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第一章 始動【旅立ち編】

第07話 立場の違い

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 熱心に身振り手振りを交えて話すイルマは、どこか得意げだった。

 帝国の魔法士だけで心許なかったのか、勇者召喚に余裕を持たせるためにイルマが招聘されたらしい。それでも、ほとんどすべての魔力を消費してしまい正直焦ったとかなんとか。

 結果、その報酬として帝都に錬金術の実験ができる建物を下賜されたようだ。さらに、実験で創作した物を売れるように建物を一部改装して道具屋にしたらしい。

 十中八九、僕が居る場所がそれに違いない。

 僕は、イルマの話をただただ聞くことしかできなかった。

 いや、憎悪で僕の顔が歪んでいく。

 けれども、イルマは僕の様子に気付くこともなく、まったく悪びれる様子もない。嬉々として説明を続けるのだった。

 へー、無理やり僕たちを召喚したくせに、人通りが多い一等地と店までもらったのか……しかも、僕を目の前にしてその話をするとは……

 イルマの神経を疑いつつも、半ば思考停止状態の僕は、ぼそり――感情が抜けた低い声で呟いた。

「となると、おまえが僕たちを召喚したんだ……」
「ど、どうしたのじゃ、コウヘイ」

 おまえ呼ばわりされ、ようやく僕の視線に気付いたイルマは、困惑顔になり下唇を嚙んでいる。

 その幼い見た目にすっかり僕は騙されるところだった。それでも、その話を聞いたからにはもう騙されない。

「どうもしない。勝手な都合で僕たちを召喚したんだろ?」

 斜に構えた僕はイルマの次なる言葉を待つ。

「そ、そうじゃが、そんなに睨まんでくれんじゃろうか……さすがに怖いぞ」

 睨む? 何を言っているんだ?

 僕は、イルマの言っている意図がわからずに首を傾げる。
 
 イルマは、この沈黙に居心地を悪くしたのか違う話を持ち出した。

「それにしても、コウヘイは一人でどうしたのじゃ? 魔法袋を探していると言っておったが、帝国から支給された物があるじゃろうに」

 魔法袋? ああ、それなら……と、説明してやることにした。

「ふん、それなら二日前に勇者パーティーを追放されたよ。そのときに魔法袋含め、全てを取り上げられた」
「なんじゃと!」

 イルマは、さも信じられないというような大袈裟な表情で驚いていた。

 その反応に、僕はなぜか鬱陶しさを感じてしまう。

「べつに驚くことじゃないだろ。勇者でもない僕が、重装騎士の役目を果たせる訳がないんだから……そんなわかりきったこと――ッ!」

 次第に語気が強くなって叫ぶようにイルマを睨んだとき。

 僕の話を静かに聞いていたイルマの表情が驚きから一転、おぼろげで、悲愴ひそうとも、困惑ともとれる複雑な感情を表現していた。

「そうじゃったのか……あとからなら何とでも言えようが……」

 途端に、イルマが床に額を擦り付けるように土下座をしたのだった。

「この度は、誠に申し訳ないことをした。わしらの世界の事情があったにしろ、コウヘイの申す通り、見ず知らずの世界に召喚したのは身勝手な行為じゃった」

 弁明するように、イルマが頭を下げたまま尚も続けた。

「頭を下げたくらいでは、決して許されることではないことも重々承知しておる。許してくれとは言わん。じゃが、コウヘイの気が晴れるまで、わしにできることなら何でもするつもりじゃ」

 まさかの展開に、ハッと我に返った僕は慌ててしまう。

「ちょ、ちょっと何してるんだよっ。そんなことをしても僕が日本に帰れる訳じゃ無いんだぞっ」

 顔を上げさせるために、僕がしゃがみ込みイルマの肩を掴んだ。

 すると、その華奢な肩が微かに震えていた。

「し、しかし……」

 声を震わせながら面を上げたイルマと目が合い、僕は息を呑んだ。

 煌く金髪が揺れ、透き通った緑色の双眸そうぼうから流れ落ちる涙が、悲しそうでやるせないようなイルマの表情をより儚げにしていた。

「あ、謝るなら、はじめから召喚なんてしなければよかったんだっ……」

 思わず非難するように叫んだものの、心が痛みで張り裂けそうになる。気まずさから僕は、逸らすようにイルマから視線を切る。

 理不尽に異世界に召喚され、不当な扱いを受け続け、あまつさえ追放までされた僕は、いつの間にか全てを他責にしてしまっていた。

 確かに、イルマは僕をこの世界に召喚した魔法士だ。

 けれども、僕に勇者の紋章が無いのは誰のせいでもない。そもそも、僕はその状況からずっと目を逸らし続けていたのだ。状況がより悪い方向へ進んでしまうのが怖くて、ことを荒立てないようにしていただけ。

 それは、ただの逃げだ。

 勇者パーティーから追放されたのだって僕が不甲斐なかったせいなのだから。

 いままで我慢していた僕は、堰を切って流れ出した黒い部分をそのままイルマにぶつけてしまったのだ。それなのにイルマは、僕の怒りに対して真っ正面から向き合ってくれた。

 本気で僕に謝っているんだ、と気付くと、不思議なことにスーッと怒りが静まるのを感じ冷静になれた。

 感情に任せて吐き出した言葉をいまさら取り消すことはできない。

 それでも、謝りたかった。

「ごめん、イルマ。言いすぎたよ」

 再びイルマの双眸を見つめてから頭を下げる。

「いいや、コウヘイが謝ることではないじゃろ。その叱責をわしはしかと受け止めるべきなんじゃ。それに……どうやら、わしは勘違いをしておったようじゃ。勇者は、召喚されるべくして召喚され、嬉々としてその任を受け入れる、と……」
「ん? それは……」

 イルマの独白に近い説明を聞き、僕は腕組みして、「うーん」と唸る。

「どうしたのじゃ?」
「あ、いや、違うんだ……何か引っ掛ると言うか……」

 不思議そうに瞼をしばたたかせるイルマを他所に、僕は考察を開始する。

 召喚されるべくして召喚され?

 勇者には、左手の甲に勇者の紋章が刻まれるという……先輩たち四人にはそれがあり、僕にはなかった。

 嬉々としてその任を受け入れる?

 先輩たち四人は、勇者と言われたとき喜んでいたっけ……本来、高宮副主将は、予期せぬ事態を嫌う性格。それなのに、喜んで勇者をやっている。

 当然、僕はとんでもない! と、素直に理不尽な出来事に反発しようとした。それでも、内気な性格が邪魔をして逃げる方を選んだ僕は、その反発を心の内に留めてしまったのだ。

 僕は、閃きぽつりと呟いた。

「あ、勇者の紋章だ……」
「それは、どういうことじゃ?」
「いや、イルマの話を聞いて思ったんだけど、勇者は紋章の影響で力が強く、使命感に燃えているんじゃないのかなと思ったんだよ」
「ふうむ、それは興味深い話じゃのう」
「そうとしか考えられない。だって僕は――」

 イルマには追放されたことを伝えている。これ以上隠す必要は無いだろうと思い僕は、召喚された当初の感情や最近までの出来事を余さずに説明した。

「魔力がゼロなのは、わしもあのとき驚いたもんじゃよ。本来、この世に生を受けたもの全てに魔力があるとされておるからの」
「まあ、そこはみんな不思議がっていたから、僕の体質かもしれない。問題は、今後どうするかなんだよ」
「それは、どういうことじゃ?」

 僕は心の中で決意したけど、イルマには脈絡のない話に聞こえたのだろう。イルマは、説明してほしそうに眉根をひそめる。

「そのー、恥ずかしい話なんだけどね。僕は嫌なことから目を逸らし続けてきたんだ。理不尽なことをそういうもんだと受け入れていたんだ。それは何の解決にもならないただの逃げだというのに……これも全て僕が弱いのが悪いのに……」

 一息に僕が説明すると、イルマは理解できないとでもいうように訝しげな視線を寄越した。

「うーん、オークの攻撃を余裕で受け流せる強者が、弱いとはおかしな話じゃの。比較的にハイランクの冒険者が集まるこの帝都の冒険者でさえ、中々おらんぞ……」

 追放された理由を戦力外だと説明したから、冒険者と比較された。そもそも、オーガやトロールは何十人という大人数で討伐する魔獣なのだ。だから、イルマが納得できないのもわかる。

 が、そうではないのだ。

「いや、物理的な強い弱いじゃなくて。何て説明したらいいかな……そう、そうだ。心の問題だよ。魔法が使えない僕は、当然勇者である先輩達には敵わない。その分、僕は頑張らないといけないんだよ」
「そういうものじゃろうか……」

 僕の考えが理解できないのか、イルマは首を傾げながらしきりに唸るばかり。

 勇者ではない僕が、勇者召喚に巻き込まれた理由はまったくわからない。

 隠された使命が僕にはあるんだ! なんて勘違いするほど、僕の頭もめでたくはない。内気な僕だけど、結構、現実主義だったりする。だから、無駄に反発することをいままでしてこなかった。

 ただ、今回ばかりはそれが仇となり追放された。

 しかも、溜まりに溜まったその鬱憤うっぷんをイルマに吐き出してしまったのだ。

 結果、過ぎたことを考えすぎて立ち止まって何もできなくなるより、僕は先に進むことを選んだのである。

「まあ、コウヘイの話を聞く限り、冒険者というのは良い選択かもしれんのう」
「そう思うよね? だから、魔法袋と短剣を探しに来たんだ」
「そうじゃった! 罪滅ぼしという訳ではないが、魔法の鞄をコウヘイに譲ろう」
「え、良いの!」

 まさかのありがたい申し出に僕の口角が上がる。

「当然じゃ。先ほど何でもすると言ったではないか。ただ、魔法袋と違ってかさばるし、見た目の一〇倍程度しか入らんからオーク一匹も入らんぞ」
「いや、それでもありがたいよ」
「そうか、そう言ってもらえるとわしも助かる」

 イルマは、それを取りに行くのか席を立った。

 その小さな背中を眺めながら、僕は冷静になって考える。

 勇者召喚の魔法は、数十人の一流の魔法士を集める必要があるらしい。イルマは、勇者召喚に関わった数多くの人々の内の一人にすぎないのだ。

 つまり、イルマ自身は罪滅ぼしだとか言っているけど、そこまでする必要はないことに気付いたのだ。しかも、必ず成功する訳ではなく、命を落とす危険があることも思い出した。

 イルマはイルマなりに自分の世界のために命を懸け、皇帝や聖女の呼びかけに応じただけなのだ。この世界の人からすると、魔族や魔獣に困ったら勇者を召喚するのが当たり前であり、勇者なのだから戦えというばかりである。

 それがこの世界の常識だった。

 終いには、帰る手段も無いと言われれば、一切を諦めてこの世界の慣習を受け入れた方が楽だ。いくら反発しても何の伝手つてもない僕たち異世界人は、この世界ではあまりにも無力。反発するぐらいなら己を鍛えた方がよっぽど意味がある。

 そう思うと、召喚された側からすると非常に迷惑な話だった。

 けれども、先程のイルマの土下座した姿を見て――
 身体を震わせながら涙を流した姿を見て――

 イルマが僕の立場になって考えてくれたことが十二分に理解できた。

 途端に、イルマの立場になって考えたら怒るに怒れなくなってしまう。

 既に僕の中のイルマに対するわだかまりは消え去っていた。

 何の気なしに立ち寄った店であったけど、まさに僥倖と言うべきだろう。

 僕は勇者パーティーを追放されてなんて不運なんだと思っていたけど、昨日のマシューさん然り、そのあとの出会いに恵まれたと思う。そんな最近の出会いに感謝をしていると、イルマが何やら鞄のような物を手に持って戻って来た。

「ほれ、これじゃよ。あと、短剣もついでにやろう。これは、遊びで風魔法を付与してあるから思いっきり振ればウィンドカッターが発動するぞ」

 イルマがなんてことないように気安く説明してくれたけど、それもマジックアイテムってやつじゃないか!

「後学のために聞いておくけど、ふつうに買うとしたらどれくらいの金額がするのかな?」
「そうじゃな……鋼鉄の短剣と定着に使用する魔法石の金額だけだったら小金貨一枚くらいかの。じゃが、店売りの相場だと技術料を含めると金貨五枚位するじゃろうな」
「金貨五枚!」

 売れば数年間自由気ままに生活できる額に素っ頓狂な声を上げる。

 そんなに高価な物を貰ってもいいのかな……

 心の声が漏れたのか、はたまた表情からなのか、イルマは気にするなと言ってくれた。

「よいよい、それくらいなんてことないんじゃ。わしらの世界のためとは言え、無理やり召喚したのじゃからな。それに対する報酬は、金では計れないもんじゃよ」
「え、でも……」
「いいのじゃ、わしにコウヘイの協力をさせてほしいだけじゃ」
「そ、それならありがたくいただくよ」

 イルマが僕を召喚した魔法士の一人と聞いたときは、込み上げてきた怒りでどうにかなってしまいそうだった。

 いまではどうだろうか?

 さっきまでそんな感情を抱いていたことがバカらしいと思えるほど落ち着いている。

 謝罪の言葉や魔法の鞄と短剣をもらったから許せたという訳ではない。ただ単純にイルマと会話を重ねた中で仕方がないことだったと理解したのだ。それに、恨んでも何も生まないとも察した。

 そのような考え方ができるようになっただけでも、僕は成長したのだと思い、先ずはそのことを喜ぶことにしよう。

 イルマの道具屋を出で空を見上げると、煌くほどに眩しく真上で照った陽の光が僕の心を照らした。

 ――――己を見つめ直し、成長を感じた僕の心は、なんだかとても晴れやかだった。
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