28 / 53
第一章 領地でぬくぬく編
第27話 女神、うじうじお姉様に呆れる
しおりを挟む
フォックスマン家の全員が食堂に集まったのは、実に一年振りである。モーラとテイラーが到着したのが丁度お昼時ということもあり、自然な流れだった。久し振りに全員が揃っての食事と歓談。楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまう。ただそれも、いつの間にか空気が変わったのをローラが感じ取り、視線を上げる。
ダリルが、金色に縁取られた真っ白い陶器に満たされたハーブティーを一口飲み下し、ソーサーにカップを戻す。打ち合わせをした訳でもないのに、誰もが口を閉ざしている。
この雰囲気にはローラも慣れたもので、「ああ、そういうこと」と、これから起こることを理解した。けれども、「何かしたかしら?」という疑問が浮かんだ。
が、それは思い違いだったようである。
「それで、結局どっちにすることにしたんだ?」
と口を開いたダリルは、モーラの方を身体ごと向いてじいっと見つめていた。ローラが何かしでかしたときに向けられる、呆れた眼差しではなく、真剣な眼差しだった。
(ああ、そうよね。てっきり、また何かやらかして、お姉様たちを巻き込んでわたしを責めるのかと思っちゃったじゃないの。まったく紛らわしいんだから)
ローラは、自分の行動がダリルの頭を悩ませていることを自覚しているが、自重する気はさらさらない。そもそも、悪いことをしているつもりもない。ダリルたちが勝手に大騒ぎをしているだけだと、むしろ面倒に感じているのだ。
(それにしても、お姉様は何をやらかしたのかしら? 全然答えないけど……)
ダリルに問い掛けられた瞬間、モーラは、俯いてしまい、カップを両手で掴んだ姿勢のまま黙り込んでしまったのだ。
十数秒の沈黙の後、
「……ほ、本当は翼竜騎士団が良かったのですが、素直にテレサに帰ってくることにしました」
とモーラは、俯きながら話し始め、最後にはダリルを窺うようにゆっくりと顔を上げた。ローラの位置からは、モーラの顔色がわからない。それでも、声音から元気がなさそうだった。
どうやら、モーラは進路のことで悩んでおり、最終的な答えを出したようだ。
だがしかし、ローラは、思い出した。ある日の訓練効果を実感したユリアが、『これなら翼竜騎士団にも入れそうだ!』と、いっていたのだ。翼竜騎士団は、馬の代わりにワイバーンに騎乗するサーデン帝国の花形騎士団である。
(帝国最強と謳われる騎士団を目指していたほどなら、何故こんなちんけな村に戻ってこようと思ったのかしら?)
当然、帝都には他にも騎士団がいくつもある。
「……そうか。俺としては嬉しいが、何なら近衛騎士団に推薦しても良いんだぞ?」
「い、いえ、これでもかなり腕が立つ方だと自覚しています。でも、さすがにそこまでとは自惚れてはおりません」
(ダリルはアホなのか! いやっ、親バカだったわね……)
帝都の近衛騎士団は、皇帝直属の騎士団である。実力では二番手だが、格式は一番高い。当然、求められる実力も相当高い。つまり、翼竜騎士団より格上なのに何故ダリルが近衛騎士団を進めようと思ったのか、ローラは不思議でしかなかった。
(ダリルは、元団長だったし、もしや、皇帝と仲が良いもんだから調子乗ってるのかしら?)
考えたところで、ローラにダリルの考えがわかる訳もなく、直接モーラに聞くことにした。
「ねえ、どうしてこんな村に戻ってくるの? 帝都なら他にも騎士団がありましたよね?」
「ローラ、こんな村とかいわないでおくれよお……」
娘からこんな村といわれてしょげているダリルのことは、当然、無視である。
「はは、素直なところも相変わらずなのね」
「モーラまで!」
どうやらモーラもテレサのショボさを自覚しているようだ。
「それはね、ローラ。翼竜騎士団の誘いを断って他の騎士団になんか入れないわ」
モーラの言葉の意味を理解できず、ローラの頭に疑問符が浮かぶ。入団希望の翼竜騎士団から誘いが来ているのにも拘らず、断るつもりだと聞こえたからだ。
「それって、入りたいけど入れない理由があるのですか?」
ローラは、何気なく尋ねたつもりなのだが、モーラが息を呑むようにして黙り込む。予想外のモーラの反応に、ローラは戸惑う。
「お、お姉様?」
「……実はね……私は、魔法の詠唱が苦手なのよ。翼竜騎士団は、ワイバーンに騎乗しながらの魔法行使で一撃離脱する戦法が主流なの。だから、攻撃のタイミングで詠唱に失敗したら話にならないのよ」
沈黙。
ダリルだけではなく、テイラーも俯いている。どう言葉を掛けてよいのかわからないのだろう。何とも微妙な空気が流れるが、ローラには関係なかった。
(ほへー、つまりは、自分の能力では、足手まといになるということで諦めたということよね?)
何とも殊勝な考えをお持ちなのだろうかと思いつつ、ローラはくだらないとも思った。
本当に、くだらない――
モーラがテレサに残ってくれた方が、ローラがここを離れたとしても守りの心配がなくなる。しかし、それと同時に人材の無駄遣いである。
「くだらないわっ!」
言下、ローラが両手でテーブルを叩きつけて立ち上がると、あまりの豹変ぶりにみんなが呆気にとられた様子で目を見開くのだった。
「ちょ、ちょっとどうしたのよ、ローラ」
ローラが、キッとモーラを睨んだものだから、モーラが狼狽する。モーラは、立ち上がるも、わたわたと慌ててダリルやセナの様子を窺いはじめる。誰もが首を左右に振る中、ローラはモーラにズシズシと近付く。
「わたしがその性根を鍛え直してあげるわ!」
こうしてローラは、いままで必死に演じてきた繊細で可憐な娘や妹の仮面を脱ぎ捨て、抵抗するモーラの手を無理やり引き、修練場に向かうのであった。
ダリルが、金色に縁取られた真っ白い陶器に満たされたハーブティーを一口飲み下し、ソーサーにカップを戻す。打ち合わせをした訳でもないのに、誰もが口を閉ざしている。
この雰囲気にはローラも慣れたもので、「ああ、そういうこと」と、これから起こることを理解した。けれども、「何かしたかしら?」という疑問が浮かんだ。
が、それは思い違いだったようである。
「それで、結局どっちにすることにしたんだ?」
と口を開いたダリルは、モーラの方を身体ごと向いてじいっと見つめていた。ローラが何かしでかしたときに向けられる、呆れた眼差しではなく、真剣な眼差しだった。
(ああ、そうよね。てっきり、また何かやらかして、お姉様たちを巻き込んでわたしを責めるのかと思っちゃったじゃないの。まったく紛らわしいんだから)
ローラは、自分の行動がダリルの頭を悩ませていることを自覚しているが、自重する気はさらさらない。そもそも、悪いことをしているつもりもない。ダリルたちが勝手に大騒ぎをしているだけだと、むしろ面倒に感じているのだ。
(それにしても、お姉様は何をやらかしたのかしら? 全然答えないけど……)
ダリルに問い掛けられた瞬間、モーラは、俯いてしまい、カップを両手で掴んだ姿勢のまま黙り込んでしまったのだ。
十数秒の沈黙の後、
「……ほ、本当は翼竜騎士団が良かったのですが、素直にテレサに帰ってくることにしました」
とモーラは、俯きながら話し始め、最後にはダリルを窺うようにゆっくりと顔を上げた。ローラの位置からは、モーラの顔色がわからない。それでも、声音から元気がなさそうだった。
どうやら、モーラは進路のことで悩んでおり、最終的な答えを出したようだ。
だがしかし、ローラは、思い出した。ある日の訓練効果を実感したユリアが、『これなら翼竜騎士団にも入れそうだ!』と、いっていたのだ。翼竜騎士団は、馬の代わりにワイバーンに騎乗するサーデン帝国の花形騎士団である。
(帝国最強と謳われる騎士団を目指していたほどなら、何故こんなちんけな村に戻ってこようと思ったのかしら?)
当然、帝都には他にも騎士団がいくつもある。
「……そうか。俺としては嬉しいが、何なら近衛騎士団に推薦しても良いんだぞ?」
「い、いえ、これでもかなり腕が立つ方だと自覚しています。でも、さすがにそこまでとは自惚れてはおりません」
(ダリルはアホなのか! いやっ、親バカだったわね……)
帝都の近衛騎士団は、皇帝直属の騎士団である。実力では二番手だが、格式は一番高い。当然、求められる実力も相当高い。つまり、翼竜騎士団より格上なのに何故ダリルが近衛騎士団を進めようと思ったのか、ローラは不思議でしかなかった。
(ダリルは、元団長だったし、もしや、皇帝と仲が良いもんだから調子乗ってるのかしら?)
考えたところで、ローラにダリルの考えがわかる訳もなく、直接モーラに聞くことにした。
「ねえ、どうしてこんな村に戻ってくるの? 帝都なら他にも騎士団がありましたよね?」
「ローラ、こんな村とかいわないでおくれよお……」
娘からこんな村といわれてしょげているダリルのことは、当然、無視である。
「はは、素直なところも相変わらずなのね」
「モーラまで!」
どうやらモーラもテレサのショボさを自覚しているようだ。
「それはね、ローラ。翼竜騎士団の誘いを断って他の騎士団になんか入れないわ」
モーラの言葉の意味を理解できず、ローラの頭に疑問符が浮かぶ。入団希望の翼竜騎士団から誘いが来ているのにも拘らず、断るつもりだと聞こえたからだ。
「それって、入りたいけど入れない理由があるのですか?」
ローラは、何気なく尋ねたつもりなのだが、モーラが息を呑むようにして黙り込む。予想外のモーラの反応に、ローラは戸惑う。
「お、お姉様?」
「……実はね……私は、魔法の詠唱が苦手なのよ。翼竜騎士団は、ワイバーンに騎乗しながらの魔法行使で一撃離脱する戦法が主流なの。だから、攻撃のタイミングで詠唱に失敗したら話にならないのよ」
沈黙。
ダリルだけではなく、テイラーも俯いている。どう言葉を掛けてよいのかわからないのだろう。何とも微妙な空気が流れるが、ローラには関係なかった。
(ほへー、つまりは、自分の能力では、足手まといになるということで諦めたということよね?)
何とも殊勝な考えをお持ちなのだろうかと思いつつ、ローラはくだらないとも思った。
本当に、くだらない――
モーラがテレサに残ってくれた方が、ローラがここを離れたとしても守りの心配がなくなる。しかし、それと同時に人材の無駄遣いである。
「くだらないわっ!」
言下、ローラが両手でテーブルを叩きつけて立ち上がると、あまりの豹変ぶりにみんなが呆気にとられた様子で目を見開くのだった。
「ちょ、ちょっとどうしたのよ、ローラ」
ローラが、キッとモーラを睨んだものだから、モーラが狼狽する。モーラは、立ち上がるも、わたわたと慌ててダリルやセナの様子を窺いはじめる。誰もが首を左右に振る中、ローラはモーラにズシズシと近付く。
「わたしがその性根を鍛え直してあげるわ!」
こうしてローラは、いままで必死に演じてきた繊細で可憐な娘や妹の仮面を脱ぎ捨て、抵抗するモーラの手を無理やり引き、修練場に向かうのであった。
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
異世界でタロと一緒に冒険者生活を始めました
ももがぶ
ファンタジー
俺「佐々木光太」二十六歳はある日気付けばタロに導かれ異世界へ来てしまった。
会社から帰宅してタロと一緒に散歩していたハズが気が付けば異世界で魔法をぶっ放していた。
タロは喋るし、俺は十二歳になりましたと言われるし、これからどうなるんだろう。
神に同情された転生者物語
チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。
すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情された異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。
悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。
転生したらチートでした
ユナネコ
ファンタジー
通り魔に刺されそうになっていた親友を助けたら死んじゃってまさかの転生!?物語だけの話だと思ってたけど、まさかほんとにあるなんて!よし、第二の人生楽しむぞー!!
一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?
たまご
ファンタジー
アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。
最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。
だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。
女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。
猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!!
「私はスローライフ希望なんですけど……」
この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。
表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる