというような大袈裟な表情で驚いていた。
その反応に、僕はなぜか鬱陶しさを感じてしまう。
「べつに驚くことじゃないだろ。勇者でもない僕が、重装騎士の役目を果たせる訳がないんだから……そんなわかりきったこと――ッ!」
次第に語気が強くなって叫ぶようにイルマを睨んだとき。
僕の話を静かに聞いていたイルマの表情が驚きから一転、朧げで、悲愴とも、困惑ともとれる複雑な感情を表現していた。
「そうじゃったのか……あとからなら何とでも言えようが……」
途端に、イルマが床に額を擦り付けるように土下座をしたのだった。
「この度は、誠に申し訳ないことをした。わしらの世界の事情があったにしろ、コウヘイの申す通り、見ず知らずの世界に召喚したのは身勝手な行為じゃった」
弁明するように、イルマが頭を下げたまま尚も続けた。
「頭を下げたくらいでは、決して許されることではないことも重々承知しておる。許してくれとは言わん。じゃが、コウヘイの気が晴れるまで、わしにできることなら何でもするつもりじゃ」
まさかの展開に、ハッと我に返った僕は慌ててしまう。
「ちょ、ちょっと何してるんだよっ。そんなことをしても僕が日本に帰れる訳じゃ無いんだぞっ」
顔を上げさせるために、僕がしゃがみ込みイルマの肩を掴んだ。
すると、その華奢な肩が微かに震えていた。
「し、しかし……」
声を震わせながら面を上げたイルマと目が合い、僕は息を呑んだ。
煌く金髪が揺れ、透き通った緑色の双眸から流れ落ちる涙が、悲しそうでやるせないようなイルマの表情をより儚げにしていた。
「あ、謝るなら、はじめから召喚なんてしなければよかったんだっ……」
思わず非難するように叫んだものの、心が痛みで張り裂けそうになる。気まずさから僕は、逸らすようにイルマから視線を切る。
理不尽に異世界に召喚され、不当な扱いを受け続け、あまつさえ追放までされた僕は、いつの間にか全てを他責にしてしまっていた。
確かに、イルマは僕をこの世界に召喚した魔法士だ。
けれども、僕に勇者の紋章が無いのは誰のせいでもない。そもそも、僕はその状況からずっと目を逸らし続けていたのだ。状況がより悪い方向へ進んでしまうのが怖くて、ことを荒立てないようにしていただけ。
それは、ただの逃げだ。
勇者パーティーから追放されたのだって僕が不甲斐なかったせいなのだから。
いままで我慢していた僕は、堰を切って流れ出した黒い部分をそのままイルマにぶつけてしまったのだ。それなのにイルマは、僕の怒りに対して真っ正面から向き合ってくれた。
本気で僕に謝っているんだ、と気付くと、不思議なことにスーッと怒りが静まるのを感じ冷静になれた。
感情に任せて吐き出した言葉をいまさら取り消すことはできない。
それでも、謝りたかった。
「ごめん、イルマ。言いすぎたよ」
再びイルマの双眸を見つめてから頭を下げる。
「いいや、コウヘイが謝ることではないじゃろ。その叱責をわしは確と受け止めるべきなんじゃ。それに……どうやら、わしは勘違いをしておったようじゃ。勇者は、召喚されるべくして召喚され、嬉々としてその任を受け入れる、と……」
「ん? それは……」
イルマの独白に近い説明を聞き、僕は腕組みして、「うーん」と唸る。
「どうしたのじゃ?」
「あ、いや、違うんだ……何か引っ掛ると言うか……」
不思議そうに瞼を瞬かせるイルマを他所に、僕は考察を開始する。
召喚されるべくして召喚され?
勇者には、左手の甲に勇者の紋章が刻まれるという……先輩たち四人にはそれがあり、僕にはなかった。
嬉々としてその任を受け入れる?
先輩たち四人は、勇者と言われたとき喜んでいたっけ……本来、高宮副主将は、予期せぬ事態を嫌う性格。それなのに、喜んで勇者をやっている。
当然、僕はとんでもない! と、素直に理不尽な出来事に反発しようとした。それでも、内気な性格が邪魔をして逃げる方を選んだ僕は、その反発を心の内に留めてしまったのだ。
僕は、閃きぽつりと呟いた。
「あ、勇者の紋章だ……」
「それは、どういうことじゃ?」
「いや、イルマの話を聞いて思ったんだけど、勇者は紋章の影響で力が強く、使命感に燃えているんじゃないのかなと思ったんだよ」
「ふうむ、それは興味深い話じゃのう」
「そうとしか考えられない。だって僕は――」
イルマには追放されたことを伝えている。これ以上隠す必要は無いだろうと思い僕は、召喚された当初の感情や最近までの出来事を余さずに説明した。
「魔力がゼロなのは、わしもあのとき驚いたもんじゃよ。本来、この世に生を受けたもの全てに魔力があるとされておるからの」
「まあ、そこはみんな不思議がっていたから、僕の体質かもしれない。問題は、今後どうするかなんだよ」
「それは、どういうことじゃ?」
僕は心の中で決意したけど、イルマには脈絡のない話に聞こえたのだろう。イルマは、説明してほしそうに眉根をひそめる。
「そのー、恥ずかしい話なんだけどね。僕は嫌なことから目を逸らし続けてきたんだ。理不尽なことをそういうもんだと受け入れていたんだ。それは何の解決にもならないただの逃げだというのに……これも全て僕が弱いのが悪いのに……」
一息に僕が説明すると、イルマは理解できないとでもいうように訝しげな視線を寄越した。
「うーん、オークの攻撃を余裕で受け流せる強者が、弱いとはおかしな話じゃの。比較的にハイランクの冒険者が集まるこの帝都の冒険者でさえ、中々おらんぞ……」
追放された理由を戦力外だと説明したから、冒険者と比較された。そもそも、オーガやトロールは何十人という大人数で討伐する魔獣なのだ。だから、イルマが納得できないのもわかる。
が、そうではないのだ。
「いや、物理的な強い弱いじゃなくて。何て説明したらいいかな……そう、そうだ。心の問題だよ。魔法が使えない僕は、当然勇者である先輩達には敵わない。その分、僕は頑張らないといけないんだよ」
「そういうものじゃろうか……」
僕の考えが理解できないのか、イルマは首を傾げながらしきりに唸るばかり。
勇者ではない僕が、勇者召喚に巻き込まれた理由はまったくわからない。
隠された使命が僕にはあるんだ! なんて勘違いするほど、僕の頭もめでたくはない。内気な僕だけど、結構、現実主義だったりする。だから、無駄に反発することをいままでしてこなかった。
ただ、今回ばかりはそれが仇となり追放された。
しかも、溜まりに溜まったその鬱憤をイルマに吐き出してしまったのだ。
結果、過ぎたことを考えすぎて立ち止まって何もできなくなるより、僕は先に進むことを選んだのである。
「まあ、コウヘイの話を聞く限り、冒険者というのは良い選択かもしれんのう」
「そう思うよね? だから、魔法袋と短剣を探しに来たんだ」
「そうじゃった! 罪滅ぼしという訳ではないが、魔法の鞄をコウヘイに譲ろう」
「え、良いの!」
まさかのありがたい申し出に僕の口角が上がる。
「当然じゃ。先ほど何でもすると言ったではないか。ただ、魔法袋と違ってかさばるし、見た目の一〇倍程度しか入らんからオーク一匹も入らんぞ」
「いや、それでもありがたいよ」
「そうか、そう言ってもらえるとわしも助かる」
イルマは、それを取りに行くのか席を立った。
その小さな背中を眺めながら、僕は冷静になって考える。
勇者召喚の魔法は、数十人の一流の魔法士を集める必要があるらしい。イルマは、勇者召喚に関わった数多くの人々の内の一人にすぎないのだ。
つまり、イルマ自身は罪滅ぼしだとか言っているけど、そこまでする必要はないことに気付いたのだ。しかも、必ず成功する訳ではなく、命を落とす危険があることも思い出した。
イルマはイルマなりに自分の世界のために命を懸け、皇帝や聖女の呼びかけに応じただけなのだ。この世界の人からすると、魔族や魔獣に困ったら勇者を召喚するのが当たり前であり、勇者なのだから戦えというばかりである。
それがこの世界の常識だった。
終いには、帰る手段も無いと言われれば、一切を諦めてこの世界の慣習を受け入れた方が楽だ。いくら反発しても何の伝手もない僕たち異世界人は、この世界ではあまりにも無力。反発するぐらいなら己を鍛えた方がよっぽど意味がある。
そう思うと、召喚された側からすると非常に迷惑な話だった。
けれども、先程のイルマの土下座した姿を見て――
身体を震わせながら涙を流した姿を見て――
イルマが僕の立場になって考えてくれたことが十二分に理解できた。
途端に、イルマの立場になって考えたら怒るに怒れなくなってしまう。
既に僕の中のイルマに対する蟠りは消え去っていた。
何の気なしに立ち寄った店であったけど、まさに僥倖と言うべきだろう。
僕は勇者パーティーを追放されてなんて不運なんだと思っていたけど、昨日のマシューさん然り、そのあとの出会いに恵まれたと思う。そんな最近の出会いに感謝をしていると、イルマが何やら鞄のような物を手に持って戻って来た。
「ほれ、これじゃよ。あと、短剣もついでにやろう。これは、遊びで風魔法を付与してあるから思いっきり振ればウィンドカッターが発動するぞ」
イルマがなんてことないように気安く説明してくれたけど、それもマジックアイテムってやつじゃないか!
「後学のために聞いておくけど、ふつうに買うとしたらどれくらいの金額がするのかな?」
「そうじゃな……鋼鉄の短剣と定着に使用する魔法石の金額だけだったら小金貨一枚くらいかの。じゃが、店売りの相場だと技術料を含めると金貨五枚位するじゃろうな」
「金貨五枚!」
売れば数年間自由気ままに生活できる額に素っ頓狂な声を上げる。
そんなに高価な物を貰ってもいいのかな……
心の声が漏れたのか、はたまた表情からなのか、イルマは気にするなと言ってくれた。
「よいよい、それくらいなんてことないんじゃ。わしらの世界のためとは言え、無理やり召喚したのじゃからな。それに対する報酬は、金では計れないもんじゃよ」
「え、でも……」
「いいのじゃ、わしにコウヘイの協力をさせてほしいだけじゃ」
「そ、それならありがたくいただくよ」
イルマが僕を召喚した魔法士の一人と聞いたときは、込み上げてきた怒りでどうにかなってしまいそうだった。
いまではどうだろうか?
さっきまでそんな感情を抱いていたことがバカらしいと思えるほど落ち着いている。
謝罪の言葉や魔法の鞄と短剣をもらったから許せたという訳ではない。ただ単純にイルマと会話を重ねた中で仕方がないことだったと理解したのだ。それに、恨んでも何も生まないとも察した。
そのような考え方ができるようになっただけでも、僕は成長したのだと思い、先ずはそのことを喜ぶことにしよう。
イルマの道具屋を出で空を見上げると、煌くほどに眩しく真上で照った陽の光が僕の心を照らした。
――――己を見つめ直し、成長を感じた僕の心は、なんだかとても晴れやかだった。
0
お気に入りに追加
457
あなたにおすすめの小説
百花繚乱 〜国の姫から極秘任務を受けた俺のスキルの行くところ〜
幻月日
ファンタジー
ーー時は魔物時代。
魔王を頂点とする闇の群勢が世界中に蔓延る中、勇者という職業は人々にとって希望の光だった。
そんな勇者の一人であるシンは、逃れ行き着いた村で村人たちに魔物を差し向けた勇者だと勘違いされてしまい、滞在中の兵団によってシーラ王国へ送られてしまった。
「勇者、シン。あなたには魔王の城に眠る秘宝、それを盗み出して来て欲しいのです」
唐突にアリス王女に突きつけられたのは、自分のようなランクの勇者に与えられる任務ではなかった。レベル50台の魔物をようやく倒せる勇者にとって、レベル100台がいる魔王の城は未知の領域。
「ーー王女が頼む、その任務。俺が引き受ける」
シンの持つスキルが頼りだと言うアリス王女。快く引き受けたわけではなかったが、シンはアリス王女の頼みを引き受けることになり、魔王の城へ旅立つ。
これは魔物が世界に溢れる時代、シーラ王国の姫に頼まれたのをきっかけに魔王の城を目指す勇者の物語。
Fragment-memory of future-Ⅱ
黒乃
ファンタジー
小説内容の無断転載・無断使用・自作発言厳禁
Repost is prohibited.
무단 전하 금지
禁止擅自转载
W主人公で繰り広げられる冒険譚のような、一昔前のRPGを彷彿させるようなストーリーになります。
バトル要素あり。BL要素あります。苦手な方はご注意を。
今作は前作『Fragment-memory of future-』の二部作目になります。
カクヨム・ノベルアップ+でも投稿しています
Copyright 2019 黒乃
******
主人公のレイが女神の巫女として覚醒してから2年の月日が経った。
主人公のエイリークが仲間を取り戻してから2年の月日が経った。
平和かと思われていた世界。
しかし裏では確実に不穏な影が蠢いていた。
彼らに訪れる新たな脅威とは──?
──それは過去から未来へ紡ぐ物語
終焉の謳い手~破壊の騎士と旋律の戦姫~
柚月 ひなた
ファンタジー
理想郷≪アルカディア≫と名付けられた世界。
世界は紛争や魔獣の出現など、多くの問題を抱え混沌としていた。
そんな世界で、破壊の力を宿す騎士ルーカスは、旋律の戦姫イリアと出会う。
彼女は歌で魔術の奇跡を体現する詠唱士≪コラール≫。過去にルーカスを絶望から救った恩人だ。
だが、再会したイリアは記憶喪失でルーカスを覚えていなかった。
原因は呪詛。記憶がない不安と呪詛に苦しむ彼女にルーカスは「この名に懸けて誓おう。君を助け、君の力になると——」と、騎士の誓いを贈り奮い立つ。
かくして、ルーカスとイリアは仲間達と共に様々な問題と陰謀に立ち向かって行くが、やがて逃れ得ぬ宿命を知り、選択を迫られる。
何を救う為、何を犠牲にするのか——。
これは剣と魔法、歌と愛で紡ぐ、終焉と救済の物語。
ダークでスイートなバトルロマンスファンタジー、開幕。
翼のない竜-土竜の話-
12時のトキノカネ
ファンタジー
日本で普通に生きてた俺だけど、どうやら死んでしまったらしい。
そして異世界で竜に生まれ変わったようだ。竜と言っても翼のない土竜だ。
生まれた直後から前世の記憶はあった。周囲は草食のアルゼンチノサウルスみたいな連中ばかり。10年、育つのを待って異世界と言ったら剣と魔法。冒険でしょう!と竜の群れを抜けて旅をはじめた。まずは手始めに一番近い人間の居住エリアに。初バトルはドラゴンブレス。旅の仲間は胡散臭い。主人公は重度の厨二病患者。オレツエェエエエを信じて疑わないアホ。
俺様最強を目指して斜めに向かっている土竜の成長物語です。
僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~
SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。
ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。
『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』
『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』
そんな感じ。
『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。
隔週日曜日に更新予定。
異世界坊主の成り上がり
峯松めだか(旧かぐつち)
ファンタジー
山歩き中の似非坊主が気が付いたら異世界に居た、放っておいても生き残る程度の生存能力の山男、どうやら坊主扱いで布教せよということらしい、そんなこと言うと坊主は皆死んだら異世界か?名前だけで和尚(おしょう)にされた山男の明日はどっちだ?
矢鱈と生物学的に細かいゴブリンの生態がウリです?
本編の方は無事完結したので、後はひたすら番外で肉付けしています。
タイトル変えてみました、
旧題異世界坊主のハーレム話
旧旧題ようこそ異世界 迷い混んだのは坊主でした
「坊主が死んだら異世界でした 仏の威光は異世界でも通用しますか? それはそうとして、ゴブリンの生態が色々エグいのですが…」
迷子な坊主のサバイバル生活 異世界で念仏は使えますか?「旧題・異世界坊主」
ヒロイン其の2のエリスのイメージが有る程度固まったので画像にしてみました、灯に関しては未だしっくり来ていないので・・未公開
因みに、新作も一応準備済みです、良かったら見てやって下さい。
少女は石と旅に出る
https://kakuyomu.jp/works/1177354054893967766
SF風味なファンタジー、一応この異世界坊主とパラレル的にリンクします
少女は其れでも生き足掻く
https://kakuyomu.jp/works/1177354054893670055
中世ヨーロッパファンタジー、独立してます
魔導師ミアの憂鬱
砂月美乃
ファンタジー
ミアは19歳、誰もが魔力を持つこの世界で、努力しているのになかなか魔力が顕現しない。師匠のルカ様は、ミアには大きな魔力があるはずと言う。そんなある日、ルカ様に提案された方法とは……?
素敵な仲間と魔導師として成長していくミアの物語。Rシーンやや多め?です。
ムーンライトノベルズさんで先行、完結済。一部改稿しています。9月からは完結まで一日2話または3話ずつ連続投稿します(すみません、ペース変更しました)。宜しくお願い致します。
食うために軍人になりました。
KBT
ファンタジー
ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。
しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。
このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。
そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。
父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。
それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。
両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。
軍と言っても、のどかな田舎の軍。
リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。
おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。
その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。
生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。
剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる