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第一章 領地でぬくぬく編
第19話 ハーフエルフ、実践訓練をする(▲)
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領主の館――二階のとある部屋の前で四人が、内緒話をするように小声で最終確認をする。
「ねえ、本当にやるの?」
部屋の中を覗いているローラの肩をつつきながら、ミリアが心配そうな声音で尋ねる。
「何よミリア、今更怖気づいたのかしら?」
「ち、違うわよ。一生懸命に働いているマチスさんに悪い気がして……」
マチス――領主様であるダリルの従者の一人であり、政務官を務めている男の名だ。ローラの提案に乗ったミリアたちが集合している場所は、彼の執務室の前である。
つまり、カールパニートで話し合った内容を実行するには、彼の存在が必要不可欠だったのだ。
「大丈夫よ、ほら。座って仕事しているように見えるけどアレは――」
ミリアがローラの頬に自分の頬をくっつけ、執務室の扉の隙間からローラの視線の先を見た。
子供の身長では書類の山が邪魔ではっきりと見えないが、舟を漕ぐように揺れているマチスのところどころ癖毛ではねた栗色の頭がミリアの目にも映った。
(あれは、間違いなく眠っている)
マチスの様子にミリアが確信すると、ローラが振り向いて作戦の最終確認と言わんばかりの真剣な表情をしている。
「いいこと。今回は、マチスを起こさない程度のウィンドを使って、書類を数枚吹き飛ばす魔力操作の訓練よ。しかも、かなり高度な訓練だから気を抜かないように」
「それっぽく言っているけど……それ、いたずら」
ディビーが冷静に突っ込みを入れるが、うっさいわねー、とローラが、
「ディビー、細かいことは気にしない。ほらっミリアから始めて」
とミリアを促してきた。
「わ、わかったわよ。数枚飛ばすイメージ、数枚飛ばすイメージ……」
ミリアがぶつぶつ言いながらイメージ作りに集中するように瞼を閉じる。
この世界――ファンタズムの魔法の常識は、ローラからすると信じられないものだと言っていた。
【魔法の三大原則】
一、魔法とは、この大地に宿る神聖な力を行使するもの。
二、魔法とは、詠唱をして発動するもの。
三、魔法とは、詠唱を省略すると効果が弱まるもの。
『は? 何よそれ……誰が言い出したのか知らないけど、全て嘘っぱちじゃない!』
当然、魔法の理を知っているローラが、デミウルゴス神教の教えが間違いであることをミリアたちに教えたのだ。それを聞かされたミリアは、かなり驚いたものだ。それから、その教えは精霊術であって魔法ではないと、ローラが精霊術と魔法の違いを懇切丁寧に教えてくれたのである。
精霊術とは、その名の通り精霊を介して大気中の魔素を利用する術であり、精霊が見えるエルフ族が使えばそれ相応の効果を発揮できる。それでも、精霊が見えないヒューマンの場合は、詠唱により無理やり力を行使するため、大気中の魔素を効率よく利用できず、無駄に魔力を消費するは、詠唱が長いは、で無駄なことばかりなんだとか。
はてさて、ミリアが練り上げる魔力を見てくれているローラが、その調子とガイドする。
「良いわよミリア、その感じよ。魔力を感じなさい。そして、どうなってほしいのかを思い描くのよ」
魔法とは己の魔力を使用し、イメージを具現化する方法に過ぎない。大気中にある魔素も併せて使う面では精霊術に似ているが、それを借りるのと使うのとでは全然違う。ミリアは、それをハッキリと意識して魔法を発動させるべく、声を上げる。
「そおれっ」
今のミリアのふざけた掛け声みたいな呪文でも、イメージさえしっかりしていればその効果は発動する。ここまで来ると、呪文には聞こえないが、それくらい詠唱はどうでもいい。詠唱とは本来、精霊に問い掛けるキーワードらしいのだ。
「あっ……」
上手くいくかに見えたミリアの、「そおれっ」もとい、初級風魔法のウィンドは、少し手元が狂ってしまった。積み上げられた書類タワーのバランスを崩す。そのまま崩れ落ちて書類が散乱する。
「うわぁ」
さすがのマチスもその衝撃で目を覚ましたようだ。
「はい、ミリアしっぱーい。マチスに謝ってきなさい」
ローラがビシッとマチスの方を指さしてミリアに告げた。
「えぇええー、何でよ!」
「おい、ミリアっ、声が大きいぞ」
ユリアの指摘は時すでに遅し……
「あー、ローラ様ですか! これやったのはっ」
執務室の扉が開かれ、ひょろっとした栗毛のマチスが仁王立ちしている。
「あ、あのね、これはね。風の妖精さんのいたずらだわ。だからわたしは悪くないの。えへ」
ニコッと笑ってから小首を傾げるように可愛くローラが誤魔化そうとしたが、四方から非難の声が上がる。
「「「「はぁぁぁあああー!!」」」」
そりゃあ誤魔化せないわよね、といった感じで一つ頷き、ローラが納得したように目を細めていた。
「こ、こうなったら……」
「こうなったら?」
マチスがローラの言葉をなぞった。
「こうなったら逃げるが勝ちよぉー!」
言下、脱兎のごとくローラがその場から無詠唱でアクセラレータを使用して逃げ出した。
「あっ、ローラずるい!」
「私も逃げる……」
ユリアが声を上げて呆気に取られていると、ディビーがそれだけを言い残し、風となってその場から消え去った。
「ディビーに賛成っ。ミリアも行くぞ!」
それに遅れまいとユリアも走り去る。
「あ、待ってよ!」
ミリアもそれに付いて行こうとしたが、背後から肩を掴まれ、振り返った。
「ミリアちゃん、これはどういうことかな?」
「ひっ、私はやってませーん!」
最後まで残っていたミリアも結局は、マチスの圧力に負け、その場を逃げ出すことにした。
(絶対、あとでローラに仕返ししてやるんだからぁああー!)
ミリアは、ローラに売られたことが我慢ならず、彼女たちを追い掛けながらそう誓うのだった。
「ねえ、本当にやるの?」
部屋の中を覗いているローラの肩をつつきながら、ミリアが心配そうな声音で尋ねる。
「何よミリア、今更怖気づいたのかしら?」
「ち、違うわよ。一生懸命に働いているマチスさんに悪い気がして……」
マチス――領主様であるダリルの従者の一人であり、政務官を務めている男の名だ。ローラの提案に乗ったミリアたちが集合している場所は、彼の執務室の前である。
つまり、カールパニートで話し合った内容を実行するには、彼の存在が必要不可欠だったのだ。
「大丈夫よ、ほら。座って仕事しているように見えるけどアレは――」
ミリアがローラの頬に自分の頬をくっつけ、執務室の扉の隙間からローラの視線の先を見た。
子供の身長では書類の山が邪魔ではっきりと見えないが、舟を漕ぐように揺れているマチスのところどころ癖毛ではねた栗色の頭がミリアの目にも映った。
(あれは、間違いなく眠っている)
マチスの様子にミリアが確信すると、ローラが振り向いて作戦の最終確認と言わんばかりの真剣な表情をしている。
「いいこと。今回は、マチスを起こさない程度のウィンドを使って、書類を数枚吹き飛ばす魔力操作の訓練よ。しかも、かなり高度な訓練だから気を抜かないように」
「それっぽく言っているけど……それ、いたずら」
ディビーが冷静に突っ込みを入れるが、うっさいわねー、とローラが、
「ディビー、細かいことは気にしない。ほらっミリアから始めて」
とミリアを促してきた。
「わ、わかったわよ。数枚飛ばすイメージ、数枚飛ばすイメージ……」
ミリアがぶつぶつ言いながらイメージ作りに集中するように瞼を閉じる。
この世界――ファンタズムの魔法の常識は、ローラからすると信じられないものだと言っていた。
【魔法の三大原則】
一、魔法とは、この大地に宿る神聖な力を行使するもの。
二、魔法とは、詠唱をして発動するもの。
三、魔法とは、詠唱を省略すると効果が弱まるもの。
『は? 何よそれ……誰が言い出したのか知らないけど、全て嘘っぱちじゃない!』
当然、魔法の理を知っているローラが、デミウルゴス神教の教えが間違いであることをミリアたちに教えたのだ。それを聞かされたミリアは、かなり驚いたものだ。それから、その教えは精霊術であって魔法ではないと、ローラが精霊術と魔法の違いを懇切丁寧に教えてくれたのである。
精霊術とは、その名の通り精霊を介して大気中の魔素を利用する術であり、精霊が見えるエルフ族が使えばそれ相応の効果を発揮できる。それでも、精霊が見えないヒューマンの場合は、詠唱により無理やり力を行使するため、大気中の魔素を効率よく利用できず、無駄に魔力を消費するは、詠唱が長いは、で無駄なことばかりなんだとか。
はてさて、ミリアが練り上げる魔力を見てくれているローラが、その調子とガイドする。
「良いわよミリア、その感じよ。魔力を感じなさい。そして、どうなってほしいのかを思い描くのよ」
魔法とは己の魔力を使用し、イメージを具現化する方法に過ぎない。大気中にある魔素も併せて使う面では精霊術に似ているが、それを借りるのと使うのとでは全然違う。ミリアは、それをハッキリと意識して魔法を発動させるべく、声を上げる。
「そおれっ」
今のミリアのふざけた掛け声みたいな呪文でも、イメージさえしっかりしていればその効果は発動する。ここまで来ると、呪文には聞こえないが、それくらい詠唱はどうでもいい。詠唱とは本来、精霊に問い掛けるキーワードらしいのだ。
「あっ……」
上手くいくかに見えたミリアの、「そおれっ」もとい、初級風魔法のウィンドは、少し手元が狂ってしまった。積み上げられた書類タワーのバランスを崩す。そのまま崩れ落ちて書類が散乱する。
「うわぁ」
さすがのマチスもその衝撃で目を覚ましたようだ。
「はい、ミリアしっぱーい。マチスに謝ってきなさい」
ローラがビシッとマチスの方を指さしてミリアに告げた。
「えぇええー、何でよ!」
「おい、ミリアっ、声が大きいぞ」
ユリアの指摘は時すでに遅し……
「あー、ローラ様ですか! これやったのはっ」
執務室の扉が開かれ、ひょろっとした栗毛のマチスが仁王立ちしている。
「あ、あのね、これはね。風の妖精さんのいたずらだわ。だからわたしは悪くないの。えへ」
ニコッと笑ってから小首を傾げるように可愛くローラが誤魔化そうとしたが、四方から非難の声が上がる。
「「「「はぁぁぁあああー!!」」」」
そりゃあ誤魔化せないわよね、といった感じで一つ頷き、ローラが納得したように目を細めていた。
「こ、こうなったら……」
「こうなったら?」
マチスがローラの言葉をなぞった。
「こうなったら逃げるが勝ちよぉー!」
言下、脱兎のごとくローラがその場から無詠唱でアクセラレータを使用して逃げ出した。
「あっ、ローラずるい!」
「私も逃げる……」
ユリアが声を上げて呆気に取られていると、ディビーがそれだけを言い残し、風となってその場から消え去った。
「ディビーに賛成っ。ミリアも行くぞ!」
それに遅れまいとユリアも走り去る。
「あ、待ってよ!」
ミリアもそれに付いて行こうとしたが、背後から肩を掴まれ、振り返った。
「ミリアちゃん、これはどういうことかな?」
「ひっ、私はやってませーん!」
最後まで残っていたミリアも結局は、マチスの圧力に負け、その場を逃げ出すことにした。
(絶対、あとでローラに仕返ししてやるんだからぁああー!)
ミリアは、ローラに売られたことが我慢ならず、彼女たちを追い掛けながらそう誓うのだった。
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