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第78章 六義園の密約
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六義園、江戸期を代表するこの名庭園は現在東京都立の公園である。JR山手線の駒込駅南口を出て五、六分も歩けば着く。周囲は学校や警察署などを除けば、概ね住宅街と言っていい。しかし、元禄時代、ここは川越藩柳沢家の下屋敷であり、西側は伊勢伊賀三十二万石藤堂家の下屋敷、南は加賀百万石前田家の中屋敷と接していた。地域の風景としては随分違う。
狩野吉之助が主君の命を受け六義園に赴いたのは、元禄十六年(一七〇三年)二月十四日のことであった。相棒の島田竜之進、配下の駒木勇佑が同行している。
巣鴨仲町を過ぎ、前田家中屋敷の長い漆喰の塀が見えてきた。六義園の正門はその先である。すると、道を塞ぐように一人の侍が立っていた。腰には三日月の如く反りの深い大刀を差し、体全体から物騒な雰囲気を醸し出している。
「ここでか、新見典膳」と竜之進。
「川越藩の案内役ではなさそうだな」と吉之助。
典膳もこちらに気付き、刀の柄に手を掛けた。
「島田の倅と、確か、狩野と言ったか。甲斐で死んだ仲間の仇、取らせてもらうぞ」
「仇討ち流行の昨今とは言え、お門違いも甚だしい」と竜之進も身構えたが、それを制して吉之助が前に出た。
「我らは、貴藩の江戸家老・穴山様の招きに応じて参った。聞いてないのか」
「聞いているさ。しかし、松平綱豊と、あの似非君子と和睦だと。俺は不承知だ!」
そう吠えるや、典膳は抜き打ちに斬り掛かって来た。竜之進が受ける。刃と刃が当たり、火花が散った。
この日の吉之助は、当然ながら得物の杖を携行していない。駒木も弓を持ってない。所望の戦力を発揮できるのは竜之進だけ。吉之助は刀を抜きながら駒木に言った。
「屋敷の門はすぐそこだ。走って川越藩の連中を呼んで来い!」
「はい」
同時に竜之進が、すっと体を左に流して典膳の右胴を狙った。典膳はそれを受け流すと、例の強烈な水平斬撃を繰り出す態勢に入る。吉之助が叫ぶ。
「典膳、よせ! 竜之進はお前の義弟なんだぞ!」
「なに?!」
「貴様の妹・美咲殿は竜之進の妻となり、二人の間には子も生まれている」
「馬鹿な。美咲は甲府の親族のもとに」
「馬鹿はお前だ。監視の庄屋一家を殺して逐電したのは誰だ。美咲殿はそのせいで親族のところにも居られなくなったのではないか」
「そうか。だとしても、今更関係ない。妹など、顔も覚えておらん」
「本心か。だとしたら、見下げ果てた奴だ」
「何だと?!」
「最初に会ったとき、美咲殿も言った。両親の顔も兄の顔も覚えていないと。しかしな、彼女はこうも言った。新見の家の者として自らの責任から逃れる気はない。父の罪も兄の罪も自分が引き受けると。それに比べて、今のお前の言い草は何だ。典膳、恥を知れ!」
その時である。駒木が駆けてきた。数人の川越藩士を連れている。
「新見、下がれ! ご家老の命である。下がれ!」
「新見さん、剣を引いて下さい!」
典膳は振り向きもしない。しかし、彼は黙って刀を鞘に納めた。そして、もう一度吉之助と竜之進を鋭く睨み付けた後、漆喰の塀沿いに南へ走り去った。
吉之助たちは川越藩の侍に伴われて屋敷内へ。竜之進と駒木は控え室で待機。吉之助だけが土壁の瀟洒な茶室に通された。中にはすでに一人の武士がいた。茶室に合った渋めの色彩の羽織袴。脇差すら帯びてない。彼は吉之助が席に着くと、先んじて軽く頭を下げた。
「当家の者が失礼をした。お許しあれ。私は当藩にて家老職を務める穴山重蔵と申す」
「甲府藩特使・狩野吉之助です」
話が進む中、計算された心地よい水音が聞こえている。茶室の前に掘られた泉から大池に水が流れ込む趣向なのだ。
扁額に味のある隷書で「心泉亭」とあったが、そういうことか。吉之助は、自分が意外と冷静であることに気付き、そのことにむしろ安堵した。
「・・・なるほど。吉里様のご身分を保証するか。中納言様は、我が殿の急所を弁えておられるようだ。それで、中納言様は何をお望みか?」
「はい。出羽守様には、全ての老中、若年寄、奉行衆をまとめ、我が殿を将軍世嗣に推す建白書を公方様に提出していただきたい。また、御三家、御家門、譜代衆、さらには朝廷に対する根回しについても、全面的な協力をお願いします」
「ふむ」
御前様の読み通り、ここまでは相手の想定内のようだ。吉之助は、駄目押しの条件を提示するため、軽く深呼吸してから胸を張った。
「我が殿は申されました。これが成った暁には、出羽守様に甲府二十五万石を差し上げる、と」
「なに?!」
「我が殿が将軍世嗣となれば、必然的に甲府藩は解散となります。そこで、現在の出羽守様のご領地・川越八万石と引き換えに甲斐一国を差し上げましょう。将軍世嗣となった時点で十五万石を与え、将軍宣下の後、十万石を加増します。そして、その全てを吉里様が受け継ぐことを保証します。如何?」
出世の鬼・柳沢吉保は、館林藩の中級藩士の長男に生まれた。当時、館林宰相と呼ばれていた綱吉に見出され、その近習となったことが立身出世の始まりである。綱吉が将軍となり、吉保も幕臣に転じた。その頃からである。柳沢家が旧甲斐国主・武田家の遺臣であることを強く主張するようになったのは。そして、大名となる際も武田の旧臣を優先的に召し抱えた。また、自分の領地でもないのに甲斐の社寺に盛んに寄進している。先年の隠し金山の件も、彼の甲斐への執着と無関係ではない。
穴山が腕組みをして天を仰ぐ。どんな好条件も画に描いた餅では意味がない。工夫を凝らした茶室の編み込み天井を見つめがら、実現可能性を計算しているのだろう。ほどなく彼は視線を下げた。
「いや、恐れ入った。そこまで腹を括っておられるとはな。中納言様は、誠に天下の主たる器であらせられる」
「では」
「よかろう。狩野殿、少々お待ちあれ。殿に報告し、ご指示を仰いで参る」
「えっ、出羽守様もこちらに?」
「それだけ追い詰められているということよ。ここに至って、豊後守(側用人・本庄資俊)の如き小者に足をすくわれるとは情けない限りだが、それが現実だ」
ともかく先が見え、吉之助は大きく息を吐いた。後は待つのみ。その場で目を閉じかけたが、ふと思い付いた。
「少し、お庭を拝見してもよろしいでしょうか。世に名高き六義園、こういう機会でもなければ見ることは叶いませんので」
「ほう、庭に興味が? そう言えば、狩野殿は竹川町狩野家のご次男でしたな。部下に案内させましょう。是非、ご覧ください」
吉之助は、穴山が自分の出自を知っていることに驚いたが、それだけの周到さがなければ、天下の執権たる大老格老中首座の補佐は出来まいとも思った。
穴山の姓は、甲斐の名門・穴山氏から来ている。しかし、彼の体に穴山の血は一滴も流れていない。没落した穴山本家の子孫を買収し、系図の端に名を書き加えさせたという話だ。元は素性も定かでない浪人の子である。柳沢吉保とは館林郊外の小さな学問所で知り合った。そして、吉保がひとかどの地位に就いた後は、主に裏での駆け引きや政敵の排除を担ってきた。ぱっと見には平凡な中年紳士でしかない。全てが年相応で分相応。卑屈さもない代わりに威圧感もない。しかし、その特徴のなさこそが、この人の凄味のように感じた。
「絶景かな、絶景かな。いやぁ、気持ちがいい」と言いながら、竜之進が両手を上げ大きく伸びをした。
まったく、のん気な奴だ。
吉之助は、竜之進と駒木を誘って大池の周囲を散策し、今は園内で一番高い人口の小山・藤代峠の上にいる。遠慮がちながら、駒木も感嘆の声を漏らす。
「これ、いくらかかっているんでしょうか。あっ、向こうに梅の木が。こちらは桜か。あの丸い刈込は躑躅かな。暖かくなると次々花が咲いて綺麗でしょうね」
「いや、今の時期も悪くない。庭自体の作りや石組などを見るには、むしろこの時期がいい」
「そうですね。手前の島はいい姿だ。あっちの石も、あの灯篭もいい」と竜之進。
「庭全体で、和歌や漢詩に詠まれた八十八の景色を再現しているそうだよ」
「八十八も? いちいち確認していたら、それだけで日が暮れちまう」
竜之進が呆れ顔でそう言ったところで、対岸にある別の茶室の障子戸が開き、穴山家老が出てきた。奥にもう一人、男が座っているのが分かった。顔までは見えない。しかし・・・。
あれが、柳沢出羽守か。
横を見ると、竜之進と駒木も同じことを思ったのだろう。二人とも目を大きく見開き、その方向に釘付けになっている。
ほどなく穴山重蔵がやって来た。
「狩野殿、お待たせ致した。殿もご承知なされた。中納言様によろしくお伝え下さい」
「かしこまりました。事後のことは、当藩の間部から連絡いたします」
「承知した。それで、如何かな、六義園は?」
「見事なものです」
竜之進と駒木も大きく頷く。
穴山は三人の反応に大いに満足したようだ。そして、眼下に広がる大庭園を見渡し、独り言のように言った。
「中納言様や間部殿が如何なる世を目指しているのかは知らぬが、権力を握った者は、歴史に美名だけを残すことは出来ない。我が殿などは、君側の奸、希代の佞臣と誹られるであろう。しかし、この元禄の世の繁栄を作り上げたのは、まぎれもなく我が殿である。六義園はその証だ。この庭が、我が殿の、柳沢吉保という男の非凡さと志の高さを後世に伝えてくれる。私は、そう信じている」
江戸は駒込六義園、この日この時この場にて、甲府藩と川越藩の秘密同盟が成立した。これにより、長く漂流していた将軍継嗣問題の大勢が決したのである。
狩野吉之助が主君の命を受け六義園に赴いたのは、元禄十六年(一七〇三年)二月十四日のことであった。相棒の島田竜之進、配下の駒木勇佑が同行している。
巣鴨仲町を過ぎ、前田家中屋敷の長い漆喰の塀が見えてきた。六義園の正門はその先である。すると、道を塞ぐように一人の侍が立っていた。腰には三日月の如く反りの深い大刀を差し、体全体から物騒な雰囲気を醸し出している。
「ここでか、新見典膳」と竜之進。
「川越藩の案内役ではなさそうだな」と吉之助。
典膳もこちらに気付き、刀の柄に手を掛けた。
「島田の倅と、確か、狩野と言ったか。甲斐で死んだ仲間の仇、取らせてもらうぞ」
「仇討ち流行の昨今とは言え、お門違いも甚だしい」と竜之進も身構えたが、それを制して吉之助が前に出た。
「我らは、貴藩の江戸家老・穴山様の招きに応じて参った。聞いてないのか」
「聞いているさ。しかし、松平綱豊と、あの似非君子と和睦だと。俺は不承知だ!」
そう吠えるや、典膳は抜き打ちに斬り掛かって来た。竜之進が受ける。刃と刃が当たり、火花が散った。
この日の吉之助は、当然ながら得物の杖を携行していない。駒木も弓を持ってない。所望の戦力を発揮できるのは竜之進だけ。吉之助は刀を抜きながら駒木に言った。
「屋敷の門はすぐそこだ。走って川越藩の連中を呼んで来い!」
「はい」
同時に竜之進が、すっと体を左に流して典膳の右胴を狙った。典膳はそれを受け流すと、例の強烈な水平斬撃を繰り出す態勢に入る。吉之助が叫ぶ。
「典膳、よせ! 竜之進はお前の義弟なんだぞ!」
「なに?!」
「貴様の妹・美咲殿は竜之進の妻となり、二人の間には子も生まれている」
「馬鹿な。美咲は甲府の親族のもとに」
「馬鹿はお前だ。監視の庄屋一家を殺して逐電したのは誰だ。美咲殿はそのせいで親族のところにも居られなくなったのではないか」
「そうか。だとしても、今更関係ない。妹など、顔も覚えておらん」
「本心か。だとしたら、見下げ果てた奴だ」
「何だと?!」
「最初に会ったとき、美咲殿も言った。両親の顔も兄の顔も覚えていないと。しかしな、彼女はこうも言った。新見の家の者として自らの責任から逃れる気はない。父の罪も兄の罪も自分が引き受けると。それに比べて、今のお前の言い草は何だ。典膳、恥を知れ!」
その時である。駒木が駆けてきた。数人の川越藩士を連れている。
「新見、下がれ! ご家老の命である。下がれ!」
「新見さん、剣を引いて下さい!」
典膳は振り向きもしない。しかし、彼は黙って刀を鞘に納めた。そして、もう一度吉之助と竜之進を鋭く睨み付けた後、漆喰の塀沿いに南へ走り去った。
吉之助たちは川越藩の侍に伴われて屋敷内へ。竜之進と駒木は控え室で待機。吉之助だけが土壁の瀟洒な茶室に通された。中にはすでに一人の武士がいた。茶室に合った渋めの色彩の羽織袴。脇差すら帯びてない。彼は吉之助が席に着くと、先んじて軽く頭を下げた。
「当家の者が失礼をした。お許しあれ。私は当藩にて家老職を務める穴山重蔵と申す」
「甲府藩特使・狩野吉之助です」
話が進む中、計算された心地よい水音が聞こえている。茶室の前に掘られた泉から大池に水が流れ込む趣向なのだ。
扁額に味のある隷書で「心泉亭」とあったが、そういうことか。吉之助は、自分が意外と冷静であることに気付き、そのことにむしろ安堵した。
「・・・なるほど。吉里様のご身分を保証するか。中納言様は、我が殿の急所を弁えておられるようだ。それで、中納言様は何をお望みか?」
「はい。出羽守様には、全ての老中、若年寄、奉行衆をまとめ、我が殿を将軍世嗣に推す建白書を公方様に提出していただきたい。また、御三家、御家門、譜代衆、さらには朝廷に対する根回しについても、全面的な協力をお願いします」
「ふむ」
御前様の読み通り、ここまでは相手の想定内のようだ。吉之助は、駄目押しの条件を提示するため、軽く深呼吸してから胸を張った。
「我が殿は申されました。これが成った暁には、出羽守様に甲府二十五万石を差し上げる、と」
「なに?!」
「我が殿が将軍世嗣となれば、必然的に甲府藩は解散となります。そこで、現在の出羽守様のご領地・川越八万石と引き換えに甲斐一国を差し上げましょう。将軍世嗣となった時点で十五万石を与え、将軍宣下の後、十万石を加増します。そして、その全てを吉里様が受け継ぐことを保証します。如何?」
出世の鬼・柳沢吉保は、館林藩の中級藩士の長男に生まれた。当時、館林宰相と呼ばれていた綱吉に見出され、その近習となったことが立身出世の始まりである。綱吉が将軍となり、吉保も幕臣に転じた。その頃からである。柳沢家が旧甲斐国主・武田家の遺臣であることを強く主張するようになったのは。そして、大名となる際も武田の旧臣を優先的に召し抱えた。また、自分の領地でもないのに甲斐の社寺に盛んに寄進している。先年の隠し金山の件も、彼の甲斐への執着と無関係ではない。
穴山が腕組みをして天を仰ぐ。どんな好条件も画に描いた餅では意味がない。工夫を凝らした茶室の編み込み天井を見つめがら、実現可能性を計算しているのだろう。ほどなく彼は視線を下げた。
「いや、恐れ入った。そこまで腹を括っておられるとはな。中納言様は、誠に天下の主たる器であらせられる」
「では」
「よかろう。狩野殿、少々お待ちあれ。殿に報告し、ご指示を仰いで参る」
「えっ、出羽守様もこちらに?」
「それだけ追い詰められているということよ。ここに至って、豊後守(側用人・本庄資俊)の如き小者に足をすくわれるとは情けない限りだが、それが現実だ」
ともかく先が見え、吉之助は大きく息を吐いた。後は待つのみ。その場で目を閉じかけたが、ふと思い付いた。
「少し、お庭を拝見してもよろしいでしょうか。世に名高き六義園、こういう機会でもなければ見ることは叶いませんので」
「ほう、庭に興味が? そう言えば、狩野殿は竹川町狩野家のご次男でしたな。部下に案内させましょう。是非、ご覧ください」
吉之助は、穴山が自分の出自を知っていることに驚いたが、それだけの周到さがなければ、天下の執権たる大老格老中首座の補佐は出来まいとも思った。
穴山の姓は、甲斐の名門・穴山氏から来ている。しかし、彼の体に穴山の血は一滴も流れていない。没落した穴山本家の子孫を買収し、系図の端に名を書き加えさせたという話だ。元は素性も定かでない浪人の子である。柳沢吉保とは館林郊外の小さな学問所で知り合った。そして、吉保がひとかどの地位に就いた後は、主に裏での駆け引きや政敵の排除を担ってきた。ぱっと見には平凡な中年紳士でしかない。全てが年相応で分相応。卑屈さもない代わりに威圧感もない。しかし、その特徴のなさこそが、この人の凄味のように感じた。
「絶景かな、絶景かな。いやぁ、気持ちがいい」と言いながら、竜之進が両手を上げ大きく伸びをした。
まったく、のん気な奴だ。
吉之助は、竜之進と駒木を誘って大池の周囲を散策し、今は園内で一番高い人口の小山・藤代峠の上にいる。遠慮がちながら、駒木も感嘆の声を漏らす。
「これ、いくらかかっているんでしょうか。あっ、向こうに梅の木が。こちらは桜か。あの丸い刈込は躑躅かな。暖かくなると次々花が咲いて綺麗でしょうね」
「いや、今の時期も悪くない。庭自体の作りや石組などを見るには、むしろこの時期がいい」
「そうですね。手前の島はいい姿だ。あっちの石も、あの灯篭もいい」と竜之進。
「庭全体で、和歌や漢詩に詠まれた八十八の景色を再現しているそうだよ」
「八十八も? いちいち確認していたら、それだけで日が暮れちまう」
竜之進が呆れ顔でそう言ったところで、対岸にある別の茶室の障子戸が開き、穴山家老が出てきた。奥にもう一人、男が座っているのが分かった。顔までは見えない。しかし・・・。
あれが、柳沢出羽守か。
横を見ると、竜之進と駒木も同じことを思ったのだろう。二人とも目を大きく見開き、その方向に釘付けになっている。
ほどなく穴山重蔵がやって来た。
「狩野殿、お待たせ致した。殿もご承知なされた。中納言様によろしくお伝え下さい」
「かしこまりました。事後のことは、当藩の間部から連絡いたします」
「承知した。それで、如何かな、六義園は?」
「見事なものです」
竜之進と駒木も大きく頷く。
穴山は三人の反応に大いに満足したようだ。そして、眼下に広がる大庭園を見渡し、独り言のように言った。
「中納言様や間部殿が如何なる世を目指しているのかは知らぬが、権力を握った者は、歴史に美名だけを残すことは出来ない。我が殿などは、君側の奸、希代の佞臣と誹られるであろう。しかし、この元禄の世の繁栄を作り上げたのは、まぎれもなく我が殿である。六義園はその証だ。この庭が、我が殿の、柳沢吉保という男の非凡さと志の高さを後世に伝えてくれる。私は、そう信じている」
江戸は駒込六義園、この日この時この場にて、甲府藩と川越藩の秘密同盟が成立した。これにより、長く漂流していた将軍継嗣問題の大勢が決したのである。
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